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第15話 事件は突然に

前回のあらすじ……ジャックが帝国最強の騎士団の一員になりました。

 細かい事務手続きを終えた俺は騎士団長と別れ、エレインと共に帝都の街に繰り出した。ただし今回は、遊びではない。聞き込み捜査と言うものをするのだ。


「まずは西地区で聞き込み調査をしよう」


 エレインに連れられ俺たちが向かった西地区は、中流階級が多く住む住宅街だ。帝都の中で最も人口の多い地区で子供も多い。


蝶の楽園(オェングスガゼボ)どうだった?」


 二人でバタフライケーキのおいしいカフェに行ったのもほぼ一月前だ。全メニューを食べるまで通うと言っていたエレインにその感想を聞きたい。

エレインのおすすめをジェーンへのお土産に買っていってみよう。


「ジャック、今は仕事中だ。私語は慎め!」


 俺は、厳しい顔のエレインに怒られてしまう。

「はい、すみません」


 この前と今日とでは、エレインの態度が全く違う。ちょっと真面目過ぎる気もするけど、騎士としての職務に誇りをもっていることが伝わってくる。


「まぁ、仕事が終わったら二人で出かけることもやぶさかではないが……」

「良かった。エレインと買いデートできることひそかに楽しみにしてたんだよね!」


 ベストをもらったお礼をまだジェーンにできていない。女の子へのプレゼントは、女の子に選んでもらうのが無難だろう。


「なっ……デ、デート……」

「あ、危ない!」


 俺は、魔導灯の支柱にぶつかりそうになったエレインを何とか抱き寄せる。

 周囲の警戒をどんな時でもしているエレインでも魔導灯にぶつかりそうなることもあるみたいだ。


「ジャック……そろそろ……離してくれないか……」


 現在の状況を簡潔に説明すると、俺たちは道の真ん中で抱き合っている格好だ。エレインが魔導灯にぶつからないように引き寄せた結果だとしても、はたから見れば真昼間からイチャイチャしているバカップルだと思われても仕方ない。


「……ごめん」


 冷静に現在の状況を理解した俺は自らエレインとの距離をとる。


「気にするな。ジャックは、何も悪くない。ぼーっとしていた私が悪いのだ」


 エレインは、恥ずかしそうにそれだけ言うと足早に歩き始めてしまう。

 微妙な空気になってしまった俺とエレインは、そのまま会話もなく町を巡回していく。会話がなくなったと言っても俺との会話が無くなっただけで、エレインは積極的に町の住民に声をかけている。


「こんにちは! 何しているの?」


 今、エレインが声をかけたのは街角で遊んでいる子供たちだ。


「『だるまさんが転んだ(スタチューゲーム)』だよ。おねーちゃん知らないの?」


 既にゲームから脱落した5歳ぐらいの男の子が元気に答えてくれる。


「ごめんね。その遊び知らないの。いつもここで遊んでいるの?」


 膝を曲げ、腰をかがめて子供たちと同じ視線になっているエレインは、子供と会話するのも慣れている様子だ。表情もいつもより柔らかい。いつも、そのぐらい優しい顔なら世の男どもがほっとかないのに、勿体ない限りだ。いや、まじめな騎士の顔でもそれはそれで需要がありそうだ。


「そうだよ! 近所の友達といつもここで遊ぶんだ!」

「最近、変な人とか不審な人とか見ていない?」


 『だるまさんが転んだ(スタチューゲーム)』から脱落した子供たちがわらわらとエレインの周囲に集まってくる。みんな、エレインの質問よりも金ぴかに光る鎧に興味津々と言った様子だ。


「見てないよ」「うん。見てない」「いないよ。そんな人」


 口々に大きな声でエレインの質問に答えていく。


「おねーちゃんって騎士様?」


 キラキラした目でエレインを見つめていた男の子がエレインの前に出て来くる。


「見ての通り、私は黄金獅子魔導騎士団の騎士、エレインだ」


 エレインが騎士だと告げると『だるまさんが転んだ(スタチューゲーム)』をしていた子たちまでエレインと俺の周囲に集まってくる。


「かっこいい!」「お姫様助けたことある?」「バカ! 騎士様は女の人なんだからお姫様は助けないんだよ」「魔導見せて!」「私も騎士になりたい!」「へん! 騎士になるのはこの俺だ!」


 何を隠そう、帝国のすべての子供たちの将来の夢は、ダントツで帝国騎士。二位以下をぶっちぎりで突き放した一位なのだ。そんな夢の塊が話しかけてこればどんなに普段おとなしい子でもテンションMAXになってしまうものなのだろう。

 テンション爆上げの女の子が俺の方にも近づいてくる。


「お兄ちゃんも騎士様なの?」

「とりあえず、一応、今だけは騎士かな?」


 特務騎士と言えど、任命されているのだから騎士のはずである。

「ホントに!!」


 俺が騎士だと答えた瞬間、エレインの周りにいた子供たち(主に女の子)が俺の方によって来る。


「私、今、魔導の勉強してて、いつか騎士になれるように頑張っているの!」


 身長差があるため上目遣いで話しかけてくる可愛らしい女の子達の将来の夢は、例にもれず帝国騎士らしい。しかし、帝国騎士は、俺のような例外を除いて幼少期から見習い騎士として修業を積まなければなることはできない。彼女たちの年齢で見習い騎士になっていないのであれば騎士になることは難しいだろう。


