閑話 とある路地裏のそのまた裏のさらに裏で
閑話です。
今日は2話更新します。
帝都の西地区。魔導灯の明かりも差し込まない路地裏のさらに裏。木製のドアにもたれかかる一人の女性がいた。
名前をマギー・マクレーンという。
「今日も稼ぎは、ゼロかいな」
マギーの職業は、娼婦だ。帝国では厳しい法によって、春を売る行為自体が禁止されているので、正確には無職の犯罪者だ。ただ、マギーは娼婦としての誇りを持っているし、娼婦が天職だと自覚しているのでやめる気は一切ない。
「クソ殺人鬼め!」
マギーは自分でもいうのもなんだが、顔は美人の部類に入っていると思っている。いや、間違いなく美形だ。ボディーもそこら辺の町娘とは比べ物にならないものを持っていると自負している。一晩で、庶民の一ヶ月分の給料を稼いだことも一度や二度ではない。
ここ最近、マギーの商売がうまくいっていないのは、ひとえに、帝都で発生している連続猟奇殺人事件のせいだ。
「騎士団も役立たずもいいところだ!」
マギーは、騎士団が大嫌いだ。
理由は単純だ。騎士団は、マギーの大切なものをいつも奪っていくのだ。
娼婦だった母は、騎士団に捕まった。幼いマギーを拾ってくれた犯罪組織の幹部は、騎士団に問答無用で殺された。
だからマギーは、騎士団が大嫌いだ。
そんなマギーの耳に石畳の道を歩く革靴の音が届いてきた。マギーは、咥えていたパイプの火を消すと気合を入れる。一週間ぶりの客になるかもしれない。
暗がりの中から人影が現れる。間違いなく男だ。しかも、暗がりでもわかるほど洗礼された高価な服を着ている。貴族に違いない。もしかしたら、位の高い貴族かもしれない。
「貴族の旦那! 私と遊ばない? 私は、ものすごいよ」
マギーは、躊躇なく男の腕に胸を押し付けつつ抱きつく。狙った客を逃さないマギー流のテクニックだ。
「……必要ない」
「そんな、つれないこと言わないでさぁ……いつもは2シーリングの所を今日だけ1シーリングにまけとくからさ」
とびっきりかわいい笑顔で上目遣いに目深にかぶった帽子のせいで顔の見えない男を見上げる。これで今まで客を捕まえてきたのだ。
ダメ押しだと言わんばかりに、マギーは抱きついていた男の手を自らの股間に持っていく。
「……お前、アレをやっているのか?」
「……アレ? ああ、コレのことね」
マギーは、火を消したばかりのパイプを取り出す。吸っていたのは、いわゆる麻薬だ。帝国では、禁止されているが貴族の間でも流行っていると聞いたことがある。この貴族も吸っているのかもしれない。
「これも中に入れば吸えるわよ。一本分はタダでいいわ」
男は、一瞬の間をおいて口を開く。
「分かった。君と遊ぼう。釣りはいらないよ」
男から手渡されたコインに、マギーは目を見開いてしまう。マギーの手には、銀貨ではなく皇帝の横顔の彫られた金貨が乗っているのだ。マギーが提示した価格の10倍の金額だ。今日だけでマギーの一週間分の稼ぎ以上を手に入れたことになる。
「ありがとう! 貴族の旦那!」
「気にする必要はない。君にこれからしてもらうことを考えれば安いものだ」
マギーのことを気に入ってもらえたみたいだ。これから常連になってもらうためにもいつも以上にサービスをしようとマギーは、気合を入れなおす。
マギーは、男を優しく引っ張り家の中に入れる。マギーの仕事場だ。ツインサイズの上物のベッドと小さな卓上ランプだけの部屋だ。
「楽しい時間を約束するわ! 楽しんでいってね」
木製のドアをマギーは、ゆっくりと閉める。
「ああ、本当に楽しみだ」
マギーは、男の唇が笑ったように感じた。
お読みいただきありがとうございます!
次から第3章です。物語が大きく動きます。
よろしくお願いします