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第8話 魔導って便利

前回のあらすじ……ジャックはエレインからの超音波攻撃でバッドステータス「嫌悪感」を受けました。

 来れば、時間を忘れてこのままアフタヌーンティーを楽しんでいたいところだが、そろそろ帰らなければならない時間である。


「エレイン、お楽しみの所、申し訳ないんだけど、そろそろ帰らないといけない時間なんだよね」


 これ以上ここにいては、ジェーンと一緒に夕食を食べられなくなってしまう。もちろん、作り置きはしているけれども、ジェーンには、いつも出来立ての温かいご飯を食べてほしい。


「そうだね。結構時間たっちゃったし、騎士団長の剣の調整も終わっているだろし、出よう」


 俺は、カウンターテーブルにチップも含めたコインを置いて店を出る。


「ありがとうございました」


 ドアに備え付けられた鈴が鳴ると店の奥から最初に案内してくれたウェイトレスが深々と頭を下げて見送ってくれる。

 『蝶の楽園(オェングスガゼボ)』を出れば、既に太陽が西に傾き、空を朱に染めている。

 空が暗くなるのとは逆に、石畳の道の端にある魔導灯は道を明るく照らし始めている。


 帰り道は、時間もないということで辻馬車を拾って帰ることにする。

 辻馬車は、予想外にも早く捕まえることができる。いつもならこの時間は、パーティーに向かう人や買い物帰りの客でなかなか馬車が捕まらないのだ。


 俺は、先に馬車に乗るとエレインに左手を差し出す。


「ありがとう」


 エレインが俺の左手に右手を重ねる。俺はそのままエレインを引っ張り上げるように馬車に乗せる。


「どういたしまして」


 俺が扉を閉じると馬車は勝手に動き出す。エレインの見た目から、黄金獅子魔導騎士団の詰め所に向かい始めたのだろう。

 馬車の小さな窓から夕日が差し込み、エレインの顔を紅く染める。


「本当においしかったな」


 エレインが本当に満足そうに語りかけてくる。『蝶の楽園(オェングスガゼボ)』を本当に気に入ったようだ。


「確かに、おいしかった。また一緒に来よう」

「ああ、楽しみにしている」


 そこから俺たちは、たわいもない会話で盛り上がる。

 なぜかエレインと話していると会話が弾むのだ。なぜだろう?


 エレインの少女騎士時代の苦労話に花を咲かせていると、馬車が動きを止める。どうやら、騎士団の詰め所についたみたいだ。


 俺がエスコートをする前にエレインは馬車を飛び降りる。

 馬車から飛び出したエレインを確認した衛兵が胸を張り敬礼をする。

 エレインは、騎士団長付騎士という騎士団内では高位の役職についているのだ。あと10年もしたら黄金騎士団初の女騎士団長になっているかもしれない。


 ドゴオオォォォオオオオオン。


 衛兵が門を開けようとした瞬間、詰め所内から激しい爆発音が上がる。

 辻馬車の馬がいきなり鳴り響いた爆音にびっくりして駆け出していく。


 そして、エレインも馬とは逆に詰め所内に駆け込んでいく。

 半開きの門をエレインは全力タックルで完全に開け放って、詰め所の中に切り込んでいく。

 俺もエレインの後を追うように詰め所内に入っていく。


 帝国の中心の帝都のしかも黄金騎士団の詰め所にいきなり敵が攻め込んでくることは、考えにくい。であれば、考えられることは、一つだけだ。


 そして門をくぐった俺が見たものは、そこかしこに大きな穴が開いた地面。訓練用に作ってあったであろう藁人形はすべて無残になぎ倒されている。


 その真ん中で剣を交える二人の男。

 黄金騎士団団長、サー・ランスロット。

 元黄金騎士団団長、現刀鍛冶、ガウェイン師匠。


 二人の魔導騎士の持つ、二振りのバスターソードが幾度となく激しくぶつかる。

 剣を打ち合うたびに衝撃が空気をビリビリと震えさせる。


風鷹神の鉤爪(ベズルフルニルクロウ)!」


 師匠はそう言って、レイク騎士団長から大きく間合いを取ると同時に深緑に発光したバスターソードを数回、振り下ろす。

 本来なら刀身が届くような距離ではない。しかし、ここに魔導の力が加われば別問題である。


 師匠が繰り出した風属性の最高位魔導は、神速のかまいたちを連続で発生させる。一般的な帝国騎士なら空気でできた刃を知覚する前に胴体は八つ裂きになっていてもおかしくない攻撃である。


