第17話 現状はあまり良くないです……
前回のあらすじ……新たに天然巨乳キャラが出没しました。
「お兄ちゃん、見て! 雪が降ってるよ!」
ジェーンがベッドの脇の窓の外を指差して可憐に笑う。今、ジェーンはベッドに入りながら上半身だけを柵によりかからせて座っている状態だ。
ジェーンの余命が宣告されてから既に8カ月が経過した。既に、ジェーンは3回高熱で意識を失っている。お医者様からは「次は覚悟してください」と言われている。
お医者様といっても前に診てもらったアイスクラー医師ではない。アイスクラー医師は、グリーメル辺境伯の屋敷を襲った盗賊に辺境伯一家と共に殺害されてしまったのだ。
「本当だ。今日は一段と冷え込むかもしれないね」
実際にジェーンは、もう、ベッドから出ることができなくなってしまっている。師匠が作ってくれた車輪付きの椅子に座っていることすらできない。体は、今まで以上に細くなり、寝ている時間が多くなってきている。もちろん、そんなジェーンも間違いなく世界一かわいい。むしろ、か弱い感じが守ってあげなければいけないオーラを出していて、男心を刺激している。
「……私も雪の上で遊んでみたいな」
「元気になったら思う存分雪の上を駆け回れるよ。なんなら、お兄ちゃんがジェーンをそりに乗せて引っ張ってあげるよ」
「ありがとう、お兄ちゃん。とっても楽しみにしてる!」
無邪気に笑うジェーンは、今まで雪で遊んだこともなければ、触れたことすらない。いつも窓越しに、降り積もる雪を眺めているだけだ。
「ゴホッ、ゴホッッ」
「大丈夫か!? 今、お医者様を読んで来るからな!」
俺は、ジェーンの背中を優しくさする。
「大丈夫だよ。もう、お兄ちゃんは心配性なんだから」
「本当に大丈夫なのか? 無理しなくてもいいんだよ。お兄ちゃんにできることがあったら言ってくれればいいからな」
「本当に大丈夫だよ」
「でも……」
「それなら、ホットミルクが飲みたいな。うんっと砂糖を入れた甘いホットミルクがいいな」
「分かった。すぐに持ってくるから。しっかりと布団を被っておくんだよ」
「うん」
俺は、ジェーンの体をそっと支えてベッドに寝かせる。そして、厚手の羽毛布団をジェーンの首元まで引き寄せる。
最後に優しくジェーンの頭をなでると部屋を後にした。
向かう先は、もちろんキッチンだ。キッチンの床下にある食料保管庫から牛乳を取り出す。
地下に作られた食料保管庫は、一年中低温に保たれていて食料の日持ちが少しだけ長くなるのだ。
「ジャック。儂にも一杯、作ってくれ」
唐突に背後から師匠に呼びかけられる。
「そんなに驚くことないだろう。最初からいたじゃろう」
全く気付かなかった。まぁ、師匠が本気で隠れていたら俺には見つけることもできないはずだ。
「言っておくが、隠れてなどいなかったぞい。そこの椅子に座っておったわい」
そう言って師匠が指差したのは、食卓を囲む椅子の一つだ。
確かに今まで誰かが座っていたことを示すように一つだけ椅子が乱れている。
「すみません、全く気が付きませんでした。師匠のホットミルクは、ラム酒を入れればいいですか?」
師匠の飲むホットミルクは、どちらかと言えばラム酒のホットミルク割りだ。
「ああ、それでいいぞ。ちとぬるめにな」
「分かりました」
「それよりも、ジャック。最近寝ておるか?」
「まぁ、それなりには」
「それなりとは、どれくらいじゃ」
どれくらいと言われると難しい。寝る時間がいつもバラバラなのだ。
「えーと……平均2~3時間ぐらいですかね」
ジェーンの看病、ジェーンの病気の治療法の発見、3人分の家事、刀鍛冶見習いとしての修行、いまだに解決に至っていない帝都で起こる連続猟奇殺人事件の捜査。やらなければならないことは、山のようにあるのだ。
「ジャック。少しは休まないと体がもたないぞ!」
いつもは、テキトーな師匠がいつになく真剣な口調で言う。ただ、俺が寝られない原因の一つに師匠のお世話があるのだが。
「ジェーンの命がかかっているのに休んでられないですよ」
ジェーンが死の淵にいるのに、お兄ちゃんである俺が休むなんて許されることではない。むしろ、もっと睡眠時間を削りたいぐらいだ。
「お前が倒れてしまっては、元も子もないじゃろう」
「それは、心配ないです。毎日、身体活性魔導を使っていますから」
疲労を感じなくさせる魔導を朝昼晩と一日3回必ず使用している。こいつを使えば徹夜なんてなんのそのだ。
