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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
参、総務部の休息
11/12

二、間食

 考え事をすると、腹が減るものだ。



「ミシェイリアさん、何か甘いものが食いたいです」



 現在地、食堂。

 ライディアスと話した後、しばらく図書室で調べ物をしていたんだが、あまりにも頭が働かなくなったんで、急ぎ糖分を摂取しに来た次第である。

 ちなみにライディアスはと言うと、たぶんまだ読書中だ。俺が図書室を出る時、本に視線を注いだまま小さく手を振られた。集中力が俺とは桁違いだ。



「唐突なうえに、注文の範囲がえらく広いなぁ」



 カウンター越しに厨房の方へ声をかけると、困ったような声が返ってきた。

 頭のてっぺんで団子にまとめた長い髪が特徴的なその女性、ミシェイリアさんは、桃色の目を細めて困ったように笑う。

 白のコックコートに赤いスカーフ、白のロングスカート、黒のギャルソンエプロン。カウンターに隠れて見えない足元は、確かローファーに近い革靴だったはずだ。



「考え事をし過ぎて頭が働かないんだ」

「あるある、よくわかるよ。糖分が欲しくなるんだよね」

「そういうわけなんで、何か甘いものをひとつ」

「漠然としているなぁ」



 ミシェイリアさんは考え込むようなそぶりを見せ、ちらりと厨房の方を振り向いた。

 何か作っていたのか、厨房から甘そうなチョコレートのにおいがする。それだけで更に腹が減る。



「どんなものがいい? ふかふか? さくさく? ぷるぷる?」

「選択肢が幼児向けだ」

「わかりやすいかなって。どんなものが食べたい? 大体何でも作れるよ」

「あー……じゃあ、ふ、ふかふかで」

「ふかふかね。チョコと生クリームだとどっちがいい?」

「チョコのにおいがするからチョコ」

「あはは、さっき湯煎してたからだ。おっけい、ちょっと待っててね」



 にっこり、楽しそうな笑顔を浮かべて、ミシェイリアさんは踵を返す。鼻歌でも歌い出しそうなその後ろ姿を見送って、俺は適当な席に座った。ケーキにせよ何にせよ、今から作るなら時間がかかるだろう。しばらく待機だ。

 首から提げた懐中時計を開くと、時間は十五時。昼食を食べ忘れたことに気付き、道理で腹が減るわけだと納得した。



「そうだ、リヴァイアスくん。飲み物はどうする? オススメはコーヒーだけど」

「あ、じゃあそれ、砂糖とミルク多めで」

「おっけい、甘めだね」



 シャカシャカ、泡立て器のせわしない動きはそのままに、ミシェイリアさんがこちらを振り向いた。



「できるだけ急ぐからね」



 そう言って、ミシェイリアさんは柔らかく笑って見せる。つられて、俺も顔が緩んだ。

 砂糖菓子みたいだ、なんて、柄にもない例えが脳裏をかすめた。



 ***



「お待たせ、リヴァイアスくん」



 ミシェイリアさんの弾むような声がして、目の前のテーブルにトレーが置かれた。

 直径十五センチメートルくらいの、ホールのガトーショコラ。粉糖と生クリームが添えられ、見た目だけですでに美味い。

 少なめのコーヒーの横に、一人分にはやや多い量が入ったミルクポットと、白と茶色の角砂糖がたっぷり入ったシュガーポット。



「砂糖とミルクはお好みでどうぞ」

「ありがとうございます、いただきます」

「ゆっくり召し上がれ」



 ミシェイリアさんに促されるまま、コーヒーに角砂糖を四つ、ミルクも多めに入れて、コーヒースプーンでかき混ぜる。すっかり淡い色になったそれを一口飲むと、微かな苦みと砂糖の甘さが口に広がった。

