第三話 こんにちはハローワーク。こんにちは出来ないお仕事でいっぱい
第三話 こんにちはハローワーク。こんにちは出来ないお仕事でいっぱい
俺、部屋、端が黒ずんだ蛍光灯。
まぁ、俺のこころの薄汚さに比べれば蛍光灯は黒くないよ。
ほら、蛍光灯は光り輝いてるところが多いでしょ。で、俺は輝いてない。
つまり、端の方から黒ずみだした蛍光灯でも俺よりはずっと明るいわけなのよ。
なんとなく、こいつの最後を見届けてからにしようって俺は思ったわけ。
あ、死ぬことね。
思ったことっていうのは、死ぬことね。
文脈でわかかると思うけど、一応、補足しとくね。
ブルーシートを畳のうえに敷いて、そのうえに布団を敷いて、さらにうえに俺を敷いて、これで死ぬ準備も万全って状態。人間は死ぬとさ、色々出るって話だからさ。液とか。よくわかんない液とかが体中から出るって話だから。
よく考えてみるとさ、大家さんにしても良い迷惑なわけよ。
死ぬでしょ、腐るでしょ、液が畳とか床まで浸透するでしょ、俺汁が天井から雨漏りみたいにして一階の人の部屋に侵入するでしょ、そしたらそこで鍋パーティーとかやってるわけなのよ。で、そこにポトリ……ポトリ……って俺のエキスが混じった鍋を食べちゃったりしたら、これはもう大変でしょ?
もう一生、お鍋を食えなくなっちゃうよ。
わかってる。
お鍋どころの騒ぎじゃないってのはわかってる。
だからさ、念のためにブルーシートを敷いたわけ。
ホームレス生活用に買ったブルーシートを布団のしたに敷いたわけ。
もちろん、一階の人だって真上で誰かが死んじゃったら気分は良くないんだろうけどさ、俺のエキス入りの鍋を食べるよりはずっとマシでしょ?
これでも一応ね、世間に気遣いはしてるつもりなわけよ。
計画も立てた。
まず山に行くじゃん?
で、遭難するじゃん?
そしたら死ぬじゃん?
これが最高のプランAなんだけど、本命はプランBのほうね。
キノコを狩るじゃん?
お鍋で煮込むじゃん?
キノコって十中八九、毒じゃん?
つまり適当に狩ってきたキノコのエキスを飲むと死ねるわけじゃん?
苦しいのとか痛いのは嫌だから、睡眠薬と酒と痛み止めをガバガバ飲んで、で、意識が無くなりかけたころにコーラで割ったキノコエキスをグイッとやるわけ。あとは俺が意識を失ってる間に毒キノコの効果で俺が1機消滅するわけよ。
俺って命が一個しかない生き物だから、まぁ、完全に消滅するわけよ。
窓とドアを開けっぱなしにしておけば、二、三日の間にはお隣さんのどっちかに発見してもらえるだろうしね。あんまり腐ったすがたを親戚にも見せなくて済むってわけ。腐ったっていうのは物理的なお話でさ、精神的にはもうとっくの昔に腐りきっちゃってるんだけどね。
だからさ、諦めて欲しいんだけどさ。
「ツネちゃん、起きよ?」
「…………。」
「ほら、ツネちゃん、おっきしよ?」
って春奈ちゃんがしつこいわけなのよ。
俺が無言なのはね、怖いから。
一度ね、
「うっせぇな……」
って調子に乗って言ってみたらさ、
「じゃあ、お父さん呼ぶからね?」
って、いきなり核兵器持ち出してくんのよ。
それって反則じゃん?
ものごとには段階ってものがあるわけじゃん?
まずは話し合いから始まって、ダメなら戦争で、核兵器の登場は最後でしょ?
それなのにさ、春奈ちゃんはいきなり核兵器を持ち出してくるわけなのよ。
これから死ぬって人間でもさ、怖いものは怖いわけ。
もしもだよ。もしもの話だよ。よし、いまから死ぬぞーって覚悟を決めたところにさ、スケスケのネグリジェを着たケバい化粧の大男が現れたらどうよ?
しかも、すっげぇハァハァ言ってんの。
ネグリジェはちょっと紫色の入ったピンク色ね。
さらにノーパンだから、透けてんの。
ほら、怖いでしょ?
ほら~、怖いでしょ~?
だからね、生きるとか死ぬとか関係なくてさ、怖いもんは怖いの。わかって?
俺にとっての兄貴は、そういう存在なわけ。
そうだ、兄貴がネグリジェ着てるわけじゃないから。
そしたらきっと、春奈ちゃんも、もっと人生諦めちゃってるはずだから。
兄貴はちゃんとトランクス派だから。ネグリジェ派じゃないから。
風呂上がりにスケスケのネグリジェ一枚で出てくるわけじゃないからね。
「ほら、ツネちゃん、おーきーてー」
「…………やだ」
俺がこうやって拗ねてるのにも理由があるわけ。
その理由っていうのは、現実を知ったわけなの。
あぁ、俺って38歳なんだな。職歴ないんだな。大卒じゃないんだな。完全無欠のニートなんだな。世の中の誰ひとりとして俺のこと必要としてないんだなって、心の底から思い知らされたからなの。いままでも知ってるつもりだったんだけど、話で聞くのと現物を目にするのとじゃ大違いってやつよ。
もう完全に死ぬしかないわーって決意が固まったくらいだったね。
まぁ、ここはさ、また順を追って説明していくとするよ。
えーっと、どこからになるのかな。
まず、春奈ちゃんが懲りずに俺のアパートまでやってきたでしょ。
んで、俺が不機嫌な顔を見せるでしょ。
でもさ、春奈ちゃんは一生懸命、作り笑いを浮かべてくれるわけ。
そしたらさ、俺って天邪鬼なヤツだから、ますます不機嫌になるわけ。
んでさぁ、ついつい言っちゃったわけよ。
「うっせぇな……」
売り言葉に買い言葉ってやつ?
