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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
弐、武器管理課の義務
8/12

二、得物

 朝食を終え、現在地は昇降機の中。



「じゃあ、リヴァイアスさん。俺はこのまま仕事に向かうっす」

「ああ、じゃあな」



 三階で降りていくアスティリアを見送って、俺は自分の部屋へ戻るために上階へ。

 首から提げた懐中時計の蓋を開けると、もうすぐ七時というところ。アスティリアは遅刻せずに仕事場へ辿り着けるんだろうか。


 そんなことを考えている間に、昇降機が緩やかに停止する。十四階に到着したようだ。

 軽く跳ぶように昇降機を降りて、まっすぐに自分の部屋へ。まだフェンリルは寝ているだろうからと、出来るだけ静かにドアを開く。



「ただいま」



 小さく、部屋の中へ声をかける。

 おかえり、という返事の代わりに、フェンリルの寝息が聞こえてきた。


 そろりそろりと近寄ると、フェンリルが俺のベッドの上で丸まっているのが見える。

 あの後、また律儀によじ登ったんだろうか。そう思うと微笑ましいものである。



「さて、と」



 ベッド下から取り出した洗濯かごに、寝間着を脱いでは放り込む。

 しばらく洗濯をサボっていたので、洗わなければいけない衣類がたまってしまった。明日着る服にも困るので、武器庫へ行く前に洗濯してしまおう。


 静かにクローゼットを開け、適当に服を引っ張り出す。細身のジーンズに、七分袖のTシャツ。上下共に真っ黒だが、致し方あるまい。選び直すのも面倒だ。

 そのまま服を着て、洗濯かごを持ち上げる。少し音を立ててしまったが、フェンリルが起きる様子はない。



「じゃ、行ってくるよ」



 眠っているフェンリルに声をかけて、再び静かに部屋を出る。

 閉まりかかったドアの隙間から、フェンリルの寝ぼけたような返事が聞こえた。



 ***



 現在地、九階。


 大浴場のちょうど真向かいに、洗濯室がある。コインランドリーのような、いわゆるドラム式の洗濯機がずらりと並んでいる部屋だ。その隣には広い乾燥室があり、洗濯したものはそこに干すことになっている。


 洗濯室にはすでに数人の姿があり、洗濯機が止まるのを待っている様子だ。おそらく彼らも俺と同じように非番なんだろう。



「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす」



 軽く挨拶を交わし、洗濯物を洗濯機に放り込んだ。



 ***



 さて。



「おーっし、終わった」



 何度かに分けて洗濯機を回し、洗濯が終わったものから乾燥室に干していく……という作業を繰り返すこと数回。意外と量があり、すべて終えた頃には八時を過ぎていた。

 空調の風がよく当たる位置に干したので、洗濯物がよくはためいている。この調子なら早めに乾きそうだ。


 空になった洗濯かごを持ち上げて、乾燥室を出る。

 いつの間にか、廊下は人通りが多くなっていた。どうやら、ちょうど夜勤を終えた人たちが風呂に入り始める時間のようだ。

 大浴場へ向かう人波に逆らって進み、人のいなくなった昇降機に乗り込む。おそらく人が待っているであろう十階から十三階を通り過ぎ、自分の部屋がある十四階へ。


 十四階から昇降機に乗るらしい数人に軽く挨拶をしながら、しばらく進んで自分の部屋の前。再びそっとドアを開けると、相変わらず俺のベッドで寝入っているフェンリルの姿が見えた。



