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第2話 食器洗いは危険です!

前回のあらすじ・・・シスコンLv999(カンスト)兄貴が作るご飯は、現代日本なら行列のできるレストランになるかもしれません。

 俺は、急いで残った朝飯をかきこむと、机に放置された師匠のお皿と自分の皿、台所にある調理器具を外にある備え付けの(おけ)に持っていく。

 家の外壁から生えるように突き出た蛇口を捻ると、近くの小川から魔導ポンプによって吸い上げられた水が勢いよく流れ出て、桶の中に水を溜めていく。


「んんっ!」


 指が水に触れると声にならない(うめ)きが、勝手に出てしまう。

 季節は既にラッパスイセンの黄色い花が見ごろを迎えた、春真っただ中。だが、ここは山だ。

 朝晩は、いまだに冷え込む。さらに、蛇口から流れ出る水も雪解け水だ。

 何を言いたいかというと、ものすごく冷たい。少し水の中に手を入れただけで手が赤くなってきている。それでも、使った食器は洗わなければならない。


 俺は石鹸をたわしにつけると、食器を優しく洗う。汚れが取れれば、桶に沈めてすすげば終了だ。

 師匠と俺の皿、フライパンに鍋。まな板、包丁を素早く洗う。

 そこにジェーンが危なっかしい足取りで、食べ終わったお皿を持ってきた。ちょうどいいタイミングだ。


「ありがとう、ジェーン。あとは、俺が洗っておくから家の中に戻っていいよ」


 俺は、ジェーンから皿を受け取ろうと手を伸ばす。


「自分でやるよ、お兄ちゃん」


 ジェーンは、笑顔で俺の申し出を断ろうとする。しかし「自分で歩く」や「一人で食べられる」とは、食器洗いは、わけが違う。危険度が段違いなのだ。

 冷たい水の中に病弱なジェーンの指を入れさせるわけにはいけない。というか、女の子が体を冷やしてはダメだ。

 これだけではない。さらに、食器洗いにはもっと大きな危険が潜んでいる。


 それは、食器が割れるかもしれないということだ。水にぬれて滑りやすくなった食器を落として割る可能性も高い。その破片が、ジェーンのシミ一つない肌に当たらないとも限らないのだ。

 兄として、ジェーンに対する危険は排除しなくてはならないのだ。


「ダメだよ。ジェーン。お皿を洗うのは、お兄ちゃんに任せなさい! 水も冷たいんだから」

「大丈夫だよ。水が冷たいのは、お兄ちゃんも変わらないでしょ!」

「俺は、このぐらい平気さ。なんてことないよ」

「嘘つき! 嘘つきなお兄ちゃんはキライ!」


 ジェーンは、ほっぺたを膨らまして、プイッとそっぽを向いてしまう。

怒ったジェーンも可愛らしい。ずっとこのまま眺めていたい……って、違う違う。


「嘘じゃないよ、ジェーン。本当にこのぐらい何ともないから」

「じゃあ、その真っ赤になった両手はどうしたの!」

「うっ!」


 俺は、とっさに両手を体の後ろに隠す。


「これは、えっと、その、ちょっと拍手しすぎて……」


 我ながら苦しすぎる言い訳だ。


「本当は?」


 ジェーン捜査官は、言い逃れを許してくれないようだ。


「すみません。本当は、冷たかったです」


 俺は素直に水が冷たかったことを認める。


「よろしい。だから、お兄ちゃんは休んでて」

「それは、出来ないよ。ジェーンに危険なことはさせられません!」

「私が読んだ本には食器洗いが危険なことだなんて書いてなかったもん!」


 体が弱いジェーンは、外に出て遊んだりすることができない分、家の中で読書をしていることが多い。有名どころの絵本や童話は、もちろん読み終わっている。そればかりか、最近では難しい専門書を読んでいることもあるのだ。

 そのため、ジェーンは変なところで、すごい知識を持っていることがある。そして、意外と強情なジェーンは、一度言い出したらなかなか意見を変えてくれない。


 これ以上、言い争って無駄にジェーンを寒空の下にいさせるわけにはいかない。

 俺は、仕方なく折衷案を提案することにする。


「それなら、一緒にやろう。食器洗いを半分こだ。これならいいよ」


 俺が一緒にやれば、危険を未然に防げるはずだ。


「ありがとう。お兄ちゃん」


 ジェーンは、お皿を半分渡してくれる。半分とは言っても、元々が2枚しかないので、俺とジェーンで一枚ずつ洗うことにする。


「いい? まずは、このたわしにそこにある石鹸を少しだけつけて」


 俺は桶を挟んで向かい側に座った、ジェーンにお皿の洗い方を一から教えていく。


「こうでいいの?」

「そうだよ。それでお皿を優しく擦って」


 ジェーンは、ぎこちなくたわしをお皿に当てて洗い始める。

 そこまでひどい油汚れのあるようなメニューではなかったので、力のないジェーンでもすぐにお皿をきれいにできる。


「どう、お兄ちゃん?」


 ジェーンが自信満々にきれいにしたお皿を見せてくれる。


「完璧だよ。あとは、水の中できれいにすすげば終わりだね」

「うん!」


 ジェーンが喜んだ瞬間、俺の予想が的中した。俺に見せるために、少しだけ持ち上げていたお皿がジェーンの手から滑り落ちたのだ。

 それは、ちょうど桶の中に落ちていく軌道だ。


 俺の体は思考よりも早く動いていた。水の中で食器をすすいでいた手が、反射的に水中から空中へ体の限界を超えた速度で動き、お皿をキャッチする。もちろん、水しぶきが出ないように手のひらを横に向けることも忘れていない。

