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第一話 自宅警備員、クビになる

第一話 自宅警備員、クビになる


 畳が六枚。六畳の1K。風呂トイレ別。最寄り駅まで20分。築年数は同い年。

 木造の二階建てのふるーいアパート。

 これ、俺の住んでるアパート。忘れてた、家賃は五万。

「六畳って広い」

 これ、感想。

 エアコン、コンロ、布団、ちゃぶ台、俺、100万円、おわり。

 これ、部屋のなかにあるものの全部。

 ごめん、嘘。

 ティッシュもあった。ティッシュをガシガシして鼻水をチーンしてる。

 布団の上で三角座りして、俺、泣いてる。

 こんな俺に、いったい何があったのか?

 順を追って説明していこう。

 まず、兄貴が来た。

 飯を食いに行かないかって誘われた。

 これは説教が待ってるんだろうなって予想はついてたから、すっげぇ嫌だったんだけど、拒否権とか無いから、俺は兄貴の車に乗るしか無いわけよ。ファミリータイプのミニバンに男が二人。うしろの空いた空間がすっげぇエコロジーしてないんだけどエコ車のハイブリッドなミニバンね。

 まぁ、これはアレだ。

 アレ……そう、パトカーに乗せられた感じ。

 両サイドをお巡りさんに挟まれて、もうこれ逃げらんないなって感じ。

 パトカーに乗ったことは無いんだけどさ、俺のなかの気分的な話のことね。

 で、兄貴が聞いてくるわけよ。

「ツネ、なにが食いたい?」

 あ、『ツネ』って言うのは俺のことね。

 金山かねやま常康つねやす

 兄貴が忠康ただやす。兄貴が『タダ』で、俺が『ツネ』ね。

 で、親父の名前が忠常ただつねなのよ。

 で、母さんの名前が康子やすこなわけ。

 三人兄弟だったらどうなったのか知らないけど、とりあえず俺と兄貴の名前を決めるぶんには親父たちは困らなかったってわけ。

 それで、飯の話なんだけどね。

 ホントはさ、「寿司!!」とか「肉!!」とか言いたいところなんだけど、説教まちの人間がそんなこと言えるわけがないよな?

 だから、

「ファミレスで良い」

 ってお財布にリーズナブルな提案を俺はしたわけよ。

 なのに兄貴がさ、

「本当にファミレスで良いのか?」

 って聞き返してくるわけ。

 あ、これ、普通の重量の話じゃ無いわって想像つくでしょ?

 俺は悩んだよ。

 ハンバーガー屋とか、牛丼チェーンとか、もっと懐に優しいお店を考えちゃうわけ。いやもう、そんな100円や200円に気をつかったところでどうにかなる段階じゃないんだけどね。

 一応、考えるだけ考えちゃうわけよ。

 兄貴の顔色をうかがうと、怒ってるって感じじゃないのよ。もちろん、笑ってるわけでもない。なんて言うのかな~、無表情?

 無表情ってさ、人間の表情のパターンのなかで一番怖い顔だよね。

 いやもう、背中から冷や汗がダバーだわ。

 あ、時間を言ってなかった。

 時間は昼。季節は春。天気は晴れところにより曇り。降水確率は20%。

 降水確率は車のなかで流れてたラジオが言ってた。

 小春日和っていうのはさ、あれ、秋の言葉なんだってね。

 秋なんだけど、春っぽい日のことを小春日和って言うんだってさ。

 だから、春先の陽気を小春日和って言っちゃうのは間違いだから要注意。

 なんでこんなこと話すのかって言うとさ、なんでだか記憶してたから。

 明日が試験だって日にかぎって別のことしたくなるじゃない?

 で、別のことにかぎって結構、記憶しちゃったりするでしょ?

