第5話 師匠の過去
前回のあらすじ……師匠が真昼間からお酒を飲んで、ケンカを始めました。
石畳の上では、左肩から右わき腹にかけて真っ二つに切り裂かれたはずの師匠が五体満足で力強くその場に立っている。
その反対に女騎士は、片膝を力なく石畳の地面につけ、首を垂れるように腹を抱えてうずくまっている。
むき出しになった女騎士のうなじには、師匠の握る小枝の先端が突きつけられている。
誰がどう見ても師匠の勝利だ。
「ウォオオオオオオオオ!!」
師匠の勝利に賭けていた野次馬たちが雄たけびを上げる。間違いなく高配当だろう。
「どうして!?」
師匠に負けたことがいまだに受け入れられないという顔の女騎士が問いかける。
女騎士の当然の疑問に答えたのは、決闘の行方を見ていた騎士団長だ。
「エレイン、そう気を落とすな。このお方は、前黄金獅子魔導騎士団団長ガウェイン・エムリス師匠だ。私の永遠の師匠であり、世界最強の騎士の一人だよ。お前が負けるのは、当たり前のことだ」
そう。師匠は、刀鍛冶になる前は帝国最強の騎士団で団長をしていた元英雄なのだ。今の帝国の繁栄の礎を築いた一人なのだ。
まぁ、英雄には全く見えないが……。
「そんな、まさか……この老人が、あの外套の騎士殿ですか?」
女騎士が信じられないという顔で師匠を見上げる。
外套の騎士。全身を覆う真っ黒な外套をいつでも着込み、幾多の戦場で武勲を上げ続けた師匠の二つ名だ。
ちなみに本人は、その二つ名が大嫌いだ。初めて師匠の二つ名を知った俺が、師匠を「外套の騎士様!」と呼んだときは、脳天がかち割られているかと思うどの拳骨をもらった。
当時の師匠は、今のレイク騎士団長とは違い、極度に露出を嫌い、いつでもどこでも外套を着て生活をしていたらしいのだ。だからこそ、英雄譚のみが出回っており師匠の姿を知らない人が多い。
やっぱり、そんな姿想像もできないが……。
「小娘や、その心意気は見事。ただし、その程度では自らの正義を貫こうとすれば命を捨てるぞ。力なき正義がもたらすのは滅びだけじゃ!」
いつもの自堕落な師匠とは違う、騎士の顔で敗者に語りかける。
「どうやって、私の剣戟をよけたのですか?」
「なに、簡単なことだわい。この小枝に儂の魔力を存分に注ぎ込んで剣を受け、後は殴る。ただそれだじゃよ」
師匠は、ものすごく簡単に言っているが、これは上級魔導騎士でも簡単にできることではない。
魔力は、基本的に魔導石を通して初めてこの世界の理に干渉することができる。それを魔導石を介せずに世界の理に干渉したのだ。
これは、魔導ではなく魔力操作という高等テクニックの一つで、現役時代の師匠の得意分野だったらしい。
それも曲がりなりにも黄金獅子魔導騎士団の騎士の剣を受け止める程の強度を小枝に持たせたのだ。常識外れのもいいことだ。
現役の騎士でこれができる人が一体何人いるのであろうか?
「……あ、ありえない!」
女騎士が口を開けたまま動かなくなる。あまりにも常識外れの回答に脳がフリーズしたようだ。
さらに、師匠は「殴っただけ」とさらっと言っていたが、これも実は鎧内部に直接拳のダメージを与える高等体術の一つだ。
「ガウェイン師匠、申し訳ありません。このエレインが無礼を働きまして、私に免じてお許しください」
騎士団長が師匠に片膝をつき首を垂れる。
「よいよい。若い者は、このぐらいの威勢がなくてはならんのだ。それに、儂はもうお前の師匠ではない。しがない刀鍛冶じゃ」
「ありがとうございます。今日はどのようなご用向きでしょうか?」
「ああ。お前の剣がやっとできたぞ。それを渡しに来たのじゃ」
「おぉ、ついにできたのですね。いまかいまかと待ち望んでいたのですよ。それでは、詰め所にご案内いたします。エレイン、ガウェイン師匠の荷馬車を詰め所まで持ってきなさい」
「お任せください」
レイク騎士団長に指示されるままにエレインという女騎士は、荷馬車の止まっている停留所に向かって走り出した。
今回の魔導刀の注文は、レイク騎士団長からの依頼なのだ。なかなか師匠の満足のいくものができずに、納入が遅れてしまっていたがついに完成したのだ。
師匠曰く「これを上回る性能の魔導刀は、この世に存在しない」だそうだ。
師匠と騎士団長が楽しそうに談笑しながら歩き出す。俺は、元帝国最強と現帝国最強の後を追っていく。
「それにしても、ジャック君も大きくなったなあ。最初、誰か分からなかったぞ」
「そうですね。騎士団長とお会いしたのも10年ぶりですから」
騎士団長は、ガシガシと俺の頭をなでる。撫で方が雑い。と言うよりむしろ痛い。
最近は、帝都には生活必需品の買い付け以外では来ていない。剣の製作依頼も書面でのやり取りだったのだ。
「あの生意気な小僧がこんな立派な青年になるほどの時が経ったんだな。私も老け込んだものだ」
「そんなことないですよ。この前のガリア戦役の活躍、風のうわさで聞きましたよ」
「騎士団の皆に助けられて何とかな」
騎士団長は、謙遜しているが北部ガリア王国の騎士団長を一騎打ちの末、斬り倒した活躍は、あの辺境の山奥にも届いている。そのおかげで帝国は北部ガリア王国との戦争に有利な条件で講和することに成功したのだ。
