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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
7章 武道大会編
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第7話 白き英雄スラン





<ライトside>


鈴蘭が競技場に来る間、観客以上に兵士や騎士に衝撃が走っていた。

鈴蘭と接する機会が多かった近衛騎士たちは特に目を剥いていて……。


「鈴蘭が白き英雄だっていうのか」

「そりゃああいつ、すごく強かったけどさ」

「フローラ様はそれを知っていて側近に?」


鈴蘭は大丈夫だろうか。本人が英雄についてどう思っているか、直接聞いたことはない。俺は本で読んだに過ぎない。だけどあれに書かれていたことが真実だとしたら、今鈴蘭は――


「鈴蘭、久しいな」


競技場に現れたモルガは憎悪の籠った声で話しかける。対して鈴蘭は感情を表情に表さず、返事もしない。


「覚えてるか、この目。お前に抉られてさぁ。痛かったなぁ。空っぽのお前が俺の決意も夢も砕いたこと、忘れたことなんて一日もない。この恨みを忘れたことなんて一度もないっ!」

「――無駄話はもういいか。お前の要求は再戦だろう。……何度立ち向かおうと結果は同じだが」


彼女の冷え切った目に、向けられていない自分まで背筋が凍る。モルガはそれを恐れることなく剣を抜いた。


「お前を……殺す」


大会なんて言えない。殺意と殺意がぶつかり合う本当の戦いが始まった。





<鈴蘭side>


感情が膨れ上がり破裂しそうになる。

どうして、どうして。


タイガの意図が分からない。モルガが突然現れたことに心の準備もなかった。私が白き英雄だとわかった時の周りの反応に吐き気がした。


英雄としての私は終わったはずだった。追放期間を経て英雄は幻になったはずだった。

あとは騎士になって、姫様を守って、大切な仲間と笑い合う。そんな未来を望んだだけなのに。


「覚えてるか、この目。お前に抉られてさぁ。痛かったなぁ。空っぽのお前が俺の決意も夢も砕いたこと、忘れたことなんて一日もない。この恨みを忘れたことなんて一度もない!!」


私は確かに恨まれることをした。私は他人に命じられたことを自分で吟味することなく、正義だと思って実行した。それを後悔するくらいなら、正義は自分で決めればよかった。自分で選ばなければならなかった。

だから、私にも罪はある。シモンの件で私は痛いくらいに知ったのだから。


だけど、国民の希望を踏みつぶして幸せを吸い取り続けていたお前がそれを言うか。


「――無駄話はもういいか。お前の要求は再戦だろう。……何度立ち向かおうと結果は同じだが」


今すべきことはなんだ。

モルガと戦い、勝利を勝ち取ることだ。

一度背負ってしまった英雄として。姫様の側近として。そして――


「お前を……殺す」


私が私の罪を償うために。


明確な殺意が込められた刃が容赦なく向かってくる。それを受け流して相手の隙をつく。

切っ先が相手の身体に届く寸前、モルガは身体をひねりそれを避けた。


私は“鈴蘭”になってからのことを思い出していた。

セピアに拾われて命じられるまま人を斬って、英雄になってからも宵闇で命じられるままに人を斬った。私は結局何も変わってなかったのだ。正義は人それぞれなのに、一度違うと思ったものを悪だと決めつけて反対の信念を正義だと思い込んだ。極めつけは自分の行動を相手に委ね続けた。いつも私は自分の頭で考えなかった。


正しさが分からなかった?

自信がなかった?

