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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
再、栗色の髪の少女
2/12

二、過去を振り向いた日

「まず、名前を教えてくれるかな」



 芽衣(メイ)です。西原(ニシハラ)芽衣。



「では、メイ。年齢と職業を教えてくれるかい」



 歳は、十五歳。

 えっと、職業は一応、高校生です。



「なるほど。出身国は?」



 日本です。



「ニホン。……ニホン? ニッポン?」



 え、っと……どっちでもいいと、思いますけど。



「そういうもんなのか。いやいや、すまない、妙なところを気にしてしまって」



 いえ。



「続けよう。家族構成は?」



 ……。



「メイ?」



 ……あ、その、母と私、二人です。



「父親は?」



 知りません。

 生まれてから一度も、会ったこともありません。



「そうか。では、母親の名前は?」



 母ですか。

 西原麻衣(マイ)です、確か。



「確か?」



 ……正直、そんなに……仲良くなくて。



「何か確執でも?」



 ……。



 ***



『ああもう、何であんたはいつも無駄なことばっかりするの!』



 それは、私の最初の記憶です。

 まだ階段すら上手く登れないほど、小さく幼かった頃の記憶です。



『できないってわかってるなら最初からやらないでよ! 馬鹿すぎるでしょ!』



 足を踏み外して階段から落ちた私に、彼女はそう言いました。

 そしてうっとうしそうに、忌々しそうに、溜息を吐き捨てました。



『本当、もう嫌。何で私、こいつ産んだんだろう』



 低く暗いその声と、私を睨む冷たい目。

 それが、私の母親でした。



 ***



「メイ?」



 ……まあ、その……多少。



「多少」



 ……あ、いえ……相当、ですかね。



「ああ、そのようだな、なるほど。では質問を続けようか」



 あ、はい……。



「戦闘の経験は?」



 は?



