99
……予定の所まで話が進んでないのですが、予定の所まで書こうとするとあと1週間はかかりそうなのでとりあえず。
アーシャさんに連れて行かれたのはまったく知らない初めて行くお店でした。
というか、コップに注がれた飲み物(お酒?)の絵の看板は出ているけど店名もどこに書いてあるかわからないような店です。
お客さんはたくさんいますが、どう見ても冒険者ではなくてごく普通の街の人、普通のNPCのようです。
ローシャさんいわく、
「……姉さんはアクティブすぎる上にしかも旅慣れているから、リアルでも初めて行く街でどこで知ったんだというような店を見つけ出してくる」
とのこと。
串に刺して焼いた肉と野菜とか、香辛料の効いた芋のようなものと野菜を煮込んだ煮込みとか、色々食べたことのない料理を色々食べることができました。
お酒もエール、ワイン、果実酒色々と飲ませてもらいました。
初めて飲みましたけど、美味しいですね。
大陸暦1053年 海の月 30日
気がついたらベッドで寝ていました。
窓の隙間から日の光が差し込んできています。
起き上がって慌てて周囲を見回します。
……いや、ここがどこかはわかります。「女神の憩い亭」の自分の部屋ですね。
というか、私は何で自分の部屋で寝ているんでしょう。
「ロッドさん!」
部屋の隅に立てかけてある立派な槍が目に入りました。
”お。起きたか”
「昨夜何があったんですか? 何で私は自分の部屋のベッドで寝てるんです?」
”姫さん、酔っ払って熟睡してたから、あの2人がここまで連れて帰って寝かせてたぞ”
お、おう……まったく記憶がないのですが。
お酒を飲むのも初めてなら、酔っ払うのも初めてですが、まさか記憶がなくなって朝まで熟睡してしまうとは。ゲーム内で目が覚めた、ということはログアウトもしていなかった、ということですよね。どういう処理になっていたんでしょう。
ん?
……朝?
あっ。
ああああああっ!?
「ちょっと、ロッドさん!?何で起こしてくれなかったんですか!?」
”……は?”
「アーシャさんとローシャさんと朝一で出発する約束してたのに。すっかり遅刻ですよ!?」
”いや、待て、姫さん。落ち着け”
「あああ。どうしよう、待たせてるのかな。急いで冒険者ギルドに行かないと」
”いや、だから落ち着け。日付を確認しろ”
そんな暇は……と思いましたが、とりあえずキャラクターブックを開いて、ゲーム内の今日の日付を確認します。
”今日は何日だ”
「海の月30日」
”2人と約束したのは何日だ?”
「ええっと……確か海の月29日です」
”約束の内容は?”
「1日置いて次の日の朝6時に冒険者ギルド前に集合」
”つまり?”
「……約束の集合時間は海の月31日の6時、つまり明日ですね……」
あ、焦ったぁ……寝過ごしたかと思ったら、まだ前日でした……。がっくりと体から力が抜けてベッドに座り込みます。
”まだ酔っ払ってるんじゃないか?”
ロッドさんの声がいつになく呆れているように聞こえます。
まあ、呆れるのもわかります……というか、私自身も自分でバカだなあ、と思います……。
”しかし、姫さん。そういう所は竜っぽいんだな”
「……どういう意味ですか」
”酒を飲ませて酔いつぶれている間に倒す、というのは竜退治のおとぎ話じゃ定番だぜ”
私はヤマタノオロチですか。
とにかく、今日はまだ約束の日ではありません。というか、現実では深夜。徹夜にならないように翌日の朝から出かけると決めたわけですから、今、私がすべきなのは、ログアウトして休むことですね。
というわけで、あらためてお休みなさい。
大陸暦1053年 海の月 31日
集合時間に遅れないよう、30分前にログインしました。
ゲーム内時間で言うと30分×3=1時間30分、なのでまだ集合時間にはだいぶありますね。
日の出もまだなので外も部屋も暗いです。
荷物を持って下に降りると、食堂はもうやっているようでプレイヤーらしき人たちが朝食をとっているのが見えます。現実だと今日は日曜日。朝からゲームをしようと言う人は結構いるようですね。人のことは言えませんが。
「あ、おはよー」
声をかけてきたのはアーシャさんでした。どうやら朝食中のようです。
「おはようございます」
「そう言えばノエルもここの宿に泊まってたんだっけ……集合場所、ここでよかったね」
「まあ、そう言われるとそうですね」
対面の席について、同じようにモーニングセットを注文します。
「ローシャさんはいないんですね」
「まだ寝てるかなあ。時間までには起きてくると思うよ」
