13
大陸暦1052年 氷の月 18日
というわけで〈竜闘術〉の訓練を受けることになりました。いきさつを考えるとお腹が減ったから食事をしようとしたら料理するための調理道具を作り始めたみたいな感じですが。ただ、これからゲームを進めていくにあたっても戦い方は大事だと自分に言い聞かせることにします。
「〈竜闘術〉とは私たちが〈人化〉している時に、人間の戦い方には馴染めないんで編み出されたものだね。そもそも〈人化〉とは魔力を人間の姿に変質させることで肉体の方が『あ、そういう形だったな』と魔力に引きずられて形を変えることで発動する。だから」
ノクターナルさんが右腕を振るうと、どこからともなく現れた巨大な黒い鉤爪が空中を薙ぎ払います。
「魔力を一部だけ『戻して』竜の姿を発現させるのは実はそんなに難しくない。魔力を変質させてるけど竜の姿の記憶は残っているからね。むしろ〈人化〉が解けないように魔力を維持する方が大変だね」
「いえ、私は竜じゃないですよ?」
竜の姿を戻すと言われても戻るわけありません。
「竜じゃない種族は魔力に竜の姿の記憶がない。だから魔力に竜の姿を刷り込んでいき、イメージで魔力を『変える』。私たちの〈人化〉の逆だね。これは根本は同じだけどやり方が違うから、〈竜魔術〉と呼ばれる。でも、ノエルは〈竜闘術〉使えるんだよね?」
スキル欄の表示は〈竜魔術〉じゃなくて〈竜闘術〉ですから、そのはずです。
「なら、間違いなくノエル自身の竜の姿が魔力の中にあるはずだよ。ノエルからはグリムレット様と同じ魔力の匂いを感じるから、間違いなく竜の魔力を持ってる。普通ならそこまで魔力を変えるのに竜の姿を自分で刷り込むからわからないはずはないんだけど、ノエルはやむなく変わっちゃったから自分の魔力の中の姿に気づいてないんだね。じゃあ、自分の魔力を感じる所からだね」
ゲームだからスキルやアーツを発動したら勝手に使えるものだと思っていたんですが、どうもそうではないようですね。なかなか奥が深いです。でも、魔力を感じると言ってもどんなものかわかりませんよ?
「あ、うん。そこからかあ。じゃあ魔力を感じられるようになるためによく使われるやり方をやろっか。手の平を私の方に向けて出して。どっちの手でもいいよ」
言われるままに右手の手のひらをノクターナルさんの方に向けて差し出します。そこにノクターナルさんは自分の手の平をぴったり合わせてきました。
「今から私の魔力をノエルに流し込む。自分の魔力は自分のものだから、言っちゃうと自分の体の中を流れる血の流れを感じろ、と言うようなものだから難しい。でも、他人の魔力は異物だからね。わかりやすいんだ。いくよ」
わっ。
重ね合わせた手の平から確かに何かもわっとしたものが腕の中を這ってくるような感触がします。痛みはないですし、嫌な感じはしないのですが。例えるとふわふわのクッションの手触りにくるまれていくような感じです。これが魔力なんでしょうか。
【〈魔力知覚〉のスキルを取得しました】
ポーン、という音がして機械的な女性の声が聞こえました。
「アナザーアーツ・クロニクル」では自分の行動に応じてスキルが取得されるシステムになっているそうですが、こんな感じなんですね。
「〈魔力知覚〉というスキルを覚えました。何となく魔力を感じることができるようになりましたね」
って、ノクターナルさん、鼻血!?
鼻血あふれてますよ!?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「他人へ魔力を流し込むと逆に相手の魔力が自分の中に流れ込んでくるんだよね。やりすぎると危険だけど、ちょっとくらいなら全然大丈夫だから」
すごい鼻血がだらだら流れてたのでどれだけ危険なのかと心配したんですが、たんに私の魔力を直に体感して興奮してただけのようです。びっくりして損しました。
「『異人』はスキルを取得しやすいとは聞いてたけど本当なんだね。だけど、これで自分の魔力を感じることができるようになったから、竜の姿のイメージを持てるようになったでしょ?」
うーん、なっただろ?と言われても自分がドラゴンになるイメージはないのですが……ただ、アーツは使えるようになった、という感覚があるので、ここまでの基礎講習的なものがなければ、アーツは使えなかったんでしょうね。
「では、まず〈竜闘術〉のアーツ〈ドラゴンスケイル〉から練習しようか。〈ドラゴンスケイル〉は私たち竜の体、特に鱗を出現させる。竜の鱗は知っての通り非常に硬く、私たちの身を守ってくれるものだ。つまりこれは、防御用のアーツだね」
ふむ。特に掛け声とかは必要ないようですね。
では。えい!
