第6話 騎士様は値切り上手!?
前回のあらすじ……ジャックと愉快な仲間に帝国最強の騎士と美人騎士が加わった。
エレインに引きずられながら着いたのは、帝都の南側にあるアウステル市場だ。帝都の中にある4つの市場の中で最も規模が大きい市場で「アウステルに行けば何でも買える」と言われる市場だ。
買おうと思えば、黒魔導用の人間の臓器や読むことの禁止された魔導書だって買うことができるらしい。
市場の中央通りは、帝国各地からやってくる商人や帝都の市民でごった返している。帝国語以外もそこらかしらから聞こえてくる。
「何から買いに行くんだ?」
「そうだな、まずはコショウとシナモンを買いたい」
肉や野菜は、山でも取ることができるが香辛料だけは買わなくてはならないのだ。
俺は、顔なじみの香辛料を取り扱う商店に入っていく。
商店の中には所狭しと様々な香辛料が所狭しと並べられている。中には俺の知らない珍しい香辛料もある。
俺はそんな香辛料たちに囲まれながら椅子に腰かけ、帝都新聞を熱心に読む店主のおばちゃんに声をかける。
「おばちゃん、いつものお願い」
「久しぶりだね。いつものね。ちょっと待ってな」
店主のおばちゃんは、店の奥から商品を持ってきてくれる。
「コショウ1キロルとシナモン1キロル、合わせてシーリング銀貨5枚よ」
「え! 高くない?」
前回買った時は、シーリング銀貨4枚でおつりが来たのだ。
10シーリングでユニオン金貨1枚分になる。大体、100ユニオンで荷馬車用の馬が一頭買えるような価値がある。これは、結構な大金だ。
ちなみに今回の師匠が作った魔導刀の価格は、大体1200ユニオンだ。帝都郊外の庶民の家と同じくらいの価格だ。
「香辛料全般の元値が値上がりしているのよ。これでも、お得意様だから税金分は値引きしているのよ」
確かに店頭に並ぶ他の香辛料も軒並み値上がりしている。
「分かりました。それなら仕方ないですね……」
「ちょっと、待った!!!!!!!!」
俺が、代金を払おうとしたその瞬間、今まで後ろで黙ってみていたエレインが唐突に声を上げた。
「ジャック、この女店主の口車に乗せられてはだめだ」
「えっ!」
エレインは、俺が出そうとしていたシーリング銀貨を取り上げるとその中から3枚だけをカウンターに置く。
「香辛料の値段は、確かに値上がりしている。でも、大嵐で香辛料を運ぶ船が数隻、難破しただけだから1.5シーリング分も値上がりなんてしていない。せいぜい6ファージ分の値上げがいいとこのはずだ!」
ファージは帝国の発行する最も小さいお金で、銅貨の単位だ。12ファージで1シーリングに両替できる。3ファージで食パンが一斤が買える値段だ。卵なら10個買える。
「値引額も併せて3シーリングにならなきゃ他の店に行く!」
「騎士様。それは、できません。せめて4シーリングで勘弁してください」
「分かったわ。3シーリングと2ファージなら考えないこともない!」
「3シーリングと8ファージで、お願いします」
「3ファージ!」
エレインは、少しずつカウンターに置く貨幣の量を増やしていく。
「3シーリングと6ファージ、これが限界です」
「もう一声!」
「もう無理です」
女主人から悲痛の叫びが上がる。
アウステル市場に限らず市場での値引き交渉は、そんなに珍しくない。俺もある程度の値引き交渉はよく行っている。市場の価格は、値引きありきでつけられているのだ。
それを考えてもエレインの値引き交渉は、結構思いきっている。値引きの目安は提示価格から6ファージだ。1シーリングできれば上出来なのだ。
「エレイン、それぐらいでいいんじゃないかな?」
俺は、あまりにも値切られている女店主がかわいそうになってきた。
「いや、まだまだ、これからよ。5ファージになるまで私は絶対引かないから、任せて!」
エレインの目には、闘志が燃え滾っている。さっき師匠に決闘を挑んだ時と同じかそれ以上だ。
