王女を取り巻く大人の話
美しい花の国、白の王国、この美しさにひかれる他国の者は多い。
白い石造りの建物、黒い木の窓枠、茶色の屋根、柔らかく茶色があせた色した石畳のが道、そこに樹木がバランス良く植えられている。
そして何より一番目立つのは、彼方にこちらに、耐えること無く、次々と咲き続ける艶やかな『深紅の薔薇の花』
溢れる様に群生している。かつては白の王国にふさわしい、純白の薔薇の花が咲き誇っていたが、今ではそれ一色になっていた。
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「全く、あの花も困った物だね、一度触ると絡み付き血を吸われる」
一人の母親が我が子の髪を、染め粉で黒くしながら、気をお付け、お隣のが転んで花に食われたよ、と声をかけた。
「え?おとなりの?転んじゃったの?お花の上に?」
娘が振り返り、母親に尋ねる。前をおむき、と母親はそれを制すると、万が一があるからね、こうして染めなきゃいけない……
そこで、ため息をつく母親、そして真剣な声でいい放つ。
そうだよ、転んでね、お花の呪いに殺されてんだよ、前の王様と同じ様にね、王様はお姫様を庇ったのだよ、お前もお気をつけ。
「早く呪いが解けないかねぇ、おとぎ話じゃ『金の華』を差し出せばと、言われてるけど……」
母親は、目の前に座る我が子を、案じる様に眺める。彼女の娘は、綺羅な金の髪を持って生まれていたのだ。
庶民は、瞳の色がそれでは無いので『華』では無い。しかし、万が一を思いその色の女達は、髪を染めるのが習わしになっていた。
……今の『王女様』噂に聞くと『金の髪』だったらしい。それにお目のお色も確か『瑠璃』……女王様が『華』であると、お認めになったとか、次の晴れし時に、彼方に行かれる?小さくとも、さっさと渡しゃいいのに。
常に危険と背会わせに、暮らしている街の人々は、この母親と、考えが同じなのは、言うまでもない。
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「いいですか、あなたは次の晴れし時に、輿入れするのです。国に恥じぬ、ふさわしい立ち居振舞い、知識を身に付けなさい」
元より前王の死後、女王の位に着いたブランカの母親は、国を守る多忙な日々の中で、幼い彼女に愛情をかける事が、どういう訳か希薄だったが、この夜を境にそれは更に深まった。
一日を通して、礼儀作法から始まり、勉学は勿論、音楽、舞踏、刺繍……ありとあらゆる事を学ぶ事のみに、ついやされた。
……彼方に此方の者は、連れて行く事はなりません。側近の騎士が一人おればよい。
にべなくそういい放つ女王。それから間もなく、王宮から、外に出れる年齢になった王女に仕える者を、との家臣達の声に対しての言葉。
そしてしばらく後、闇夜と名をつけられた少年が、唯一の王女の側仕えに年若ながら、女王から『称号』を与えられて、終生を誓い、その任に着いた。
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「せめてその時迄は『黒』にされればよろしいのに……」
ブランカが自室から、出ると密やかに囁き声がまとわりつく『華』と女王が認めた為に、
その必要は終わりました。と、陛下の告げられ、艶やかに光る髪に戻された王女。
それは綺羅に光り放ち、とても美しいがこの国では、何処か『呪い』そして『王の死』を彷彿とさせるのか、人々は、不吉な物に取りつかれ、冷たく彼女に目をやる。
うつむく事は許されません。王族は毅然と前を向くもの。
冷酷な母の教えが、彼女の血となり肉となっている。ブランカは毅然とそれらを跳ね返すかのように、声に視線を向ける。
青く炎の様な瞳を受けて、黙り混む囁き声。そして彼女は、女王に呼び出されて戻らない、己に唯一仕える者を、探しに城内を歩く。
また、ろくでもない者に絡まれてると、想いながら……
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年若いにも関わらず、称号を与えられている闇夜は、何かと絡まれてる事が多い。
今日も女王陛下からの用が終わり、主の元へ帰り際に、めんどくさい者達が、人目のつかぬ場所で待ち構えていた。