急に辺りが真っ暗になりました。あれ?
「やりすぎ」
ノクターナルさんが私の周囲を覆っていた黒い鱗を力いっぱい殴ると、鱗は一瞬で全て消えてしまいました。
「魔力は自分の体の周囲に広がっている。〈ドラゴンスケイル〉はその魔力を竜の鱗に変えるアーツだから、使いすぎるとさっきみたいになる」
なるほど。体から出ている自分の魔力を全部鱗に変化させてしまったので一瞬で自分が鱗に覆われてしまったわけですね。
「それじゃあ魔力も消費するし、無駄も多い。魔力を消費しない最低限の大きさで敵の攻撃に向けて鱗を作り、防ぐ。それが〈ドラゴンスケイル〉の基本だよ。まずは、自分の思った場所に、ぎりぎりの大きさで鱗を作るところから始めようか」
キャラクターブックを開いて見てみると、確かに【MP】が減っていますね。
では、あらためて。目を閉じて集中。自分の周囲、と言ってもちょうど自分から4センチか5センチ離れるくらいの距離でしょうか、魔力が自分を覆っているのが、〈魔力知覚〉のスキルを覚えたので感じられます。この魔力が漂っている場所から選んで、小さな鱗から慎重に大きく、自分の【MP】が減るタイミングを見極めます。
ちょっと時間はかかりましたが、自分の目の前にちょうど手の平サイズの黒い鱗を作ることができました。
「オッケー。ただし、〈ドラゴンスケイル〉は敵からの攻撃を防ぐアーツだから、作る速さも大事だからね。次は、私が指示するところに鱗を作って。速く、正確にね」
ノクターナルさんには私の魔力の範囲が見えているのでしょう。ぎりぎりの所をここ、次はここ、と指さしていきます。その指先の所に鱗を作るわけですが、1回作ってしまえば大きさは把握できましたので、あとはそれをパターン化して、場所を選んで作るだけですね。
「うん、いい感じ。ただ〈ドラゴンスケイル〉はもう1回言うけど敵からの攻撃を防ぐアーツだからね。敵の攻撃を見極めて、それを防ぐように作らなきゃいけない。じゃあ今から私が攻撃を仕掛けるから、寸止めするけど、〈ドラゴンスケイル〉でしっかり防いでね!」
ノクターナルさんが構えを取るとまとう雰囲気が変わりました。魔力が圧迫感を感じるほどに膨らみ、鉤爪のついた手が、現れ、迫ってきます。
攻撃が、来ます。
ノクターナルさんの〈ドラゴンクロー〉!
1発、2発、3発、4発、5発……迫る鉤爪をとにかく防がないと、と鱗を作りましたが、攻撃を受けて体のバランスが崩れてふらついてしまい、最後はひっくり返って後頭部を地面に打ち付けそうになって倒れました。
「やっぱり難しいですね」
大きく息を吐いて、体を起こします。髪についた草を払っていると、ぽかんとした表情でノクタールさんが私を見ていました。どうしたんでしょう?
「すごいね、ノエル。全部防げてた」
「え?いや、転がっちゃいましたよ?」
「それは、〈ドラゴンスケイル〉のレベルが低くて、衝撃を殺しきれなかっただけ。攻撃自体には全部、対応できてた。すごいね、才能あるかも?」
うーん、どうなんでしょう。体を動かすのは苦手な部類だと思いますが、ただ、反応速度とか、空間把握とか、そういう能力は高いのかもしれませんね。
「じゃあ、どんどん〈ドラゴンスケイル〉で攻撃を防ぐ練習しよっか。そうしたら〈竜闘技〉のレベルも上がるし、〈ドラゴンスケイル〉のレベルも上がる。レベルが上がるとより強い威力の打撃も防げるようになるし、レベル5になればパッシブで自動発動するようになるよ」
あの……それって、相手の攻撃見切って出せるようになる必要、まったくないのでは……。