 そう、ソレ。

 ソレを百倍くらい濃厚にしたのが俺のした体験なわけ。

 道順も思いだせるよ。

 揚げ物が美味い総菜屋を右折して、信号を三つ直進すると幹線道路に出るからそこを左折。で、車をしばらく走らせて、二回赤信号に捕まって、もうすぐ大型家電量販店が見えてくるんだけど、そこで兄貴が聞いたんだよね。

「ツネ。本当にファミレスで良いのか?」

 もう一回、念のための確認に聞いてきたのよ。

 意訳するとね、殺される準備は良いか? みたいなもんかな。

「う、うん。ファミレスで良い」

 俺も頑張った。

 頑張って返事をしたよ。

 そしたらさ、家電量販店の交差点を右折して、ドラッグストアがあって、コンビニがあって、コンビニ2があって、それから古本屋、マンガとラノベが八割の立ち読みできる古本屋があって、そのあと牛丼屋があって、その次になるのが一番近くのファミレスなわけ。

 ファミレスは昼時ってこともあってそこそこ混んでたのよね。

 んでさ、兄貴ったらファミレスを無視しちゃうわけ。

 驚いちゃったよ、俺。

「え? 兄貴、いまのファミレスじゃないの?」

「ああ、混んでたから」

 そりゃ混んでるよ。

 休日だけどランチタイムだもん。

 そりゃ混んでるに決まってるでしょ。

 でさ、なんで混んでたからって理由で兄貴がファミレスをスルーしたのか、そのときの俺は、全然、わかってなかったわけ。

 その道路沿いにはいくつかファミレスがあるんだけど、どれも混んでるわけよ。

 仕方ないな~って感じの顔をして兄貴がもう一回聞いてきたの。

「ツネ、ファミレスじゃなくても良いか?」

「う、うん。良いです」

 ほら俺、奢ってもらう立場の人間だからさ、身の程は弁えてるわけよ。

 お金をだす兄貴が自由にお店を選んでくださいって言うのがスジでしょ。

 だから俺は全面的に兄貴に任せたわけよ。

 そしたらさ、兄貴が選んだわけ。

 寿司屋。

 それも、廻ってないほうの寿司屋。

「大将! 大トロ一丁!」とか言っちゃうような昔ながらのスタイルの寿司屋ね。

 そういうお店はちょっと敷居が高いって言うか、お値段が高いって言うか、つまりそういうわけで、お昼のランチタイムでもあんまり客が入ってないわけね。

 そもそも、お昼のランチメニューやってないお店だし。

 も~ね~、嫌な予感以外しないわけよ。俺の気持ちわかるでしょ?

 で、兄貴は車を停めて歩いて行くわけ。俺もうしろからついて行くわけ。

 俺はTシャツにジーンズだったんだけどね、それはちょっと後悔した。

 その場の雰囲気を壊しちゃったら悪いじゃん?

 みんなが寿司を食べてるなかに俺みたいな、いかにも「お金持ってませ~ん」みたいな服を着た客が入ってくると、昼飯が寿司屋なセレブの人たちが気を悪くしちゃうでしょ?

 でも兄貴はさぁ、

「べつに気にしなくても良いだろ」

 ってサンダル履きで入っていくわけ。

 だからさ、俺も入るしかないわけ。

 こうして説得は失敗したわけ。

 暖簾をくぐると、「へい! らっしゃい!」の世界だ。

「へい、らっしゃい! 二名様、カウンターにお座敷、両方空いておりますが?」

「それじゃあ、座敷のほうでお願いします」

「へい、わかりました。ハイ、二名様、お座敷のほうにご案内お願いしま~す」

「え゛ぃ゛~。お座敷にお二人さんご案内ぃ~」

 寿司屋の大将が口にする言語化不可能なあの掛け声はなんなんだろうね。

 なんていうの、この人力ベルトコンベアーに乗せられていくドナドナ感。

 そこにレールは無いのにね、俺の脚が勝手に動くのよ。

 で、靴脱いで、仕切りのある座敷にあがるわけよ。

 とりあえず、アラ汁。

 刺身に使われなかった部分をドーンと煮込んだだけの豪快な味噌汁なんだけど、これがまた美味いのよ。温かいのよ。こころに沁みるのよ。これが美味いのよ。

 ホント、身体は正直だよね。

 腹は減ってたから口に美味いものが入ってくると幸せになっちゃうわけ。

 兄貴もね、「あ~、やっぱここのアラ汁は美味いな~」とか言っちゃうわけ。

 で、そこからはお食事タイムだ。

 まずアラ汁でしょ。え~っと、ちょっと順番は思いだせないんだけど、マグロの赤身、中トロ、サヨリ、ハマチ、アナゴ、イクラ、ウニ、あとボタンエビ、それから玉子焼きでしょ、う~んとそうだツナマヨ、廻ってない寿司屋なのにツナマヨがあったのよ。最近だと子供連れのお客も多いから、子供でも楽しめるようにって新しいメニューがあるんだってさ。

