第12話 神様は理不尽
前回のあらすじ……ゴミクソ貴族のグリーメル辺境伯からお医者様をお借りしました。
グリーメル辺境伯の屋敷を走りだして90分、我が家に到着する。
走りながら聞いたところによると、この医者の名前は、アイスクラー・マクレーンと言うらしい。代々、辺境伯家のお抱え医者として仕えているらしい。
話から予想するに、どうやらアイスクラー医師はいい人みたいだ。
辺境伯の家の人間は、全員性悪だと思っていたけども、意外や意外、例外もあるようだ。
俺は、玄関の扉を押し開くと同時に視界に入った師匠に詰め寄っていく。
「師匠! ジェーンの容体はどうなんですか?」
全てにおいて最も大切なのは、ジェーンだ。他は些細なことに過ぎない。
「今のところ落ち着いとるよ。まだ高熱なのには変わりないが」
「……良かった」
俺がいない間にあっちの世界に旅立ってしまっていたら、今すぐに会いに行こうと思っていたのだ。
「お医者様はなんとかなったのか?」
「はい、何とか辺境伯からお医者様をかりることができました」
師匠が驚きに目を見開く。
「よく、あのグリメール辺境伯が貸してくれたもんじゃな。何か要求されたんじゃないのか?」
「400ユニオンを30日後までに用意しろと。用意できなければ、俺とジェーンを奴隷にするという条件で借りました」
「おい! そんな大金払えないじゃろ!」
「何とかします」
大金を得る方法はいくらでもある。
「何とかするってどうするんじゃ?」
「臓器を売ります。黒魔導の材料として闇のマーケットに売ればそれなりの金額になるはずです」
見たことはないけども結構な高値で取引されているらしい。
「おい、おい! それは、やめとけ。何なら貸してやる」
師匠は、こんな山奥に住んでいるがそれでも元黄金獅子魔導騎士団の団長で現売れっ子刀鍛冶なのだ。俗に言う金持ちなのである。
「借りません! 師匠に頼りっぱなしにはなりたくありません」
確かに師匠に借りるのは最も簡単な方法かもしれない。
しかし、師匠にこれ以上かりを作ってしまうと返せなくなってしまう。すでに師匠には命を救ってもらっているのだ。
師匠がいつ心変わりをして「かりを今すぐ返せ」といってくるか分からない。
確か帝都にあるスチュアート商会本店の警備は夜中に勤務交代の隙があったはずだ。そこを狙えば400ユニオンぐらい簡単に稼げるかもしれない。
「それなら、短期で稼げる仕事を紹介してやるから、臓器は売るな!」
「……分かりました」
俺は、仕方なくそれで妥協することにする。
「というか、傷だらけじゃないか」
行きと帰り、真っ暗な山道を全力疾走した代償に、体中がすりむけてしまっている。
正直に言えば、結構痛い。うん。だいぶ痛い。
「あとで回復魔導お願いします」
こんな姿では、ジェーンが心配してしまう。
「ああ、仕方ないのう」
そろそろ俺も本格的に回復魔導を覚えてもいいかもしれない。
「お邪魔します」
アイスクラー医師が我が家の敷居をくぐって入ってくる
「師匠、こちらが辺境伯家のお抱え医師のアイスクラー医師です」
「お初にお目にかかります。アイスクラー・マクレーンと申します。よろしくお願いいたします」
「儂は、ガウェイン・エムリスだ。遠路はるばるよく来てくださった。十分なもてなしはできませんが、こちらこそよろしくお願いします」
師匠とアイスクラー医師がしっかりと握手を交わしながら挨拶をする。
「お気になさらず。それでは、さっそくですが患者はどちらにいらっしゃいますか?」
「こっちです」
俺は、アイスクラー医師をジェーンの部屋へと案内する。
部屋に入れば、5時間ぶりのジェーンがベッドで静かに眠っている。俺が家を飛び出した時よりもだいぶ落ち着いているようだ。
「うちの妹のジェーンです。今日の夕方に帰ってきたら倒れていて、高熱なんです!」
「見させていただきます」
アイスクラー医師は、大きなカバンを床に下ろす。
「失礼します」
そう言って、聴診器をジェーンの体に当てる。
本当なら俺以外の男がジェーンの体に触れるなど言語道断、不届き千万だが、緊急事態として俺はぐっと我慢する。
