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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
参、総務部の休息
10/12

一、相談

「結界、か」



 武器庫での会話を終えた現在。

 俺の大剣は、オルヴェニカがそのまま預かってくれることになった。ついでにそのままメンテナンスもしてくれるらしい。ありがたい。



「気は進まないけど、ここなら何かつかめるかな」



 そう言ったわけで、現在地は八階。

 総務部の管轄であるこの階には、あらゆる世界の知識を詰め込んだ場所……いわゆる図書室がある。

 背の高い本棚が所狭しと並べられたこの空間には、例えば神話や伝承から、機械工学や魔導書に至るまで、ありとあらゆる書物が収められている。

 以前、どこかの棚でかなり年季の入った数学の教科書を見たこともある。あの時はさすがに驚いたし、思わず笑いもした。



「魔法とかかな」

「何や、リヴァイアス。調べモンか」



 上から聞こえた声に顔を上げると、脚立の上からこちらを見下ろす顔と視線が合った。

 服装は、白のタンクトップに黒のロングベスト、ジーンズにスニーカー。そして肘から手首までを覆うアームカバー。全体的に黒っぽい。

 脚立の上に座るその男の手には、分厚い本が広げられている。魔導書の類だろうか。



「雪でも降るがんねーか」

「降ってたまるか。そうなったら委員会総出で調査だ」

「そりゃ大変や」



 けらけら、赤紫色の目を楽しそうに細めて、その男は笑う。

 寝不足なのか、目の下にはうっすらとクマができているのがわかった。



「ライディアスこそ、こんな時間に何してんだよ。夜勤なら寝てる時間のはずだろ」

「なんか知らんけど寝られんがやって。しゃーないから時間まで起きとく」

「仕事中に寝ないように気を付けろよ。寝不足が顔に出てんぞ」

「おー、気ぃ付けるわ」



 その男、ライディアスは、総務部の人事課長にあたる人物である。

 つまり俺にとっては、直属ではないにしても上司にあたる人物なのだが、何故か上司扱いされることを極端に嫌う傾向がある。

 断じて、俺がこいつを上司と思っていないとかではない。ある意味では上司命令に忠実に従っているのだ。……とはいえ、接しやすくて助かっているのも事実だが。



「そんで、何か調べモンか? 手伝うか?」

「ああ、そうだった。でもライディアスがいるならちょうどいいや」

「あん?」



 きょとんとした様子で、ライディアスは手元にあった魔導書らしきものを閉じる。どうやら話を聞いてくれるらしい。



「ライディアスを天才魔法使いと見込んで、ちょっとした相談があるんだが」

「なんや、急におだててきて……気持ち悪っ」

「心底嫌そうな顔するのやめて、ちょっと傷つく」



 嫌そうな顔の見本みたいな顔をされた。苦虫を噛み潰したような顔、というのはああいう顔のことを言うのだろう……。



「冗談やって、泣かんとこうぞ」

「泣いてはいない」

「あっはっは、まあじゃれ合いはこんくらいにしとこ。ちょっと待っとれや」



 楽しそうに笑いながら、ライディアスは持っていた魔導書らしきものを本棚にしまう。

 国語辞典ほどの分厚さのその魔導書には、一体どんな魔法が載っているんだろうか。



「さて、ほんなら聞こうか」



 脚立から降りてきたライディアスが、俺の方を見て笑ってみせる。

 任せておけと言わんばかりのその笑顔に、俺もつられて笑った。



 ***



「……なるほど、結界な」



 事のあらましを説明すると、ライディアスは考え込むように腕を組んだ。



「まあ、どういう種類かにもよるわな。物理攻撃だけ防ぐんやったり、魔法攻撃だけ防ぐんやったり、両方やったり……あと、防ぐんじゃなくて跳ね返すんやったりな」

「何かどこかで聞いたことあるな、そういうの……」



 この森へ来る前、生まれた世界で男子高校生をやっていた頃、友人たちとRPGの話で盛り上がったのを思い出した。

 確かにライディアスの言うとおり、どんな世界観であれ、結界に分類される呪文というのはいくつか種類があるものだった。防御力や守備力を上げる、いわゆるバフ技と呼ばれるものだ。

