第27話 悪魔召喚
前回のあらすじ……ジャックと騎士団長が戦いました。
「決着はついた」
騎士団長の手には、俺の肩から先に本来ついているべき、肉の塊が握られている。
騎士団長が腕をつかむ力を緩めたのではなく、俺の右腕が体から切り離されたのだ。
「死ぬ前に私の質問に答えてもらおう」
確かにこのままでは、長くはもちそうにない。血が抜けるのに合わせて体が冷たくなっていくのを感じる。
「分かりました。俺の知っている範囲でお答えしましょう」
「君が人を殺す理由は、やはりジェーン君のためか?」
「はい。その通りです」
「帝都の人々の命を代償に悪魔に願ったのか? 病気を治してくれと」
「そうです」
神がジェーンを見放すなら反対の存在、悪魔に頼ってしまうのが普通の人間だろう。
流れ出た俺の血が雪の地面を朱に染めていく。俺の命が自然に還るのを表しているかのようだ。
「……そうか」
「なぜ? とは聞かないのですか?」
「ああ。そんなこと聞かなくても分かることだからな。今までのも確認してみただけだ」
騎士団長がバスターソードの柄を握り直す。
「それよりも、グネヴィアのことも君が裏で操っていたのか?」
俺は、騎士団長の口から飛び出した予想外の言葉に目を見開く。
「……その通りです。よく分かりましたね」
そこまで気が付かれているとは驚きだ。
俺の目的が達成されるまでのカモフラージュという役割と事件の落としどころとしての俺の身代わりだ。騎士団は犯人が見つかるまで捜査を続ける可能性があるからだ。
俺の答えを聞いた瞬間、騎士団長の声色が変わる。
「なぜっ! なぜ、グネヴィアなのだ!」
「簡単ですよ。グネヴィア卿の心が脆かったからです」
操りやすく、社会的な地位のある人間としてグネヴィア卿は最適だったのだ。
「ちょっと優しく語りかけたら、簡単に堕ちましたよ。身も心もね」
酒場で酔いつぶれていたグネヴィア卿を俺の言いなりにするのは簡単だった。
「馬鹿な女ですよね。利用されているだけだとも知らずに、人を殺して、悪魔と契約して、自分の体を俺に捧げて」
俺の嘲笑を込めた言葉を聞き、騎士団長の顔に怒りの色が現れる。
「たっぷり楽しめましたよ。見た目によらずかわいい声で喘ぐんですよ。アン、アンって」
「き、貴様!」
「そんなに怒らないでください、騎士団長。一度たりとも強要はしていませんよ。グネヴィア卿が自ら言い出したんです」
俺は、ただグネヴィア卿が言い出すように誘導していっただけだ。女性の尊厳を奪うような強要は良くない。俺は、強姦に興奮するような性癖は持ち合わせていない。
「……気が変わった。貴様を殺す! 私の手で貴様を殺さなければならない!」
騎士団長がゆっくりと大地を踏みしめて近づいてくる。その一歩は激しい怒りが込められているかのようだ。
「それは、困ります。まだジェーンと過ごしたいですから」
「貴様は、貴様と同じようにまだ生きていたいと願う人々の意志を無視して、殺してきたのだろう。今さら、自分だけがそんなことが許されると思っているのか!」
「はい。もちろんです」
考える必要もないことだ。
全世界の人類の命よりも大切なジェーンが生きていくためには、まだお兄ちゃんである俺が必要である。つまり、俺が生きていないといけないということである。
ジェーンのために命を投げ出すならなんのためらいもないが。
「ここで死ぬことはできません」
俺の右肩から流れ出ていた血は、もう止まっている。
騎士団長の質問に答えたのも止血の時間を稼ぐためだ。
俺は、魔導の修行をしてきたわけではない。今は、悪魔の力によって魔力だけは人の領域を超えているが魔導の技術が向上しているわけではない。
つまり、瞬時に回復魔導を無詠唱で唱えることなどできないのだ。師匠や騎士団長、エレインとは根本的に違う。俺が回復魔導を無詠唱で唱えようと思えばそれなりの時間が必要とされる。
「いくら血を止めたところで、片腕もなく、血液が無くなったふらふらの体で私に勝てるわけがないだろう」
「そんなことありませんよ。このぐらいのハンデがちょうどいいと思います」
「ハハハハハ……これ以上、私を怒らせないでもらえるかな。手元がくるってしまう。一度は共に仕事をした仲だ一太刀で殺してやる」
騎士団長が俺の右腕を投げ捨てる。俺の剣も右腕と共に騎士団長に持っていかれたままだ。
「死ね! 悪魔に魂を売った者よ!」
騎士団長が頭上に掲げた剣を振り下ろす。その姿に一切の油断もない。例え俺が避けたとしても二の太刀が俺の命を刈り取ることになるだろう。
だからこそ俺は、避けるなどと言う動作を行わない。
