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第29話 決着

前回のあらすじ……お兄ちゃんは、妹のために頑張ってます。

「逃げないでよ。めんどくさいな」


 俺は、何度も何度も剣を振り降ろす。


「……くっっ!」


 エレインは地面を転がるように逃げる。

 俺が斬撃を繰り出すたびにエレインの体に切創が増える。ただ、どの傷も致命傷にはなりえていない。


「少年。我が力を貸してやろうか?」

「結構だ」


 今まで黙って俺とエレインの戦闘を眺めていた悪魔が話しかけてくる。


「我に任せればこんな小娘一瞬だぞ」

「どうせ割高な代償を求めてくるんだろ。俺は、これから平穏にジェーンと暮らすんだ。お前に構っている余裕はない」


 せっかくジェーンが健康になったというのに悪魔の為に働くなんてまっぴらごめんだ。俺は、これからジェーンとしていきたいことが山のようになるのだ。


 俺は、地面も這うように逃げるエレインの片足を地面に縫い付けるように思いっきり踏みつける。これでもうちょこまかとは逃げられない。


「……そうか。それは残念だ」


 意外にも悪魔は、あっさりとあきらめる。俺の知っている悪魔という生物(?)はもっと食い下がってくるものイメージだったのだが間違いだったのだろうか?


「さぁ、楽にしてあげるよ、エレイン」


 俺は、エレインを真上から見下ろす。

 見下ろしたエレインは、黄金の鎧には無数の刀傷が刻み込まれ、整った顔には森の土で汚れている。綺麗な深紅の長い髪の毛も炎の熱で縮こまってしまっている。見るも無残な姿だ。


 しかし、それでも、エレインの瞳からはいまだに闘志が宿ったままだ。


原初竜の(ウェルシュドラゴン)吐息(・ブレス)!」


 俺とエレインの間の空間にオレンジ色の球体が生み出され、それは徐々に大きさを増していく。


 俺は、動揺することもなく魔導そのものを漆黒の刃で切り裂く。切り裂かれた炎の球体は、陽炎のような揺らぎを残して消え去る。

 手に持つ剣の切っ先をエレインの口に無理やりねじ込む。これ以上詠唱できなくするためだ。


「これ以上さ、無駄な抵抗しないでよ。殺しにくくなるじゃないか。最後に一つだけ答えてくれる? 首を動かすくらいできるでしょ」


 ほんの少し剣を押し込む力を緩める。


「他に俺のことを知っている人物は?」


 騎士団長には、完全に嘘をつかれた。今度は同じことにならないようにしなければいけない。


 しかし、エレインからの反応はない。


 俺は、剣を横に少し倒す。切っ先からエレインの口内を切り裂く感触が伝わってくる。


「もう一度聞くけど他に誰か知ってる?」

「フンガファガフォゴ」

「何? 口じゃなくて首を動かして」


 剣をさらに横に倒す。これ以上倒せば、エレインの頬から切っ先が見えてくるはずだ。

 今度は、エレインが首を小さく横に振る。


「本当?」


 反対方向に剣を倒すと、エレインがゴフッっと血反吐を吐き、今度は肯定するように首を縦に振る。


 尋問官でも、拷問官でもない俺には、いまいちエレインが嘘をついているのか真を言っているのか分からない。今度、そういうことの書いてある本を買ってきた方がよさそうだ。


「とりあえず、信じるね」


 俺は、エレインにこれ以上時間をかけるよりも朝食の支度をするべきだと判断する。もうそろそろ夜が明け始めてもおかしくない時間だ。


 ドッガァァアンン!