 あんたはバフをかけずにゴリ押ししようとするから勝てないんだと、ゲームが得意な友人に呆れられたことがある。懐かしい。



「俺のおった世界やと、自分の身を守る程度の結界なんて基礎中の基礎やし、俺も二歳くらいでマスターしたわけやけど?」

「すげえな。物心とどっちが早いかってレベルだな」

「ごめん、盛った。本当は五歳やった」

「何で盛ったんだ」

「格好いいかなって」

「後で訂正するのが格好悪いから減点」

「ウィッス」



 くだらないやり取りを挟んで、ライディアスが口を開く。



「そういうのも、世界によって違うみたいやな。例えばアスティリアのとこやと、結界みたいな魔法はかなり経験値かせがんと使えんかったらしいし」

「経験値をかせぐって言い方がもうRPG」

「でも、エルディリカ……あー、お前のオカンの結界って、どっちかって言うと個体特有の能力みたいな感じやったしな」

「そっちは異能力ものっぽい」

「やから、俺の使える結界と、お前が使おうとしとる結界って、厳密には違うモンなんやけど……そうやな」



 ライディアスはしばらく考え込むように顎をさすり、それからふと気付いたように俺の方を見た。



「そもそもお前、自分の身とか守ろうとしたことあるんか」

「うん?」



 どういう意味かと眉を寄せると、ライディアスも同じように眉をひそめた。

 そして、何故質問の意味が分からないのか、とでも言いたげな顔で、言葉を続ける。



「だってお前、攻撃受けたら防御より先に反撃しようとするやんか。実際、防御とかあんまり考えたことないやろ」

「……いや、いやいや、ありますとも、何をおっしゃいますやら」

「めっちゃ目ぇ逸らすやん。完全に自覚しとるやろ、お前」



 言われてみれば、確かに。

 中学生くらいの頃から、攻撃を受けるとすぐに反撃行動に出てしまう癖がついた。

 おそらく、『身を守る』ことより『攻撃元を排除する』ことを優先する、という思考回路が常習化してしまい、条件反射的に反撃してしまうのだと思う。

 お前は防御を考えずにゴリ押ししようとするから怪我をするんだと、上司であるアシュレイに呆れられたことがある。ちょっと懐かしい。



「やからできんがやと思うぞ、結界」

「マジかー……長年の癖がこんなところで足を引っ張ろうとは」

「大丈夫やって、五十年くらいかけて矯正すれば治るって」

「先が長い」

「五十年なんてほぼ一瞬やぞ。気ぃ付いたら経っとるからな」

「何それ怖い」

「ごめん、盛った。さすがに一瞬は言い過ぎやった」

「何でいちいち盛るんだ」

「ベテランぽいかなって」

「それは普段の言動から見直さないと無理」

「ウィッス」



 またくだらないやり取りを挟んで、ライディアスは再び考え込むように腕を組んだ。



「まあ、手っ取り早く治す方法って言うと」

「何か良案があるのか!」

「なんか壊したらまずいモン担いで戦う。高価な壺とか」

「どう戦えと」



 壺なんて担いだら、肝心の大剣が担げないだろうが。

 ……などと、一瞬でも真面目に考えてしまったのがちょっと恥ずかしい。



「まあそれは極端な例やけど、なんか壊れやすいモン持ち歩くってのはありやと思うぞ」

「壊れやすいモン」

「そしたらほら、動く前に気ぃ使うようになるやろ? 一瞬考えるようになるって言うか」

「行動の前に一呼吸、ってことか」

「そういうことや。最初は隙できてしまうだけみたいになるかもしれんけど、それで防御に気ぃ回るようになればバンバンやしな」

「なるほど」



 あえて行動の前に一呼吸おいて、次の行動を考える、か。

 そんなことを考えていたら、目の前でライディアスが笑うのが聞こえた。



「何だよ」

「いや、お前らやっぱ親子やなって」

「は」

「昔、お前のオカンにも同じこと言ったの思い出した」



 ……何だ、それ。

 ちょっと恥ずかしいじゃないか。




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