幸せな姫君
あるところにそう豊かではありませんが立派な王様が治める国がありました。
その国には愛らしい3人のお姫様がおり、3人は生まれてすぐに妖精だか天使だかの祝福でステキな贈り物をいただきました。
1番上のお姫様は誰よりも美しく、2番目のお姫様は誰よりも賢く、末のお姫様は誰よりも幸運をであるように、という贈り物です。
3人のお姫様は仲良く幸せに暮らしていましたが…
「ちょっともうマジむかつくんですけど!なんでアタシなわけ?!フツーこういうのって年功序列じゃないの?父様絶対アタシが一番使えないからってこの役目に選んだんじゃね?ああーもうマジ勘弁!」
銀色の髪飾りで留めた長い栗色の髪をふりみだし、淡い菫色の上品なドレスを身に着けた少女が叫びながら壁を蹴りまくっている。
ドスッ!ガスッ!
鈍い音が狭い部屋の中で響く。
「姫様、うっさいですよ。いい加減腹くくってあきらめるか、もしくは姫君らしく寝台に泣き崩れててくださいな」
板張りの床に直接座り込んでいるメイド服の若い女性がそう言い、めんどくさそうに溜息をついた。
狭い部屋の中には簡素な寝台と小さなテーブル、そして最低限の設備しか設置されていないのでとても殺風景だ。
ちなみに一つだけある石造りの扉は外から施錠されていて開かない。
窓は人が一人上半身をやっと乗り出せるくらいのものがやはり一つだけあるが、ご丁寧に鉄格子が嵌っている。
まあ万が一嵌っていなかったとしてもここは尖塔の最上階で地上100メートル(通天閣とほぼ同じ)、出入りするのは危険だ。
とまあ、早い話は閉じ込められている。
先刻から暴れ続けているらしい「姫様」と呼ばれた少女が壁を蹴るのをやめると、突然部屋の中に静寂がおとずれた。
わなわなと震える拳をこれまた震え反対の手で押さえながら
「だって…だってあまりにも急展開すぎない?突然ドラゴンだかプテラノドンだがモスラだかよくわからない化け物が城にきたのが一昨日じゃん、で、『この土地から出ていけ、出ていかないならば姫を一人よこせ』とか超自己中なこと言いやがって、けどうちの国ってば激弱だし生態もよくわからない化物と戦なんてマジ無理っぽいしだからといって長年住み着いてるこの土地から国民全員でお引越しとかアリエナイしじゃあ要求のまなきゃなのはわかっちゃいるけどでもその姫ってのが私達でなおかつ3人いるのによりにもよって末っ子の私ってどういうことよとか思うじゃん?!」
ゼエゼエハアハアっ
長ゼリフ噛まずに言い切って息があがる。
その間メイド服の若い女性はぼーっと座ったまま「説明ご苦労―」とか呟いた。
またもや静寂。
城からはもとより、人里からもかなり離れた場所に立っている尖塔の周囲はとても静かで殺風景な狭い部屋にいると閉塞感がハンパない。
沈黙に耐えられず再度口を開いたのはまたしても姫君だった。
「ねえ、もしかしてこれってば大がかりなドッキリだったりするわけ?もーだとしたら早く言ってよね!でもいくらファンタジーな世界観だからといってあんな化物出してくるとか陳腐すぎでしょーだって火吹くし飛ぶしなん」
「姫様、そう思い込みたいのはよくわかりますがそんな大がかりなドッキリをしかけてるほど我が国の財政は豊かではありません」
キッパリ言い切られた。
「………ですよね~」
外ではただごうごうと風の音だけが響いている。
ドラゴンだがメッサーラだがギャラドスだかよくわからない化物が『姫の受け渡し』場所として指定してきたのがこの尖塔なのだが、ここは自国の領地内であるのにもかかわらず、すっかり忘れ去られたような場所だった。
たぶんずっと昔は隣国との国境を見張ったりするのに使ってたんじゃないかなあと国王は首を傾げていた。それくらい平和ボケした国なのだ。
「姫様、3人いらっしゃる姫君の中であなた様が選ばれた意味、本当はわかっていらっしゃいますよね?」
床に足を投げだしたままメイド服の若い女性はどうでもよさそうに言った。
壁を蹴るのに疲れたらしい姫君はよろよろと寝台に伏せていたが、ゆっくりと顔をあげた。