 玉子もね、ダシ巻きじゃなくて砂糖の入った甘いヤツもあるんだって。

 店構えは昔風だけど内装はキレイにされててさ、けっこうオシャレなのよ。

 この寿司屋はウチの親父の時代からある店で、なんかの記念のときにはウチの親父に連れきてもらってた店なんだよね。先代から今の若大将に代替わりしたときにリフォームしたんだってさ。

 そんな感じの昔話みたいなことを寿司を食べながら兄貴と話してたわけ。

 で、腹がいっぱいになって落ち着いてくると、なんとなく思いだすわけだ。

 あ~、そういえば、今日は兄貴に説教される日なんだったわ~って。

 でも人間、おなかがいっぱいだと気持ちにゆとりが生まれるんだよね。

 いつ切り出してくるんだろって、昔話をしながら俺は待ってたわけよ。

 兄貴も兄貴でさ、美味いもの食っちゃったから怒るような気分でもないわけよ。

 だから、腹ごなしに色々と話したわけ。

 ホント、懐かしい話でいっぱいだった。

 ウチの母さんなんだけどさ、一昨年、親父が定年を迎えた途端にコロッと逝っちゃってさ、これから夫婦二人でノンビリ~ってときにホント残念だったんだ。それで親父のほうがさ、仕事辞めたこともあるんだろうけどストーンと魂をどっかで落としてきたみたいになっちゃってさ、認めたくないけど、認知症っていうの? そんな感じになっちゃったんだよね。朝起きると、母さんを呼んだり、会社に行こうとすんのよ。で、急に「あ、俺、会社辞めたんだ」って気付くわけ。

 最初は兄貴の嫁さんの美奈さんも、「やだ、お義父さんたら~」って笑い話にしてたんだけど、それが何回も続くとさすがに笑えなくなるよね。

 親父の近況を聞いて、ガクーッときたよ。

 ずっと元気なもんだと思ってたからさ。母さん亡くして、らしくない親父の近況を耳にすると心がさ、ガクーッときちゃったんだよ。

「もしかしたら、施設、入れることになるかもしれない」

 って兄貴が言うわけ。

 嫌だよ。もちろん嫌だよ。そんなん、もちろん嫌に決まってるよ。

 でもさぁ、じゃあ誰が親父の面倒みるんだよって話になるわけさ。

 俺? 俺はムリだよ。俺は俺の面倒もみれないんだもの。ニートだもの。

 つまり、発言権なんて一切無いわけ。

 俺に許される発言っていったらさ、

「うん、そっか……」

 って同意書のサインみたいな発言だけな。

 親父のことでちょっと気分が落ち込んだんだけどさ、明るい話題もあったのよ。

 兄貴の娘の春奈ちゃん。

 俺の姪っ子の春奈ちゃん。

 高校受験に受かったことは知ってたけど、この春から、めでたく女子高生だ。

 もうね、「オギャー」の頃から知ってる子だから、あの小っちゃな手で俺の指を握ってた赤ちゃんが、この四月でもう高校生って聞くと、時間の流れって早いんだな~って思っちゃったよ。

 スマホで入学式の写真見せてくれた。

 もう、なんていうか、感動モノだね。

 子供の成長記録以上の感動ドキュメンタリーなんて無いんじゃないかな?

 ちょっと、涙ぐんじゃったよ、俺。

 そういう写真を兄貴と二人で見てたらさ、スマホが鳴ったの。

「あ、金山です~。あ、はいはい。あ、ど~もど~も。あ、はい、そうですか~」

 なにかを発言する前に「あ、」って付けなきゃいけないルールでもあるの?

