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靴はベッドの側に置いてありました。靴と言うよりはサンダルでしたけど。
装備欄の表示も【粗末なサンダル】ですし。
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この「魔竜の村」(別にそういう名前が正式についているわけでなく、仮にそう呼びますが)はまだ〈人化〉の術に慣れていない若い魔竜が、それに慣れるために〈人化〉したまま過ごすために造られた場所だそうです。〈人化〉とは竜にとっては変装のようなものだそうで、だからここで、実際に人と同じような生活をして、人になりきることを学ぶそうです。
ただ、村と言うほど家の数があるわけではありません。見た感じせいぜい10軒程度でしょうか。私が目覚めた家と同じような粗末な石造りです。なんでも魔法で建てるそうですが、やっぱり建築技術のようなものはないようです。
「結構少ないんですね」
「もともと魔竜自体の数が少ないのよ。ここで学ばないといけない若い魔竜となるとさらに少なくなるからね」
ニコニコとサルカンドラさんが答えてくれました。まあ、確かにドラゴンがうじゃうじゃいるというのは怖いですし、そんなものなんでしょう。
そういえば、口調が最初に比べるとくだけた感じになっていますが、グリムレットさんの前じゃないからでしょうか。
そうしていると、サルカンドラさんは1軒の、周りよりちょっと大きな家まで私を連れて行きました。やっぱり粗末な木の扉を2回ノックすると、そのまま返事を待たずに扉を開けてしまいます。
「サマリー、いるのでしょう?」
「……誰かと思ったらサルカンドラか」
中にいたのは見た目だいたい20代半ばくらいの男性でした。青い髪に目をしています。と、よく見るとこの人は目が普通ですね。それもですが、目についたのは部屋の中に吊るされたたくさんの服です。男性用、女性用、大きさもさまざまにそろっています。残念ながらどれもサルカンドラさんが着ているような粗末なものですが。
「ノエル、こちらがサマリー。私たちが着る服を作ることができる魔竜よ。彼は変わり者でね。人間の裁縫技術に興味を持っちゃって、もういい歳の竜なのにこうして〈人化〉したままここで服作りをしているの。おかげで若い竜たちが着る服には困らないのだけれどね」
「……余計なお世話だ。そっちの娘は?」
今も何か縫物をしていたようですが、手を止めて私の方を見てきます。目があったので思わず会釈してしまいました。
「彼女はノエル。さっき目覚めた『異人』よ。グリムレット様が連れてきた例の」
「あの時のか。俺の名はサマリー。見ての通りの服作りをしている変わり者の魔竜だ。〈人化〉した魔竜は服も込みで変化できるんだが、そもそも俺たち竜は服という概念がない。なので最初はこうしてできているものを見たり、実際に着てみたりして学ぶ」
「サマリーのおかげでここではそういう服に困らないのよ」
息ぴったりという感じのテンポのいいやりとり。
うん、この2人(2匹)、割と仲はいいみたいですね。「変わり者」呼ばわりって結構失礼なんじゃないかと思いますが、サマリーさんという魔竜はさして気にはしてないようです。
「それで、ここに連れてきたのは、あなた、着替えが必要でしょう?人間はずっと同じ服を着続けるわけにはいかないでしょうし。ここにサマリーが趣味で作った服がいくらでもあるから、欲しいものを好きなだけ持っていくといいわ」
そういえば私、まさしく「お姫さま」というドレス姿でしたね。さすがに動きにくいですし、正直言って着て外を歩くような服じゃありません。VRですからずっと着たままでも汚れないのでしょうけれど……たぶん。
リアリティ重視だそうなのでもしかすると着たままだと大変なことになるかもしれなかったですね。
「そういうことなら、いくらでも持っていくといい。俺としてもせっかく作った服が着られないままなのは寂しいからな。それで、変わりと言ってはなんだが、その今着ている服をくれないか?なにせ人間の服、ましてやそれほどまでに作りの精細なものはなかなか手に入らなくてね。ぜひ、参考にしたい」
私の姿は上から下までじっくり見ながら、サマリーさんが言いました。
いや、ドレスを見ているだけで別にいやらしい目的で見ているわけじゃないのはわかりますが、あんまり気分はよくないですよ!
「なら、さっさと着替えましょうか」
サルカンドラさんが、服を引き裂くかのような勢いで引っ張り始めます。
待って。
待ってください。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
「どうしたの?」
慌てて止めますが、なぜか不思議そうな顔をして私を見るサルカンドラさん。
「いや、男性の目の前で着替えるのはちょっと」
「あら、私もサマリーも魔竜だから、気にしないわよ?」
「私が気にするんですよ!?」
サルカンドラさんが不思議そうに首をかしげていますが、何てことを言うんですか、この人は。
あ、人じゃないですか。
「おい、サルカンドラ。流石にやめろ」
ほらほら。サマリーさんもこう言っていますよ。
「そんなに引っ張ったら服が破れる。ちゃんと脱がせ」
あ、はい。私の味方はいないみたいですね。
「でも、これ私たちの服と違うし……脱がすと言ってもどうやるのかしら?」
2人が一斉に私を見ます。
……ドレスの脱ぎ方なんて知りませんよ!
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以前に1度説明しましたが、「アナザーアース・クロニクル」では武器や防具や服などの装備品は実際に身につけたものをシステムが判断し、システム的な装備個所に反映させる仕組みです。つまり、普通のゲームのように装備する/しない、というコマンドで着脱できるわけではなく、実際に着たり、脱いだりしないといけないわけです。
かなりくたびれてぼろぼろになっているとはいえ、一国のお姫さまが着るドレスです。おそらくは本当はお付きのメイドさんあたりが何人も側について着せるものなのでしょう。つまり、こういう服に関する知識が一切ない私が1人でこのドレスが脱げるわけもなく、結局は服飾の知識のあるサマリーさんが一番の戦力になるわけで、あれやこれや調べてもらいながら、何とかドレスを脱ぐことができました。
まあ、男性に服を脱がされたことになったわけですね。
これはもう、お嫁には行けませんね。
行く気はないですけど。
あと、サマリーさん。すごい豪華で立派な服が手に入って嬉しいのはよくわかりますが、私が脱いだばかりのドレスを力いっぱい抱きしめるのはやめてくれませんか。
どう見ても変態にしか見えません。