朝食は食べなくても大丈夫なんでしょうか、ローシャさん。
「ところでノエル」
フォークにソーセージを突き刺したアーシャさんがすごい真顔で私を見ています。
「はい」
「これだけは言っておきたいんだ」
「……なんでしょう」
「酒は飲んでも飲まれちゃだめだよ?」
ソウデスネ。
酔いつぶれて寝ちゃったのはたぶん種族のせいであって私のせいではないと思います。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
朝食を終えてしばらくお茶を飲んでのんびりしているとローシャさんがばたばたと起きてきました。
集合時間には十分間に合うくらいですが、私とアーシャさんが既に待っていたので慌てたのでしょう。まだ太陽も昇ってませんから、焦る必要はないんですけどね。
そんな感じで、「女神の憩い亭」で3人そろってしまったので冒険者ギルドには行かずに直接、街の北門へと向かいました。
初めてアーシャさん、ローシャさんとこの街に来た時は西門から入りましたが、その西門と比べると北門は小さいです。「南北への移動は河船がメインだから、徒歩でこの門を通る人は少ないんだ」とアーシャさんが教えてくれました。
それがリアルかどうかは何とも言えませんけど、そう言う所に無駄に凝ってるのがこのゲームなんですね。
「……姉さん、パーティ組むの忘れてる」
「あ、そうだった」
そろそろ太陽が昇って来そうかというところでローシャさんがぼそっと言いました。
言われて私も初めて思い出しました。そう言う所は全部まかせっぱなしでしたね。
パーティ加入申請が来たので「はい」を押します。
「あと、今日行くルートをシェアしておいたから、キャラクターブックの地図を見てね」
キャラクターブックを開いて地図を見てみますと、赤い線が街の北側からぐるっと回って西側に行く感じで引かれてあります。
パーティーメンバーで地図への書き込みを共有できる、というか一緒に見ることができるのでしょう。便利ですね。
と、太陽が昇ったので、門番の衛兵さんが門を開けてくれました。
いざ出発です。
川を右手に見ながら街道を北に歩いて行きます。
西門に通じる街道は石畳でしたが、こちらの街道はただ土が踏み固められただけの道になっています。道幅も細いですね。東西の方がメインの街道で馬車の行き来も多いそうです。
街道は、最初は畑の中を、そこを抜けると草原の中を進んでいくようになります。よく見ると草原の草の中に赤い塊が見えますね。あれが目的のレッドハーブなのでしょう。来るときはあまり気にしていませんでしたがよく見ると結構たくさん生えているようです。
「レッドハーブが見えますね」
「この辺は日当たりもいいし、土も豊かだから赤ばっかりだね。もうちょっと西側の山に近い方に行かないと黄色は生えてないなあ。ま、どっちにしてもまずは森に行って黒と白からね」
アーシャさんが解説してくれました。
依頼で集めないといけない薬草は、植物図鑑によると、マナハーブという植物が生えている環境に応じて色が変化したもの、という不思議植物になります。このうち赤、ことレッドハーブは日当たりがよく土や水の豊富な場所に生えています。
逆に荒地や乾燥地帯など日当たりは十分でも土地がやせていたり水が不十分だったりすると黄色、イエローハーブになり、水辺や水中、湿地帯など水分が過剰にある場所では青、ブルーハーブになるそうです。
逆に日当たりのよくない場所──木々が鬱蒼と生える森の奥や岩の陰、洞窟の中などに黒と白、ブラックハーブとホワイトハーブは生えるそうです。
「でも、植物図鑑だとブラックハーブは主に洞窟の中に生えているそうですけど、森の中に洞窟があるんですか?」
「あー、あれね。別に洞窟の中じゃなくても生えてるよ」
「……そうなんです?」
「これはあくまで私の想像だけど。ようは植物が育つのに色んなものが『足りない』場所に黒は生えているんだよね。逆に光以外の土や水はそろっていると白になる、そんな感じかな。洞窟の中がたまたまその条件を満たしやすいから、黒が見つけやすいわけ」
……わかったようなわからないような、そんな説明ですね。
「……これでも姉さん、薬草の自生地をいっぱい見つけてギルドに情報を売って荒稼ぎしたからね」
「はっはっは。ま、まあ、黒についてはちょうどいい穴場があるから期待してて」
「……姉さんはこういうのだけは、得意」
ウィンクしてみせるアーシャさんと、それを冷ややかな目で見るローシャさん。
いつもの2人のやりとり、という感じですが、頼もしい……かな?
うん、期待していましょうか。