「で、5ファージにするの! しないの!」
帝国最強の魔導騎士団の魔導騎士様は、値切り交渉でも負けたくないみたいだ。
そしていくつもの言葉が交わされ、ついに女店主の方が根負けした。
「分かりました。3シーリングと5ファージでさらにソルト100デシキロルもつけるよ。これ以上は、ホントーに無理です」
「ジャック、これぐらいでいい?」
「全然問題ないよ。むしろ、いつもより安くなった」
原価が上がったのに、買値が安くなるなんて……。
「それじゃ、次に行きましょう」
エレインが先だって商店を出て行く。
「アリガトウゴザイマシター。マタノライテンオマチシテイマス」
俺は、いつもはもっと愛嬌のある女店主の完全に棒読みな決まり文句を背に商店を出て行く。
「値切りが下手! もっとしっかりやらないと」
店先で待っていたエレインは、あきれ顔だ。
「やりすぎじゃない?」
「あれぐらいでいいのよ。他の店も私が値切ってあげる」
「いや、でも、お店がつぶれちゃったら、この先買えなくなっちゃうし……」
このままじゃ、お得意先が潰されてしまうかもしれない。
「大丈夫よ。他の客からぶんどってもらえばいいんだから」
この人、本当に気高い騎士なのだろうか? ふと、そんな疑念が俺の脳内に生まれる。
「次は……布問屋だな」
俺が昨日の夜のうちにしたためた買い物リストを俺の手から抜き取ると、エレインは市場の奥にずんずん進んでいってしまう。
これから行くお店の店主の方々、すみません。俺にはこの値引き魔人を止められそうにありません。
俺は、市場全体に向かって深々と頭を下げた。
それから、いくつかのお店を回り、必要なものは買いそろえることができた。もちろん、エレインが買い叩きに叩きまくったのは、言うまでもない。
「予算の半分の金額で予定よりもたくさん買うことができたよ。エレイン、ありがとう」
俺の両手で持ちきれないほどの量になっていた商品は、エレインが呼び出した黄金獅子騎士団付の見習い 少年騎士たちが手分けして騎士団詰め所にすでに運んでくれている。
「礼を言われることじゃない。決闘に負けた代償を払っただけだ」
「それでもありがとう。せっかくだから余ったお金で甘味でも食べに行こうよ。奢るからさ」
二人分買い食いしても余裕があるほど財布代わりに使っている革袋の中にはお金が残っているのだ。
「それでは、代償にならないではないか」
「これは、お礼じゃないよ。エレインみたいなカワイイ女の子と買い物デート出来たんだから、男らしいとこ見せたいからさ」
「っカ、カワ、カワイイ! こんな男勝りな女のどこにかわいい要素があるのだ!」
「どこって、どこからどう見てもかわいい女の子じゃないか?」
エレインをかわいくないと言ったら帝国中の女の子のほとんどがブサイクになってしまう。
まぁ、世界で一番かわいく、美しいジェーンには遥かに及ばないが。
「本当か? 本気で言っているのか?」
エレインは、顔を朱色に染めて、その辺の一般市民ならばその視線だけで射殺してしましそうな眼力で聞いてくる。
これは、怒らしてしまったかもしれない。腕っぷしと厳格な規律が支配する男ばかりの騎士の世界で生きているエレインに『カワイイ』は誉め言葉にならないのかもしれない。
なるほど。騎士団詰め所で「きれいだ」と言った時もなんだかそっけなかったが、そう考えれば納得だ。未来の顧客のご機嫌を取ろうとして実は、機嫌を損ねていたとは……。
しかし、ここまで言ったのだ、男として今さら言葉を変えることはできない。ここは、怒られるの覚悟しよう。
「本当だよ。エレインがカワイイのは間違いないよ」
俺は、どつかれるのを覚悟して瞼をギュッとつむった。
しかし、いつまでたってもぶん殴られることも怒鳴られることも、ましてや騎士の品格を穢したと言って決闘を申し込まれることもなかった。
