第16話 帝立魔導科学研究所
前回のあらすじ……ジャック、初めての捜査で事件に遭遇。まるで国民的推理漫画の主人公だな。
閉めていた部屋のドアが開けられると、騎士団長と見たこのない眼鏡をかけたグラマラスな女性が謎の金属製の物体を持って立っていた。
「どうだ? エレイン、何か分かったか?」
この凄惨な現場に一切ひるむことなく、騎士団長は死臭漂う部屋の中に入ってくる。
「現状、犯人につながるような手掛かりはありません」
「……そうか。彼女を連れてきて正解だったかもしれないな」
騎士団長が謎の女性の方を見る。
「任せてください! 私が開発したこの『残留魔力探知機』の力をごらーー」
ゴツッンと謎の女性は、金属製の筒を思い切り自分の頭に衝突させる。
「オホン。私が開発したこの『残留魔力探知機』の力をご覧ください!」
涙目になりつつも最初から言い直した女性は自信満々に豊満な胸を張る。
「……どちら様ですか?」
エレインが知らないということは、黄金獅子魔導騎士団の団員ではないようだ。もちろん、俺もこの人が誰なのか知らない。
「す、すみません! 申し遅れました。私は、帝立魔導科学研究所のリュネート・イヴァンで、オワァァァアア!」
今度は何もない床につまずいて盛大に顔面を強打する。もはや、今のどこにコケる要素があったのだろうか?
「大丈夫ですか?」
俺は、リュネートと名乗る女性に手を差し伸べる。
「ありが、キャァァ!」
差し出した俺の手を握って起き上がろうとした拍子に、もう一度、顔面から床にダイブをしてしまっている。
すごすぎる! 尊敬してもいいぐらいだ。
「……ご、ごめんなさい」
今度こそ立ち上がったリュネートと名乗る女性は、瞳の中にめいっぱい溜めた涙をゴシゴシとぬぐい取った。
「そう力まなくてもいいんだぞ。もっと力を抜け。力を」
騎士団長に促されるように彼女は、深呼吸をする。
「すぅー。はぁー。すぅー。はぁー。それでは、さっそく残留魔力を検知してみます」
彼女は『残留魔力検知器』と自らが呼んだ銀色に光る金属製の筒を肉の塊になり果てた女性の遺体に向けた。
「リュネートさんだったっけ? それで何が分かるの?」
「リュネートとお呼びください。この機械はですね、魔導の使用された後に残る微かな残留魔力を検知するのです」
「……?」
「魔力は、人によって微妙に違う波形を持つことが魔導科学研究所の研究によって解明されたのです。それを魔導犯罪捜査に役立たせるために開発中なのが、この『残留魔力検知器』なのです」
要するに、部屋に残っている魔導の痕跡を調べて犯人を特定するということだろう。
「すごい! これからの捜査がものすごく楽になるじゃん! ね、エレイン!」
これなら、冤罪もなくなるし、画期的な発見だ。
「確かに、その話が本当なら捜査の幅が広がる。今回の事件もすんなりと解決できそうだな」
エレインもうれしそうだ。
「任せてください! 今度こそは……」
リュネートは、『残留魔力検知器』を死体に向ける。そしてボタンを押した。
「……どう?」
沈黙の時間が流れること十数秒。しびれを切らしたエレインが声を上げる。
「……せ、成功です! ついに成功しました!」
リュネートは、検知器上部に取り付けられている画面を見て歓喜の声を発する。
俺が覗き込むとそこにはなにやら複雑な波形が映し出されている。これが、ここで魔導を使った人物の魔力波形というものなのだろう。
ピーーーーーーー! という甲高い警告音が鳴った直後『残留魔力検知器』から白い煙が上がる。複雑な波形を映し出していた画面は完全にブラックアウトしてしまっている。
「……143回目の検知試験失敗です」
リュネートは見ているこちらまで落ち込むぐらい落ち込んでいる。今度こそ本当に泣き出してしまいそうだ。
「……今回は残念だったけど、次があるよ」
世紀の発明がそんなに簡単には、行かないのはしょうがないことだ。
「……いえ。これが最後なのです。もう開発予算が底をついておりまして……魔導科学研究所は日陰部署ですから……」
励ましたつもりが落ち込み方に拍車をかけてしまったようだ。
「いや、でもこれだけ役に立つ発明ならお金を出してくれるところもあるんじゃないの? あ。リュネート。ここにお金出してくれそうな人がいるよ」
俺は、事件現場を物色していた騎士団長に視線を向ける。
「えっ! 私か!」
「そうですよ。これが完成したら、一番助かるのは騎士団じゃないですか!」
「まぁ、確かに」
「それに、世紀の発明を支援した先見の明を持った人として帝国中で有名になれますよ」
「それは、魅力的だな」
「で、どうです? いくらだせますか?」
俺は、騎士団長に詰め寄っていく。
「ほら! リュネートも一緒にお願いしよう」
俺は、リュネートの手首をつかんで引き寄せる。
「ご、ご支援をどうぞよろしくお願いします!」
リュネートは、深々と頭を下げる。お辞儀の角度は、90度を超えている。俺も負けじと深々と頭を下げる。
「私からも、お願いします」
横からエレインが援護射撃をしてくれる。凄惨な殺人現場で新しい発明品に出資してくださいとは、今さらながらおかしな光景だ。
「まぁ、魔導科学研究所の予算を圧縮しているのも我々騎士団のせいでもあるからな……検討してみるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったね。リュネート」
「はい! これも全部、ジャック様のおかげです!」
……あれ? 俺、自己紹介したっけ?
