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大陸暦1052年 氷の月 20日
この洞窟ですが、天井の中央に大きなドラゴンが通れるほどの大きさの穴が実は開いていました。なぜかそこからは日の光が差し込まないので気づかなかったのですが。
「そこは通り道だからグリムレット様の結界が張られているんだ」
今、私はドラゴンの姿に戻ったサマリーさんにしがみついて、その穴を上へ登っています。サマリーさん青い鱗がきれいなドラゴンですね。青いドラゴンはそもそも水中が得意だそうで、鱗もちょっとぬめっとして濡れている感じです。
しかし、グリムレットさん、普段見ないけどどこにいるのかと思ったら、その穴の先の山頂にいたんですね。この洞窟があるのがケレス山という大きな山なんだとか。
「よし、ついたぞ」
岩の通路を抜け、視界が一気に開けました。
山頂は思った以上に広く、岩場ですが足場は悪くなさそうです。端的に言ってしまうと、多数の人間が戦闘を行っても平気なだけの広さがあります。ていうか、これが山頂ならこの山ものすごく大きいですね。サマリーさんが高く飛んだことで、眼下に景色が広がります。この山自体は岩場が多く、木や草もまばらにしか生えてないようですが、麓からは広大な森が広がっているようです。
そして山頂にいるひときわ黒く大きな姿。
サマリーさんも他のドラゴンに比べてかなり大きかったですがそれよりも一回りも二回りも大きく、鱗は漆黒に輝き、ごつごつとしたいかつい姿は黒鋼の鎧を身にまとっているかのようです。そこからのぞく金に光る瞳が空を飛ぶ私とサマリーさんを見上げています。
この山の主、黒の王魔竜グリムレットの威風堂々たる姿です。流石大ボスですね。
ゆっくりとサマリーさんがグリムレットさんの前に降り立ちました。頭を下げて伏せ、のポーズをしているのはへりくだっているわけではなくて、単に私が安全に降りられるようにするためです。結局、自力では降りられなくて手で掴んで地面に降ろされましたけど。登るのはなんとかなったんですが。
「どうかしたか?」
「ノエルが王に用があると」
頭を上げないまま、サマリーさんが答えます。グリムレットさんの視線が私の方の向きました。
うーん、どうも気まずい感じがします……やっぱり、どう接したらいいか、今いち決めかねているせいでしょうか。
「え、えーっと……〈鑑定〉のスキルを覚えたくて、辞書とか辞典とかそういう種類の本が欲しいのでサマリーさんに相談したら、グリムレットさんの宝物庫にならあるんじゃないかと言われて……それで、もしよければ、中を見せてもらって、そういう本があれば貸してもらえたら、と」
しばらく沈黙が流れます……だ、駄目かな?
「おそらく、そう言った書物の類はないだろう」
ないですか。残念。
「だが、魔法の品はある。《スキルスクロール》もあったはずだ。それをやろう。案内しよう」
あ、ラッキー。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんなわけで私は、グリムレットさんの手に掴まれて登ってきた岩の通路を進んでいます。グリムレットさん、大きすぎでとてもじゃないですけど乗って飛んでもらうわけにはいかなかったのです。
サマリーさんと登ってきた道を途中で分かれるとちょっとした広い空間に出ました。
「おおおぉ」
思わず声が出ましたが、まさしく宝物庫、です。金貨がざくざくといくつも置かれた木箱からあふれています。他にも宝石とか装飾品が無造作に置いてあります。現実だと痛みそうですが、そこはVRですし。まあ、一部、あんまり見たくないようなもの……ドス黒い赤色に汚れた豪華な意匠の防具とか……もありますが。
「すごい宝ですね」
「最初の竜は、女神の元で大切な宝を守る番人だったという。だから竜には宝を守る本能が残っているらしいな」
そういえば神話や伝説では金色の羊の毛皮を守っていたり、黄金の指輪を守ってたりしていたんでしたっけ。そういう伝承が設定に反映されているのでしょうか。
「『神扉』を開いて女神の元に向かいたい、ていうのは、先祖の故郷に戻りたい、てことなんでしょうか」
ちょっとひらめいたことを聞いてみました。
「いや、私はこの地でもっとも古い竜の1人だが、その私が伝え聞くレベルでの話だぞ。おとぎ話のようなものだ」
あっさり否定されました。けっこう正解をついたと自信あったんですけどね。
そんな話をしている間に、お目当てのものを探しているのですが、なにせ色んなものが無造作に置いてあるので見つかりません。結構時間がかかりそうです。
「そこの棚だ」
確かに洞窟の隅に棚が置いてあり、本のようなものや小さなケースのようなものが入れてあります。あれ?本、あるじゃないですか。
「それは魔導書だ。うかつに触らない方がいい」
ちょっと興味はありますが、人のものですし、やめておきましょう。私は小さいケース……確か学校の卒業式でこういう入れ物を使っていたはずですが、の方を1つ手にとってみます。
〈時空魔法〉……あ、これケースにスキル名が書いてあるんですね。
とりあえず目当てのものと違うから置いておいて、ケースは色々ありますが、〈鑑定〉は……あ、ありました。あとよく見たら〈気配察知〉もありました。これ、最初からグリムレットさんに頼んでいたらよかったのかな?
