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第11話 悪徳貴族、グリーメル辺境伯

前回のあらすじ……ジャックが月夜の森を血だらけになりながら走り抜けました。

 グリーメル辺境伯は、つつましく言って性悪だ。そのままいえば、くそ人間だ。高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)なんてものはこれっぽちも持ち合わせていない。貴族として、いや人間としてもカスなゲス野郎である。


 そんなゲス野郎の住む屋敷の前にやっとの思いでたどり着く。この辺いったいでは、並ぶものがないぐらい大きな屋敷だ。


 辺境伯にお目通りするために寝ずの警戒をしている衛兵を探すと、すぐに見つけることができた。ただし、地面に直接腰を降ろして舟を漕いでいる。

 こんな警備なら盗賊も入りたい放題だろう。


「すみません。起きてください」


 俺は、衛兵の両肩を躊躇なく力強く揺する。こんなところで無駄な時間を浪費する余裕はない。


「……んん? なんだ? もう交代か?」

「すみません。違います」


 眠そうに片目を擦る衛兵は、全く警戒心がない。


「なんだ、村人か。何の用だ」

「グリーメル辺境伯爵様に取り次いでもらえないでしょうか?」


 妹が高熱で倒れて苦しんでいること、お抱えの医者を貸してほしいことを簡潔に説明する。


「いや。それはできない。今、グリーメル辺境伯爵閣下はご就寝中である。日が昇ってから出直せ」


 しかし、衛兵は取り付く島もない様な定型文を言うと、これ以上話すことは、ないと言わんばかりに詰め所の中に入っていこうとしている。


「私は、黄金獅子魔導騎士団の団長と知合いです。辺境伯爵様に取り次いでいただければ、あなたが入団できるように交渉しましょう」


 黄金獅子魔導騎士団は、すべての騎士の憧れの騎士団だ。衛兵も騎士の端くれならこの話に乗ってくるかもしれない。誰もこんな辺境の地で門番などしていたくはないのだから。

 衛兵は、詰め所に戻る足を止めてこちらに振り向いてくれる。どうやら効果があったようだ。


「それは、本当か?」

「もちろんです」


 やはり、この魅力的な提案に興味を示さない騎士などいないのだ。


「しかし、お前が本当に騎士団長の知り合いだという証拠がない。証拠を見せてくれれば辺境伯爵閣下に取り次いでやるのもやぶさかではない」


 はい、予想通りの返答をいただきました。

 予想通り「証拠を見せろ」とのお言葉、しっかりと準備させていただいております。


「これがその証です」


 俺は、肌身離さず持ち歩いている魔導刀の注文票を懐から取り出す。2カ月前のページを開いて見せる。そこには、はっきりと「サー・ランスロット・レイク」と騎士団長の名前が刻まれている。


 いつどこで魔導刀の注文を受けるか分からないから、いつ、どこに、何をするときにでも持ち歩いているのが功を奏した。

 俺の商人魂に感謝だ。


「分かった。今取り次いでやるから、中に入って待っていろ。先ほどの約束忘れるなよ!」

「ありがとうございます。もちろんです。よろしくお願いします」


 まぁ、騎士団入団できるかは、騎士団長次第だが、言ってみるだけ言ってみよう。これでウソにはならない。


 俺は、衛兵に案内されるがままに門をくぐり屋敷の中に入っていく。

 屋敷の中は、思いのほか特に特徴もなく、普通に帝国貴族の屋敷と言った感じだ。観音開きの扉の玄関から真っ赤な絨毯が伸びる廊下兼広間には、甲冑が合計10体両脇に飾られている。どれも実用には程遠い代物だが、来訪者に威圧感を与えるのには、もってこいの過度な装飾具合だ。

 天井からはガラス製のシャンデリアが垂れ下がっている。その光かたから、ろうそくではなく最新式の魔導灯式の物ようだ。


「そこで待っていろ!」


 俺は玄関の右隣にある部屋に案内される。

 三人掛けのソファーが机を挟んで向かい合っている部屋だ。見たところ応接室なのかもしれない。部屋の隅には大きな暖炉が温かい空気を生み出している。

 既に時期的には春だが、この辺の夜は結構冷え込む。そのために、火がくべられているのだろう。


 俺は、下座のソファーの横で立ったまま、グリーメル辺境伯が来るのを待つ。


 辺境伯を待つ時間がゆっくりと過ぎていく。

 早くしてほしい気持ちが逆に時間の流れを遅くしている。


 俺は、気を紛らわせるためにコケまくったせいでかなり乱れている服装をとりあえず整えることにする。みすぼらしい姿よりも清潔な身なりの方が好印象を持ってもらえるのは、万国共通だ。

