第19話 初めての手がかり
前回のあらすじ……仕事中にジャックがエレインといい感じになった。
悲鳴を聞きつけた俺とエレインがたどり着いたのは、帝都を流れる人工河川・ケボーンに架かる橋の下だ。そこは血と肉の生々しい臭いで溢れかえっている。
そして、見るも無残な人間だった肉の塊が地面に横たわっていた。夜のうちに野良犬に食い散らかされたのか、いくつもの獣の噛み跡が死体に残されている。
俺は、悲鳴の現況、第一発見者であろう貴婦人に声をかける。
「おはようございます。黄金獅子魔導騎士団の特務騎士ジャックです」
「同じくエレインです」
俺は騎士団所属の証である、紋章が刻まれたバッジを見せる。エレインは、鎧そのものものがその証明になっているのでバッジは見せていない。
「初めまして。私は、アッシュフィールド侯爵家で使用人をしております、メアリーです」
彼女は、スカートの裾を摘まんで淑女らしく頭を下げる。さすが侯爵家。使用人にまで教育が行き届いている。
「単刀直入に伺います。こちらには何をしに?」
エレインは、俺に彼女の事情聴取を任せ死体の検分に入っている。
「アウステル市場に買い物に行く途中に川からなんだか生臭い臭いがすると思って来てみたら死体が……」
俺は、中央地区の地図を懐から取り出すとアッシュフィールド家の屋敷の場所を探す。ここは、アッシュフィールド家の屋敷からアウステル市場に向かう時の通り道で間違いなさそうだ。
「なるほど。何か不審な人を見たりしていませんか?」
「いえ。私がここに来た時には、野良犬がいるだけで既に誰もいませんでした」
「所持品を見せていただいてもいいですか?」
「問題ありません。どうぞ」
「失礼します」
俺は、彼女の持っていたカバンの中身を見させてもらう。化粧ポーチに香水、財布、ハンカチ、メモ用紙、筆記用具。特に凶器になるようなものなどは、入っていない。
「ご協力ありがとうございます。それと失礼なようですが、メアリーさんは死体を見てよく平気でいられますね」
普通の女性であれば、腰を抜かして動けなくなるか、パニックになってヒステリーを起こしてしまうものだ。
「淑女たるもの動揺を体に表してはならないと教育されているので……本当なら、今すぐケボーン川に吐きたいくらいです」
俺は、その後も様々な質問を繰り出していく。なぜなら、第一発見者の彼女は犯人の可能性があるからだ。これまで8カ月、騎士団長やエレインに鍛えられて尋問の技術も上達してきている。
そして、俺は一つの結論にたどり着く。
彼女が犯人である可能性は低い。
彼女の服は、血どころか乱れている様子もない。もちろん後で裏をとるが、辻褄もあっているしウソを言っているそぶりもない。
「ジャック。どうやら悪魔召喚士の仕業に間違いなさそうだ。死体の臓器がない。血もほとんど抜かれている」
現場検分を終えたエレインが背後からメアリーさんに聞こえないように教えてくれる。
「すみません。メアリーさん、少しその辺で待っていてください。直に近衛兵が来ます」
俺は、メアリーさんに一言断るとエレインと死体の方に近づいていく。
「他に何かわかった?」
ああ。今回は、死体の身元が分かった。スチュアート伯爵家の次女だ」
「本当!?」
今までの被害者は誰一人として身元が分からなかったのだ。これだけでもテンションが上がる。
「死体の身に着けていたカバンの裏地に小さな紋章が入っていたから間違いない。あれは、スチュアート家の紋章だ」
「次女だというのは?」
「スチュアート家の奥方は、既にお亡くなりになっているし、長女は帝国の北部を領地とするにいる辺境伯に嫁いでいて帝都にいない。さらに、スチュアート家は昔から男の使用人以外雇っていない」
「だから、消去法で次女となるわけか」
スチュアート家と分かれば後で誰が行方不明になっているかも聞けば分かる。
「あとは、騎士団長たちが到着するまでのあいだ周辺で聞き込み調査をしよう」
「了解」
同じように悲鳴で駆け付けたであろう近衛兵に現場の警戒とメアリーさんを預けると、俺とエレインは手分けして周辺の聞き込み調査を開始する。
