閑話 どこかの森の奥のそのまた奥のさらに奥で
閑話です。
「汝の望みは、それでよいのか?」
「もちろんだ。これがかなうのならば何でもするさ」
我――魔界の72柱が一人にして魔界の総統・ブエルを呼び出した少年が答える。
「本当にこの望みでいいのだな?」
「くどいぞ。それで一字一句間違いない。お前こそ必ず叶えられるんだろうな!」
「ああ。汝が契約に違反しない限り、汝の望みは叶えられるだろう」
頭部はライオン、手足は山羊、尻尾はコブラでできている我を見ても少年は、恐怖を感じていないようだ。少年が恐怖を感じていれば、我が乗っ取ることもできるというのに。
「それにしても、我は3000年生きてきたが、己が欲望のため以外のことを望んだのは、汝が初めてだ。なぜそこまでする?」
特級悪魔である我がこの世界に召喚されたことなど数回程度しかないが、手下の悪魔の報告でも悪魔と同じもしくはそれ以上に人間は己の欲求に実直だと聞いている。
「化け物のお前には、分からないかもしれないが人間には自分自身よりも大切なものがあるんだ!」
「確かに我には理解することができない。我は我が最も大切なのだから」
「そんなことよりも、望みの代償を教えろ! 俺の命ならこの場で持っていけ!」
なんと、豪胆な人間であろうか。どんな召喚者であろうとも己の命以外で、と念を押してきたのだが……。
「ハハハハハッハ。汝の命など貰ってもうれしくもないわ。そうだな……その望みの代償は、乙女の血と臓物にしよう。12人分だ。12人分、我に捧げよ」
人間の男の肉などうまくない。食べるなら女の臓物に限る。400年前に食べた無垢な少女の臓物は、ことさらにうまかった。滴り落ちる血の一滴まで味わって食べたものだ。思い出すだけでもよだれが湧き出てくる。
「分かった。12人分だな。必ずお前のところに持っていく」
少年がにやりと不敵な笑みを浮かべる。余裕の笑みだ。もっと吹っ掛けてもよかったかもしれない。
しかし、魔界の72柱が一人にして魔界の総統である我が一度出した条件を変えるなど、我の矜持が許さない。
「条件の確認は終わった。それでは、契約に入ろうか」
しかし、12人分もの臓物を食べられると思えば、少年の願いなど安いものだ。
「我は、汝の望みを叶えよう」
「我は、汝に代償を支払おう」
少年が我に続けて契約の呪文を紡ぐ。
「我、契約に嘘偽りなく我の真名において契約を履行する」
「我、代償に嘘偽りなく我の真名において代償を履行する」
少年の声と重なるように契約の最後の一文を唱える。
「「我と汝、協力者にして契約者。この契約において支配もなければ隷属もあらず。魔王の元において我ら平等であることを誓おう」」
悪魔の契りが終わると同時に我の右手に契約の紋章が現れる。少年の方にも体のどこかに同じ紋章が現れているはずだ。
「ただいまをもって契約が成立した。この契約は、不履行にすることはできない。我が汝がこの契約を履行できないと判断したならば、汝の〝大切なもの〟を一つ失うことになるであろう」
「ああ、問題ない。お前こそ、後から望みがかなえられないは、なしだからな」
「心配するな。我にとって契約は絶対だ。違えることはない」
契約を違えば我は、地獄の業火に焼かれ存在そのものを保てなくなる。我は我のことが大切だから、我から契約を反故にすることは絶対にない。
「我からの贈り物だ。存分に使え」
少年の体を黒い魔力が包み込む。
「おい! なんだ! 何をした!」
「安心しろ。我の魔力を注ぎ込んだだけだ。なにかと必要だろう」
少年のためではない。我のためだ。
これで旨い肉が食えるならば、これぐらいの出費なぞ安いものだ。
少年は、新しい力を試すかのように魔力を魔導石に流し込み呪文を唱える。
その瞬間、人間ではあり得ないような威力の魔導が発動される。
少年の顔に驚きと共にはっきりとした笑みが浮かぶ。
「確かにこれは便利だな。使わせてもらう」
少年は、我の予想を覆すかのようにあっさりと悪魔の力を受け入れる。
ここまで抵抗のないのは、頭のネジが数本飛んでいた博士以来だろう。
「簡単に受け入れるのだな。抵抗はないのか?」
「する必要がないだろ。悪魔の力だろうとなんだろうと使えるものは使うだけだ」
合理的で手段を選ばない少年の考え方は、悪魔そのものだ。
これからもいい契約ができそうだ。
「そろそろ我は、この世界に顕現できなくなる。次の新月の夜までに必ず用意しておけ」
我の召喚条件には、いろいろな制約がある。この世界の理では、我は備える力が強大すぎるのだ。
その召喚条件の一つに『新月の夜』があるのだ。
「次に会うときが楽しみだ」
木々の間から朝日が差し込み、地面に描いた魔導陣が照らされる。
我は、この世界から姿を消した。
お読みいただきありがとうございます!
今回は、今までの話とは雰囲気が違いますが同じく作品です。
次回からは第2章に突入します。
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