第22話 マッドサイエンティストの正義
前回のあらすじ……ジャック達は、犯人を確信した。
魔導科学研究所は皇城の城壁に最も近い場所に居を構えている。
しかし、所長が帝国最高議会である13人会議に末席を持つ組織としてはみすぼらしい小さな建物だ。
現皇帝陛下が科学を重要視していない証拠だ。
「所長の研究室はこちらです」
先を行くリュネートが豪華な扉の前で止まる。魔導科学研究所の中では豪華というだけで、黄金獅子魔導騎士団の一般的な扉よりも貧相な作りだ。
そんな扉には『実験中』と書かれた木札が垂れ下がっている。
「所長。失礼します」
リュネートがノックをすると返事を待たずに扉を開ける。
間髪を入れずに騎士団長とエレインが部屋の中になだれ込んで行く。もちろん既に抜刀済みだ。
「帝国魔導騎士ランスロット・レイクである。グネヴィア魔導科学研究所所長! 殺人罪の容疑で逮捕する! 神妙にしろ!」
しかし、騎士団長の言葉に反応はない。
それもそのはずだ。騎士団長、エレインに続けて入った俺の視界に写る研究室には誰の姿もない。
「逃げたか!?」
俺が所長の机を指でなぞると、指先に埃がつく。ずいぶんと使われていない証拠だ。
「窓にも鍵がかかっています」
エレインがこの部屋唯一が施錠されていることを確認する。
「リュネート。グネヴィア所長がここにいることは、間違いないのか?」
「はい。間違いないと思うのです。昨日の夜からこの部屋にこもったままだと当直の職員に聞きましたのです」
「どこかに隠れているかもしれない。隈無く探せ!」
騎士団長の号令で俺たちは、広くもない部屋の中を隅々まで探し始める。
研究機材の置かれた棚。専門書が並べられた本棚。机の中。天井裏。
ありとあらゆる隠れられそうな場所をダブルチェック、トリプルチェックで確認するがグネヴィア所長を発見することはできない。
「いませんね」
往生際が悪い。ジェーンのためにも早く姿を現せばいいものを。
「リュネートさん。グネヴィア所長が新しい転移魔導を開発したということを聞いたことはありませんか?」
エレインが小さなゴミ箱の中を調べていたリュネートに聞く。
「それはあり得ないのです。所長の専門分野とかけ離れてっっ……」
振り返ると同時に立ち上がったリュネートが自ら散らかしたゴミに足をとられて盛大にこけ、盛大に頭を本棚にぶつける。
「おいっっ……これは……」
エレインが息を飲む。
本来動くことない本棚が壁に半分めり込んでいる。正確に言えば、壁だと思っていた本棚の裏側に階段が広がっていたのだ。
「……隠し扉……」
管理事務所で見せてもらった図面にもこんなものがあるなど書いていない。
「進むぞ!」
騎士団長が回転扉の向こう側に足を踏み入れる。
その後に続いて俺、エレイン、リュネートの順で進んでいく。
「祝福の道」
先頭の騎士団長が光魔導で明かりを付けると、暗闇から照らし出された木製の古めかしい扉が階段の下に現れる。
「誰かいる」
エレインが敏感に人の気配を感じ取る。
「合図で突入するぞ! 抵抗があれば最悪殺害も許可する!」
「「「了解!」」」
騎士団長が罠を警戒しつつも、扉のノブに手をかける。
「3、2、1、突入!」
古めかしい扉が壊れるかと思うほどの勢いで騎士団長が扉を開け放つ。そして、合図に合わせて俺たちが突入する。
「帝国特務騎士、ジャック・ドウ。グネヴィア卿を殺人容疑で逮捕するっっ!」
なだれ込むように部屋に入った俺が目にした光景は、想像以上のものだった。
建物の基礎である石がむき出しの壁に囲まれた部屋の中には、真っ赤な線で巨大な魔導陣が一つだけ床の中央に書かれている。
そして、その魔導陣の中心には小さな炎が揺らめく蝋燭が2つ置かれ、鮮血が注がれたグラスといくつもの臓器が乗せられた皿が一つずつ蝋燭に挟まれるように置かれている。
間違いなく悪魔召喚の儀式をここで行っているのであろう。
「遅かったデスね」
部屋の隅の暗がりから血しぶきを付けた白衣を着た女性らしさのかけらもない人が現れる。
その容貌は、初めてグネヴィア卿を見る人なら少年と間違えてしまうかもしれない。
女性だというのに短く揃えられた黒髪は全く手入れをしていないことが一瞬で分かる。大きなまるぶちメガネの内側には青黒い不健康なクマが姿を現している。
一体どれだけ徹夜すればああなれるのだろうか?