 それからスプーンを手に取って、生クリームと一緒にガトーショコラを一口。ほろ苦いチョコの味に、生クリームがとても合う。至福。



「美味い。最高」

「口に合ったようでよかったよ」



 小ぶりとは言え、ガトーショコラをホールで食べられる幸せ。もぐもぐと味わっていると、すぐ傍でくすくすと笑う声が聞こえた。



「そんなに幸せそうに食べてもらえると、作った甲斐があるというものだなぁ」



 俺が食べているガトーショコラの向こう側に、ティーカップが一つ置かれるのが見えた。続いて、目の前の席にミシェイリアさんが腰を下ろした。



「あれ、仕事は」

「自主休憩だよ。大丈夫、ちゃんと話は通してきたからね」

「……なるほど」



 ガトーショコラを口に運ぶ俺の目の前で、ミシェイリアさんは紅茶をすする。



「それで、考え事っていうのは? よければお姉さんに話してごらん」

「あー……いや、大丈夫」

「何それ、どうせ私じゃ役に立たないって?」

「いやいや、違います! せっかくの休憩なんだから、頭も休めなければ、と」

「ああ、なんだ、そういうことか。それもそうだよね、確かに」



 一瞬、むっと眉間にしわを寄せたミシェイリアさんだったが、あまりに慌てて手と首を振る俺が面白かったらしく、すぐにまた表情を緩めた。



「じゃあ、何か楽しいお話を提供しよう」

「楽しい話」

「とは言っても、私もあまり話題が豊富なわけじゃないんだけど、そうだなぁ」



 そう言って、ミシェイリアさんはティーカップを置き、考えるようなそぶりを見せる。その様子を見守りながら、ガトーショコラを一口。やはり美味である。



「リヴァイアスくんって、地下の食糧管理室に入ったことある?」

「あー……いや、ないな。これと言って用事もないし、仕事の邪魔するのも悪いし」



 食糧管理室は、確かこの事務所の地下一階と地下二階だ。

 俺は入ったことがないけれど、田んぼで米を育てたり、畑で野菜を育てたり、肉や乳製品を得るために家畜を育てたり……と、広いスペースを使っていろいろしているらしい。


 そのおかげで、俺は今こうしてガトーショコラを食べられているのだ。……などと思いながら、ガトーショコラをまた一口。

 食料課の皆様に、改めて感謝である。



「そっか、確かに調査課はあんまり用事ないよね。アシュレイ部長は、よく新鮮な生野菜を求めて訪ねてくるみたいだけど」

「あの人、草食ドラゴンだったのか……」

「基本はね、野菜の方が好きみたい。でも、お肉もたまには食べるみたいだよ」

「雑食だった」



 しかし言われてみれば、確かにアシュレイはどちらかと言うと草食っぽい気もする。

 無駄に納得して頷いていたら、目の前でミシェイリアさんが小さく笑った。



「その食糧管理室にね、面白い人がいるの」

「面白い人」

「畑の管理をしている、ランチェットって人。知ってる?」

「ランチェット」



 はて、おそらく初めて聞く名前だ。

 聞いたことがあったとしたら、たぶん『ロケットランチャーみたいな名前の人』で覚えていると思う。おそらく。



「彼ね、元の世界では、魔王の討伐を命ぜられた勇者だったの」

「ゆうしゃ。……勇者!」

「すごいでしょ。だから、本当はすっごく強いし、戦いの知識も豊富なんだけど、」



 そこまで言ってから、ミシェイリアさんが小さく噴き出した。



「戦うのが嫌いで、お役目を投げ出しちゃったんだって」

「勇者なのに」

「そう。勇者なのに。きっと、戦うには優し過ぎたんだよね、彼は」



 くすくすと笑ってから、ミシェイリアさんは俺の目を見る。



「いつか機会があったら、君もランチェットに会いに行ってみるといいよ。きっと、為になる話が聞けると思う」

「為になる話」

「うん。君の場合、一人で考え込むより、一人でも多くの人に話を聞く方が、悩みの解決に繋がると思うよ」



 にっこり、柔らかい笑顔を浮かべたミシェイリアさんは、そう言って人差し指を立ててみせた。



「以上、雑談に見せかけたお姉さんからのアドバイスでした」

「……何だ。結局、相談したみたいになっちゃったな」

「参考になりました?」

「なりました。ありがとう、ミシェイリアさん」



 軽く頭を下げると、ミシェイリアさんは満足そうに笑った。


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