 あと少し反応が遅かったら、はねた水しぶきがジェーンにかかっていたかもしれない。

 やはり、食器洗いは危険な作業だ。そう再認識せざる負えない。


 脳内の『ジェーンにさせてはいけない危険作業リスト』に食器洗いを新たに追加する。


「お兄ちゃん、血!」

「大丈夫か!? どこをケガしたんだ!!!!!」


 まさか、お皿をキャッチしたときに、手とお皿がこすれて、目に見えない超微細な破片が飛散してしまったのか!

 ジェーンにケガをさせてしまうなんて。兄として失格だ。ケガから悪いものが入って命を失ってしまったら。いや、血が流れ出すぎて死んでしまうかもしれない。


「今すぐ手当てしないと!」


 俺は、ジェーンを家の中に運ぶために抱き上げようとする。


「違うよ。お兄ちゃん。私じゃなくて、お兄ちゃんがケガしているの!」


 ……俺が、ケガ?


「ここ、血が出ているよ! 大丈夫?」


 ジェーンが心底心配そうに指差したのは、俺の左の薬指の第二関節だ。

 よく見れば関節の部分から血が出ている。


「大丈夫だよ。ただのあかぎれだよ」


 食器洗いとか洗濯ものなどの水仕事をよくするとなる、家事をする者にはおなじみのケガだ。

 今回は、急に動かしたせいでぱっくりと割れてしまったのだろう。


「放っておけば勝手に治るよ。そんなことより、ジェーンは本当にどこもケガしてないよね」


 俺のケガなんてどうでもいいが、ジェーンのケガは大変だ。


「私は、本当に大丈夫だから、お兄ちゃんは、そこで待ってて」


 ジェーンは、それだけ言うと家の中に入っていってしまう。

 俺は、ジェーンが玄関を通り抜けるのを見届けると、ジェーンの分のお皿もささっとすすぐ。

 洗い物が終わった俺は、桶をひっくり返して水を流す。そして、お皿を重ねると、家の中に入った。

 家の中では、ジェーンが椅子の上に立って食器棚の上にある薬箱に手を伸ばしていた。


「危ない! ジェーン降りてきなさい」


 俺は、お皿をテーブルの上に置くとジェーンを、持ち上げて椅子の上から降ろす。


「何してるの! ジェーン!?」


 最近思うが、ジェーンは意外と危険なことをしている気がする。


「お兄ちゃんのケガを何とかしたくて……」


 ジェーンは、自分でも危険なことをしている自覚があったのか、しゅんとうなだれてしまう。


「分かったから、ジェーン。椅子の上に立っちゃだめだよ。高いところの物は、お兄ちゃんに頼んでくれればとるから」

「……うん。ごめんなさい」


 ジェーンは、ウルウルと涙目になってしまっている。

 涙を我慢するジェーンも一段とカワイイ。

 俺は、ジェーンに棚の上の薬箱を渡す。


「それじゃあ、手当てをお願いしようかな」


 俺は、椅子に座ると左手をジェーンに差し出す。


「うん。任せて」


 ジェーンは、瞳にためていた涙を拭きとると、後光が差す勢いの笑顔でうなずいた。そのまま、薬箱の中から消毒液とガーゼ、包帯を取り出すと、俺の膝の上に座る。

 ジェーンの高くない体温が俺の太腿(ふともも)を介して全身に染み渡っていく。昇天してしまいそうだ。


「大丈夫? しみていない?」


 消毒液を傷口につけながらジェーンが聞いてくる。


「全然、痛くないよ」

「良かった」


 それよりも、ジェーンの髪の毛から、ほのかに漂ってくる銀木犀(ぎんもくせい)の花のような香りが俺の心を(いや)してくれている。回復魔導としての効果がありそうだ。

 できれば、このまま抱きしめて髪の毛の中に顔をうずめたいぐらいだ。


「はい、できたよ」


 俺がジェーンの香りに心を奪われている間に、俺の指にはしっかりと包帯が巻かれていた。お世辞にもきれいに巻けているとは、言えないけれども、愛しのジェーンが巻いてくれた包帯だ。怪我(けが)が治っても外す気はない。


「あと、呪文も唱えるね」


 呪文? ジェーンに回復魔導なんて教えた覚えはないんだけど……。


「痛いの痛いの飛んでけ~。はい、終わり! どう? 痛くない?」


 呪文とともに何かを丸めるしぐさをすると、そのままどこか遠くへ投げてしまう。


「うん! 痛くないよ」


 今の呪文に回復魔導の効果はないはずだが、本当にほんの少しも痛くない。むしろ、完全に治ってしまったんでないだろうか?


「ジャック、まだかー!」


 師匠の叫ぶ声が仕事場の方から聞こえてくる。


「今、行きます!」


 俺は、ジェーンに「ありがとう」というと師匠のところに向かった。

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