そして何より気になるのは、右の瞳から耳にかけて存在する悪魔との契約の証の紋章だ。どす黒い紋章は直接肌に刻まれていて、グネヴィア卿が間違いなく悪魔と契約していることを教えてくれる。
「おとなしく連行されろ!」
剣を体の正中に構えたまま俺とエレイン、騎士団長でじりじりと間合いを詰めていく。
「いやデス」
明確な拒否と共に無詠唱で放たれた『黒い稲妻』と呼ばれる闇魔導が容赦なく俺たち3人に向かって伸びてくる。
俺は、紙一重で『黒い稲妻』の回避に成功する。もしあたっていれば真っ黒こげだ。
他の二人は、もはや剣で魔導を斬るという離れ業で魔導を回避している。
そんなのありなのか……。
「グネヴィア。どうしてお前が……」
「久しぶりデスね。ランスロット」
しゃべりながらもグネヴィア卿の魔導は止まることはない。それどころかその魔導は苛烈に激しく乱れ撃たれる。
既に俺は、一歩も前に進めない。
エレインも同じように回避するだけで精一杯のようだ。
リュネートは部屋の隅の物陰に身を潜めている。
「なぜだ! なぜ、誰かのために役立ちたいと言っていたお前が……」
しかし、騎士団長だけは繰り出される魔導を回避しつつも一歩一歩前進している。それどころか、時節防御の合間に攻撃魔導を放っている。
「何言ってるんデスか。ワタシは今でも誰かの役に立ちたいと思っているんデスよ」
グネヴィア卿が「漆黒なる雷電龍の顎」と闇の最高位魔導を唱えると黒い稲妻によって巨大なドラゴンの顎が生み出される。
人の体よりも大きいそれは天井と床を破壊しながら騎士団長に向かって行く。このまま行けば騎士団長は飲み込まれてしまう。
「導師の海割り」
騎士団長が振り上げた剣を振り下ろすと同時に魔導を唱える。
魔導刀に組み込まれた水の魔導石が反応して剣が青く光る。
そして、騎士団長に向かっていたドラゴンの顎は不自然に真っ二に切り裂かれる。
切り裂かれ二つの塊になったそれは、騎士団長とすれ違い後方の壁を原型なく破壊する。
「殺人のどこが人の役に立つというのだっっ!」
「役に立っていると思うんデスがね。皆、死にたいと願っていましたから。もちろん、死体は余すことなく使わせていただきましたヨ。自殺のお手伝いの対価として」
「それのどこが人の役に立つというのだ! 真に人の役に立ちたいというのなら死にたいと願う人々に明日への希望を見せるべきだろう!」
「ランスロットっっ! あなたには分からないデスよ」
グネヴィア卿が撃ち出す魔導の威力が強くなる。
「すべてを手にするあなたには! 死の舞踊!」
グネヴィア卿の影が魔導に呼応して膨れ上がり分身する。
立体的な人型になった10体の影が騎士団長に襲い掛かってくる。
「私とジャックでこいつらは引き受けます!」
エレインが影に向かって「火球」を放つ。
「任せる! 無理はするなよ」
騎士団長に向かっていた影は、攻撃をしてきたエレインに照準を変える。
「ジャック! 行ける!?」
「あんまり期待しないでくれよ」
俺は、エレインの邪魔にならないように心に決める。
ここ八カ月騎士団長とエレインに鍛えてもらった成果を発揮する時だ。
「そうやっていつも誰かに助けてもらえるあなたには絶対に分からないデス」
「何を言っているんだ!?」
「ワタシはあなたに追いつきたくて、追い越したくて、剣も魔導も誰よりも努力したのデス。でも、あなたはいつもワタシを軽々と越えていった。あなたは誰からも認められ、ワタシは誰からも認められない」
「そんなことはない! 現に今も努力が認められて魔導科学研究所所長という地位にいるではないか。それこそが人々の希望になるだろう」
「違うっ! ワタシもお前と同じように人々のために頑張ってきましたのデス。しかし、毎年予算は縮小され、人員は削減される一方。これのどこが認められているというのデスか」
巨大な雷が騎士団長を襲う。