「まぁ、言っても聞かないことぐらい予想はしていたがな。ジャック、時には誰かに助けを求めることも必要じゃぞ」
「心に留めておきます」
弱火で温めていた牛乳に小さな気泡がぷくぷくと浮かび始める。いい具合にあったまった証拠だ。俺は、たっぷりと砂糖を入れたコップと、ラム酒を3分の1まで入れたコップにホットミルクを注ぐ。
「師匠、出来ましたよ」
木の棒で優しくかきまぜたラム酒のホットミルク割りを師匠の前に置く。
「ありがとう、ジャック」
「ジェーンの所に持って行ってきます」
俺は、トレーに白い湯気をうっすらと上げるホットミルクを乗せるとジェーンの部屋に向かう。
「ジェーン。できたよ」
ジェーンの部屋の前で呼びかけるが応答がない。
俺の心臓が大きく跳ねる。最悪の事態が頭をよぎる。
考えるよりも先に体が勝手に行動を開始していた。
勢いよく扉をあけ放つ。そこに一切の躊躇はない。
「ジェーン!!!!!!!!!」
俺は、迷いなくジェーンのいるベッドに駆け寄っていく。
しかし、俺の予想はいい方向に裏切られた。
ベッドに横たわるジェーンは静かに寝息を立てている。脈拍も全く異常がない。どうやらただ眠ってしまっただけのようだ。
「よかった……熱っっ!」
安堵から肩に入っていた力がいきなり抜け、いつの間にかこぼれて俺の体に付着したホットミルクに気が付く。そこまで温めていなかったおかげで、やけどだけは免れたようだ。
俺は、いつも持ち歩いている、雑巾兼タオルでこぼれたホットミルクを丁寧にふき取る。そして、ベッドの脇の椅子に腰かけた。
静かに眠るジェーンは、おとぎ話の世界のお姫様よりも美しく、吟遊詩人たちの語る亡国の王女様よりも俺の心を締め付ける。この寝顔を見られなくなってしまうと考えると心臓が止まりそうになって、胃酸がこみあげてくる。
俺は、吐き気を押さえ込もうとコップに残った甘いホットミルクを一気に飲み干す。
「……やっぱり、おいしくないな」
俺には砂糖の入った甘いホットミルクはどうしてもおいしく感じられない。むしろ師匠の飲むラム酒を入れたホットミルクの方がおいしと思う。
「フフッ」
俺の口から自然と笑い声が零れ落ちる。大好きな妹。最愛な妹。絶対に守ると心に決めた妹。ジェーンが黒を白だと言ったら、俺は黒も白だと信じられるだろう。でも、なぜだかホットミルクの好みだけは合わせることはできなさそうだ。味覚と言うものは不思議だ。これが男女の差というものだろうか?
眠るジェーンの髪の毛を優しくなでる。外に降り積もる雪と同じ銀髪がハラハラと手の隙間から儚げに零れ落ちていく。
絶対に助ける。
俺の脳裏には、幾度となく誓った言葉が浮かび上がる。これまでたくさんのお医者様にジェーンを診てもらった。多種多様な治療法を試してきた。効果が不確定な治療法、気休め程度の民間療法、ありとあらゆる回復魔導。どれもジェーンの体を治すことはできなかった。
でも、まだあきらめることはできない。あきらめてはいけない。例え神様が見放しているのだとしても俺だけは、ジェーンのことを見放したりはしない。この世界には、いまだ発見されていない治療法があるはずだ。誰も見つけられないのであれば、俺が見つければいいだけのことだ。
「ジャック! そろそろ時間じゃないのかー!」
壁に掛けられた魔導時計を見れば、既に帝都に向けて家を出なければならない時間だ。規律厳しい騎士団において時間は絶対だ。
「今、出ます! 行ってくるね。ジェーン」
眠ったままのジェーンの額にやさしく唇で触れ、ジェーンの部屋を後にする。
自分の部屋に入ると、黄金獅子魔導騎士団の紋章の入ったシャツ、ズボン、ロングコート、ブーツに着替えると壁に立てかけてある剣を腰にぶら下げる。胸当てと籠手は、騎士団の詰め所で保管している。
「行ってきます!」
俺は、移動魔導を手短にかけると、今年初めての雪景色の中に飛び出した。
「気を付けるんじゃぞ」
俺は振り返らずに、右手を鈍色の空に突き上げることで師匠の言葉の返答とした。
お読みいただきありがとうございます。
ジェーンのことを書いているときめっちゃ楽しいのに家から出られなくなってしまったので、出てくる場面が……
第3章突入を記念して、感想とか、ポイントとか、レビューとかしていただけるとうれしいな(/ω・\)チラッ
これからもよろしくお願いします!