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ワールドアウト・ベルセルク  作者: くつぎ
再、栗色の髪の少女
1/12

一、世界を飛び出した日

 長い夢を、見ていたような気がします。


 夢の中の幼い私は、ゆるゆると頬を緩めて笑っていました。

 そんな私を、父と母が幸せそうに見ていました。



『お母さん、あのね。今日はハンバーグが食べたいな』



 緩んだ顔でそう言うと、母は幸せそうに笑いました。



『そうね、じゃあ一緒に作ろうか』



 私は緩んだ顔のまま、大きく頷きました。



『お父さん、あのね。今度、遊園地に行きたいな』



 笑顔のままでそう言うと、父は幸せそうに顔を緩ませました。



『そうだな、今度の休みにみんなで行こう』



 私は緩んだ顔のまま、何度も頷きました。


 何故、こんな夢を見たのでしょう。

 現実の私は、母の幸せそうな笑顔など、一度も見たことがありません。

 父親など、生まれてから一度も、会ったことすらありません。


 あんなに幸せな光景など、私は、一度も、



 ***



 重いまぶたを持ち上げると、目の前に黒い毛並が見えました。

 ところどころに白が混じるその毛並からは、獣のようなにおいがしました。



「にゃあ」



 不意に、体の下から鳴き声がしました。

 同時に、自分の体に振動が伝わって、飛び上がるように体を起こしました。



「……っ、わっ」



 ぐらり、体が傾いてずり落ちそうになりました。

 体の下で黒い毛並が動いて、器用に私の体を受け止めました。



「ああ、気が付いたか?」



 下の方から、男の人の声が聞こえました。


 今度こそ慎重に体を起こすと、目線がすごく高いことに気付きました。

 周りは深い森のようで、うっそうと茂る木々が立ち並んでいます。


 少し視線を下げると、体の下の黒い毛並が動物であることに気付きました。

 上からではよくわかりませんが、どうやら虎か何かのようです。


 そこから視線を左にずらしたところで、男の人と目が合いました。

 白い髪、黒い瞳、左目の辺りには獣に引っかかれたような三本の傷跡があります。



「悪いな。勝手に運ばせてもらってるよ」



 大学生くらいと思われるその男の人は、そう言って困ったように笑いました。


 服装は、白い七分袖のTシャツにベージュのカーゴパンツ……のように見えます。

 首から提げているのは、懐中時計でしょうか。

 そしてその背中には、とても大きな剣が担がれています。



「大丈夫か?」



 心配そうな男の人の声を聴きながら、私は右手で額の辺りを押さえました。



「私、」



 ここは、どこなのでしょうか。

 私はいったい、何をしていたのでしょうか。

 この人は誰なのでしょうか。この黒い虎は何なのでしょうか。


 ぐるぐると混乱する頭で記憶を辿り、ようやく思い出しました。


 ああ、そうだ。

 この人は、訳も分からないままこの森に迷い込んだ私を、保護してくれた人。



「あの、ここはいったい」

「ああ、やっぱり聞きたくなるよな、それ。俺もそうだった」



 その人は困ったように笑います。



「でも、参ったな。俺の口からそれを説明するわけにはいかないんだ」

「それは、どういう?」

「あー……なんと言えばいいのやら」



 眉間を揉むような仕草をするその男の人の足元に、白い影が見えました。



「あんまりしゃべるなよ」



 その声は、男の人の足元の白い影から聞こえてきました。

 よく目を凝らしてみると、それは白い狼のようです。



「余計なことを言いそうでこっちが焦る」

「お前に言われたくないんだけど」

「ふん」



 狼と男の人は、慣れ親しんだ友人同士のように言葉を交わします。

 私の体の下の黒い虎も、どこか楽しそうにのどを鳴らしているのが聞こえました。



「とりあえず、ここがどこかって話は、これから会う人がちゃんと説明してくれるから」



 私の方を振り向いたその男の人は、にっこりと笑って見せました。

 どうやらそれは、私を安心させるために。



「大丈夫だよ」



 何故でしょう。

 この人の声は、言葉は、不思議なほど私の心を落ち着かせてくれるのです。



 ***



 そこからしばらく進んだところで、進行方向に白い建物が見えてきました。

 森の樹に負けないほど背の高い、大きな塔のような建物です。



「着いたな」



 建物の扉の前まで来たところで、その男の人はこちらを振り返りました。

 すると、私の体を運んできた黒い虎がゆっくりと身を屈めます。

 私が降りやすいように、気を遣ってくれているようです。



「あ、ありがとう、ございます」



