第9話 異常事態発生!!
前回のあらすじ……師匠と騎士団長が帝都を瓦礫の山に変えそうになりました。
帝都に師匠と共に納品に向かってから一週間。
俺は、月夜の山道を全力で駆け下りている。
こうなったのは、さかのぼること3時間前……。
「師匠、そろそろ帰りませんか?」
今日は、師匠と共に師匠の所有する裏山に魔導石を採掘に来ている。
今、住んでいる家。というよりも小屋は師匠が騎士団長時代の功績で皇帝陛下から頂いた魔導石鉱山の中腹に立てられているのだ。功績と言うのは、なんと最強の生物、ドラゴンを倒したのだ。
マジで規格外の功績だ。
さらに、この鉱山は良質な魔導石の原石を採掘することができるのだ。本来であれば、良質な魔導石を採ることができるような鉱山は、貴重な資源として国の管理下に置かれることになる。それを個人で所有していることからも竜殺しの功績のすごさが分かる。
「それもそうじゃな。魔導石も十分とれたから帰るか」
早朝から、採掘作業をしたおかげでいろいろな属性の良質な魔導石を手に入れることができている。
この原石だけでも一財産をなすことができるぐらいだ。
これで、今注文を受けている魔導刀に必要な分はすべて確保できているはずだ。
「さすがに疲れますね。一日力仕事は」
基本的に見習いとして力仕事をメインにしているが、それでも採掘作業は結構な重労働だ。狭い坑道で堅い岩肌をピッケルで掘り進める採掘作業は、腰と腕に相当な負担がかかるのだ。
「そうじゃな。もう腰がパンパンじゃわい」
師匠は、腰に手を当てて大きく伸びをする。
「師匠も今日は、珍しく働いていましたからね」
今日は、なぜかいつも「もう疲れた。休憩する」と言って作業10分、休憩180分の師匠が珍しくまじめに仕事をしていたのだ。
師匠が真面目に仕事をするなんて何かよからぬことが起きる前兆かもしれない。
「毎日、汗水たらして働いとるわい。心外じゃ」
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
俺は、今まで集めた魔導石の原石をパンパンに詰めた籠を背中に担ぐ。
「今日の晩御飯は、何がいいですか?」
せまっ苦しい洞窟で腰をかがめて、先に行く師匠に続いて歩いていく。
「そうだな。今日は、シチューがいいのう」
「分かりました。ジェーンがそれでもいいって言ったらシチューにします」
「それ儂に聞く意味あった?」
「一応、念のために聞きました。やっぱり常識的に聞いておくべきかなと思いまして」
師匠の好みよりもジェーンの好みの方が重要だ。
「まぁ、間違いなくシチューになるじゃろう」
「そうですね。間違いないでしょうね」
今までも同じようなやり取りは何度もあったが師匠の意見が通らなかったことはない。いや、正確には、ジェーンが自分の意見を押し通すことがほとんどないのだ。そんなおしとやかな性格も天下一品なのだ。
洞窟の天井が突然高くなる。そして、すぐに外からの光が差し込み始める。出口だ。
先に洞窟から出た師匠に続き俺が外に出ると、既に太陽は西の空にほとんど沈んでしまっている。きれいなグラデーションが空いっぱいに広がっている。
「よし、ジャック。家まで競争だ。負けた方が今日の風呂掃除当番だ」
それだけ言って師匠は、俺の返事も待たずに駆け出して行ってしまう。
「ちょっっ! ずるっ!」
こんな公平性のない競争はいくらなんでもずるすぎる。
まず、荷物の差だ。俺は、背中に魔導石をこれでもかというほど担いでいる。さらに二人分のピッケル。弁当の空箱と水筒まで持っているのだ。
それに比べて、師匠は、何も持っていない。比喩抜きで何も持っていないのだ。師匠の分の荷物は、作業中にいつの間にか俺の荷物の中にまとめられていたのだ。
絶対にこの競争をするつもりだったのに違いない。
次にスタートの差だ。既にスタートしている師匠と違って俺は、いまだにスタートできていないのだ。
しかし、このままただ負けるだけの俺ではない。
俺は、懐から黄色に光る装飾された小さな石を取り出す。光の魔導石だ。
「黄金羽の瞬靴」
俺は、光の低位魔導を発動する。魔導の基礎は師匠から教えてもらっている。俺でも基本的な魔導ぐらいなら使うことができるのだ。
魔導の詠唱を終えると、体がふわりと軽くなる。何も持っていない時よりも軽く感じるぐらいだ。
「よし!」
俺は、行きおい良く地面をけって駆け出す。
既に師匠の姿をここから見ることはできない。しかし、魔導を使った俺の体は、まるで羽根が生えたかのように軽く進んでいく。
森に生える木々を軽々とよけ、地面に網の目のように張り巡らされた樹木の根っこを軽々と飛び越えていく。
魔導によって加速した俺は、ものの数秒で師匠の姿をとらえることに成功する。
「師匠、今日は、風呂掃除よろしくお願いします」