春奈ちゃんも言い返してきたわけよ。
「じゃあ、お父さん呼ぶからね?」
それは無しでしょ?
それは反則でしょ?
いきなり兄貴を呼ぶのは無しでしょ?
「ほら、お天気良いから、お散歩だけでも行こう? おいでよ、ツネちゃ~ん」
犬ですよ。
俺、犬扱いですよ。
背中に銃を突き付けられて、
「おい、歩け」
な状態なわけですよ。
もし俺がセガールなら、とっさに銃を奪ってやるところなんだけど、残念なことに俺はセガールじゃないから、銃で脅されたら歩くしかないわけ。
女の子の成長が早いってホントだね。
もう、すくすくと男の操縦法を学んでいくんだよ。
こうね、俺が渋るとね、
「あ、お父さん。ごめん、お仕事中だった? ううん、ちょっと声が聞きたくて」
スマホでラブコールをするわけなんですよ。
もちろん俺は冷や汗ものよ?
もちろん兄貴はデレデレしてやがんのよ。
思春期になって態度が冷たくなった娘から、いきなりラブコールもらったら父親としてデレるしかないでしょ。それって、ものすっごい卑怯じゃん。
「違うって~、お父さんが心配することじゃないよ。ちょっと声が聞きたかっただけ~。もう、大丈夫。大丈夫だから安心して。うん、ほんと、大丈夫だから~」
兄貴と電話しながらね、でも春奈ちゃんの瞳は俺に釘付けなわけ。
お散歩ね、俺、すっげぇ行きたくなったわ。
もうそのまま、飼い主のリードから逃げた犬みたいに逃亡したくなったわ。
でもね、そのお散歩がね、やけに長いのよ。
どれくらい長いかって言うとね、ポカリが二本分。
1.5じゃなくて、500ミリリットルのほうね。
とりあえず、給水所が設置されてないと無理ってレベルの距離。
車なら10分くらい、人間の足だとね2時間。もうね、人間の足って遅いね~。
これは春奈ちゃんも予想外だったらしい。
18年間、ニートで鍛えてきた男の体力の無さを見くびってたらしい。
ま、途中から気付いてたよ。
ほら、御丁寧にもコッチですよって看板が出てるから。何キロも手前でさ。
それで、俺も最初は渋ってたんだけどさ、途中からはまだ着かないのかなって、はやく完走したくてたまんなくなってたわけよ。
でもね、一応ね、春奈さんにも聞いてみたわけ。
「……やっぱ、今日のところは帰んない?」
「ツネちゃん、ここまで来たんだから、もう少し頑張ろうよ?」
「もー無理だから。もー無理だから。体力の限界だから。ね、帰ろう?」
「あとちょっとだから、着いたら休めるから!」
「ホント? 着いたら休める?」
そうなんだよね。
ここで折り返しちゃうと、いままで歩いてきた距離を休みなしで歩かなきゃならないんだよね。もうそれは絶望なわけよ。なら一回、向こうまで行って、それから休憩して、ゼーゼー言ってる体力を取り戻してから帰った方が楽なわけ。
春奈さんは、まだ余裕って顔してた。
なんだかんだで歩くからね、学生は。
で、こんにちはした先がハローワークだったのよ。
こんにちはハローワーク。
さようならハローワークしたかったんだけど、それは俺の体力が許さなかった。
椅子があったら座りたい、そういう時ってあるでしょ?
で、椅子に座って、順番を待つわけ。
最近のハローワークって、なんか銀行みたいなシステムなのよ。
整理券を取って、番号呼ばれたらパソコンを使わせてくれて、そのパソコンを使って求人情報を自分で検索するのね。
それが出来ないアナクロでアナログな人のために印刷された求人情報もあるんだけど、それをパラパラってめくってたら気が滅入ってくるから止めた。
それで番号を呼ばれたからハロワマシーンと俺は相談を始めたわけ。
まずは年齢の入力で38歳。
つぎに仕事先の住所ね。これは大雑把な範囲指定。
パートか正社員かって聞かれたから、とりあえず正社員を希望しました。
で、学歴と経験と資格は不問っと。
うん、まぁ、ゼロではなかったよ、ゼロでは。
「ね? ちゃんとあるでしょ?」
なんで春奈ちゃんがドヤ顔なのかは知らないけど、確かに求人はありました。
「でも、俺に出来るの? この俺の体力で?」
「…………がんばろ?」
この辺のやり取りは小声で、隣の人には聞こえないようヒソヒソ声でしてた。
で、ちょっと好奇心が湧いちゃったから、検索条件変えてみたわけよ。
「25歳、大卒、資格経験アリアリっと」
うんまぁ、ゼロではなかったよ。圧倒的にゼロではなかったよ。
38歳ナシナシx38歳ナシナシしても足りないくらいにゼロじゃなかったよ。
この辺で心が折れかかってるわけなんだけど、まだこの時点では大丈夫だった。
本気で心を折りにきたのは求人情報でもなくて、春奈ちゃんでもなくて、俺の体力でもなくて、ハローワークの職員だったのよ。これはね、思わぬ伏兵だったわ。
俺はさ、窓口に行くの、ものすっごい渋ったよ。
だってさ、俺なんかがさ、採用されるわけがないんだもの。
でもさ、春奈ちゃんの笑顔と銃口を背負って窓口に求人票を持って行ったわけ。
で、いきなり喰らったのが『説教』ね。
なにを言ってるか、わかんない?
