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拙い文章ですが、読んでもらえたなら幸いです。

 これは、私が「アナザーアース・クロニクル」というVRMMORPG(仮想現実系多人数参加型オンラインロールプレイングゲーム)をプレイした際に体験したこと、感じたことを記録した「日記」になります。


 まず初めに「アナザーアース・クロニクル」というゲームがどういうものであるかということと、ゲームというものにまったく触れたこともなかった私が、なぜ、このゲームを始めるに至ったかということを、書き記しておきたいと思います。


 VRヴァーチャルリアリティという概念と仕組みが広く一般に普及し始めたのは主にゲームが最初でした。最初は目の部分のみを覆うバイザーのような出力機器デバイスで再現されるのも視覚のみなどひどく限定的なものでしたが、最近では専用の頭部を広く覆うヘルメットのようなデバイスも普及し、五感の全ての再現が当たり前となっています。

 技術が向上したことで、ネットワーク内に仮想現実を造り上げ、「実際に商品を手に取って見れる」オンラインショッピングや、自宅に居ながらに再現された世界の名所旧跡を訪れることができるような、ゲーム以外のレジャーでの使用も広がりつつあります。


 そんな中で、ネットワーク上で行われていた従来の多人数参加型のゲームはVRというツールを得て劇的な進化を遂げ、VRを利用した娯楽としては今では最も一般的なものとなっています。かつてはゲームと言えば特定の一部の人間の行う趣味であり、それに没頭するような人間はかなり奇異な目で見られていたそうですが、今では対戦型ゲームのトッププロプレイヤーが国民的人気を得るほどには市民権を得ています。

 そういえば先日、歴史に残るほどの成績を上げたプレイヤーの方に国民栄誉賞が贈られたということで、ニュースの一面を賑わせていましたね。

 

 「アナザーアース・クロニクル」は3年前にこの分野のトップメーカーであるN社から発売が発表され、2年の製作期間とテスト期間を得て、1年前に正式サービスがリリースされたタイトルになります。

 ジャンルとしてはファンタジーRPGに分類されます。RPGというジャンル自体がVRMMOの利点を最も生かせるジャンルとして、早くからVRを取り入れたゲームの開発・製作が行われてきたそうです。

 最近も最も最初期のRPGタイトルがVRMMOとしてリリースが発表されたりも(確かナンバリングで40とかついていたでしょうか)していましたね。

 

 最新のVRエンジンを搭載した今まで以上の美麗なグラフィックと感度。高性能AIを多数使用しまさに生きているかのようなNPC。

 ゲームの「世界」の住人として自分の分身たるキャラクターを造り上げる独自のキャラクターメイキングシステム。

 ワールドシミュレーター(環境条件を設定し、世界がどう変化していくかを計算するシステム)と間違えるかのようなリアリティとその中でもゲームとしての面白さと利便性を損なわない絶妙のバランス。

 

 「アナザーアース・クロニクル」の特徴を説明するとこんな感じになります。


 「紡ごう。もう1つの世界であなただけの歴史を」というキャッチコピーがつけられていますが、その敷居の高さゆえにプレイヤー数はそこまで多くはないものの、一部熱狂的なファンを生み出し、「知る人ぞ知る」というタイトルになっています。


 さて。そんな「アナザーアース・クロニクル」を私が最初に知ったのは、人から教えられて、でした。


 その人は私にとって何よりも大切で、かけがえのない人で、恋人、というような関係ではありませんでしたが、家族がいるのなら(私は他に身よりと呼べる人がいませんでしたが)こういう間柄になるのだろうか、と思えるような、そんな関係の人でした。

 最愛の人、というとなんだか恥ずかしいですし、愛情というものが具体的にどういうものなのか、私にははっきりとこうとは説明はできないのですが、彼は(その人は男性でした)私にとって、そういう人だったと言えたかと思います。


 「君と一緒に、この世界を見て回りたいんだ」

 

 ゲームなんてやったことがない、できない、と言う私に、彼はそう言って「アナザーアース・クロニクル」をプレイする環境とソフトを自分と私の2人分、正式サービスの開始に合わせて用意して、そのうちの1つを私に無理矢理押し付けたのでした。当時はなかなか手に入らない貴重なものだと聞きましたが。

 その時は私自身、自分がゲームをするなんて考えもしていませんでしたので、結構かたくなに断っていたのですが、最終的には彼に押し切られる形で、一緒にゲームをプレイする約束をしました。


 ただ、結果から言うと、私は「アナザーアース・クロニクル」を彼と一緒にプレイすることはありませんでした。

 なぜなら、開始4日前、不慮の交通事故に遭った彼は、帰らぬ人となったからです。


 正直なことを言えば、当時、私は彼の死を受け入れることができませんでした。彼がいることが当たり前で、いなくなってしまうことなんて少しも考えたことがなかった私は、実際に彼がいなくなってしまったという事実に耐えられず、落ち込み、すっかり錯乱し、何も手につかないまま無為な日々を過ごし続けたのでした。(幸い、そうやって何もしないまま暮らしていてもどうにかなる程度の蓄えはありました)


 ようやく自分が1人きりになってしまったことに慣れ、これからどうしていくかをぼんやりとでも考えられるようになるのにほぼ1年かかりました。1年も、と笑われるかもしれませんが、私にとってはそれほどに大きな衝撃だったのです。時間がたてば自然と人の心の傷は癒えるものだというのは何かで見ましたが、本当にそうなのだな、と他人事のように思ったものです。


 そんなようやく「普通」の生活を取り戻しつつあったある日、私は部屋の隅で埃をかぶっていた大きなヘルメットのようなもの……VRゲーム用の専用デバイスに気づきました。あ、一応、日常の清掃は完璧ですので、埃をかぶっていた、というのはあくまで比喩です。


 それは、彼が「アナザーアース・クロニクル」を一緒にプレイするために用意して、私に押し付けたものでした。その時、初めて、私はそのゲームのこと、そして1年前に彼が私を誘って一緒にこのゲームをプレイするつもりだったことを思い出したのです。


 「君と一緒に、この世界を見て回りたいんだ」


 あの時、彼が私に言った言葉。


 彼が、私と一緒に見たかった世界。


 彼と、私の、最後の約束。


 その世界がどんなものなのか、私は見たいと思いました。


 とても不意で急すぎたお別れで、最後になってしまったこの約束。もう彼と果たすことはできないけれど、でも、私1人ででも、果たさないままなくしてしまうのは嫌だ、と思ったのです。


 ともあれ、これが、ゲームなんてやったこともなかった私が「アナザーアース・クロニクル」を始めることになったいきさつです。


 今から思うと、全然彼の死から立ち直れてなかったんだな、と思いますが、その時はやっと何か自分が「やるべきこと」が見つかって自分の未来に対する漠然とした不安みたいなものが安らいだ、そんな感じがしていましたね。

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