師匠の横を余裕綽々で抜かしていく。これなら楽勝だ。
「ジャック、魔導を使うとかずるいぞ!」
「先にずるをしたのは、師匠です。これでおあいこです」
「フン! ジャックがその気なら儂だって魔導を使っちゃうもんね」
そう言って、師匠は自分のポケットに手を突っ込む。
「……あれ?」
どうやら、肝心の魔導石がないらしい。
俺は、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「ここにありますよ、師匠」
師匠の魔導石は、俺の荷物と共にまとめられている。
「ズルして勝とうとするから、こんなことになるんですよ。お先です」
今日は、久しぶりに食後にゆっくりすることができそうな予感がする。
俺は、早くも夕食後にジェーンと何をして遊ぶかを考えることにする。いつもは忙しくてできない遊びが次々に頭に浮かんでくる。そこには、満面の笑みを浮かべるジェーンの姿もある。
「甘いぞ、ジャック」
俺が師匠を振り返ると、師匠の周囲の空間が湾曲していく。そして、俺は足を前に踏み出しても、だんだん進んでいかなくなっていく。
「超重力」
師匠の唱えた呪文は、闇の超高位魔導だ。超高位魔導は、その魔導一つで戦争の大局が変わる可能性も秘めている戦略魔導の総称だ。
通常、その消費魔力の膨大さと精密な魔力制御が必要になるため一人ではなく複数人で協力して行うものだ。
それが、あろうことか師匠は、一人で、しかも、魔導石もなく行っている。
さすがに規模としては、まだ俺が動けている時点で本来の戦略魔導の威力よりもはるかに小さい。
しかし、それでも戦略魔導であることに変わりない。低位魔導で加速している俺の体が段々と師匠に向かって引き寄せられていく。
俺は、全力でそれにあらがう。
夕食後のジェーンとのひと時のためにも、ここであきらめるわけにはいかないのだ。
「ぬぅぅぉぉぉぉおおお!」
体中の魔力を足に集中させていく。
師匠の魔導によって重くなっていたからだが少しずつ軽くなっていく。
さらに、俺にとっての朗報が視界の隅に飛び込んできた。仕事場兼家が見えるのだ。
これならいけるかもしれない。と、俺が思った瞬間、師匠の魔導の威力が跳ね上がった。
俺は、逆らいようのない力で一瞬で師匠の元へとひきつけられていく。
そして、ぶつかる直前、師匠はひらりと俺を躱して、魔導の発動を取りやめた。
俺の体は、師匠の体を飛びぬけ、勢いそのままにさらにさらに後方の樹木に激しく叩きつけられる。背中に担いでいた魔導石がその衝撃で地面に散らばってしまう。
「残念じゃったな。ジャック。儂に勝とうなんぞ、百万年早いわい」
師匠はさっそうと駆け抜けると、ゴールである玄関の奥に消えっていく。
俺は、散らばってしまった魔導石を1個ずつ籠の中に入れていく。
唐突な競争事は、師匠と一緒に仕事をしているとよく仕掛けられるが、いつも完敗だ。現在の対戦成績は0勝98敗で、俺はいまだに一度も勝ったことがない。
玉ねぎの皮の早剥き競争が一番惜しかったが今回は、これでも善戦した方だ。今日の師匠は、結構本気を出していたと思う。
「やっぱり、師匠はすごい!」
あんな残念おじいさんでもまだまだ俺は足下にも及ばない。
俺は、散らばった魔導石を集めおえると、体中の砂を払って(砂にはジェーンを病気にする可能性があるので入念に落とした)すぐそこの家に向かった。
「ただいまー」
俺は、扉を開けてすぐに異変に気が付く。
神々しい笑顔で毎日俺と師匠を出迎えてくれているジェーンがいないのだ。それを楽しみに一日を過ごしている俺にとってこれは死に等しいことだ。
「ジェーン、帰ったよー」
とりあえず癒しの「ただいま」をもらうために、俺はジェーンの部屋に向かう。
もちろん途中で師匠の脱ぎ散らかした服を拾うことも忘れてはいない。そろそろ、洗濯物の籠に入れることを覚えてほしい。
ジェーンの部屋の扉を優しくノックする。いつもなら、これで中から何かしらの応答があるのだが、今日は応答がない。
これは、まごうことなき超異常事態だ。
「ジェーン、開けるからね」
俺は、返事を待たずに扉を開ける。
しかし、扉は半分までしか開けることができない。何かが部屋の内側で引っかかって扉が開くことを邪魔しているのだ。
俺は、半分開いた隙間から部屋の中に入っていく。
そして俺は、最悪の事態が起こっていることを理解した。
扉の機能を阻害していたのは、俺の大切で最愛で、世界の宝で、世界一かわいい、俺の妹のジェーンだったのだ。
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ジェーンの危機です! 超絶シスコンのお兄ちゃんが正常でいられる訳がありませんよね!
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