血肉が飛び散る不快な音が盛大に奏でられる。
「……どういうことだ……」
俺からではない。騎士団長からだ。
騎士団長の体を無数の赤い針が貫いている。
その針の主成分は、俺の血液だ。
「どういうことって、そういうことでしょう。騎士団長。あなたの負けと言うことです」
騎士団長の体に突き刺さっていた針が与えられた魔力を使い果たし、形を保てず元の血液に戻る。液体となった俺の血が地面に戻るのに合わせて騎士団長も俺と自身の血が混ざる血の海に倒れ込む。
「……まだだ。まだ終わっていない」
血反吐を吐きながら赤く染まった雪を握りしめて騎士団長が立ち上がろうとする。
一体どこにその力が残っているのだろうか? 筋繊維は今のでズタボロになったはずだ。
「はぁ。めんどくさいですね」
俺は、雪の地面に転がる漆黒の剣を左手で拾うと騎士団長の右足を切断する。
「グガアァ!」
立ち上がろうとしていた騎士団長がもう一度地面に転がり血飛沫があがる。
まだ息があるようだ。しぶとい人だ。
「一度は共に仕事をした仲です。苦しまないように一太刀で殺してあげます」
あおむけに倒れる騎士団長に馬乗りになると剣を振り上げる。
「……あ! その前に一つだけ聞いとかなければいけないことがありました」
変に優しさを出すと、痛い目を見ると本に書いてあったのを忘れるところだった。危ない、危ない。
「俺の正体を知っている人は他にいますか? 嘘はつかないでくださいね。みんな殺さなきゃいけなくなりますから」
「……ゴハァア……私だけだ。エレインも気づいていないはずだ」
「本当ですか?」
喉の元を刺そうとしていた剣を腹に突き立てる。
「ガァァァアァァ!」
腹の中をこねくり回す様に漆黒の刃を不規則に回転させる。臓器はもうめちゃくちゃだろう。
「叫び声をあげるぐらいなら早く答えてください」
「……はぁ、はぁ。誓って本当だ。私以外に貴様の正体を知る人間はいない」
ここまで痛めつけて嘘をいう人間もいないだろう。まぁ、嘘だったときは騎士団長と同じように殺せばいいだけだ。
「それじゃあ、今度こそ、さようならですね。あ! それと短い間でしたがお世話になりました」
俺は感謝の念を込めて、騎士団長の喉元に剣を突き立てる。
何度も感じた生きた肉を刃物が切り裂く感触が冷たい刃を伝って手のひらに到達する。
俺は、感傷に浸ることもなく騎士団長だった肉の塊が息をしていないことを確認した。
これで危ない橋を渡るのも終わりだ。流石に帝国騎士と渡り合うのは、もうごめんこうむりたい。
後は最後の供物をささげて、ジェーンが健康な体になることを見届ければいい。
俺は、革袋を拾うと不自然に土の地面が露出した広場に騎士団長の死体を引きずって向かう。騎士団長の死体も無駄にはしない。昔、師匠に生き物は粗末にしてはいけないと習ったのだ。有効的に使わせてもらおう。
たどり着いた広場には魔導科学研究所の隠し部屋の床に描かれた魔導陣とほとんど同じ魔導陣が描かれている。
「我が声を聞け。我が叫びを聞け。現れよ。悪魔が72柱にして序列10位。大総統・ブエル!」
魔導陣がキラキラと赤く発光し俺の顔を照らす。こんなきれいな光景から悪魔を召喚できることを何人の人間が知っているのだろうか。
「久しいの、少年。これで会うのも最後か……」
魔導陣の描かれた地面からまるで生えてくるように出てきたのは、獅子の頭を持つ悪魔だ。
「やっとお前に会わなくて済むと思うと清々するよ」
「何だ、つれないな、少年。我は少年に会えないことを残念に思っているのだぞ」
「どうせ、人間の肉が食えなくなるからだろ」
この悪魔は、人間の肉が大好きでしょうがないのだ。
「それはそうだが……どうだ少年。我との契約を延長しないか? 右腕も損傷しているのだろう」
「その必要はない。俺にはもう叶えたい願いなどない」
ジェーンが健康になってくれさえすれば、何もいらない。
右腕を治してもらう代償に要求される物を考えれば、必要性など一切ない。
「本当に無欲だな。つまらん人間だ」
悪魔が声をあげて笑う。前に言われたが俺みたいな人間に会うのは初めてらしい。悪魔を呼ぶような奴は、皆等しく欲に溺れたような奴ばかりらしい。
「何してるの? ジャック?」
供物の入った革袋を悪魔に投げ渡そうとした瞬間、森の中から声をかけられる。
まためんどくさい。
お読みいただきありがとうございます!
まさか騎士団長が……騎士団長が……!
さらに、あの人も……!
感想にてこの展開の是非を教えてくれるとうれしいです。今後の参考にします!
よろしくお願いします。