俺がそっと目を開けると、さっきよりも鋭い眼光に顔を真紅に染めたエレインがパクパクと口を動かしている。
もはや、怒りの限度を振りきって声も出ないのかもしれない。
この隙に話題をそらさなければならない。俺の動物が本来持つ危険察知能力がそう告げている。
「そう言うことだから。うん。甘味を食べに行こう。確か、ここから少し行ったところにケーキがおいしくて有名なカフェがあるはずだから」
エレインの肩を180度回すと、そのまま背中を押してカフェに向かって押していく。
「……カワイイ……カワイイ……」
エレインは、うわごとで何かつぶやいているが声が小さすぎて聞き取ることができない。
しかし、聞こえなくても俺にはエレインが何を言っているかの見当はつく。まず間違いなく、呪いの呪文を唱えていることだろう。
市井に出回っているパチモンのインチキな呪文でなく、本当に対象の人間を三日三晩、全身筋肉痛に襲ってから殺害する呪いや四六時中腹痛に見舞われてトイレから出れなくしてから殺す呪いかもしれない。
俺は、呪い殺されないようにするべく新たな話題を切り出した。
まじめな騎士であるエレインが食いつくような話題に俺は一つ心当たりがある。
「そういえば、昼間、町にわざわざ足を運んでいたのは何か重要な事件でもあったから?」
騎士団は帝国の職業軍人としての役目のほかに治安維持のための活動も行っている。しかし、通常はもっと格式の低い騎士団が動くことになるはずで、黄金獅子騎士団の騎士が動くほどの事件であればよほど大きな事件なのかもしれない。
騎士の職務に忠実なエレインに対して、話題の転換としてこれほど適した事柄もないだろう。
「ほとんど帝都に来ないジャックは知らないのか……今帝都では、女性を狙った連続猟奇殺人が起きているのだ」
エレインの顔が一瞬で騎士の顔に戻る。
どうやら話を逸らすことには、成功したようだ。
「今回、ジャックの買い物についてきたのもこの事件に関する情報を得られれば、という思惑もあったのだ。残念ながら空振りだったが……」
確かに買い物途中で店主や町行く人たちとよく話し込んでいた。
「黄金獅子騎士団が捜査しているなんて相当、重大な事件だね」
「ああ。ここだけの話、今回の事件の犯人は高位な騎士ではないかと我々は疑っているのだ」
「えっ!? 騎士が犯人なの!?」
騎士は、長い見習い期間中に剣術、魔導、その他戦闘技能だけでなく、騎士道の精神を叩きこまれている。この騎士道の精神をしっかり身に着けていない騎士見習いやその精神に違反した騎士は騎士身分の剥奪。最悪の場合には極刑に処されることもあるのだ。
この騎士道の精神があるからこそ、騎士は高い権限を持ち、皆から尊敬されているのだ。
そんな騎士が殺人事件を起こしていると帝都民が知れば、騎士階級の尊厳を揺るがす大問題だ。
「残念ながらその可能性が高いのだ。まず犯人の剣術の腕が一流だ。切り口があまりにも見事だ。さらに、闇の高位魔導を使った形跡もあったのだ。つまり、犯人は、剣の腕がたち、魔導も使いこなせるということになる。この条件に当てはまるような人物は、考えたくはないが帝国騎士ぐらいしか考えられないのだ」
確かに、この条件に当てはまるような人物は帝国騎士が圧倒的に多い。
「犯人についてのことは、他言無用でよろしく頼む。それと何かあれば教えてほしい」
「もちろん。それにしても物騒な事件だね。帝都に妹を連れてこなくて良かったよ」
俺は、心の底から安堵する。もしも、仮に、万が一、そんなことにジェーンが巻き込まれてしまったら……考えるだけでも意識を失いそうになる。
そんな話をしている間に俺とエレインは、目的地、噂のケーキ屋『蝶の楽園』の前にたどり着いていた。
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