迎海神の大波壁(エギールウェーブ)!」


 即座に反応した騎士団長の周囲に青みがかった半透明の壁が幾重にも出来上がる。

 壁にぶつかった空気に刃は、騎士団長まで到達することなく四方に跳ね返されていく。跳ね返され、粉々になった空気の刃のかけらが新たな大穴を地面に作りだす。


 その破片一つが騎士団詰め所をめがけて飛ばされていく。流れ弾ともいうべき、一撃が建物に直撃する寸前、他の魔導によって撃ち落された。


 ここまで激しい魔導騎士同士の戦闘でいまだに騎士団詰め所の建物に損傷がないなんてあり得ないと思えば、騎士団詰め所の周りでは、黄金騎士団所属の騎士が協力して建物の周囲を防護している。


 さらに、幾度となく最高位魔導が吹き荒れたところで二人の間に大きな間合いが生まれた。


「おぬしもやるようになったのう」

「師匠こそ、まだまだ現役で行けるのではありませんか?」


 二人して不敵な笑みを浮かべる。戦うのが楽しくてしょうがない様子だ。


「そろそろ、準備運動は終わりにして、もう一段ギアを上げるとするかのう」

「それなら私もやるしかありませんな」


 二人の体内魔力が魔導刀に組み込まれている魔導石が属性色に強烈に光り輝く。大量の魔力が濃縮されているのが分かる。

 

 これは、マジでまずい。


 魔導の端をかじったことのある者なら誰もがそう思うだろう。

 あそこまで濃縮された魔力で繰り出された規模の魔導同士がぶつかり合ったとしたら、帝都の一角が更地になりかねない。


 詰め所の建物を守っていた騎士たちの顔にもさらに力が入るのが見て取れる。

 師匠を止めることが、今、俺に課せられた最大の使命であると直感が告げている。


「師匠! いい加減に帰りますよ!」

「騎士団長もいい加減にしてください! 帝国を守護する帝国魔導騎士が帝都を壊すおつもりですか!?」


 同じように危機を感じ取ったエレインが騎士団長を制止する。


「ジャック、これからいいところなのに! 男同士の戦いを邪魔するでない!」

「言うことを聞かないと今日の晩飯抜きですよ」

「えっ……!」

「言うこと聞かない子は、晩飯抜きです。これが最後通告です。今すぐ剣を収めてください」


 この言葉は効果覿面(こうかてきめん)だった。


「やめる。やめるからそれだけは、勘弁してください」


 師匠は、目にもとまらぬ速さで剣を鞘に納める。


「これも、納品する魔導刀の最終調整の一環だったんだよ。もちろん、さっきのもホントはただのブラフだったんだよ。ランスロットが真に受けただけで……」

「へー。全部騎士団長のせいですか。あ、そうなんですか。へー。今、素直に謝ったら、まだ晩飯ありますよ」


 師匠の精神年齢は、6歳で止まっているのかもしれない。この人は、本当に誇り高き騎士だったのだろうか?


「すみません。嘘です。儂も本気でやろうとしていました」

「はぁ。最初から素直に謝ってください」

「スミマセン。でも……」

「でも、何ですか!」

「何でもないです」


 俺が師匠に説教している横では、同じようにエレインが騎士団長に説教している。横から見たらどっちが騎士団長なのか分からない。


「騎士団長、すみません。うちの馬鹿師匠が無茶をさせてしまいまして」


 俺は、深々と頭を下げる。


「いや、こちらこそ申し訳ない。うちのアホ騎士団長が巻き込んでしまって」


 エレインも同じように深々と頭を下げる。


「ほら師匠も謝ってください」

「騎士団長もです」

「「すみませんでした」」


 なぜか弟子の方が大人なのは、どこでも一緒なのかもしれないと俺は思う。


「それじゃあ、師匠。地面の穴をしっかり元に戻してください。その間に、帰りの準備をしておきますから」


 俺は、懐から取り出した地属性の魔導石を師匠に投げ渡す。


「騎士団長も同じです。元通りにしておいてください」


 渋々と師匠と騎士団長は穴だらけになった騎士団詰め所の訓練場を修復し始める。

 俺は、荷物の積み込みをするべく馬車の停められている馬屋に向かって行く。荷物は騎士見習いの少年たちが馬車に積んでくれているはずだから、後はしっかりと固定されているか確認するだけだ。