「それならば、議会で言うべきだっただろう。例え長い年月がかかろうとも。言ってくれれば私も協力で来たはずだ」
騎士団長の周囲にできた半透明のベールが巨大な雷が騎士団長に到達することを防ぐ。
今度は、逆に騎士団長からいくつもの水球がグネヴィア卿に向かって飛んでいく。
「原因の一つであるお前が何を言っているのデスか」
グネヴィア卿は、飛んでくる水球を無造作に叩き落としてく。
いまだにグネヴィア卿は、当初の位置から一歩も動いていない。
「騎士団に予算も人員も持っていかれるからこそ、我々の研究所は日陰の追いやられ、人々の為、帝国の為に満足に活動することができなくなったのデス」
会話の合間にも様々な魔導が飛び交い、幾多の攻防が行われていく。
「これからの未来で必要なのは、限られた才能ある人にしか扱えない魔導ではなく、誰でも平等に使える科学だ。だからこそワタシは科学が蔑ろにされる現状を別の手段で変えようとしたのデス」
「……まさか!」
「そのまさかデス。ワタシは、悪魔に願ったんデス。科学を蔑ろにする愚帝を呪い殺してくれと」
グネヴィア卿の背後から禍々しいオーラ―がにじみ出てくる。
「悪魔は、言ってくれたのデス。科学の発展に協力すると。忌々しい騎士を皆殺しにしてくれると」
俺たちが相手にする影がさらに膨れ上がる。身長は3メートルに達するかと言うほどに。今までも人では考えられないほどの重さを持った攻撃がさらに重くなる。
「クソ! すまない、エレイン! 押し込まれそうだ」
重くなった影の攻撃を剣で受け流しきれないと判断し、攻撃を回避することで防ぐ。まともに受けていては、剣の方が壊れてしまいそうだ。
「もう少し耐えてくれ! あと少しでこちらは片付きそうだ」
俺が4体に手間取っているうちに既にエレインは、5体分の影を倒してしまっている。これがエリート騎士の実力と言うのだろう。
「もっと、もっとだ! 力を貸せ、悪魔! まだ、まだ足りない!」
グネヴィア卿の言葉に呼応するかのように顔の右半分を覆う紋章が怪しく光る。そして、彼女の頭から醜い太い角が二本生えてくる。もはや人間ではなく悪魔そのものだ。
「悪魔に体を売ったのか!」
「体じゃない、魂の一部をくれてやったのサ」
「……グネヴィアっ! ……もうお前に対話など望まない。お前の言いたいことは聞いた。確かにお前の苦悩に気付いてやれなかった私も悪いかもしれない。やり方が間違っているだけで、お前にまだ幼き日の思いが残っていることも伝わった。でも、だからこそ、私がお前を倒す!」
騎士団長が覚悟を決めた表情になると、剣気が部屋中に充満する。
「主海神三叉撃」
騎士団長は、一瞬にしてグネヴィア卿との距離を剣が届く距離まで縮める。
そして、強力な魔導を纏った剣戟を浴びせる。
しかし、グネヴィア卿は何もない空間から漆黒の剣を生成するとその剣戟の初撃をいともたやすく受け止める。
「まだまだぁぁぁ!」
しかし、今まで騎士の本分でない魔導の打ち合いと違い、剣での攻防は騎士団長が数枚上手だ。
騎士団長が神速の3連撃を頭、腹、足に向かって放つ。あまりの速さに三つの斬撃は全く同時に繰り出されたかのようにグネヴィア卿を襲う。
グネヴィア卿は、その3連撃避けきれないと判断したのか、横に飛ぶことで回避する。
「かかったな」
騎士団長がニヤリと笑うと、グネヴィア卿の着地した地面が不意に輝きだす。
「主海神の青銅獄」
青く光る魔導陣からいくつもの魔導の鎖がグ伸び、ネヴィア卿に絡みついていく。
「もう終わりだ。おとなしくしてくれ」
鎖によってがんじがらめにされてもグネヴィア卿はいまだに殺意のこもった目で騎士団長を睨みつけている。
「まだ終わっていないデス! これからデス!」
お読みいただきありがとうございます!
正義って難しいですよね。人類の永遠の問題です。