うん、俺もあんまりわかんない。
まず窓口の人がね、オッサンなの。
まぁ、俺もすでにオッサンなんだけど、俺の親父くらいにオッサンなの。
で、これから続く言葉をひとつひとつ丁寧に大声で言われたわけなのよ。
「38歳ね。え~っと、いままで何してたの?」
「あ、親に仕送りしてもらってたんだ。なるほどね」
「大学は? 中退。じゃあ基本的には高卒だね」
「職歴とかはある? あ、無い。やっぱりね。最近は多いんだよね、そういう人」
「親御さんは元気? あ、定年。じゃあ、お父さんの年金頼って暮らしてるの?」
「お兄さんが居るんだ? じゃあ、お父さんの老後は安心だね」
「この求人票ね……えーっと、うーん、これはちょっと難しいんじゃないかなぁ」
「電話は掛けてみるけど、あんまり期待しないでね?」
「あ~、どうもお世話になっておりますハローワークの石橋です。求人の件でお電話させていただきました。いま、お時間よろしいでしょうか? はい、ありがとうございます。えーとですね、御年齢は『38歳!!』。学歴は『高校卒業!!』。職歴のほうは『ありません!!』。資格ですか? ……なにか資格は持ってる? 『資格も無しです!!』。やっぱり駄目ですか? やっぱり駄目ですか!! わかりました、はい、お時間とらせてすいませんね~。…………やっぱり駄目だって」
なんなの、この公開リンチは。
俺ね、ちょっと背後を振り返ったんだよね。
そしたらさ、春奈ちゃんが聞こえてますって顔してた。他の人も。
ハローワークにはさ、ギロチン台の設置義務があると思うんだよ。
こう、死にたくなったらどうぞ的な意味合いでさ。
これがさ、求人票の数だけ続くんだよね。
「やっぱり駄目ですか!!」
なんでこれを元気よく言うのかね。
もう俺の耳には、「予想が的中!!」としか聞こえてないわけよ。
んでさぁ、
「…………やっぱり駄目だって」
って、言われなくてもわかってることを大声で囁いてくれるの。
一度だけでは飽き足らず、二度三度と俺の心をバッキバキにヘシ折ってくるの。
もう俺は途中からね、虚ろな目で「はい……」しか言わなくなったね。
そもそも、やっぱりってなんなんだよ。
でさぁ、そのオッサンの締めの言葉がこれね。
「これくらいで気を落とさないでね。頑張らないと駄目だよ? 若いんだから!」
って、俺はわかってるキミの味方だよって顔をして言うんだよ。
「おまえのせいで頑張れねぇよ!!」
って言いたいところを我慢した。
いやもう、俺は帰りたくてしかたなかったからさ。
このハローワークっていう生き地獄から一秒でも早く逃げ出したかったからさ。
入り口の脇にあった今週の求人一覧ってのを持って、俺は帰ったわけよ。
こころのなかに色々と抱え込んだままね。
まず初めにあったのは個人情報をさらされる恥ずかしさね。つぎにきたのは繰り返し否定される悔しさね。それを過ぎるとやってくるのが虚しさね。虚しささえ通り過ぎた先にあったのが……アレだ、言語化不可能なアレ。日本語のなかには用意されてないアレ。お部屋で三角座りしてポツーンしたくなるアレなんだよ。
春奈ちゃんもさ、ちょっとどころじゃなく悪いことしたかなーって顔してるの。
帰り道はトボトボで、すっごい足が遅いんだけど、付き合ってくれたんだよね。
「ツネちゃん。あのオジさん声おおきかったね?」
「うん、ホント、大きかったよね」
「どうしてあんなに大きいんだろうね?」
「そうだね、ホント、どうしてあんなに大きいんだろうね」
「もっとちっちゃな声で話してくれても良いのにね?」
「あのオッサンには、ホント、無理なんじゃないかなぁ」
「お爺ちゃんって、みんな声が大きいもんね?」
いや~、春奈ちゃんは可愛いわ。
ホント、可愛いわ。
表参道を往復フルマラソンすれば、芸能スカウトから名刺の一枚くらいは貰えそうなほどに可愛いわ。
「そうじゃないんだよね~。あのオッサンの声がでかかったのって、ワザとなんだよね~。俺が職歴なしの38歳ニートだってこと、周囲に言いふらしたくてたまらなかったんだよね~。だから声が大きかったんだよね~。これね、ホントだよ?」
「ツネちゃん、それはちょっと考えすぎじゃない?」
「そうかな? 考えすぎかな? ニートの俺が考えることだしね、あてにならないよね。そうそう、考えすぎだよ。ぜったいに考えすぎなんだよ。うん、そうそう」
「……ツネちゃん? あのオジさんに怒ってるの?」
「怒ってないよ、アイツ殺したいだけ。見えたでしょ、やっぱりダメって言ったときのアイツの笑顔。すんごい嬉しそうに笑いながらダメだって俺に言うんだよね」
「それは……ツネちゃんの気のせいじゃないかな?」
「気のせいじゃないよ。見えたでしょ。春奈ちゃんも見てたでしょ? あの笑顔」
「……うん、見た。なんでツネちゃんにダメって言いながらニコニコと笑ってるのか、全然、わかんなかった。なんで笑ってたのかな、あのオジさん……」
「それはね。……春奈ちゃんは一生知らなくて良いことかな。そういう人も居るってだけのことだからさ。ホント。知るだけ脳細胞の無駄づかいだから、春奈ちゃんは知らないほうが良いよ」
「そっか……」
実際にどうして声が大きかったのかなんて、俺にはわかんないわけよ。
実際にどうしてニコニコ笑ってたのかなんて、俺にはわかんないわけよ。
俺の脳内フィルターが、悪い意味として受け止めただけかもしれないよ。
な~んて、青臭い謙虚なことを言うのは十代までにしとけって話だよね。
あのオッサンは、確実に、優越感に浸りたくて、俺を、なぶり者にした。いくらニートでもさ、38歳でもさ、職歴なしでもさ、大学中退でもさ、それくらいのことはわかるわけよ。わかるから、その感情を誤魔化せないから落ち込むわけよ!!
