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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
壱、調査課の日常
6/12

三、同僚

「ぷはーっ、食った!」



 すっかり満腹になった腹をさすりながら、事務所内を進む。

 そんな俺の隣で、つい先ほど白い狼の姿に戻ったフェンリルが、大きな欠伸をした。



「眠い」

「俺も眠い」

「俺の方が眠い」

「何でそこで張り合うんだ」

「眠いからだ」



 眠そうに瞬きをするフェンリルの様子を見てから、俺も欠伸を一つ。

 今日はいつもより疲れた。きっとカンパニュラさんに捕まってしまったせいだ。



「風呂入って寝るか」

「一人で行ってろ。俺は部屋に着いたら秒で寝る」

「マジか、寝床までは頑張れよ」



 昇降機の操作パネルをいじってから、左手で挟むように両目を揉む。

 やがて昇降機が降りてきて、廊下と同じ高さで止まる。フェンリルが飛び乗るように乗り込んだ後に、俺も少し大股で続いた。



 ***



 居住区は九階から三十二階まで。その中で、社員寮にあたるのは九階から二十階まで。九階から十四階が男子寮、十五階から二十階が女子寮というくくりになっている。

 ちなみに、九階と十五階はいわゆる共同スペースで、洗濯室とか風呂場とかがある。


 基本的には六人部屋が並んでいるが、十四階と二十階だけは例外で、一人部屋が並んでいる。

 それは例えば、俺みたいに動物の世話があるとか、あるいは体が半分機械でメンテナンスが大変とか、いわゆるやむを得ない事情を持つ者が住む場所になっている。


 二十一階より上はマンションに近い造りになっていて、職場結婚した夫婦が暮らすスペースになっているらしい。今のところ見に行く機会がないため、俺には未知の領域だ。



 ***



 昇降機の上昇が止まって、十四階。

 フェンリルが先に降りていくのを見て、俺もその後を追う。

 昇降機から見て右側、五つ目の扉。その横に張り付けられたネームプレートに、俺とフェンリルの名前が並んでいる。



「じゃあフェンリル、俺は風呂に行ってくるから」

「ああ」



 小さく返事をしながら、フェンリルは窓際へ移動し、寝床であるクッションの上で丸まった。ほどなくして寝息が聞こえ始めたので、かなり眠かったようである。



「ふあ」



 欠伸を噛み殺しながら、背中に担いだ大剣をベルトごと外す。置き場所に少し悩んでから、とりあえず邪魔にならないようにベッドの下へしまい込んだ。明日になったら、武器庫に持っていくことにする。


 しかし眠い。今なら風呂の中で寝られそうだ。いや、そもそも風呂場に辿り着く前に寝るかもしれない。そうならないように気を付けねば。


 できるだけ音が鳴らないようにロッカーを開けて、着替えとタオルを取り出す。閉める時も慎重に、フェンリルが音で起きてしまわないように。


 窓際に視線を寄越すと、フェンリルの腹がすやすやと上下に動いているのが見える。

 なんとなく微笑ましい気持ちになりながら、出来るだけ静かに部屋を出た。



 ***



 向かう先は、男子寮の共同スペースになっている九階。


 寮の共同スペース……というワードで見当はつくと思うが、風呂は大浴場である。奥にデカい浴槽があって、壁に洗い場が並んでいる、いわゆる銭湯と同じスタイルだ。


 意外なのは、ほとんどが白で統一されているこの事務所には珍しく、やや黒っぽい色が採用されていること。理由を聞くと、掃除の時に白い髪の毛を見逃さずに済むから……らしい。



「!」



 風呂場の扉に手をかけたところで、背後に忍び寄る気配。

 言葉もなく、がっしり右肩がつかまれた。ので、風呂場の扉にかけていた右手を離し、右足を後ろへ半歩。腕を振り払った勢いで振り返ると、白い煙が視界を覆った。



「げほっ! げほげほっ」



 突然のことに咳き込むと、薄れていく煙の向こうから、げらげらと笑い声が聞こえてくる。ようやく晴れた視界に映ったのは、非常に楽しそうに笑い声をあげる男の姿。口元に咥えられた煙草からは、煙が細く立ち昇っている。