あたり前だけど涙なんて流しちゃいない。
「私が一番使えないから」
「ちげぇよ」
間髪いれずに否定された。
しかもタメ口。
「まあ、確かにあなた様は十人並みの容姿ですし驚くほど聡明ってわけでもありませんが」
「いやいや、そこは一応フォローを先にいれようよ!せめて『十分美しいですよ』とか『機知に優れてますよ』とかさあ、あるじゃん言いようってものがー」
「そんな慰めが必要ですか?」
「いらないわよっ!憐れまれるなんてまっぴらよっ!!」
ゼエゼエハアハアっ
噛みつかんばかりに叫び散らし「ああもう」とかいってまたもた突っ伏す。
三度の沈黙。
鉄格子の嵌った窓からうっすらと西日が差し込んできた。
朝日が昇ってすぐにこの塔に連れてこられたので結構な時間が過ぎている。
ドラゴンだかケルベロスだかヤマタノオロチだかは恐らく夜になってから来るのだろう。
「あなた様が選ばれたのは理由があると思います」
「美しくも賢くもない私に?」
「ええ、美しくも賢くもないあなた様に」
「悲しくなるから反復するなっ!そもそも私お姫様ってガラじゃないのよ!ああ旅人になりたかった!!」
ちなみに「旅人になりたい」っていうのは小さな頃からの夢でもあり口癖でもあった。
クスクスと小さな笑い声と唸り声が響くがすぐにまた部屋は静まりかえる。
「でも私はあなた様だから一緒についてきたんですよ」
穏やかな声が静寂を破り、姫君は驚いて顔をあげた。
城から唯一供としてついてきたメイド服の若い女性は、いつのまにか窓の傍の壁にもたれかかりまっすぐ姫君を見つめていた。
「だってあなた様は『幸いの姫君』ですから」
にこりと一瞬だけ笑い、はぐらかすように鉄格子の嵌った窓から外を眺める。
朝方はよく晴れていた空は少しだけ雲が出てきたようだ。
「けれど、私の『幸運』がたいしたことないのは知っているでしょ?」
反応に困った姫君はそう言うと自嘲気味に笑った。
「だって、両親も姉様達も臣下達だって私のことを…」
「「 『不幸中の幸い姫』 」」
「って」「ですよね」
ハモッた。
二人は顔を見合わせ口をつぐんだが数秒後同時に吹き出した。
「競争すれば偶然一位になるわけじゃなく」
「ただあんまり頑張らなくてもビリじゃなくブービーになるだけ」
「旅人になりたくて脱走して窓から落ちても無傷なわけじゃなく」
「ただ綺麗に骨が折れてくっつきやすいだけ」
「家中が食中毒になったとき一人だけ無事なわけじゃなく」
「ただトイレを一番初めに占領できるだけ」
メイド服の若い女性は末姫直属の侍女ではないのだけれど、それでも何年も城に仕えているので気心がしれていた。
今回もドラゴンだかシェンロンだかゴジラだかが言った『姫と一緒に侍女を一人だけ連れてきてもよい』という言葉に自分から名乗り出てくれた。
「だいたいさぁ、うちってば貧乏国じゃない?上の姉様は他国から貢物もらって稼いで下の姉様は発明とか研究で稼いで、私なんて『幸いの姫君お手製お守り』とか『幸運の姫様手作りまんじゅう』とか作ってるのよ?!」
かがり縫いも小豆茹でるのも超上手いわよ私!!とか言ってヤケクソ気味に笑う。
「そんなの名前だけでもいいのに律儀に自分で作るところがあなた様らしいですよね」
「はうっ!そうか、そういう手もあるわね!」
ちなみに貧乏だが平和ボケした国なので犯罪発生率もとても低い。
姫君ものほほんと育ったらしい。
事態は以前として変らないのだが、空気が少しだけ和らいだ気がする。
「お父様に命令されても姉様達にはついてこなかったの?」
なんとなく気になって訊ねる。
「そうですね、きっと私がくる意味もないでしょうし」
「?」
姫君は少し考えて眉間に皺をよせた。
「そうね、上の姉様なら泣き伏せていればどっかのかっこよくてやたらめったら強い王子様が化物退治してくれそうだし、下の姉様ならこの塔にあるもので武器とか毒薬を作り出して退治してしまいそうだものね」
なによ、だったら私が選ばれてここにいる意味ってなんなのよーとか言ってドンドンと寝台を殴りはじめた。