そうだとしても、自分のことを自分で決めない人形でいてはいけなかった。


何度も剣がぶつかり合い、火花が散り、剣を持つ手の骨が震える。

モルガの作り物の目が“義眼”ということは一目でわかった。あれはカラア民族の技術だ。使いすぎると壊れるが、人の目の何倍も離れた場所を見れて、素早いものを捉えることができる。モルガはカラアに行ったのだろうか。使いこなしているのを見ると、最近作ったものではないのだろう。


「なぁスラン。どうして王都に戻って来たんだ」


斬り合う最中に、モルガが尋ねる。


「騎士になるため、だった」


そう。最初は騎士になりたくて戻ってきた。

でも今は少し違う。自分の頭で考えて、自分なりの正義が見えてきたんだ。

色んな人に会った。色んな考えがあった。

人によって正義が違うのは当然だ。私の正義が人と違っていても当たり前だ。


「今は何のためにここにいる」


後悔して、自分を責めて、過去を振り返って。

決めたのだ。


「私は私の意思で姫様を守り抜くと決めた。騎士になることが目的じゃない。騎士になるのは……大切な人たちを守る手段だ」

「……そうか」


彼が一瞬だけ微笑んだ、ように見えた。


切っ先が肌を掠め、避けられ、斬られ。義眼の長所を最大限に生かして私の動きを読んでくる。致命傷はないが、予想以上に粘られて驚いた。それでも相手の傷の方が多くなり、出血も増えている。


モルガがほんの少し体制を崩した瞬間を見て、私は素早く間合いを詰める。そして対応させる隙を与えず、その剣を弾き飛ばした。


「勝者、鈴蘭!」


審判の声でふと我に返った。

周りの音が戻って来る。

観客のコール、騎士のざわめき。いつの間にかその音が聞こえないほど戦いに熱中していたらしい。


「……7年前は歓声をうるさいと思いながら戦っていたのにな」


本当に生意気な子どもだった。


「モルガ。私は罪を犯したと思っている。だが全てが間違いだったとは今でも思ってない。

……だけど、その目は、悪かった」

「……。本当はわかってた。7年前のこの国は腐敗してた。それを立て直したのは紛れもない……お前たちだ。

この復讐心は本物だけど、もう一度剣を交えることができたことは良かったと思ってる。負けたとしても、だ」


モルガはすっと私に片手を伸ばした。


「握手してくれ。俺はこの後捕まって……処刑されるだろう。

鈴蘭という剣士と戦えたことを感謝したい」

「ああ。私もだ」


彼は歪な目を細めて笑った。

私は剣を鞘に直し、伸ばされた手を握――








「……なぁんてな、ばーーーーか!!」








腕の傷口に何かをかけられた。


「!!」


手を振りほどいて距離を取る。

熱い、熱い熱い痛い!

何をかけた、これはなんだ。


「モルガを取り押さえろ!」


カルセさんの声が聞こえた。そしてあっという間にモルガは地面に這いつくばり取り押さえられる。


「鈴蘭、お前が毒に弱いのはあの人から聞いてるんだ。戦いで使った剣にも毒は塗り込んであるんだよ」


腕が震える。ぶるぶると痙攣を起こし始めた。

それが首、心臓、頭に伝播していく。


「あ、ぁがっ……」


息が、できない。自分が立っているのか座っているのか倒れているのか。ここがどこなのか何かが回ってるような。痺れるような焼け爛れるような。腕じゃない。心臓が破裂しそうに脈打っている。


「お前にわかるか? 家も家族も財産も、名誉名声地位プライド全部奪われて! 満身創痍な上に目を抉られる。その後見下してきた低俗な平民らに見下され、ごみ溜めを漁る日々! 俺は貴族様なんだぞ? 卑しく汚いお前らとは比べもんにならない高貴な血を俺は持ってんだよわかるか?」

「黙れモルガ。お前ら連れていけ!

鈴蘭は急いで救護室へ! はやく!!」


モルガのぎゃあぎゃあ喚く声が遠ざかっていく。何なんだあいつ。相当私を恨んでたな。そりゃそうか。あのプライドの高い貴族が一気に地に落ちたんだ。きっとどこかでなにかが壊れたんだ。


「鈴蘭意識をしっかり持て!」


カルセさんの声が聞こえた。

そう。さっきから音しか聞こえない。目の前がぼやけて、見えない。


「あぅっ、おぇ」


空気、吸えない、吐けない。


「持ちこたえてくれ、目を閉じるな、鈴蘭!!」


意識はそこで途切れた。


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