「お疲れ、リヴァイアス!」



 森で通信機越しに聞いたものと同じ声を聴きながら、思わず深めの溜息が出た。



「デルフィニア」

「いやー、お前のリアクションが面白いから、つい! ごめんな!」



 へらへらと笑顔を浮かべたまま、そいつ……俺の同僚であるデルフィニアは、顔の前で両手を合わせる。


 緩く癖のついた髪。オレンジ色の目には、笑いすぎて涙すら浮かんでいる。

 半袖の上衣に、手の甲から肘までを守るアームカバー。どちらも淡い黄色。下は薄い青のジーンズ、そして黒いスニーカー。

 腰の辺りに、文庫本くらいのサイズのポーチが下がっている。



「めっちゃ煙たい」

「それはごめん! でも大丈夫! この煙草は研究部印の最高傑作、人体にも世界樹にも無害なそれはそれは素晴らしい煙草だから!」

「はいはい、知ってる知ってる。何度も聞いた」



 高らかに宣言するデルフィニアの言葉を流しつつ、今度こそ扉を開ける。風呂場に入る俺の後ろで、デルフィニアはポーチから携帯灰皿を取り出し、煙草の火を揉み消した。



「何でそこのリアクションは冷たいんだよー」

「飽きたからだよ」

「ひっどいな! うちの後輩がクールすぎる件!」



 どこかのラノベのタイトルかよ。



「あ、そういやさ、リヴァイアス」

「んー?」



 空いている脱衣カゴに着替えを投げ入れ、首から提げていた懐中時計を外す。

 視界の端で、デルフィニアがアームカバーを外しているのが見えた。



「あの卵、何かわかった?」

「いや。森林生態課で預かって調べてくれるってさ」

「ほーん。じゃあ新発見だったわけだ」



 脱いだTシャツを軽くたたんで、脱衣カゴに放り込む。

 同じタイミングで、視界の隅をかすめる黄色。三つ隣の脱衣カゴに、デルフィニアの上衣が乱雑に投げ込まれていた。



「らしいな。完全に初見のリアクションだった」

「ほーん」



 自分で聞いてきた割に、デルフィニアは興味がなさそうな相槌を打つ。

 ばさり、ばさり、脱衣カゴに脱いだ服が積み重なっていく。



「変なもんじゃなきゃいいけどな」

「あー、それなー。確かになー。どうするよリヴァイアス、調理済みのゆで卵だったら」

「その発想はなかったわ」



 タオルを持ち上げて、浴室への扉を開ける。

 空いてはいないが、そこまで混んでいるわけでもない。しかし、そこかしこから楽しそうな話し声が響いてきて、あまり静かではない。



「まあ、ゆで卵はないとして」

「その話まだ続くのか」



 浴室の隅に積まれた椅子を持って、適当な洗い場に着席する。隣の洗い場に椅子が置かれたかと思ったら、自然な流れでデルフィニアが座った。



「どうするよ、卵が奪われたことに気付いた親が突撃してきたら」

「シュバルツにすべてを任せる」

「まさかのシュバルツ任せ」



 そんな話をしながら、シャワーの蛇口をひねる。頭の上から降ってきた水が、完全に眠気を奪っていった。

 揉むように頭を洗っている間に、水が徐々に温かくなっていく。



「そもそも、見つけたのはあいつだ」



 シャワーを止めて、備え付けのシャンプーに手を伸ばす。ボトルの頭を二回押し、軽く泡立ててから一気に頭を洗う。

 その一連の動きが、隣にいるデルフィニアと完全にかぶっているのがなんだか嫌だ。



「しかしリヴァイアス、俺は思うんだよね」

「何を」

「果たしてシュバルツが大人しく責任を負うかね?」

「……」



 デルフィニアの言葉に、俺は脳内で軽くシミュレーションを走らせた。

 ……どういうわけか、すべての責任が俺に押し付けられる未来しか見えない。



「よし、じゃあフェンリルに通訳をお願いして、親御さんにも研究にご協力願おう」

「めっちゃ前向きじゃん。さすがすぎて鼻水出るかと思ったわ」

「えっ、ごめん」

「リアルに謝るのやめて、笑っちゃう」



 また二人同時に蛇口をひねり、シャワーの湯を頭からかぶる。泡が入らないように目を閉じると、水が床を叩く音ばかりが耳に響く。



「うおっ、痛っ! 泡がっ、目に泡がっ!」

「ぶっは! げほっ、げほっ」



 隣からデルフィニアの叫び声が聞こえて、噴き出した拍子に湯が鼻に入った。むせかえりながらシャワーを止め、片手で顔を拭う。

 目の前の鏡に、まだ頭が泡だらけな俺が映った。



「変なタイミングで笑わすなよ」

「わざとじゃないんだ、許せ」

「仕方ねえな、許す」

「ありがとう。でもリヴァイアス、ひとつだけ言わせて。俺の方が先輩なんだけど!」



 そんな茶番のようなやり取りに、後ろの方から笑い声が響く。つられて噴き出せば、いつの間にかデルフィニアも大笑い。


 この光景も、もはや見慣れた日常だ。




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