 礼を述べながら、玄関アーチの部分に足を下ろしました。

 その虎はにゃあと一声鳴くと、男の人の方を向き、顎で扉の方を指しました。



「わかってる、大丈夫。……大丈夫」



 半ば自分に言い聞かせるように、その男の人は黒い虎に向かって言います。

 黒い虎はじとっとした目で男の人を見た後、呆れたように首を振りました。



「とりあえず! シュバルツはアシュレイに報告を頼む。居場所はお前ならわかるだろ」



 そう言いながら、男の人が黒い虎の頭を撫でます。

 黒い虎は仕方がないという表情で、にゃあ、と鳴いて見せました。



「フェンリルは司令室な。戻りの報告をしておいてくれ」



 今度は白い狼の方を向いて、男の人が言います。

 白い狼は面倒くさそうに溜息を吐きました。



「仕方ねえな」

「頼んだ」



 それから、男の人が建物の扉を開けました。

 その隙間を縫うように、白い狼が建物に入っていきます。

 後ろを振り返ると、黒い虎が再び森へ入っていくのが見えました。



「嬢ちゃん、行くよ」

「あ、はい」



 男の人に案内されるまま、私は白い建物に足を踏み入れました。

 外観と同じように、内装も白でまとめられています。


 彼の背中を追いながら、ついついせわしなく視線を巡らせてしまいます。

 右側の食堂らしき場所では、何人かが食事をしている姿が見えました。

 どの人も一様に白い髪をしていますが、瞳の色はバラバラのようです。



「まっすぐ行くと昇降機があるから、それに乗って一番上まで行きます」

「はい」

「んで、支部長に会ってもらいます」

「はあ」



 彼は時折こちらを振り返りながら、私の前を歩いていきます。

 あまり離れないように後を追っていくと、やがて壁に開いた穴の前に辿り着きました。

 穴の向こうの床には、昇降機が通るらしい丸い穴が開いています。



「支部長は一応ここのトップだけど、気さくな人だから心配しなくていい」

「はい」

「親しみやすいけど威厳もあるし、いいリーダーだと思う。うん」



 そんな話をしながら、彼は廊下の隅に設置されている操作パネルに触れました。

 やがて丸い床が上から降りてきて、廊下と同じ高さで止まりました。


 扉がなくて、安全性などは大丈夫なのでしょうか。


 そんなことを考えていると、横で小さな笑い声が聞こえました。

 振り返ると、彼は操作パネルから手を離し、昇降機に乗り込みました。



「乗って、大丈夫だから」



 その人懐こそうな笑顔に背中を押され、私は恐る恐る昇降機に足を乗せました。



 ***



 しばらく上昇したのち、昇降機はゆっくりと停止しました。

 再び操作パネルに触れてから、彼は先に昇降機を降りて行きます。



「こっち」



 手招きされるまま、私も昇降機を降りて歩き出しました。

 まっすぐ歩いていくと、何やらプレートが付いた扉の前に着きました。

 彼は小さく溜息を吐いてから、目の前の扉をノックしました。



「レスティオール、いるか?」

「ああ、いるよ」



 扉の向こうから聞こえた返答に、彼はわずかに驚いた様子を見せました。



「……いるのか、珍しい」



 ポツリとそう呟いてから、彼は目の前の扉を開けました。

 まず目に入ったのは、応接セットと思われるテーブルとソファです。

 その奥に、執務用と思われる机があります。壁には本棚が並んでいます。

 内装のほとんどが白でまとめられており、少し眩しく感じます。



「やあ、リヴァイアス。おかえり」



 その声は、部屋の一番奥から聞こえました。

 視線をそちらへ向けると、窓際に立っている男の人が見えました。



「連れてきた」

「その子か、なるほど」



 白い着流し姿のその人は、そう言って金色の瞳をわずかに細めました。

 すべてを見透かされているような気がして、私は思わず視線を逸らしました。



「改めて、初めまして。俺の名前はレスティオール」



 コロン、下駄が鳴る音がします。

 俯いた視界の隅で、白い着流しの裾と、長い白髪が揺れました。

 恐る恐る視線を上げると、金色の目を細めて笑うその人と目が合いました。



「この施設では一応、支部長を名乗らせてもらっている。とは言え、実質的に支部長らしい業務は、ほとんど副支部長に任せている状態だがな」



 その人は、そう言って高らかに笑います。

 呆気にとられる私に向かって、その人は笑顔のまま、もう一度口を開きました。



「さて、早速だが、君にはこれから俺の質問に答えてもらう」



 穏やかな笑顔なのに、柔らかな口調なのに、その言葉には威圧感がありました。

 この人に嘘を吐いてはいけないと、何故かそう思わされました。



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