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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
壱、調査課の日常
4/12

一、拾得

「本日も特に異常はなし、か」



 大きく伸びをして、そのまま欠伸を一つ。

 今日も今日とて、白い空は樹に阻まれて見えない。

 うっそうと茂るこの森の風景が、今の俺にとっての日常だ。



「そろそろ戻るかな」



 周囲の様子を窺うと、どこからともなく猫のような鳴き声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に近付いていけば、見慣れた黒く大きい影。



「シュバルツ?」



 猫のような鳴き声のくせに、その外見は黒く獰猛そうな虎である。

 一緒に働いている同僚でもあるその虎は、俺の方をちらりと一瞥すると、ある樹の根元の辺りを顎で示す。

 これを見ろ、と言っているらしい。



「何だ?」



 その虎、シュバルツが覗き込んでいる場所を、俺も一緒になって覗き込んだ。



「卵、か?」



 どうやら動物の卵らしきものが四つ、寄り添い合うように落ちている。いや、産み落とされている、と言うのが正しいのだろうか。大きさはソフトボールくらいで、鶏卵と比べるとかなり大きい。

 どうしてもこれらが気になるらしく、シュバルツはそこに視線を注いだまま動かない。



「……調べてもらうか」



 そう言うと、シュバルツは俺の方を振り向き、青い目を嬉しそうに細めて、のどをごろごろと鳴らし始めた。

 まんまと乗せられた気がしないでもないが、シュバルツが可愛いから許そう。俺は可愛い生き物の味方なのである。



「えーっと、ちょっと待ってろよ」



 一度立ち上がり、ポケットから通信機を取り出す。

 ボタン操作を数回。スピーカーから小さな雑音が聞こえ始めた。



「こちらリヴァイアス。司令室、応答願います。

 こちらリヴァイアス。司令室、応答願います」



 呼びかけを二回。



『こちら司令室。お疲れ、リヴァイアス。何か問題発生か? どうぞ』



 聞こえてきた声は、馴染みの同僚のもの。

 傍でにゃあと鳴くシュバルツの顎を撫でながら、俺は卵の方へ視線を落とした。



「問題って程じゃないが、不審な卵を発見した。どうぞ」

『はあ、卵。どうぞ』

「画像を送る。調べてほしい。どうぞ」

『了解』



 通信機を顔から離し、ボタン操作を数回。内蔵のカメラが起動したことを確認し、卵を撮影。シュバルツが映り込んだが、大きさがわかりやすいから許してもらえるだろう。



「こちらリヴァイアス。画像は届いたか? どうぞ」

『こちら司令室。ああ、ばっちりだ。しばらく待機してくれ。どうぞ』

「了解」



 ぷつり、通信が途切れる音がする。

 反応がなくなった通信機を手に持ったまま、卵の傍に腰を落とす。



「何の卵だろうな」



 尋ねるように言うと、シュバルツはちらりと俺を見て、小さくにゃあと鳴く。

 シュバルツはこの卵の正体を知っているんだろうか。俺にはネコ科の言葉がわからないので、確かめようもない。



『こちら司令室。リヴァイアス、応答願う。こちら司令室。リヴァイアス、応答願う』



 雑音交じりに、通信機から声が漏れる。



「こちらリヴァイアス、どうぞ」

『こちら司令室。卵の件、どうやら遺失物ではなさそうだが、詳細は調べてみないとわからない。持ち帰って研究部に調査を依頼してくれ。どうぞ』

「持ち帰って研究部に調査を依頼、了解した。どうぞ」

『頼んだ』



 音の途絶えた通信機を、カーゴパンツのポケットに戻す。

 シュバルツの方を見ると、どうやら通信を聞いていたらしい。嬉しそうにごろごろとのどを鳴らすのが聞こえた。



「んじゃ、一緒に帰ろう」



 卵が割れないよう、手持ちの風呂敷でくるむことにした。

 片手で持てるサイズではあるが、やはり卵なので危なっかしい感じがする。しかもそれが四つ……ものすごく気を遣わなければ。



「こりゃ、帰りは時間がかかりそうだ」



 俺の横で、シュバルツがにゃあと鳴き声を上げた。



 ***



 ここは、世界が群生する場所。世界の外側、『世界樹の森』。

 森に立ち並ぶ樹の内側では、俺の知り得ないさまざまな世界が息づいている。


 俺たちは『次元管理委員会』。

 この森を管理し、世界を外側から守るのが仕事だ。



 ***



「戻りましたー」



 事務所に戻り、帰還報告のため司令室へ入る。

 何人かから「おかえり」と声がかかり、なんとなく嬉しくなる。



「随分ゆっくりしていたんだな、リヴァイアス」



 呆れたように名前を呼ばれ、ついつい笑顔が引きつった。

 視線を動かせば、腕を組む小柄な体躯の上に、呆れ返った幼い顔。顔の真ん中の大きな傷が、その表情に威圧感を加えている。



「あー、ただいま、アシュレイ部長」

「今更取り繕ったように部長なんて呼ぶな、気色悪い」

「ひどい」



 俺の上司であるアシュレイは、ハーフドラゴンの女性だ。


 灰色の瞳に、爬虫類のような縦長の瞳孔。髪は邪魔にならないように短め。