その様子を横目で見ながらメイド服の女性は鉄格子にそっと触れる。
「でも王子様は来ないかもしれないし、武器や毒も作れないかもしれません。けれどあなた様の『幸運』は絶対です」
え?と間抜けな声を出して姫君が起き上がるとメイド服の女性はうっすらと笑いながら窓の外を指差した。
いつのまにか空は低く真っ黒な雲で覆われ遠くで雷鳴が聞こえる。
「え、え、やだこんな高い塔にいるのにカミナリ?!もしかして今回の幸運は『化物に食喰われるかと思いきや塔にカミナリが落ちて瀕死、姉のどっちかと選手交代』みたいな?!」
それはそれでなんだかいや―――――――っとか言いながら首をぶんぶんふっているとメイド服の女性が「たぶん違いますよ」と冷静につっこみをいれた。
そして
「ほら、噂をすればですね。きましたよドラゴンだか巨大飛びミミズだか幸運の竜だかが!」
真っ黒雷雲を切り裂き、この高い尖塔よりももっともっと上空から飛来してくる巨大な生き物。血のように赤い口と長い身体黒い翼が閃光で輝く。
姫君は吸い寄せられるように窓に近づき鉄格子を握りしめる。
「でかっ」
「安直な感想ですね」
バリバリバリっ
カミナリがどこかすぐ近くに落ちたらしい。低く地響きがした。
「私ね、お父様に「行ってくれ」って言われた時すぐに「いいよ」って答えたの。だって私ってば微妙ではあるけどやっぱ運がいいじゃない?だからほら、この懐剣で化物と刺し違えるかなんかして国護れちゃったら凄いかなって思って」
そう言うと姫君は懐から小さな剣を出して見せた。
それを見てメイド服の女性は小さく吹き出す。だってそれはあまりにも華奢な剣だ。
「笑っちゃうよねー、私ほんと子供だわー。こんなうっかり者じゃ旅人は無理ね。この剣じゃヤツの爪さえ切れないかもしれないよ」
えへへ、と笑いながら俯く。
「…どうして私についてきちゃったの?こんなんだってわかってたら絶対供の者なんて連れてこなかったのに!」
強い声がかすかに震える。
「私のちっぽけな『幸運』なんかじゃ無理だよ!!」
叫びに涙がまじる。
また一度、激しい稲光。焦らすようにゆっくりと飛んでくる化物はもう鱗さえ目視できそうなほどに近い。
「いいえ、そんなことありませんよ」
メイド服の女性はぽつりとそう呟くと「失礼」と断ってから姫君の髪に留めてある銀色の飾りを引き抜いた。
「私、お城の野球チームでは豪腕でならしてるんですよ。ご存知ですか?」
そう言うやいなや、窓の鉄格子の隙間から姫君の髪飾りをぶん投げる。
するとそれは綺麗な放射線を描き、違うことなく化け物の額にぶち当たった。
そして
お約束のようにカミナリが落ちた。
「へ?」
突然の展開に姫君はついていけない。
目の前では投球後のフォームを保ったままのメイド服の女性。
窓の外ではひゅるるるるる~と落ちていくドラゴンだトリケラトプスだかバジリスクだか。
「へ?」
「さあ、姫君いつまでアホ面晒してんですか。さっさとこんなとことんずらしましょう。」
投球フォームから身を起こし、呆然と立ち尽くす姫君の頭をはたいて石造りの扉へ歩みだす。
「ええっと、ああ。あでもそこは鍵が…」
やっと身体の向きをかえ姫君が言うとメイド服の女性はにやりと笑った。
「ええ。だからこの為に私がきたんです」
そういうとどこから取り出したのか、先端の曲がった金属の棒を何本かつかい器用に鍵を外してみせた。
「さあ行きましょう」
「え…。この為にきたの…?なんかそれってあんまり意味なくない?」
しかもその技術ってちょっと胡散臭いわとか言いながら姫君は石の扉の方へ行く。
「意味ならありますよ。だってここでお城からの救助を待っていたらただお城に戻って今までどうりじゃないですか?」
「…え?」
「今ならなれますよ。」
「「旅人」」
ハモッた。
二人は顔を見合わせ口をつぐんだが数秒後同時に吹き出した。
外では先刻まで空中に広がっていた雷雲が少しづつはれ、隙間から星が覗く。
もう少ししたら、きっと銀色の月が旅路を照らすだろう。