 そんな感じで兄貴が仕事っぽい電話をして、まぁ、お開きになったわけ。

 兄貴の車に乗って、俺んちまで戻って、で、別れ際のことな。

「これ」

 って兄貴が茶封筒を差し出してきたわけよ。

「なにこれ?」

 って俺はいちおう聞いたわけなんだけど、どこからどう見ても、お札が入ってますって顔を茶封筒はしてるわけ。それも、ただならぬ迫力をしてるわけ。

 ただならぬ迫力の茶封筒を、兄貴が俺に渡そうとしてくるわけ。

「持ってけ」

「いやでも、これはちょっと……」

 って俺の口は言ってるんだけどさ、本音を言うと喉から手が出るほどに欲しいわけよ。お金の魔力ってやつなのかな。お札の束ってやつは、磁力っぽいものを絶対に出してるね。こう、人の手をひきよせる引力みたいなやつ。

 ま、欲しいよ。

 うん、欲しいよ。

 百万円を目の前に出されたら、そりゃ欲しいに決まってるよ。

 さらに、

「持ってけ」

 って相手が言ってくれてるんだから、これはもう貰うしかないでしょ?

「う、うん、ありがと……」

「気にすんな。ツネも色々と大変だろうから」

「うん」

 兄貴、優しいの。

 ホント、優しいの。

 ホント、兄貴、優しい顔してた。

 ただならぬ迫力の茶封筒を手にしてさ、兄貴のエコじゃないエコ車を降りてさ、車から俺の部屋に戻るまで緊張してさ、そりゃ百万円がはいった茶封筒を持ってたら緊張するよ。で、アパートの二階にある俺の部屋に帰って、で、いまなわけ。

 そう、現在いま

 布団のうえで三角座りしながら泣いてるの。

 部屋のカギが開いてたから、カギをかけ忘れたかなー、不用心だったかなーとか思ってたんだけどさ、開けてビックリだよ。玉手箱なら煙が出てくるところだよ。

 でも、もっと驚くぞ?

 俺の部屋は、なんにも無かったの。

 ホント、なんにも無かったんだよ。

 えーっと、マンガ、ラノベ、ゲーム機、パソコン、それからテレビ、あとは細かいアレだ、エロ本とか、いやもうちょっと何かあったハズなんだけど、今すぐにはちょっと思いだせないな。

 とりあえず、色々と無くなってたわけよ。

 有るほうを言ったほうが早いくらいだな。

 えーっと、布団だろ、ティッシュだろ、エアコンと、コンロ、服とかもあるな。あとは、茶封筒だろ、近くの銀行の名前が入った紙帯だろ、それから百万円だろ、んでさぁ、「これで最後」って書かれた一枚のコピー用紙だろ。

 いやもう、これは参ったね。

 布団の上で三角座りして泣く以外にないよね?

 だだっ広い六畳間のなかに居ると、兄貴の本気度がヒシヒシと伝わってくるわ。

 もう、泣くしかないわけよ。

 すでに泣いてるんだけどね。

「ひ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ん゛」

 って鼻水のせいで全部に濁点がついた、情けない声だして泣くしかないわけ。

 うっわ、もう、38歳の男が出す泣き声じゃないよコレ。

 気持ち悪い。

 ホント、見てて気持ち悪い。

 見てて……あ、自分のことは見えないんだけど、見てて気持ち悪いわ。

「お゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛さ゛ん゛。お゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛さ゛ん゛」

 その歳でお母さんは無いだろ?

 それに、おまえのお母さんは一昨年、死んじゃってるからな?

 ほら、諦めろ。

「お゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ち゛ゃ゛ん゛。お゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ち゛ゃ゛ん゛」

 あー、お母さんの次はお兄ちゃんか。

 おまえ、さっきまで『兄貴』って呼んでなかった?

 まぁ、生きてる相手を選ぶだけ賢明な判断じゃない?

 でもさ、その『お兄ちゃん』におまえ、捨てられたわけなんだけどな?

 ほら、諦めろ。

「ひ゛ぃ゛ぃ゛あ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛あ゛ぅ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」

 あーあ、ホントに諦めちゃったな。

 もう、涙と鼻水たらしてうめくだけの無様な生き物の誕生だよ。

 これがさ、小さな女の子とかならわかるよ。同情だってするよ。

 でもさぁ、38歳の職歴なし中年ニートが全力で泣いてたりしたら、もうこれは気持ち悪さしか感じられないわけなのよ。

 うーわー、我ながらひくわ。

 キモッ!!

 うん、まぁ、そういうわけなのよ。

 俺、自宅警備員をクビになりました。今日。三時間ほど前のことね。

 もう三時間も泣きっぱなしだし、あと一日くらいは泣いてる予定ね。

 このまま見てても退屈だろうし、ちょっとここのところはカットしておくね。


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