気持ちがズーンと落ち込むと、足もズーンと重くなるわけ。
「ごめん、春奈ちゃん。一人で帰って……俺、少し休んでから帰るわ」
「ツネちゃんのこと置いていけないよ」
「ごめん、もう無理」
「ツネちゃん……」
「もう無理。歩けない。足痛い。ホント、痛いの」
ということにしておいた。
まぁ、実際に痛かったんだけどね。
ほら、俺って元々運動不足なうえに、餓死しようと頑張ってたわけだし。
行きに二時間、帰りに三時間のお散歩とか出来る身体じゃなかったわけよ。
動けない理由を心と身体で割ると、五分五分かな。
わりと体力のほうの理由も大きかったね。
身体が元気だと、元気いっぱいに落ち込めるのよ。
身体が疲れ果ててると、落ち込むための体力も残ってないのよ。
もう、その辺のガードレールに腰掛けて、俺、動けなくなっちゃったわけ。
そしたらさ、
「お父さん、お仕事もうすぐ終わり? あのね、車で迎えにきて欲しいんだけど良いかな? あのね、ツネちゃんが動かなくなっちゃったの。うん、そう、動かなくなっちゃったの。ツネちゃん。……え? 救急車? 警察? お父さん、なに言ってるの? ちょっとお父さん落ちついて!! ちょっと意味わかんないから!!」
なんか知らんうちに父と娘の会話がすれ違ってたわ。ウケる。
それから、俺のなかに眠ってた潜在能力が目を覚ましたよ。
やべぇよ。このままじゃ兄貴が来るよ。
「あ、ツネちゃん動き出した。大丈夫だから、このまま歩いて帰るから。だから、救急車とかいらないって! お父さん、ちょっと私の話をちゃんと聞いてよ!!」
俺、頑張ったよ。
頑張った俺を褒めてあげたいくらい。
自分の部屋に帰って、布団にバタンと倒れ込んだときはさ、24時間テレビ的なグランドフィナーレが流れてたわ。俺の脳内でな。
春奈ちゃん?
なんかね、ずっと兄貴と電話で喧嘩してた。
で、俺の部屋に着いてからも、まだ喧嘩してるのね。
よく続くなーと思ってたら、途中で喧嘩の相手が美奈さん、春奈ちゃんのお母さんに変わってたんだよね。
女の人の会話って終わんないじゃん?
だから喧嘩も終わんないのよ。
「もう、今日は家に帰らないからっ!!」
で、電源をブチーするんだよね、春奈ちゃん。
そしたらさ、すぐさま俺の携帯が鳴るわけ。
「ツネ。おまえんとこに春奈が居るよな?」
「私のことなら居ないって言って」
もう、どうすれば良いのよ、これ。
「う、う~ん、居るような居ないような?」
「ツネ。春奈に帰ってこいって、」
「私なら今日は絶対に帰らないからね!!」
「ごめん、兄貴。自分で説得して」
で、俺は春奈ちゃんに携帯を渡したわけ。
そしたらさ、
「あ、私だけど、」
ここで電源をブチーだ。
女の子って怖いよなぁ、男を焦らせる瞬間を本能で理解してるんだもの。
俺? 俺はね、蛍光灯と一緒になって怯えてた。そういう生き物だからね。
女子高生がお泊りすることになっても、色っぽい展開とかはないよ。姪っ子だからね。「オギャー」のときから知ってる子だからね。おっぱいどころかお尻の穴まで見ちゃってるからね。その辺はいまさらだよ。
で、なんでこんなにこじれちゃったのかというと、原因はまた俺なわけよ。
布団と寝袋を並べて、俺と春奈ちゃんの二人で横になって話してたわけ。
ウチに寝袋が存在するのは、まだホームレスの路線を諦められてないからね。
春奈ちゃんも何で寝袋を持ってるのって顔してたけど、アウトドアが趣味なんだって、すっげぇ嘘で誤魔化した。
あぁ、それで俺が喧嘩の原因って話なんだけどね。
「ツネちゃんが家を出てったのって、私のせいなんでしょ?」
「……えっと、春奈ちゃんのせいってわけじゃないよ」
「ウチのお母さんが、ツネちゃんのこと家から追いだしたんでしょ?」
まぁ、否定はできない。
俺が実家を追い出されたのは五年前、春奈ちゃんが小学校の高学年に入ろうってときだった。簡単に言ってしまえば、アレだ。子供の教育に良くない。そう、俺みたいなニートが家のなかに居ると、春奈ちゃんの教育によろしくないって理屈だ。
まぁ、否定はできない。
「俺みたいのが居ると世間体が悪いんだよ。もう高校生だし、わかるでしょ?」
春奈ちゃんの友達が遊びにきて聞くんだよ。
「ツネちゃんて何してる人なのー?」
これがまた、心臓に抉りこむ角度で突き刺さるんだよね。
グサーッて擬音じゃなくて、グヘッて、血が出るほど生々しい感じでさ。
だからさ、実家から逃げられて良かったかと言えば良かったんだけどね。
「今日ね、お母さんね、ツネちゃんと一緒に居るって聞いて怒ったんだよ?」
「うん、まぁ、情けないことに否定はできないかな~」
「おかしいよね。ツネちゃんは家族なのにね」
「それは……その……アレだ。俺と美奈さんは家族じゃないんだよ」
「ツネちゃんは家族でしょ?」
このへんの機微は、まだまだ子供の春奈ちゃんだ。
まぁ、俺が堂々と大人を名乗ってたら、どっかの誰かに怒られるけどな。
んで、俺と美奈さん、春奈ちゃんのお母さんの関係なんだけどね。
「あのね、違うんだよ。俺と兄貴は血がつながってる。俺と春奈ちゃんも血がつながってる。でもね、俺と美奈さんは血がつながってないんだよ。美奈さんは兄貴のお嫁さんだけど、俺とは他人なんだよね。血は水よりも濃いって言うでしょ?」
春奈ちゃんの指先がVの字を描いて、金山家の血縁関係を描いていた。
春奈ちゃんを起点にすると、全員が家族だけど、俺や美奈さんを起点にすると、つながらないところが出来ちゃうんだよね。
「実はさ、俺の側から見ても同じなんだよ。兄貴のことも春奈ちゃんのことも家族だって思えるけど、美奈さんだけは他所の家からきたお客さんって感じなんだよ」
「……ツネちゃんもなの?」
「ほっぺにチュウで考えるとわかるよ。俺と兄貴、俺と親父がホッペにチュウしてても、見た目は気持ち悪いかもしれないけど、それはさておき問題ない。でもさ、俺と美奈さんがホッペにチュウしてたらおかしいでしょ?」
「それは変かも。なんか変な意味になっちゃうかも」
「つまりそういうこと。それが俺と美奈さんの適切な距離感ってわけなんだよ」
春奈ちゃんは点いてない蛍光灯を眺めながら悩ましげな声をあげた。
悩ましげって言っても色っぽい意味は無いからな。
「どうしてツネちゃんに会っちゃダメなの? 私とツネちゃんは家族でしょ?」
「えっとねぇ~、うわぁ、これは答えたくないなぁ……」
「ツネちゃん、答え。早く」
春奈ちゃんは「ヒントくれ」の子じゃないんだよな。
なぞなぞブックの消費量が半端ないの。
「覚悟は良い?」
「良いよ」
「美奈さんね、オタクが嫌いなの。オタクイコール変態な人なの。OK?」
「うわっ……なんだかすっごい納得できちゃう自分がやだ」
「納得されちゃうんだ……」
「あ、ごめん。だってツネちゃん、オタクでしょ?」
「俺くらいでオタクなんて言ってたら、オタクの人たちに失礼なレベルだよ?」
「そうなんだ……。ツネちゃんってオタクじゃなかったんだ……」
なにその衝撃の事実を知ってしまった的な反応は?