いつもなら、師匠ですらジェーンに触れることなど許せないのだ。
静かにジェーンの体の音に耳を傾けていたアイスクラー医師が聴診器をジェーンの体からゆっくりと離す。
次に、ジェーンの右手首に手を当てて、脈拍を計り始める。
アイスクラー医師がジェーンの診察を始めて長くない時間が流れる。最後に目をつぶって何かを考えた後、アイスクラー医師が口を開いた。
「今回は、ただの風邪でしょう。妹さんの場合は、元々体が弱いために重度になってしまったみたいです。とりあえず今回は、こちらの薬を飲んでください」
アイスクラー医師は、持ってきたカバンをごそごそと漁って数種類の薬を取り出した。
「この青い粉薬が解熱作用のある薬です。熱が無くなるまで飲んでください。次にこちらの赤い錠剤ですが、こちらは、風邪そのものを駆逐する薬です。朝昼晩食後に20日間飲み続けてください。それと最後にこちらの液体ですが、私が調合した心臓の病に効く薬です。毎日寝る前に飲めば、病状がよくなるはずです」
「ありがとうございます」
俺は、薬を慎重に受け取る。ただの風邪と聞いて俺は、心底安堵する。
「……最後に落ち着いて聞いてください」
アイスクラー医師の声色がいっそう低くなる。顔も神妙そのものだ。
「なんですか?」
俺は、薬をベッド脇の机にやさしく置く。
背後からは、温かいお茶を3つのコップに注いだ師匠が入ってくるのがドアの音で分かった。
「落ち着いて聞いてください。……誠に言いにくいことなのですが……妹さんは、もう長くないと思います」
……ジェーンが長くない……?
「これから先、長くても1年。早ければ、半年ほどだと思います」
俺の頭が真っ白になる。
「心臓の音が一般的な人に比べてだいぶ弱くなっています」
この人は、何を言っているのだろうか?
「これからは、ただの風邪などの軽い病気で高熱を出すことが多くなっていくはずです」
ジェーンは、ただの風邪なんでしょ!
「先ほどの液体の薬は、妹さんの残りの人生を少しでも長くするための薬です」
あり得ない! ジェーンに限ってそんなことが起きるなんてありえない!
「残念ですが、今の医術では完全に治すことはできません。あと半年、もしくは一年で妹さんの病を完全に治すことができるようになる可能性も限りなくゼロに近いと思います」
なんで!? なんで!? なんで!? なんで!?
「あとどれだけ多く見積もっても5回。最悪、次の発熱で妹さんは天に召されるかもしれません……覚悟をしておいてください……」
神様は、なんで、俺じゃなくてジェーンにばかりこんなひどいことをするのだろう。
「それまでは、普通の生活はできるのですか?」
俺の背中越しに師匠がアイスクラー医師に聞く。
「とりあえずは、問題ないと思います。しかし、段々と体が動かなくなっていくはずです」
「そうですか……」
師匠の声がしぼんでいく。それと入れ替わるよに俺の口が声を発した。
「……何とかしてください。何とかしてくださいっ!」
もはや、声というよりも叫び声に近い。
「あなた、医者でしょう!? 病気を治すのが仕事でしょ! できないなんて言ってないで早く何とかしてくださいよ!」
俺は、アイスクラー医師の胸ぐらをつかんで至近距離で叫び散らす。
「黙ってないで、「何とかして見せる!」って言ってくださいよ! 言えよ!」
アイスクラー医師は、俺の目を真っすぐ見たまま何も言わない。
「なんで言わないんですか! ねぇ……なんで……どうして……」
「……すみません」
アイスクラー医師は、ぽつりとつぶやく。
俺は、アイスクラー医師の胸ぐらから手を離すと、ジェーンの眠るベッドにフラフラと近づいていく。
「お兄ちゃんが何とかして見せるから。絶対に何とかして見せるから」
俺は、ジェーンの手を握って心に誓った。
お読みいただきありがとうございます!
ジェーンが……ジェーンが……どうすればいいのでしょうか?
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