普段であれば、衛兵に任せてしまうのだが、今回は重要な証言が取れるかもしれない。直接聞き取るのがベストだという判断だろう。
「おはようございます。黄金獅子魔導騎士団の者ですが。誰かいらっしゃいませんか?」
俺は、事件現場から川を挟んだ向こう岸にある屋敷を一軒一軒あたっていく。貴族の住む地区だけあって一つ一つの屋敷がやたらとでかい。しかも、領地で生活している貴族もいるのでそもそも人の気配が少ない。
「はい」
3軒目にして、初めてガチャリと音がして中から人が現れる。
「おはようございます。黄金獅子魔導騎士団の特務騎士ジャックです。捜査にご協力お願いします」
中から出てきたのは、女性の使用人だ。
「もちろん、ご協力させていただきます」
「この付近で事件がありましたので聞き込み調査をしているのですが、昨晩から今朝にかけて不審なことはありませんでしたか? どんな些細なことでも構いません」
「不審なことですか……そういえば、昨日の夜中に雨が降っているわけでもないのにレインコートを着た人が橋を渡っていました」
いきなりビンゴだ! 雨も降っていないのにレインコートを着ているなんて怪しすぎる。この事件始まって初めての犯人への手がかりかもしれない。
「不審な人物の背格好やレインコートの色とか分かりますか?」
「すみません……暗かったので詳しいことは……」
「他に何か気付いたことはありませんか?」
「……あ、それと鈴の音が聞こえました。クマ除けの鈴の音です」
「……鈴の音ですか……間違いないですか?」
鈴の音と言えば、どこかで聞き覚えがあるようなないような……これを思い出せると事件が進展していきそうな気もする。
「はい。間違いありません。昨日は、針仕事で徹夜だったので間違いないです」
自身に満ち溢れた女使用人が答えてくれる。ただし、寝不足の目の周りにはひどいクマが浮かび上がっている。使用人も何かと大変なんだろう
「他にはどうですか?」
「……他は気が付きませんでした。お役にたてなくてすみません」
「いえいえ、ご協力ありがとうございます。また、何か思い出したらご連絡ください。失礼します」
俺は、ドアが閉まるまで丁寧に頭を下げる。捜査協力のためにも印象は大切だ。
その後、他の屋敷にも同様に聞き込みを行ったが、これ以上の犯人につながるような情報をつかむことはできない。
俺は、事件現場に戻るために橋を渡っていく。
「エレイン。そっちは、どうだった?」
俺とは反対側の岸で聞き込みをしていたエレインと合流する。
「こっちは、全くダメだった」
エレインは「お手上げです」と両手の平を空に向けた。
「こっちは、一つ収穫があったよ」
「本当か!」
だいぶ食い気味にエレインが詰め寄ってくる。
俺は、聞き取り調査の結果わかったことを詳細に説明する。
「レインコートを着た人影にクマ除けの鈴の音か……」
何かを考えるようにエレインが顎に手を当てて沈黙する。
「……何か気が付いた?」
「いや、気が付いたというほどではないんだ……最近、どこかでよく鈴の音を聞いた気がするんだ」
どうやら、エレインも同じ事を思ったようだ。
「そうなんだよ。俺もどこかで聞いた気がするんだけど、どこで聞いたのか思い出せないんだよ」
喉の上まできているがどうしても思い出せない。なんだかもやもやとして気持ち悪い。
「そのうち思い出せるだろう。今からスチュアート伯爵家に向かい、次女の訃報と聞き取りを行おう」
確かに今は鈴の音について考えるよりも被害者の遺族のもとに向かう方が重要だ。
「了解です」
エレインは、俺の返事を聞く前から歩き始める。さすがに帝都の守護を司る騎士団の一員だ。貴族の屋敷は把握しているのだろう。
「……ジャック。スチュアート家の屋敷はこっちなのか?」
……って、知らないんかいな!
「そっちみたいだよ」
俺は、帝都の詳細が書かれた地図(一枚で金貨15枚もする)でしっかりと確認して、先を行くエレインに駆け寄っていった。
お読みいただきありがとうございます!
初めての手がかりが見つかりましたね。ここから事件は解決へと……!?