「もっと大きくなったら、剣の練習もするの!」


 才能ある子どもたちは、どこかの騎士が声をかけて自らの見習い騎士にしているはずだ。つまり、ここにいる子供たちは才能のない、せいぜい上級兵士にしかなれない。


「私でも騎士になれるか……」

「キャァァァァァーーーーーァア」


 女の子が言い終える前に、路地の奥から悲鳴が聞こえてくる。明らかにそこで何かが起こっている。

 俺は、周囲を囲んでいた子供たちを()()()()()と、一目散に悲鳴の聞こえた方に向かって走り出した。


 狭い路地を走り抜けたどり着いたのは、帝国ではごくごく当たり前の二階建ての住居だ。家の基礎には石を積み重ね、真っ白な漆喰で作られた壁からは木枠の窓が一階と二階にそれぞれ二つずつ作られている。

 どうやら先ほどの悲鳴は二階の向かって左側の窓からのようだ。部屋の中に人影が確認できた。


「こちら、西地区にて巡回中のエレイン! 緊急事態発生の模様! 至急応援を頼む!」


 エレインが騎士の標準装備の一つである『精霊の住処』で応援を呼ぶ。

 俺は、腰に帯びていた剣を引き抜くと玄関の扉を蹴破って家の中に足を踏み入れる。


「一階には誰もいないみたい」


 俺の背後をカバーするようにピッタリとくっついたエレインが背中越しに声をかけてくる。幾多の戦場を渡り歩いているエリート騎士は、どうやら人間の存在を気配だけで感じ取れるようだ。


「私が先に上に行くから、カバーお願い!」


 玄関から一直線に伸びる廊下の一番奥にある階段をエレインは躊躇なく登っていく。俺は、そのエレインの背中を守りつつ慎重に階段を上る。


「大丈夫ですか!?」


 先に階段を登り切ったエレインが足早に駆けていく。エレインの向かった先には、開け放たれた扉の前に座り込んでいる女性がいる。いや、座り込んでいるのではない。恐怖にゆがんだ表情、小刻みに揺れる膝、荒い呼吸。そこから彼女がキャパシティーを超えた恐怖から腰を抜かしてしまっていることが容易に想像できる。


 女性に駆け寄っていったエレインも女性が指差す方向を見て、口元を抑えて目をそらす。


「うっ!!」


 部屋の様子を目にした俺は、無意識に声にならない音を喉から絞り出していた。


 俺の目に飛び込んできたのは、この世の物とは思えないような光景だ。

 この部屋の主だったであろう人間が逆さに天井から吊り下げられている。見るも無残な姿で。

 腹は縦に大きく切り裂かれ、中にあるはずの臓器はどこにもない。きれいさっぱりくりぬかれている。


 頭部だけが体から切り離され無造作に床に捨てられている。床に転がっている頭部には、大きな鉈が突き刺さっている。それだけでなく本来、瞳が入っているべき場所は、ぽっかりと大きな空洞になっている。


 まさに、地獄。この部屋の中だけが地獄になっている。


「応援が来るまでに我々にできる範囲で犯人の痕跡を探そう。今まで以上に犯行現場の発見が早い。何か残っているかもしれない」


 衝撃的な犯行現場にエレインが険しい顔で足を踏み入れていく。


 俺は、騎士と言う職業に対して今まで以上の尊敬の念を抱いく。誰もが目をそむけたくなるような場所に足を踏み入れ、帝国臣民が平和で安全に生活できるように日夜こうして働いているのだ。時には、蛮族と殺し合いをしてまでも。


「……分かった」


 俺も部屋の敷居をまたぐ。これ以上、床に座り込む女性に凄惨な犯行現場を見せないためにも静かにドアを閉める。部屋の中には、俺とエレイン、そして既に肉の塊となった元人間だけがいる。


 おかしい。落ち着いてきた思考がこの部屋の不自然さを感じ取っている。絶対に必要な何かが足りていない。


「……ジャック、気が付いたか? この部屋のおかしなことに」


 どうやら、エレインも同じようなことを考えていたらしい。


「今、俺も気が付いた。血だ! 一滴たりとも血がこぼれていない」


 ここまで人間がバラバラにされているのに、この部屋には血の海ができるどころか、血痕すらも存在していないのだ。


「今までの犯行現場でも、血の量が少ないことが挙げられていたが、ここまで徹底しているのは初めてだ!」


 見れば、転がっている頭部やつられている胴体からも徹底的に血が抜かれている。吸血鬼の仕業を疑いたくなる。しかし、俺はこれほどまでに血を必要とする物事に一つだけ思い当たる節がある。


「エレイン。もしかしたらだけど、この犯人は『悪魔召喚』を行っているんじゃないかな? 臓器もそうだけど瞳も二つともどこにも見当たらないし」


 『悪魔召喚』は禁術中の禁術で、人間の血肉を使って、どんな願いでも叶えてくれるという悪魔を呼び出す黒魔導だ。


「ど、どうして! 『悪魔召喚』のことを知っているの!? 高位の魔導士か魔導騎士しか知らない禁術なのに!」


 これは、まずい! 俺は、とある事象により知っているけれども、一般人はまず禁術について知ることはできない。それどころか存在すらも知らないのが普通だ。知っているとすれば、違法に禁書指定の魔導書を手に入れるしかないのだ。


「……ああ、えーっと、師匠からちらっと聞いたんだ。そんな危険な魔導もあるって」

「確かに。ガウェイン殿なら、知っていたとしても当然か」

「そうそう。師匠からほんの少しだけ聞いたんだよ」

「それなら、知っていてもおかしくないか……」


 どうやら納得してもらえたようだ。危ない、危ない。


 ドタドタという足音と澄んだ鈴の音がが階下から聞こえてくる。そうこうしているうちに、要請していた応援が駆けつけてくれたようだ。

お読みいただきありがとうございます。

更新が遅くなってすみません。


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