「……ぶっ」



 近付いてみて、思わず噴き出す。

 よほど疲れていたのか、あるいはよほど安心しきっているのか、飼い慣らされた犬のように腹を出して眠るフェンリルの姿が、そこにはあった。


 こみ上げる笑いをこらえながら、洗濯かごを置く。

 音が聞こえたらしく、フェンリルの耳が小さく動く……が、起きる様子はない。それどころか、身じろぎすらしない。



「まったく、無防備にも程があるだろ」



 フェンリルの寝床から毛布を持ち上げて、フェンリルの腹の上に落とす。それでも起きる様子はなく、先ほどから気を遣っていた自分が馬鹿らしく思えた。


 ベッドの下に洗濯かごを戻し、代わりに大剣を引きずり出す。それを背中に担ぎ、鞘のベルトを胸の前で留めた。この大剣の重みにも、随分慣れてしまったような気がする。



「じゃあ、また行ってくるから」



 どうせ聞こえやしないだろうと思いながら、フェンリルに言葉を投げる。案の定、天井に腹を向けて寝転んだままのフェンリルからは返事などない。

 こみ上げる笑いをこらえながら、俺はまた静かに扉を開けた。



 ***



「失礼します」



 現在地は一階、武器庫。

 重い扉を押し開きながら、中に向かって声をかける。忙しくしているのか、俺の声に反応を示す人はいない。扉の隙間から体を滑り込ませ、出来るだけ静かに扉を閉めた。


 ずらりと並んだ棚には、種類別に分けられた武器の数々が収納されている。片手剣だけでも種類が多すぎて、素人には何が何やら。とは言え、よく手入れされているらしいことは素人目にも分かる。



「やあ、リヴァイアスじゃないか!」



 武器庫内を見回していると、不意にすぐ隣から幼い声が聞こえた。

 振り向くと、真っ先に視界に入ったのは鍛冶用と思われるハンマーのヘッド部分。そこから視線を下げると、小柄な少女がにっこりと笑うのが見えた。


 ポンパドールとか言っただろうか、真ん中でまとめた前髪を後ろにねじり上げ、黄色のヘアピンで留めてある。髪は全体的に短めで、活発な印象だ。

 服装は、ところどころに煤汚れが目立つベージュのつなぎ。少しサイズが大きいのか、袖と裾がロールアップされている。足元は、安全靴と思われるごつめの黒い靴。ハンマーを握る手には、薄汚れた軍手がはめられている。



「あ。……えーっと」



 何度か顔を合わせてはいるが、名前が思い出せない。

 そんな俺の脳内を読み取ったのか、少女は重そうなハンマーを軽々と担ぎ上げながら、宝石みたいな黄色い目を眇めた。



「ははーん? さてはリヴァイアス、君は僕の名前を覚えていないな?」

「すみません」

「はっはっは、仕方ないさ。君とはなかなか顔を合わせないからね。実は僕も今、奇跡的に君の名前を思い出したんだ」



 高らかに笑いながらそう言って、少女は改めて俺の顔を見る。



「僕の名前はオルヴェニカだよ」

「オルヴェニカ」

「覚えにくいだろう? 僕もたまに忘れるんだ。まったく、我らが支部長のネーミングセンスには、ついていけないよ」



 からからと笑い飛ばしてから、少女、オルヴェニカは言う。



「それで、今日は何をしに来たんだい? 仕事はどうしたんだい?」

「今日は非番なんだ。それで、昨日返しそびれた武器を戻しに」

「ああ、なるほど」



 背中に担いだ大剣の柄を軽く叩いて見せると、オルヴェニカが納得したように頷いた。



「何か足りないと思ったら、君の剣だったのか。納得した」

「え、俺の剣ってそんなに存在感ある?」

「はっはっは、そうじゃない。個人的な思い入れの話さ」



 そう言って、オルヴェニカは俺の剣の柄を見つめ、懐かしそうに目を細める。それから視線を俺の顔に移し、再び口を開いた。



「ところで、リヴァイアス。今日は非番だと言っていたね」

「え? ああ、うん、一応」

「何か予定はあるかい?」

「いや、特には何も」

「それは好都合。今日は運がいいな」



 話の流れが見えず首を傾げると、オルヴェニカは嬉しそうに笑ってみせる。



「僕の業務上、君に話しておかなければいけないことがあるんだ。けれど、この話で君の業務を妨げるわけにもいかなくてね」

「は、あの」

「なかなか機会が取れないものだから、そろそろ説明書でも作った方がいいかと思っていたんだ。でも、直接話せるならそれに越したことはないからね」



 明らかに少しずつ、オルヴェニカの口調が速くなってきている。饒舌になってきていると言ってもいい。

 何か嫌な予感を覚えながらオルヴェニカの表情を窺うと、にっこりと、それは非常に愉しそうに笑ったのである。



「さて、リヴァイアス。座れるところに移動しようか」



 昨日と言い、今日と言い、どうやら長い話に付き合わされる運回りらしい。

 自分の不運を呪いながら溜息を吐いた俺の耳に、オルヴェニカの楽しそうな笑い声が響いた。



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