他にも、帝国の南を縄張りとして暴れていたグリフォンを倒したりと、現帝国の最強の騎士の一人だ。
「ところで、ランスロット。皇帝陛下がご病気との噂は、本当なのか?」
ガリア戦役のうわさと共に、皇帝陛下のお体が芳しくないことが帝国中に広まっていた。今回の戦争もその隙を突いたものだとまことしやかに囁かれている。
皇帝陛下に謁見が許されている騎士団長なら何か知っていてもおかしくはない。
「残念ながら事実であります。モーガン侍医長によれば、もう長くはないと……」
「そうか……陛下と共に戦場を駆け回ったのが、つい昨日のようだわい。陛下に約束を破ってしまって申し訳ない、と伝えてくれないか」
師匠は皇帝陛下と、良き臣下、良き戦友、良き理解者として戦場を駆け抜けていたのだ。今なお吟遊詩人たちがその雄姿を帝国の片隅で語っているほどだ。
確か、ジェーンの持っている本にも師匠と皇帝陛下を題材にした戦記物があったはずだ。
「分かりました。必ずお伝えいたします」
師匠が道中の屋台で買い食いをするのを止めながら歩き続ける。
二つ目の城壁を顔パスでくぐり抜けると、二人の衛兵が門を守る建物が見えてきた。
これが、黄金獅子魔導騎士団の詰め所だ。
もはや、辺境の城よりも立派な門には、騎士団の紋章である、黄金の獅子を踏みつける帝国騎士が金細工によって巨大かつ精密に描かれている。
「騎士団長、お疲れ様です」
騎士団長に気が付いた衛兵が兜のバイザーを上げ、右手の拳を胸の前に当てる。
そして、ラッパの音が高らかに鳴り響くと厳かな門が内側から開けられる。
「ご苦労」
騎士団長も同じように右手を胸の前に当て、答礼をしながら門をくぐっていく。師匠と俺は、その後ろに続いて敷地内へと足を踏み入れた。
騎士団詰め所の中では、既に先ほどの女騎士が待っていた。
「ガウェイン殿、先ほどのご無礼お許しくださいませ。改めて自己紹介させていただきます。私は、黄金騎士団団長付騎士エレイン・アスタロットであります」
「はて? 何のことかな? 初めて会ったんだが?」
師匠は、首をかしげて「何のことですか?」アピールをする。
女騎士もぽかんとなってしまっている。
師匠は、先ほどのことは水に流すと言外に言っているのだ。
「初めまして、エレイン殿。こんなにおきれいな方が騎士様なのですね。私は、ガウェイン師匠の下で刀鍛冶見習いをしているジャック・ドウです。師匠ともども良しなに」
俺は、とぼける師匠をよそにエレインと名乗る女騎士に右手を差し出す。
今後、刀鍛冶として独り立ちした時には、いい顧客になってもらえるかもしれない。是非とも良好な関係を築きたい。
「ああ、こちらこそよろしく、ジャック殿。私のことは、エレインで構わない」
俺の差し出した右手を握り返してくれる。
「それならエレイン、俺のこともジャックで問題ないよ」
「それならジャックと呼ばせてもらおう。それにしても、ジャックはお世辞がうまいのだな。こんな女らしくない私にキレイなどと」
「お世辞じゃないよ。本当にきれいだと思ったからそう言ったんだ」
エレインは確かにいかつい甲冑を着込んでいるが、深紅の艶やかな長い髪に、切れ長の目。髪と同じ色のルビーのような瞳。エレインのきれいに整った顔を美人としなければ、もはや帝国、いや、世界にはブスしかいないことになってしまう。俺のかわいい、かわいい、かわいい妹、ジェーンを除いては。
「ジャック、儂はランスロットと剣の最後の調整をしてくるわい」
師匠は、騎士団長と詰め所の建物の中へと入っていって行ってしまう。
「分かりました。その間に買い物済ませてきます」
俺は、詰め所の中に入っていく師匠の背中に声をかける。
ジェーンの薬やその他帝都でしか手に入らないものもたくさんある。次に帝都に来る時まで生活できるように買いこまなくてはならない。
師匠は、背中を向けたまま大きく手を振って詰め所の中に消えていってしまった。
「市場に行くのか?」
残されたエレインが問いかけてくる。
「その予定だよ」
「それならば私が案内しよう」
「そんなの大丈夫だよ。何回も来ているし……」
帝都に来るのは初めてではないし、結構な量のものを買いこまなくてはならないから時間がかかる。
「いや、先ほど決闘に負けた対価を私はまだ払っていない。ガウェイン殿は、なかったことにされたが、それでは私の腹の虫が治まらないのだ。それに最近の帝都は、物騒だしな」
「それなら、よろしくお願いしようかな」
ここまで言ってくれているのに断るのは、エレインの騎士としてのプライドを傷つけてしまうかもしれない。
「よし、行こう! 今すぐ行こう!」
「ちょっっ、ちょっと待って」
エレインは、満面の笑みで俺の手を引っ張っていく。
日ごろから厳しい修練をしているであろうエレインの力は、そこら辺の町娘のものとは比べ物にならない。俺は、エレインに引きずられながら詰め所の門をくぐることとなった。
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