お前は生意気だなぁ、親の七光りで王女様に取り込んだくせに、
ため息しかでない闇夜、剣の腕前は彼等達より上なのだが、城内で抜刀は禁止されており、破ると王女に、父親に迷惑となる。
なので、なるべく穏便に、逃げる事を選択するのだが、それはそれで時折負傷する事にもつながる。
今日も上手く立ち回りつつ、交わしていたのだか、相手が複数ともあり、苦戦を強いられていると
「みなさんは、何をされているのかしら……」
そこに現れたのは、綺羅に輝く髪を持つ少女のブランカ王女。人々の囁き声を一瞥で閉じさせる事のできる射るような、青の視線を放っている。
彼から離れなさい!といい放つと、ツカツカと近付き、道を割る。そして逃げ出す事も出来ない者達の前で、
先ずは闇夜に、側に居合わせる者達が、首をすくめる音を彼の頬に飛ばす。
「あなたは!何を考えてますか!自分の身は守りなさい、それすら出来なくて、私を守る事ができますか!」
それに対して頬を押さえ、答える闇夜。
「しかし、王女様、剣を使えば何とかなりますが、流石に素手だと複数は……」
「ならば、私がゆるします。叩ききりなさい!」
その言葉に唖然とする、その場に居合わせた者達。そしてその後、闇夜以外の者達にも、当然ながら、彼女の指導が頬に飛ばされたのは、当然の成り行きだった。
―――強くなければ、ここではいつか闇夜があやうい
ブランカはそう思っていた。彼が怪我を負うのは過去にもあったのだ、その都度女王に呼び出され叱責を受けていた。
「ただ一人の人間も守れないとは!情けない、それでも王女なのですか、貴方が弱いと闇夜は、そのうち命を落としますよ」
すみません。母上、と彼女は唇を噛みしめ答える。まだ母の愛情を、受けて育つ年にも関わらず、それとは無縁の冷たい対応。
身の回りの侍女達も、余分な言葉は一言もない。彼女が問いかけても、お答え出来かねます。この一言。
城から外の大聖堂へと出向ける年に、側近として闇夜が仕える様になった。
彼のみ、ブランカの問いかけに答え、他者が居ない場所では、無駄口を返してくれる。外の世界を話してくれる。
ブランカを、呪いも、過去の事実も、何もかも知り得た上でその事には関係なく、仕えてくれる……闇夜の存在。
「出来ぬならば、闇夜を親元へと帰します」
女王の声に、はっと、その表情を強ばらせるブランカ。そして頭を下げ、許しをこう。
「申し訳ございません、このような事にならぬよう気を付けます」
対して女王の言葉は辛辣だった。
次はありません、以後気を付けなさい、しばらくは謹慎です。部屋から出ないように、と冷たく告げる女王陛下。
その言葉に少女ながらに、理不尽なものが込み上げる。
そんな彼女に、下がる様に促す女官長、
王女は思う。闇夜が彼等に喧嘩を売った訳でもない、卑怯にも複数で、絡んで来たのはあちら。
なのに理不尽にも、弱いからと叱責を受ける自身。そこまで母上は私が父上をあやめる事になったと聞かされた『あの事』がゆるせないのかと思う。
強くならなければいけない、ここは『白の国』親子の、そして人の情など無い国。
凍り風を引き連れ、冷たく降りしきり、徒歩にて旅行く者の命を奪う、空から舞い降りる白き雪。その色を名にもつ事に、ふさわしい冷たい国。
この国の人々は皆そう。母上もお城の人たちも、大聖堂に向かった時に出会う、街の人々も
呪いをとくために、さっさと彼方に行けばいいのに、と囁き、視線を送る。冷たい冷酷な人間の国。
ブランカは女王の前を下がり、部屋へと向かう。そして無意識に、背に流れる髪の一筋を前に出し握る、
そしてあわてて、それを振り払う、あの事は夢、それにすがっていては強くなれない。
代わりに手を見つめる。あの時、バルコニーで出会ったやがて自分が嫁ぐ国の使者。
姿形はまるで違う、恐ろしい者だったが、優しく声をかけてきた。その声を思い出してた。
そして寒さに冷たくなっていた手を、しゃがみこみ、暖かく包んでくれた。あの温もりを……
僅かな思い出をよすがに、生きてる。ここでの冷たい毎日。
後何年、幾日、朝が来ると数え、夜になると指折り過ごしているか……
そしてその日が来たら、一族の者も、家臣達も、国民も、母上も全てを捨て去り、
闇夜と共に国を去る、決して後ろは振り返えらない。
そんな想いを心に刻み、ブランカ王女の時は過ぎて行く……