マンガ、ラノベ、ゲームは確かに持ってたけど、フィギュアとかアニメグッズとか、そういうのは何ひとつ持って……UFOキャッチャー以外では持ってない俺がオタクを名乗るなんてとてもとても。オタクの人たちに失礼なわけよ。
でも、読み物といえば女性誌と挿絵のない小説な美奈さんからすると、まったく区別がつかないわけだ。
女の人ってどうしてこう、自分が興味のないものは全部一緒にしちゃうんだろうね。ウチの母さんも、最後までゲーム機は全部ファミコンだと思ってたしな。
その癖、自分の持ち物は口紅一本でもコレとコレは別って言うんだよね。
「美奈さんはね、オタクとマンガ読む人と変態の区別がつかないんだよね……」
「あはは……ごめんね?」
「でもさ、ホントはさ、俺、追い出されたときには期待もされてたんだよ」
「ツネちゃんに期待?」
「三食昼寝付きの実家から追い出せば、俺も働き始めるんじゃないかってさ……」
「そっか……」
「母さんもさ、ホント、俺に期待してたんだよ。ホント……」
「ツネちゃん、お婆ちゃんに期待されてたんだ……」
あぁ、ダメだ、隣に春奈ちゃんが居るのにな。
歳取ると涙腺ゆるくなるってホントだな。
精神年齢は低い癖してな。
「ツネちゃん……泣いてるの?」
「泣いてないよ。ぜんぜん、泣いてないよ」
「ツネちゃん……頑張ろうね?」
「あはは、姪っ子に言われちゃったよ、なっさけねぇの」
「ツネちゃん、がんばろ?」
「オシメ替えてた相手だぞ、ホント、なっさけねぇな」
「ツネちゃん! ……がんばろ?」
「……うん」
ダメだよな、ホント、こういうの反則だよな。
俺さ、なっさけねぇの。本気で泣いちゃったのよ。声だしてさ。
そしたらさ、春奈ちゃんが俺の頭を撫で始めてさ、たぶんそれ以外は思いつかなかったんだろうけどさ、頭撫でるって反則だしさ、つまりさ、泣いちゃったのよ。
ホント、いっぱい泣いた。
目が真っ赤になるまで泣いた。
気がつくと朝で、顔を真っ赤にした兄貴がアパートの前に居た。
「ツネちゃん、どうしよう!?」
「いや、春奈ちゃんが自分でどうにかしてよ。俺、怒ってる兄貴、怖いし」
「私だって怒ったお父さんは怖いよ!?」
「うん、春奈ちゃん、がんばろ?」
まぁ、俺に頑張れって言ったんだから自分も頑張らないと駄目なわけよ。
なのにさ、
「ツネちゃんも、一緒に行こ?」
なんて地獄への道連れにしようとするもんだから、なら俺にも考えがあるわけ。
「うん、わかった」
返事してさ、服着てさ、二人で深呼吸してさ、部屋から出てさ、階段まで行ってさ、俺は一人でダッシュして部屋に帰ってさ、ドア閉めてさ、カギ閉めてさ、お布団のうえで三角してさ、耳を塞いでたわけよ。
そしたらさ、不思議なことにさ、カギがカチャっと開くわけよ。
まさかさ、春奈ちゃんが合鍵を持ってるなんて思わないじゃん?
なんていうのかな、鬼?
そう、鬼だね。
そんな顔してさ、俺の手首を掴んで部屋から引きずりだしちゃうのよ。
でさぁ、「こいつが悪い」みたいな顔して、俺を兄貴の前に立たせるわけね。
「ここじゃなんだし、とりあえず、車、乗ろうか?」
って、なんかね、車に乗せられちゃったの。あんまりエコしてないエコ車ね。
ファミリータイプのミニバンは、俺、兄貴、春奈ちゃんを乗せてもまだ余るの。
いや~空間が広いから怒鳴り声が響く響く。
どうして俺を真ん中に挟まなきゃならないのか意味不明なんだけど、まず兄貴でしょ、つぎに俺でしょ、それから春奈ちゃんの順番。で、父と娘が喧嘩すんのよ。
確かにね、家出した春奈ちゃんは悪いよ。
でもさ、トランクスの横の隙間から「こんにちは」させてる兄貴も悪いよ。
春奈ちゃんも年頃の女の子なんだよ、見せられて気分がいいわけないじゃん?