 突如、俺の真横で発生した爆発によって、吹き飛ばされる。そして激しく地面に打ち付けられ、なすがままに転がっていく。


「痛ってぇ!」


 あまりの衝撃によって鼓膜が破れたのか音がよく聞こえない。何とか握っていた剣だけは、まだ手の中にあるようだ。


 既に、エレインは立ち上がっており、見開かれた目にはなぜか涙が溜まっているのが見える。


 俺は、剣を杖代わりにゆっくりと立ちあがる。

 体中がじんじんと痛いが戦闘に支障はなさそうだ。


 エレインの口元が規則的に動かされ、無数の火球があらゆる方向から俺に向かって飛んでくる。


 俺は、一つ目の火球を横なぎに切り裂く。その動きのまま横に転がり、二つ目の火球を避ける。三つ目、四つ目と同じように転がって避けると、勢いそのままに立ち上がり、正面から飛んでくる火球を切り伏せる。


 六つ目の火球を対処しようと予備動作をする俺の視界に火球に紛れて近づいていたエレインが横なぎに剣を振るうのが見える。

 俺は、既に始まっていた袈裟斬りを強制的にキャンセルすると、その場を飛びのく。俺のいた空間をエレインのロングソードが切り裂く。


 しかし、エレインの剣戟を避けられても誘導性の高い火球は、爆音と共に俺に炸裂する。

 咄嗟に剣と足で体を守った俺に、さらにいくつもの火球が炸裂する。体中の皮膚が焼け、むき出しとなった肉がさらに焼かれていく。


 地面に転がった俺は、身を焼かれる激痛によって飛ばされそうになる意識を気力で寄せ集める。


 地面を這うようにエレインから距離をとると、樹木の幹にもたれかかる。


 今、気が付いたが今の攻防で俺の剣は刀身の中ほどでぽきりと折れていた。普段であればこんなもの魔力ですぐにでも直せるが、今は生命維持に体中の魔力が働いている。


 ゆっくりと俺に歩み寄ってきたエレインは、やはり泣いていた。


「なんで泣いているんだ?」


 俺は、エレインにとって騎士団長を殺し、帝国に仇名す者のはずだ。泣く意味が分からない。どちらかと言えば、嬉々として殺す方が正しいだろう。

 俺の問いかけに答えるようにエレインの口が動くが、今の攻防で完全に鼓膜の破れた俺には、何を言っているのか聞き取ることができない。僅かに口の形から「だ……す……なひ……」という部分だけ読み取ることができる。


「まぁ、何でもいいや」


 俺は、最後の瞬間が訪れるのを待つ。この状態では、相手が近づいてくるその瞬間以外に勝機はない。


 エレインがロングソードの切っ先を俺に向け、大きく引く。

 俺は、エレインに感づかれないように中折れの剣の柄を握りなおす。

 空気を震わせる突きが俺の喉元に向け放たれる。

 俺は、刀身を滑らせるように合わせると、エレインの視覚となる右目に向かって伸ばしていく。


 そして、グジュリという感触が俺の手に鮮明に伝わってくる。


 それは、既に傷ついていたエレインの右目に、俺の剣が突き刺さった証だ。

 俺の上にエレインが力なく倒れ込む。


「ふぅ……何とかなったかな……」


 俺が勝利を確信し、視線を落とすと、そこには俺の左胸を貫通する金属の棒があった。

 その状態を認識した瞬間、意識が薄れていく。


 気力で何とかなるレベルを超えている。右腕を切り離されたときに感じたような、全身が冷たくなっていく感覚が急速に広がっていく。


「……ジェーンの……朝食……そろそ……準備……しな……い……と……」


 俺は、振り絞るように全身に力を入れ俺の上に倒れこんだエレインをどけようとする。しかし、体は言うことを聞いてくれない。


「……まだ……やら……なきゃ……な……らない……ことが……」


 思いとは裏腹に、瞼を開けていることすら体が拒否する。


「……ジェー……の……快気……祝い……し……」


 眠い。

 猛烈な睡魔が襲ってくる。

 ちょっと夜更かしをしすぎたみたいだ。

 こんな状態じゃあ、満足に家事もできない。少しだけ、寝ても大丈夫だろう。



 おやすみ、ジェーン。

お読みいただきありがとうございます!


この作品の本編はここで終わりです。明日、エピローグを公開して完結します!

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