「ありました。あの……これ、もらってもいいのでしょうか?」
「私たち竜は使わないものだからな。1つくらいならかまわん」
もしかしたら有用なスキルが他にもあるかもしれませんが、それはちょっと図々しいですね。
「もしかして、これもらったら代わりに私のために働け、て言われます……?」
「働いてくれるのか?」
ちょっと気になっていたことをおそるおそる聞いてみたら、逆に質問が返ってきました。
「いえ、たぶんグリムレットさんが望むようなことはできないと思うんですけど?」
あの後、キャラクターブックを改めて見直したのですが、両親、家族の説明に「神扉」のことは何も書いてないんですよね。一応、父親、母親、姉妹については簡単な設定と説明が書いてあったのですが、グリムレットさんの言っていたようなことは何ものってません。
「私」にとってゲームの中の「ノエル」についてはキャラクターブックの内容が全てです。マスクデータ、みたいなのがゲームにはあるそうですが、少なくとも見えないのではわかりません。
「あの日、お前の両親を打ち倒した後、私は『神扉』の前に立った」
その話は初めて聞きましたね?
「だが、扉は開かなかった。その時、私は悟ったのだ。『神扉』は誰もがくぐれる。だがそれを開くのは選ばれた者のみなのだと」
「でも、その選ばれた者が私だという保証はないんじゃないでしょうか?」
私は首をかしげました。結局、問題はそこに行きつきます。
「間違いない。お前が……いや、お前『たち』と言うべきか?女神の一番の寵愛を受けた者たちこそが我らにとっての扉の鍵となるだろう」
たち?あー……なるほど、そういうことですか。
「そもそもお前たち『異人』は、扉などなくても、女神と意志を通い合わせることができるのだがな」
ちょっと整理しましょう。
つまり、グリムレットさんの言ってることは、女神の祝福を受けた「異人」=PC、がグリムレットさんみたいなNPCを特定のルートを通って女神の元に連れていけたら、NPCは何かしらパワーアップする、こういうことなのでしょう。
「でもグリムレットさんが私をさらった時、ノエルリージュは異人ではなかったですよね?」
「そうだな。私も最初はただロスフェラードの誰かなら開くことができると思っていた。だからお前たち姉妹を探し、最終的にはお前を捕らえた。そして、お前が『異人』として、女神に最も近い者として目覚めた時に、私は間違っていなかったと確信したのだ」
つまりそれって、ロスフェラード家の人が「神扉」を開くことができる+プレイヤーキャラクターが「神扉」を開くことができる=ロスフェラード家の人はプレイヤーキャラクターになる設定だった……?
まあ、実際になっているわけですけど。
「とにかく!じゃあ、この〈鑑定〉の《スキルスクロール》はもらっておきますね。『神扉』は……まあ、私もグリムレットさんの話を聞いているとちょっと興味がわいたので開けて中に入れるなら入ってみたいですけどね」
「そうか。どちらにせよ、『神扉』はすぐに近づける状況でもない。ノエルが、強くならない限りはな」
私も見るだけなら公式掲示板を見るくらいはしますので、そこで話題に出てた旧ロスフェラード王都のことは知っています。めちゃくちゃ強くて気持ち悪い敵が徘徊してるとかで。
「『神扉』が不用意に自分に近づけないよう、防衛機能を働かせているのだろう。流石にあれを、お前を守りながら突破するのは難しい。お前が一人前に戦えるようにならなければ、無理だろうな」
それってすごい先の、気の長い話になりそうなんですが、いいんですかね。
「それに、だ」
グリムレットさんが悪戯っぽく笑って言いました。
「父親とは娘の欲しがる物を与えてやるものだろう?」
……何で私のキャラクターブックの中身知ってるんですか!?