 服装は、ハイネックのノースリーブ、アームカバー、サルエルにごついブーツ。全体的に黒ずくめ。翼を生やした時に破れないよう、背中の部分は大きく開いている。


 いつか何かのきっかけで炎でも吐きやしないかと期待しているが、今のところそんな様子はない。



「それが例の卵か」

「ああ。これから研究部に持っていくよ」

「それが終わったら、今日はそのまま上がっていいぞ。時間も時間だ」

「了解、お疲れ様」



 見送られるまま司令室を出て、慎重に卵を抱え直す。



「そういや、フェンリルの検査も終わってるかな」



 相棒である白い狼のことを思い出してから、手元の卵に視線を落とす。

 あの狼は、この卵を食べやしないだろうか……などという不安が、ふと頭をかすめた。



「ま、大丈夫だろ」



 不安を掻き消し、昇降機の方へと廊下を進む。

 すれ違う同僚たちに不思議そうな視線を向けられつつ、目的地である五階へ。



「あっ、ちょうどいいところにザルディオグさん!」



 到着して昇降機を下りたところで、目的の人物とエンカウント。

 俺に気付いたその人は、ものすごく面倒くさそうに、あるいはものすごく嫌そうに、眉根を寄せた表情を浮かべた。



「何、まさかまた厄介事じゃないだろうね」



 シンプルな白シャツとジーンズに白衣を羽織った、いつもの研究者スタイル。足元は、歩きやすそうな白のスニーカー。

 藍色の切れ長な目が、俺を睨むように細められる。


 この人こそ、研究部長のザルディオグさんである。



「そんなに厄介じゃないと思いたいんですけど」

「それはただの希望でしょ。実際は厄介に違いないんだ、だって君だもの」

「期待されていると受け取っておきます!」

「そこ、無駄にポジティブになるのやめてくれない?」



 心底面倒くさそうなザルディオグさんに近付き、抱えたままの卵を差し出してみた。

 ザルディオグさんは不審そうに目を眇め、やがて興味が出てきたような様子で卵を覗き込んでくる。



「何これ、どうしたの」

「実は巡回中にシュバルツが見つけたんです」

「あの虎が?」

「『遺失物』の反応はなかったんで、おそらく森のものかと」

「ふうん……なるほどね、興味あるな」



 ザルディオグさんはそう言うと、研究室の扉の方を親指で指し示した。



「森林生態課で調べさせるよ。運んでくれる?」

「了解っす」



 卵を落とさないよう注意を払いながら、ザルディオグさんの先導に従って研究室を進んでいく。室内は相変わらず雑多だが、歩く場所が広く確保されている分、以前よりいくらかマシになっているようにも思う。



「どの辺で拾ったの」

「えーっと、第四ブロックの二〇一二番の根元ですね」

「巣はあった?」

「なかったですね。卵だけ転がってました」

「なるほどね」



 俺の話をメモにまとめてから、ザルディオグさんが扉を開ける。

 森林生態課……いわゆるこの『世界樹の森』のことを調べている部課であるが、その研究室であるこの部屋には、枯れた樹や植物がいろいろサンプリングされているようだ。



「カンパニュラ、いる?」



 ザルディオグさんが研究室内に向かって声をかける。

 すると、奥の方で作業していた白衣の男がこちらを向き、首を傾げて見せた。



「うん? おやおや? これは部長、先ほど上がったはずでは?」



 そう言いながら、カンパニュラと呼ばれたその男がこちらへ近づいてくる。


 高い身長に細い体、針金のような印象の男だ。

 肘の下あたりまで袖まくりされた白衣の下は、黒いTシャツにジーンズというシンプルなもの。足元に視線を落とすと、素足にサンダルというラフの極み。



「この卵、少し調べたいんだけど」

「ははあ、卵」



 ザルディオグさんが、俺の腕に納まっている卵を指さす。その男はボサボサの白い髪を掻きむしりながら、卵を覗き込んだ。



「大きめの鳥か何かかねえ。あるいはモンスターの卵かな?」

「好きそうだよね、こういうの」

「そうだね、大好きだ。たいへん興味深いよ」



 にんまり、丸い眼鏡の奥で、黄緑色の目が細められる。



「これ、発見時の情報。少しだけど」

「やあやあ、ありがたい。さすがは我らが部長殿、抜かりないねえ」



 ザルディオグさんからメモ帳を受け取ると、男はすぐに目を通し、再び卵の方へ視線を落とした。



「ではでは、この卵はこちらで預かろう」

「あ、はい、お願いします」

「うんうん、大事に調べさせてもらうね」



 風呂敷ごと卵を受け取りながら、男はにっこりと笑って見せる。


 卵の調査依頼も済んだことだし、今日の仕事はこれでおしまいだ。

 先ほどから腹が減って仕方がないので、今日はさっさと夕飯を食べに行こう。


 などと思っていたら。



「あーそうそう、君がリヴァイアスくん?」

「あ、はい」



 顔を上げると、丸眼鏡の向こうの黄緑色と視線が合う。

 にんまり、楽しそうに細められるその瞳に、ぞわぞわと背筋が粟立つ感じがした。


 これはもしや、捕まってはいけない人に捕まってしまったのではないだろうか。



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