 馬車の積み荷をしっかりと確認して、道中の安全を確保して戻れば、訓練場はすっかりと元通りに治っていた。


 師匠もやればできる子なのである。


 その師匠は、騎士団長とエレインと談笑に興じている。


「師匠、そろそろ帰りますよ」


 そろそろ日が西の空に完全に沈もうとしている。

 今からならギリギリいつもの夕食の時刻に帰ることができるはずだ。


「ジャック、驚いただろ。こんなに早く修復して。『さすが、師匠』とほめてもいいのだぞ」

「さすが、ししょー、すごーい」

「そうだろ、そうだろ。うんうん。ジャックも分かっておるのう」


 師匠の扱い方をマスターしてはや5年ぐらいだ。


「この度は、毎度ありがとうございました。それと、師匠がお騒がせしました。今後ともガウェイン鍛冶屋を良しなにお願いします」


 俺は、騎士団長とエレインに深々と頭を下げる。


「こちらこそ、素晴らしい魔導刀をありがとう。これからもよろしくお願いしたい」

「ありがとうございます。次の納品に遅れが出ないように師匠を見張っておきます」


 既に、団員用の魔導刀を数振り注文していただいているのだ。


「ジャック。また、アフタヌーンティーを飲みに行けることを楽しみに待っているよ」

「俺も、楽しみにしているよ。今度は、もっとゆっくりできる時に行こう。約束だ」


 最低でも月に一度は、帝都に来るのだ。またすぐにアフタヌーンティーをする機会も訪れるだろう。


「それでは、失礼します」


 俺は、二人に背を向けて、先に歩き出した師匠の後を追う。師匠の向かっている方向は、帰路とは正反対の方向だけども、これについては、問題ない。師匠が方向音痴というわけではない。


「必要なものは、そろったのか、ジャック?」

「はい、エレインのおかげでいつもより安く、大量に買い込むことができました」


 まさか、エレインがあそこまで値引き上手だとは、予想外のさらに上だった。


「それなら良かったわい。ところで、付き合っとるのか? あの小娘と」

「今日初めて会った女の子と付き合えるほどプレイボーイじゃないです。というか、藪から棒にどうしたんですか?」 

「いやなに、育ての親として女っ気のなさすぎるジャックが心配なだけじゃよ」

「ジェーンさえいれば俺には、十分です」


 世界で一番かわいい女の子がすぐそばにいるのだ。それ以上、求めるては罰が当たってしまう。


「本当に妹のことが大好きじゃな」

「もちろんです。自分の命よりも大切な存在です」


 唐突に師匠の足が止まる。帰路のある意味最終目的地にたどり着いたのだ。

白亜の石でできたこじんまりした建物だ。


 通称『アルスブイズの母屋』


 師匠は、建物の前に立つ職員に料金を二人分支払うと、建物の中に入っていく。

 建物の中は、巨大な魔導陣が一つあるだけで、その他には何も置かれていない。


 この建物と同じものが帝国中のいたるところ、ひいては世界のいたるところにあるのだ。なぜならこの建物は、100年前に偉大なる魔導士、マリーン・メルリヌスが開発した長距離移動魔導の拠点なのだ。


「ジャック、はよ帰るぞい」


 魔導陣の中心に既に立っている師匠が大声で俺のことを呼ぶ。


「今、行きます」


 この移動魔導陣があれば、家までほんの一瞬で行くことができるのだ。

 便利な世の中である。


「お待たせしました」

「待ちくたびれたわい」


 いや、ほんの数秒しかたってません、師匠。俺がいつも師匠に待たされている時間の1万分の1ぐらいでした。


 俺が魔導陣の中心に立つと、魔導陣自体が白く輝き始める。俺は、その輝きに合わせて瞼を閉じ、家のリビングを思い浮かべる。

 この転移魔導には、特段、呪文などは必要ないのだ。ただ、行きたい場所を思い浮かべればいいだけなのだ。

 そして、閉じた瞼越しにも分かるほど魔導陣がいっそう輝きを放つと、唐突な浮遊感が一瞬訪れた後に地面の感覚が再び舞い戻ってくる。


 瞼を開けば、見慣れたリビングが目の前にあった。


「おかえりなさい、お師匠様、お兄ちゃん」

「ただいま、ジェーン」


 ロッキングチェアに腰かけて本を読んでいたジェーンが師匠と俺の存在に気付いて、優しい笑顔で「おかえり」の出迎えをしてくれた。


「もう、晩御飯は食べた?」

「ううん。まだ食べてないよ。お兄ちゃんたち、そろそろ帰ってくるかもしれないと思って待っていたの」


 なんて、兄思いの妹なのでしょうか。外見だけが世界一かわいいだけでなく、内面までもが天使のようなのです。お兄ちゃん、幸せなのです。


「それなら、すぐに用意するからもう少しだけ待ってて。師匠は、食器の準備をお願いします」

「うん」

「仕方ないのう」


 俺は、すぐさま夕食の支度にとりかかる。

 今日買った食材は、残念ながら転移魔導陣の制約があるため持って帰ってくることができないので、有り合わせで、作るしかない。

 けれども、ここは腕の見せ所というものだ。健気に帰りを待っていてくれたジェーンのためにもあり合わせとは思えない料理にして見せるのだ。


 頑張れ、俺。負けるな、俺。

お読みいただきありがとうございます。

感想が数件増えていました。とてもうれしい。嬉しすぎる。

泣いて踊ります。

これからも、感想、ブクマ、評価、レビューをよろしくお願いします!

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