 しかし、ズタボロになった服装を整えたところであまり効果はなかった。


 そうこうして待つこと10分。やっと応接室の扉が開かれた。


「何の用だ!」


 扉を開けていきなり不機嫌な声を発した人こそがグリーメル・ビシャウス辺境伯だ。大柄でふくよかな体に短く切りそろえられた金色の髪。鋭い目つきは、いつも通りだ。


 辺境伯は、ずかずかと部屋に入ると三人掛けのソファーの中央にズシンと腰を下ろした。


「夜分遅くに申し訳ありません。うちの妹が高熱で倒れてしまいましたのでグリーメル辺境伯様のお抱えのお医者様に診ていただきたくお願いに参りました」

「いやだ」


 それだけ言うと、辺境伯はソファーを立ち上がってしまう。


「そこを何とかお願いします」

「いやだ。領民ですらない貴様に医者を貸す必要などない!」

「お願いします。妹が苦しんでいるんです」


 俺は、膝を床につけ、頭を地面にこすりつけて嘆願する。

「貴様の妹のことなど、知らん! それ以上、この屋敷に居座るな! 絨毯が汚れるだろうが!」

 俺は、部屋を出て行こうとする辺境伯のズボンの裾にしがみつく。


「お願いします。なんでも致しますから、どうか、どうか、お願いします!」

「私に触るな!!」


 俺は、無造作に振り払われ、さらに、思いっきり蹴飛ばされる。


「このパジャマは、貴様の命よりも高いのだぞ! 汚れたらどうしてくれるのだ!」

「申し訳ございません。ですが、ですが、どうかお願いします!」


 俺は、ひたすら地面に額をこすり続ける。


「フン! そこまで言うのなら考えてやってもいい。私の出す条件が飲めるのならな!」

「どのような条件でしょうか?」

「30日後までに400ユニオン用意できるならば考えなくもない。どうだ?」


 400ユニオンなど一般人が1月で用意できるような金額ではない。これは、飲めないような条件を突き付けているのだ。

 しかし、ここでこの条件をのまなければジェーンは、今夜一晩、高熱にうなされなくてはならない。最悪、全世界の宝であるその命を落としてしまうかもしれない。

 そんなことあってはならない。


「分かりました。必ず30日後に400ユニオンお支払いします」


 辺境伯がゆがんだ笑顔を浮かべる。


「必ずだ。1シーリングでも足らなかったら、貴様は私の奴隷だ。それだけでは、足らないな。その貴様の妹も私の奴隷になってもらおうか」


 俺が辺境伯の奴隷になるのは、まだ我慢できるが、ジェーンがこんなクソ野郎の奴隷にされるなどあってはならない。


「構いません。必ず用意して見せます」


 辺境伯は、俺にそんな支払い能力がないとみているのだろう。

 絶対に払って見せる。絶対にだ。


「それなら、この契約書にサインしてもらおうか。言い逃れができないようにな」


 辺境伯は、衛兵に紙とペンを持ってこさせると、契約内容を立ったまますらすらと書いていく。

 書き終わった辺境伯は、契約書を地面に落とす。


「早く書け!」

 俺は同じく床に投げられたペンを拾い上げるとサラサラとサインを書く。


「確認お願いします」

 サインをまじまじと見た辺境伯は、衛兵に一言二言声をかける。衛兵は、帝国式敬礼をしてその部屋を後にしていく。


「今、医者を呼びに行かせた。屋敷の外で待っていろ!」


 どうやら、本当にお抱えの医者を貸してもらえるようだ。

これで、ジェーンを苦痛から解放することができる。


「ありがとうございます」


 俺は、丁寧にお辞儀をして部屋を後にして、屋敷の外で待っていると初老の男性が屋敷から出てくる。白衣を着た格好は、見るからに医者という感じだ。ただし、髪の毛はぼさぼさで、さらに白衣はしわくちゃになっている。


「お待たせしました。さぁ、急ぎましょう」


 背中に大きなカバンを背負った医者は、衛兵が連れてきた馬にまたがろうと(あぶみ)に足をかける。

 しかし、荷物が重いせいなのか、鞍にうまくまたがることができず、衛兵に補助されてやっと乗ることができている。


 服装も乗馬もだが、この人にジェーンを任せても大丈夫なのだろうか?


「夜分遅くにありがとうございます」


 俺は、とりあえず大きく頭を下げる。


「いえ、いえ。病気の人がいるところにいつでも行くのが私の仕事です。それよりも早く向かいましょう。妹さんが待っていますよ」


 だらしないが、医者としての矜持は、持ち合わせているようだ。


「分かりました。行きましょう」


 俺は、行きと同じように魔導を自分自身にかける。これで、馬と同じぐらいの速度で走ることができる。

 俺は、医者を誘導するように先行して走り出した。

お読みいただきありがとうございます!

夜の森って恐いですよね。

感想、評価、ブクマ、レビュー、してもらえると嬉しくて「猫ふんじゃった」を歌います。

よろしくお願いします!

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