「小規模なものでも構わない。何かと戦った経験は?」



 いや、そんなことは……。



 ***



『あーっ、外人だ! 外人!』



 それは、私が小学校に通っていた頃の記憶です。

 生まれつき色素が薄かった私の髪を指差して、男の子たちが笑いました。



『違うもん、日本人だもん』



 私は言い返しました。

 すると彼らは、わざとらしく片手を耳に当て、馬鹿にしたような顔で言いました。



『はー? なんて言ってるかわかりませーん!』

『俺たち日本人だから、外国語はわかりませーん』

『わっかりーませーん!』



 はやし立てるような言葉に、私は彼らを睨みました。



『違うもん! 日本語だもん!』



 そう言い返すと、彼らはにやにやと笑いながら、わざとらしく言いました。



『うわっ、外人が怒った!』

『何言ってるかわかんねえ、こええ!』



 ゲラゲラと笑いながら、彼らは私から逃げて行きます。

 何を言い返せばいいのかわからず、私は黙り込むほかありませんでした。


 そのうち、彼らは私を『罵っていい存在』と認識しました。

 言われる罵声は徐々に種類を増やし、その頻度を増していきました。



『髪の毛って普通は黒いのに、何でお前の髪の毛は黒くないんですかー?』

『つうか何でお前って学校来てるの? お前が学校来る意味ってあんの?』

『何で言い返さないの? ああ、日本語わかんないんだったね! ごめんね!』



 何を言われても、極力反応を示さないよう、耐えました。

 泣いても、怒っても、私の負けだと思っていました。



 ***



 肉弾戦の経験はありませんが……精神的には、ずっと戦っていたような気がします。



「あはは、そういう捉え方をするか。なるほどな」



 笑い事じゃないです。

 本当もう、修羅場ですよ、修羅場。



「その割に、表情は冷静そうだな」



 ……表情筋が仕事してくれないだけです。



「そうか。……それで、その戦いには勝てたのか?」



 ……いえ、



 ***



『あいつ、何でまだ学校来てんの?』



 それは、私が中学校に通っていた頃の記憶です。

 ひそひそと、内緒話の体を装いながら、女子たちは私に聞こえるように言いました。



『小学校からあれだけ言われてるのに、よくいつまでも来るよねぇ』

『本当それ。あいつがいると空気が悪くなるからもう来ないでほしい』

『いっそ死んでくれればみんな幸せなのに』



 くすくすと笑いながら、彼女らはちらちらと私を見ます。

 それから、今度は男子たちが私の席まで来て、私の目の前で言いました。



『西原、西原、何でお前まだ死なないの?』

『早く死んだ方がいいと思うなぁ、俺』

『なあなあ、何で無視すんの? もしかしてまだ日本語わかんない?』



 顔を見なくても、男子たちがにやにやと笑っているのがわかります。

 男子たちの向こうから、女子たちがくすくすと笑うのも聞こえてきます。


 私が、彼らに何をしたと言うのでしょう。



 ***



 ……たぶん、勝つ可能性なんてなかったんですよ。



「それは、つらい状況に身を置いてきたんだな」



 だから逃げてきたんです。

 勝てないとわかったから、逃げ出したんです。



「そうか」



 ……。



「その戦いの中で、人の命を奪ったことはあったか?」



 ……私、は。



 ***



『何、あんた私に何か文句でもあるわけ?』



 それは、私が高校に上がってからの記憶です。

 私に対する『罵っていい存在』という認識は、中学を卒業しても変わりませんでした。


 精神的な戦いに、疲れ果ててしまったある日のことです。

 家で小さく溜息を吐いた私に、母は腹立たしそうな顔を向けました。



『あの、私』

『私、忙しいの。分かるでしょ? くだらない話なんかしてる暇ないの!』



 相談しようとした私の言葉を遮って、母は言いました。

 それから母は深い溜息を吐き、私から視線を逸らして、吐き捨てました。



『本当もう、あんたなんか産まなければよかった』



 がらり。

 世界が、足元から崩れていくような感覚を覚えました。

 それと同時に、胸の奥で何かがすとんと填まったような気がしました。


 ああ、そうか、それもそうだ。



 “私はどうして、こんな思いまでして、生きているんだろう”



 ***



「メイ?」



 ……私は、



 ***



 だからその日。


 私はいつも通り学校へ行き、屋上まで登りました。

 予鈴が鳴っても、始業のチャイムが鳴っても、教室には行きませんでした。


 初めて、授業をサボりました。


 見上げた空は青く晴れ渡っていて、眩しくて、綺麗でした。

 思えば、空を綺麗だと思ったことすら、初めてだったかもしれません。



“今なら”



 屋上を囲む柵に足をかけ、狭い足場にそっと足を下ろしました。

 空が一気に近付いたような気がしました。



“もしかしたら”



 脱いだ靴を並べて、両手を広げて、大きく息を吸い込みました。

 肺が満たされていきます。私は生きているのだと、強く感じます。



“どこかへ、飛んでいけるだろうか”



 そうして一歩、私は空へと足を進めました。

 これでようやく自由になれるのだと、顔が緩んだのを覚えています。



 ***



 ……ああ、そうだ、そうでした。

 私は今日、あの時、私を、殺そうと、



「ああ、わかった。もういいぞ、嫌なことを思い出させた」



 すみません、なんか本当、すみません。



「いや、こちらこそすまない。次で最後にしよう」



 はい。



「では、メイ。最後に……『世界樹』という言葉に聞き覚えはあるか?」



 ……え、っと……北欧神話……?

 ユグドラシル的な、何かのゲームの宣伝で聞いた気がします。



「そうか。……なるほど、やはり『迷子』だな」



 ***



「質問は以上だ。ありがとう、メイ」



 支部長さんはそう言うと、向かいのソファから立ち上がりました。

 コロコロと下駄を鳴らして歩く支部長さんの姿を、私は反射的に目で追いました。



「顔色が悪いな。無理をさせたらしい」

「いえ、大丈夫です」

「その顔色では説得力もへったくれもないな。ここで少し休んでいなさい」



 私の目の前で立ち止まった支部長さんは、そう言って私の頭を撫でました。

 目をしばたかせる私に笑顔を向け、支部長さんは部屋から出て行きます。


 そっと、撫でられた頭に手を置いてみました。

 じわりと心が温かくなっていくような気がします。


 安心したのでしょうか。

 疲れが一気に押し寄せてきて、まぶたが重くなってきました。



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