迎えの夜
金の華を渡せか、呪いとは何だろうか、白の者は考える。あの夜、交わした約束
守らないと、困った事になったなるよ、と笑いながら黒の者がそれを手渡し、次に会うことを楽しみにしている、と言葉を残して国へと帰った。
しかし、七年も経てば、忘れて仕舞うだろうと、白の者は気楽に考えていた。
それに求められて来た時には、他の花でも宝石で細工師に特別な品を作らせてもいい、そしてわたせば良いだけ、と思っていたのだ。
その後、白の者は、日々の忙しさに、それをすっかり忘れた。そして迎えた約束の夜、黒の者が訪れた。
約束の華を迎えに来た。手渡しておくれ、と話してくる。
それにしても対して、白の者は、いいや咲いていない。と答える。皆々別の色の華が咲いたのだ。そして他の別の物はどうかと、問いかける。
金の華は咲いていた。しかし、あまりの美しさに白の者は、黒くそれを覆い隠していたのだ。
そして黒の者は、花園を一瞥し、気付く……
いらないよ、別の物はね、そして約束を破ったね。呪いが発動したよ、と冷たく答えた黒の者
白の者が、常に腰にくくりつけ提げている『蜜酒の壺』が、すぅと一時姿を消した後、ぽっと上空高く現れると、
深紅の炎に包まれ、粉々に割れ地上へと降り注ぐ、その欠片は地上に近づくにつれ、薔薇の花びらとなり、地面へと落ちると吸い込まれる様に姿を消す。
呆然とする白の者、悲しげに彼を見つめる黒の者
そして、次に会うとき迄に、どうするかを考えておいて、渡せば呪いは消えるから、と言葉を残して去って行った。
次に会うのは、七年後の霧が晴れし夜……
遥か昔のお話。
×××××
国境迄、馬車で進む。沿道には見送りの人々の姿。ブランカは顔をベールで覆い、ゆったりと座り、揺れに身をまかせながら、去り行く国の風景にも目もやらずに、正面に座る闇夜に話しかける。
「闇夜、本当に良いのですか?私は一人でも大丈夫、残ってもいいのですよ、彼方に行くのは私一人でいいのですから」
「それは、出来かねます。王女様お一人だと、何されるかわかりませんから」
それはどういう意味ですか?私は、これまで何もしてません。大人しいものです。
それにお前、いつの間にか、言葉使いもまともになって……と話すブランカ
「はい?王女様、大人しいとは、どのような基準でしょうか?闇夜は、知りとうございます」
茶化す様に受ける、ただ一人仕える彼。その言葉にブランカは、王宮での、この国で生きてきた、今までの日々を思い出して行く。
×××××
――「おりますわ、今すぐお連れ下さいませ」
あれはブランカが、おぼろげながら自分の立場を意識できる様になった年の頃
『霧の晴れし夜』訪れた使者に対して、彼女の母親である、女王がにべなくいい放った一言と聞いている。
ざわめく家臣達、晴れし夜の舞踏会に集まりし貴族の者達、やはりそうなのか、と声があちこちにさわと囁かれた。
「しかし、この場所には居られぬ様ですが」
使者は、居合わせている、全ての者達に視線を送る。その年齢に当たる者たちは、親が隠す様に抱え、それから守る。
「先程、挨拶がきちんと出来てませんでした。なのでそこのバルコニーに、使者殿」
使者は、その言葉を受け示された場所に向かう。そしてそこにいた幼子が、ブランカだった。
白いドレスの年端の行かぬ彼女に、使者は何と無情な、と声をあげた。
あどけないこの子を連れて行くのは、流石に忍びない、と先ずは、寒さに震えていた彼女の手を取り女王の前へと戻る。
「白の女王陛下、かつての我らの祖先がかけた『紅薔薇の呪い』愚かな事だと、思います。確かにこのお子を連れて行けば、それは解かれるでしょうが、せめて次の時になされては」
「そちらに連れて行き、そちらのご教育で育てた方が、よろしいかと、その子はこちらにとっては、ある意味『父親を弑した者』この国から国王を奪った者なのです」
その子は、自らの過ちで災に巻き込まれ、その時、夫である先代陛下が命を挺して生き延びさせたお子、夫の行動には、愚かにもほどがあります。
わたくし達には、国民を守り、導くお役目があると言うのに、一人の我が子の為に命を張るとは……
分かってはおりますわ、親としての当然の行動ですから、でもそれは王族で無い立場の者達に許された行動。
なのでわたくしは、その子よりも、陛下に生きてもらいたかったのです。
と淀みなく話す女王、娘を見る瞳にも愛情の色はない。
「しかし、赤子ならまだよいものの、この年の頃なら里心もおありでしょう、物事をしっかりと、お分かりになられるお年の、次にされては」
「次?では、わたくし達の愚かな祖先の、愚かな『呪い』に後七年、国民に耐えろと?」
とりなす様に話す使者に、威厳を正し言葉を放つ女王。
ざわめく室内。『呪い』が解けるならお渡しすればよろしいかと。と無情な声が密やかに流れる。
自身達の子供は、しっかりと抱き締めながら……
ブランカは、おぼろげながらに覚えていた。その時の自分を取り巻く、冷たい声、視線、それに対して、暖かな使者の手のぬくもり。
………あの時そのまま、連れて行ってくださればよかったのに、
その幼き日の出来事。彼女がそう想い、生きる時の始まりの夜。
人々の囁きに耐え、己の起こした覚えていない罪の意識に苛まれ、再び使者が迎えに来る年を、指折り数える日々を生きる……そんな時の始まりだった。