「なんで俺の名前知っているの?」
「間違っていましたか? ここに来る途中にレイク騎士団長様からお聞きしたのですが……」
「なるほどね! 俺のことは、ジャックでいいよ。『様』付けなんて慣れてないから、なんだかこそばゆいからさ」
「分かりました。ジャック様」
うん。分かってないね!
「残留魔力も検知できなかったし、これ以上ここにいる必要もないだろう。あとは、衛兵に任せて戻ろう」
騎士団長は、部屋の隅から隅まで見終わったようだ。
事件現場となった家の外には、噂を聞きつけた市民が詰めかけて来ている。群衆を避けるように俺たちは、家の裏側から大通りに向かっていく。
「グネヴィアは元気にしているのか? 最近、顔を見ないが……」
「所長は、何かの研究にご執心のようでして。研究室からほとんど出ていません」
「グネヴィアってあの13人会議のグネヴィア卿ですか?」
俺の疑問にたいして、騎士団長が答えてくれる。
「そうだ。よく知っているな。あまり表には出てこないのだが」
「たまたま、知る機会がありまして」
「グネヴィアは、私の幼馴染みであり、魔導科学研究所の所長だ。兄妹のように育ってきたんだが、最近は避けられてしまっていて……」
「所長は、恥ずかしがり屋ですから」
「昔から変わらないな、アイツは。グネヴィアと言えば、昔、帝立魔導学校で年下の女の子に恋文を貰って、何て返信しようか考えて考えてだな」
騎士団長が今まで見たことがないような表情で優しく笑う。
「それで、何て返事したんですか?」
リュネートが上司の昔話に興味津々と目を輝かせる。
「当時、飼っていたバイオレットフィズカエルのこと以外見られないって返事をしたんだ」
「カエルですか? あのゲロゲロ鳴くカエルですか?」
「そう。ゲロゲロ鳴くカエルだ。意味が分からんだろ。それで、それから私は、グネヴィアのことをケロちゃんと呼ぶことにしたのだ」
そう言って騎士団長は、豪快に笑う。
今まで黙って騎士団長の話に耳を傾けていた俺に一つの疑問が浮かぶ。
「騎士団長は、グネヴィア卿のことが好きなんですか?」
「……は、はぁ!? ど、どこからそんな思考になるんだ!」
「いや、なんだかとても楽しそうに話されていたので、てっきりそうなのかと」
「そ、そんなことよりジャック君は、そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 師匠と妹さんが待っているだろ?」
なんだかうまく話をそらされた気もするが気がつけば、すでに太陽が空と帝都を朱に染めている。師匠が「お腹が空いた!」とぐずり出す時間だ。
「このまま『アルブスイブの母屋』に直接行ってもらって構わないからな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます! 明日も同じ時間に詰め所に向かえばいいですか?」
しっかりと働くのは初めてだが、次の日の行動はしっかり確認するのが社会人のマナーだと、ジェーンの本棚にある『社会人の常識100』という本に書いてあった。他にも『約束の時間は守る』『服装は清潔にする』『言葉遣いに気を付ける』など色々書いてあった。
待てよ? これからすると師匠は社会人失格間違いなしだ。約束の時間にはいつも遅れるし、髭は剃らないし、言葉遣いは荒いし。
「それで問題ない。今日と同じ時間に来てくれ」
「分かりました。騎士団長、お疲れさまでした。エレインもリュネートも、また明日!」
「お疲れ様」
「また明日、ジャック」
「色々ありがとうございました。ジャック様」
俺は、3人と別れると最も近い『アルブスイブの母屋』に足を進める。今日は本当に色々なことがあった日だった。俺の人生の中でも五本の指に入るぐらい驚きと新体験に溢れた日だった。まさかこの俺が、騎士になる日が来るなんて思いもしなかった。
お金の確保もなんとかなりそうだし、帝国一のお医者様にジェーンを診てもらうことも出来そうだし。それに魔導科学研究所の新発明も見ることができたし、何だかんだいい日だったな。
お読みいただきありがとうございます。
1話、閑話を挟んで第2章終了です。
やっとここまで来ました。物語は中盤でそろそろ大きな転換期を迎えます。
これからもよろしくお願いします!