兄貴が入ったあとのお風呂は脂が浮いてるしさ、抜いた鼻毛をテーブルのうえに捨てるしさ、オナラで返事するしさ、パジャマで近所のコンビニ行っちゃうしさ、友達きてるのにパンツ一枚だしさ、食後のお茶でウガイしちゃうしさ、そのまま飲んじゃうしさ。
もうさ、こんな中年親父が口喧嘩で娘に勝てるわけないじゃん!?
「ツネ! ほら、おまえからも何か言ってやれ! 何かひとつくらいあるだろ?」
「やだよ。俺までシャツから野良犬っぽい匂いがするとか言われたくないよ」
「なんにも言わないんなら、なんでここに来たんだよ?」
「それは俺が聞きたいよ!?」
ってなことがあったのが、大体三週間前のことになる。
俺は、頑張るって決めた。
つまり、具体的には何にも決めてないわけだ。
だから俺はさ、
「明日から頑張るから」
って明日のためのその一、よく休むを実行してたわけよ。
「ツネちゃん、おーきーてー」
って、構ってくれるのが嬉しかったっていう事実も否定はしないよ。
なんかさ、女の子にさ、こうやってユサユサされるのって嬉しいでしょ?
あ、念のために言っとくけど、だからってエロい感じはホント無いから。
小っちゃい頃から知ってる親戚の女の子なんて、そんなもんだよ?
これで春奈ちゃんのお友達が相手だと、「でゅふふ」って笑っちゃうけどね?
まぁちょっと、甘えん坊期に俺は入ってたわけよ。
「わかった、起きた」
はい、起きました。
「わかった、服着た」
はい、服着ました。
「わかった、行こう」
はい、自転車に乗りました。
もうね、「はいはい、偉い偉い」って顔してもらえるだけで満足しちゃう俺がいるわけなのよ。この時点で春奈ちゃんも、かなり投げやりな表情だったけどね。
恒例の朝の行事っていうか、夕方の行事だね。
ハローワークってお役所だからさ、だいたい夕方の17時までしかやってないのよ。だから高校が終わって、家に帰ってきて、それからってなると時間的に結構厳しいものがあるわけ。
でも、俺は甘えたいわけ。
もう一度言うよ、俺は甘えたいわけ。
いやもう、これが正直な心だから隠さないよ。
俺の心が叫んでるのよ、「癒されてぇ~」ってな、わかるだろ?
蛍光灯はさ、明るいヤツだけど暖かいヤツじゃないんだよ。
色で言うと白っぽくてさ、けっこう冷たいヤツなんだよ。
んで、自転車に乗って、ハロワに行く。
それで、ハロワマシーンで「こんにちはお仕事」するわけだ。
前回はさ、正社員なんて高望みしちゃったから、今回はパートタイマーね。
パートって言っても八時間に残業アリだったりするから、じゃあ正社員と何が違うんだよって言いたくなるんだけど、まぁ、どっか違うんじゃないかな。難しいことは俺もわかんないけど、とりあえず給料と待遇は違うね。
ここで世の中に対して文句を言っても良いんだけどさ、そういうのはさ、正社員になってからゆっくりとやれば良いことだから、とりあえずは世間がそうなんだから仕方ないよねって俺も受け入れるしかないわけ。
これも大人の対応ってやつだよね。
求人票を手にするでしょ、それで、ここからが俺の腕の見せ所なわけ。
ほら、あの声が異常にでっかいオッサン居るでしょ。
アレに当たったら最悪なワケよ。
なんでハロワはあんな生き物を雇用しちゃってるの?
あんなのを飼っておくくらいならさ、俺を飼ったほうが良いと思うよ?
これから働こうって頑張ってる人の精神を全力で折りにきてる生き物を、なんで窓口で働かせるのか、ホント、ハロワの考えが、ホント、欠片もわっかんないわ。
国会議員じゃないけど、もっと小さい議員の親戚らしいけどね。
ってハロワの人が、「ごめんなさい」って顔してボヤいてたよ。
運悪くあの生き物に出会ったら携帯が鳴るの、出るの、「ごめんなさい」って謝りながら、俺、求人票を持って帰んの。春奈ちゃんと俺のナイスコンビプレーね。上手くやれば一人でもできるんだけどさ、俺の携帯ってガラパゴスしてるから、そこまで賢くないわけ。
時間差でウソ着信とか、そういう細かい芸当は進化の途中だからできないわけ。
ハロワの窓口の人と気が合わないって思ったら、すぐに春奈ちゃんに手旗信号っていう携帯よりも携帯性のある連絡手段でサイン送るの。ギブアップのサインね。
ニート歴18年の俺の体力はアレなんだよ。
ニート歴18年の俺の気力がコレなんだよ。
38歳にもなって、なっさけねぇヤツだと思うだろ?
じゃあさ、ちょっと現役高校生に混じって走ってこいって。
「ファイト―、ファイトーファイトーファイッ!」
言いながら、ちょっと現役高校生の後ろを走ってこいって。
三分で膝から崩れ落ちるね。
俺なら一分以内は確実だね。
体力と気力が別モンだってのは俺もわかるんだけど、普段から鍛えてないと衰えるってところは同じなわけ。だから俺は自転車使ったり、携帯電話使ったりして、自分の足りないところは文明の利器でおぎなって乗り切ってるわけよ。
部屋のお外に出られるようになっただけでもさ、これで立派な進化なわけよ。
母なる海から偉大な大地に打ち上げられた魚みたいにアップアップなわけよ。
心がね、三本の矢のように折れていくわけよ。
ハロワからお仕事までには三つの壁があるの。
ちょっとハロワ中級者である俺が説明するよ。
まず、ハロワの壁。ハロワの窓口の人が電話して、それでお断りってパターン。これがね、結構ね、多いのよ。いやもちろんね、これは俺の性能の問題なんだけどね。ニートに世間の風は冷たいね~。
これで心が1ポキリね。
挫折の単位はポキリだからね。
つぎに、履歴書の壁。ハロワの人が電話してさ、ちゃんと向こうの人も対応してくれてさ、履歴書送ってくださいって流れになるの。それで、この壁で一番つらいところは、履歴書に書く履歴が無いってところ。
真っ白な履歴書がさ、俺の人生なんだなってしみじみ感じちゃうわけよ。
で、頑張って書いた空欄の多い履歴書がさ、そのまま送り返されてくるとさ、あのオッサンじゃないんだけど、「やっぱり」って気持ちになっちゃうわけなのよ。
これで心が3ポキリね。
2ポキリ目は、真っ白な履歴書なのに文字を書き間違えたときね。エンピツで下書きしてるのにさ、なんでなんだかボールペンになると間違っちゃうのよ。修正液とか使った履歴書を送るわけにはいかないから、もう、全部が最初からなのよ。
消しゴムかけてて履歴書の紙がグシャ―したときは、泣くよ?
ホント、泣けるよ?
泣いちゃうよ?
それで最後の壁が面接の壁。ハロワの人が電話して、じゃあ面接っていきなりなることも多いのよ。面接するから履歴書持参でお願いしますって。履歴書書いて、自転車乗って、電車乗って、兄貴のスーツ着て、スーツを着るのは家を出る前ね、それでさ、そこの会社でいざ面接なわけ。
折れるね、心。
ポキポキと束で折れるね。
相手がね、普通にお仕事してる人だから言葉がね、心に深く突き刺さるんだよ。
えーっとね。
「面接のときに出されたお茶はね、普通、飲まないものなんだよ」
「お茶菓子はね、食べちゃダメだし、手を付けないか、懐紙に包んで持ち帰るの」
「話すときはさ、人の目を見て話そうか? そんなジックリじゃなくていいから」
優しいね、ホント、みんな優しいね。
知らないね、ホント、俺はものを知らないね。
でも優しさにも限度があるんだろうね。もちろん、みんな不採用なんだよね。
今のはね、優しいほうの心の折り方ね。
こんどは、ちょっとキツメのヤツをいくね。
面接する人ってさ、手元にメモ帳があって、そこに書き込んでくわけなんだけどさ、それがさ、けっこう俺にも見えちゃってるわけなのよ。
で、そこに書き込まれる内容なんだけど、
「ニート、38歳」
「無職歴、18年」
「親の仕送りが収入」
もちろん事実なんだけどさぁ、目の前で書かれるとキツイわけ。
ホント、心がポキッって良い音を鳴らすわけ。
あ、ここまではあんまりキツくないヤツね。こっから先がキツイやつだからね。
「挙動不審」
「ニートwwww」
「不採用」
えーっとね、wって言うのは(笑)を意味するネットスラングなんだけど、笑えるとか、超ウケるとか、そういう意味なんだけどさぁ、確かに俺はニートなんだけどさぁ、本人の前でwって書くなよ。なぁ、オマエって社会人なんでしょ?
でね、不採用って言うのは、つまり不採用なんだわ。本人の前で書くのは良いとしてもさ、せめて見えないところで書こうよ。書いてさ、見せてさ、その上で面接してくれた人が言うわけよ、
「面接の合否は、週明けあたりにお電話させていただてもよろしいでしょうか?」
いや、そこに、書いてあるからねっ!?
お前、いま、書いたでしょ!?
もちろん俺はさ、ビシッと言ってやったよ。
「はい、よろしくお願いします!!」
ってな!!
電車までは耐えられたんだけどさ、自転車に乗ったらさ、もうビュンビュンと涙がこぼれてくるわけ。
でもさ、ティッシュ忘れたわけ。
兄貴のスーツの裾で涙は拭けても鼻水は拭いちゃダメでしょ。人間の身体って涙だけ流せる器用なつくりしてないからさ、むしろ鼻水のほうがいっぱい流れてるんじゃないかって思うんだけどさ、拭けないから、俺の顔がすごい状態なわけ。
泣きながら自転車こいでるわけ。
で、俺の部屋で、お布団で三角して、蛍光灯が黒ずんでくのを見守るの。
テレビもない、ネットもない、何にもない原始時代みたいなお部屋なんだもん。
でもね、兄貴も甘いよね、ガラパゴスしてる携帯ならオモチャにもならないだろうって残してったんだけどさ、世の中にはワンセグ放送ってものがあるんだよね。
あ、もちろんNHKとも契約はしてるよ。
こころのなかで。俺、ニートだから、特別に無料だってさ。
優しいね、NHK。
でね、携帯の小さな画面でテレビ見てるんだけどね、面白くないの。なんかね、まったく面白く感じられないの。アニメもドラマもバラエティも、なんだか現実感が無くってさ……アニメには元々ないんだけどさ……ちっとも面白くないのよ。
あぁ、動いてるな。
あぁ、喋ってるな。
あぁ、笑ってるな。
俺の心のなかっていったらこんな感じなのね。
目の前で起きてる現象が、スーッと頭の両脇をスルーしていく感じなの。
そうなってくるとさ、ワンセグ放送なんかよりも蛍光灯のほうがよっぽど楽しく感じられるようになるわけ。
あぁ、光ってるな。
ほら、たったこれだけのシンプルな世界。
なんかね、落ちつくのよ。蛍光灯の輪っかをボーっと見つめてるとさ。
もうね、パーフェクトワールド。
だからさ、
「ほら、ツネちゃん起きて!」
って春奈ちゃんに言われても身体が動かないんだよね。
ホント、指の一本さえも動かそうとは思えない状態なんだよね。
でも、身体をユサユサされてるとそのうち血の巡りが良くなるのか、ちょっとだけ動けるようになるのよ。
で、ハローワークに「こんにちはお仕事」って挨拶しに行くの。
でもさ、どれだけ面接してもこの38歳ニートが受かるわけないんだよ。
ダメに決まってるじゃん。ホントはね、そう思いながら面接受けてたの。
「駄目に決まってますよね。ほんとは言っちゃ駄目なんですけど」
これを言ってくれたのは、面接してくれた石橋さん。
あのハロワに棲息する他人に迷惑かけるだけの物体とは別の石橋さんね。
「俺、ダメなんですか?」
「まぁ、駄目です。ほんとは言っちゃ駄目なんですけどね。私にも一人、ずっと実家の部屋に引き篭もってた親戚が居たんですよ。そういうわけですから、頑張ってる人には出来るだけ協力したいんですけど……会社員としては駄目なんですよね」
優しいほうの石橋さんが苦笑いしながら丁寧に教えてくれたのよ。
俺の駄目なとこ。
面接官視点でさ。
「まず職歴の欄なんですけどね、丸っ切り空白じゃないですか」
「はい、すいません」
「これね、嘘書いちゃえば良いんですよ」
「はあっ!?」
目からウロコどころじゃなかったね。目から目がこぼれる勢いだったよ。
「嘘、書いても良いんですか?」
「駄目ですよ。でも、バレませんから。前職調査って言うんですけどね、前の職場に電話したりするんですけど、これって個人情報ですから在籍確認できれば良いほうなんです。キチッとした企業だと務めてたかどうかも聞き出せませんよ」
「そうなんですか!?」
「向こうの会社からしてみると、もう辞めちゃった人のことですし、話しちゃったことで損害が発生すると裁判沙汰ですから、キチッとした企業ほど無口になりますね。こっちもバイトを雇うだけですから、電話して駄目なら駄目で終わりですよ」
石橋さんね、俺よりも年下なんだけど、すっごい年上に見えた。
俺みたいな親戚、たぶん石橋さんのオジさんあたりなんだろうけど、その人と俺のすがたが被っちゃったみたいでさ、ホント、優しく丁寧に教えてくれたのよ。
あ、不採用はね、もう決定済みなんだけどね。
そこは会社員として融通きかせられないってさ。
「それで、とりあえず直近の職歴をひとつ作っちゃえば、もうニートじゃなくなりますから。これもステップアップのひとつだと割り切って、長期で務めますって顔をしながらバイトを始めて、一、二ヶ月で辞めちゃえば良いんですよ」
「良いんですか? すぐにバイト辞めちゃっても?」
「駄目ですよ。でも、もう手段を選んでる場合じゃありませんしね。これで本物の職歴が書けますから、次からはその職歴を書いて本命の面接に臨めば良いんです」
「はぁ……そんな手があるんですか……」
「あ、お茶の御代わり淹れましょうか?」
「あ、お願いします」
なにかを話す前に「あ、」って付けるルールが世間にはあるみたいよ?
飲んじゃダメなハズの面接のお茶、御代わりまでしちゃったよ。三杯も。
「それで、金山さんの駄目なところなんですけど、楽な仕事を探してませんか?」
「楽なとこ。……すいません、否定できません。俺、ずっと働いてませんでしたから、急にキツイ仕事って言われても体力的に出来る気がしなくって……」
「それね、バレてるんですよ。ウチも体力的には楽ですよ。ホテルの深夜巡回ですから、ほとんどの時間は寝てるか座ってるかです。たしかに楽なほうの仕事なんですけど、楽だからって理由で来た人のこと、金山さんなら雇います?」
「俺なら雇いません」
「そうなんですよ。ウチもそうなんですよ。お客さんと顔を合わせることになったときのもしもを考えると、楽だからを理由にして来た人は雇えないんですよね」
「なるほど……なるほど」
メモ帳のページを借りてな、俺の方がメモってたよ。
石橋さんがね、無言で差し出してくれたのよ。
やっぱ、正社員やってる人ってレベル違うわ。
「ウチはリハビリ施設じゃねぇよって……あ、すいません、ちょっとキツイ言い方になりました。大体の面接された方はそう解釈しちゃったんだと思うんですよね」
「あー、なるほど。それ、すごい納得できます」
そりゃあ、「ニートwwww」って書かれるわけだわ。
俺に楽をさせてくださいって顔して面接にきたら、「帰れ」って俺でも言うよ。
でさぁ、石橋さんがすっごい優しいもんだから、俺、地雷を踏んじゃったわけ。
「石橋さんの親戚のかたは、このやり方で就職されたんですか?」
「…………。」
ここでさぁ、いきなり無言がきたわけよ。
無言とか、無口とか、無表情とか、人間はこれが一番怖いよね。
言っちゃいけないこと言っちゃった空気ってあるでしょ?
もうそれでいっぱいだったわ。
「ダメでしたよ。周囲がどれだけ頑張っても、本人が頑張らないとダメなんです」
「ダメでしたか……」
「周囲が頑張り過ぎると、本人にはプレッシャーになるんですよね。でも、何にもしないと動きだしませんし。ちょっとしたジレンマですよ。頑張って欲しいんですけど、頑張れって言うほど逆効果になっちゃうんですよね。精神的に追い詰めちゃうんですよね」
「あ、わかります。いまの俺、ちょうどそんな感じですから」
「金山さん、わかりますか。私たちは、結局、わからなかったんですよね……」
「じゃあ、今でもその親戚の方は実家で、その~、引き篭もりのまま?」
「今は天国ですね。あ、ウチは浄土真宗だから極楽浄土ですね」
サラッと言っちゃったよ。
ズボッと踏みぬいちゃったよ。
石橋さんが優しいと思ったら、まぁ、過去にそんな暗い人生の影があったわけ。
「あの、その、すいません。なんか、ホント、すいません!」
「いや、良いんですよ。金山さんは、その~、頑張ってください」
「はい、頑張ります。ホント、頑張らせていただきます!」
二人揃ってペコペコしてるのな。
なんか、泣けてくるくらいに石橋さんが俺に優しいのな。
38歳、職歴なしの俺でさえ、ちゃんと人間扱いしてくれてんのな。
石橋さんの親戚の人には悪いけどさ、ホント、ありがとうございましただよ。
ホント、ごめん、石橋さんの親戚の人。ホント、ありがとう。ホント、ごめん。