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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
7章 武道大会編
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第5話 ゼロから築いた絆

〈鈴蘭Side〉



アレアさんの引退、王の死去と良くない報せが続いた春が終わり、夏が近づいてきた。まだうだるような暑さはないが、外にいるとじっとり汗をかくくらいには暑い。


武道大会も近づき、各地で予選が始まった。

そのことで私は大きな問題に直面してしまったのだ。


『白き英雄、武道大会で復活か!?』


手元には雑誌。

そしてどどんと大きく書かれた文字。


片手で目を覆い、天井を仰いだ。

チラッともう一度指の隙間から雑誌を見る。


『白き英雄、武道大会で復活か!?』


……見間違えではない。

朝起きてポストを見ると、いつものように無料配布の雑誌が入っていて、何気なく表紙を見るとこの文字があったわけだ。


雑誌を開き内容を確認してみる。


『現在ジェミニカ各地で行われている予選。そこに白い服装を身にまとった青年が出場した。彼の名前は、なんとかの英雄と同じ名前スラン。偶然かと思われたが、彼は英雄と同じ、相手の武器を破壊するという荒業で予選優勝したのだ。

今年の武道大会で、我々は白き英雄が復活する瞬間を目の当たりにするやもしれない』


前回大会のこともあって、タイガ様は大会出場者の身元は明らかにしていなければならないという法律を作った。にもかかわらず、スランと偽っているのだとすると法律違反……と言いたいところだが、この青年自ら白き英雄だと言ったわけではない。もしかすると本名が偶然スランだっただけの可能性もある。

私より、タイガ様たちの方が情報を得ているはずだ。必要があれば指示が来るだろう。私が自ら何かする必要はあるまい。


………

……



「鈴蘭ー。新聞見た?」

「ショール……」


それはもう上機嫌でショールが絡んできた。

ショールには私が白き英雄だと打ち明けたことはないが、薄々察しているのだろう。もしそうだとしても私の口から言うことはできないし、ショールも面白半分に揶揄っているだけだろうから黙っておく。


「にしても元気そうで何よりだ」


私は内心ほっとしていた。アレア、さん、が意識不明の重体になってから騎士隊引退までショールはあまり元気がなかったから。

一見大丈夫そうに振る舞っていても、ショールは根が優しすぎる。わかりやすすぎる。

……わかったところで私には何もできなかったのだが。


「はぁ、鈴蘭は本当にいい子だねぇ」

「別に」

「んー」


彼は瑠璃色の瞳を猫のように細めて、私の頭を撫で始めた。普段なら振り払うかするのだが、その手つきが優しすぎるものだから抵抗できずにいた。


「鈴蘭は素直で、周りのことよく見てるし、気遣い屋。――俺はそんな鈴蘭のことが好きだよ」

「……!?」


いつもと違う誠実な言葉、優しい声、慈しむような眼差し。

一瞬毒気を抜かれ、何を言われたのか理解が追いつかなかった。カッと顔の温度が急上昇するのを感じる。


「な、何か悩みでもあるのか。熱があるのか」

「あらー、俺の渾身の告白が冗談に聞こえちゃった? 傷つくなー」


頭から手を離し、私からも少し距離を取る。緊張は解けたが、少し寂しい気が……。いや。

改めて見たショールの顔は、明るいものではなかった。


「ねぇ、本当に俺にしない? ホタルじゃなくて」

「ホタルさんが何だ。意味が分からない」

「ふーん、そう。ま、いいや。鈴蘭と喋ったおかげで元気でたよ。またね」


私が引き留める間もなく、ひらりと身を翻して去っていく。表情は見えなかった。

ショールはいつもそうだ。喋るだけ喋ってさっさとどこかに行ってしまう。そういう人なんだろうで今まで済ませていたが……


ショールは私の言葉を聞くことを怖がっているのかもしれない。



**********



<ショールside>



「……あはっ」


城の屋根の上。息を吐き出すように笑ってみるが、もやもやした気持ちが吐き出されはしなかった。理由は分かってる。さっき鈴蘭に余計なことを言ってしまったからだ。

アレアの体調が安定して、少し前にホタルはようやく西の街に帰った。あの男は王都にいる間は何かと鈴蘭と関わろうとしていたから、正直面白くなかった。帰ってくれて本当にありがたい。それで気が抜けて口も軽くなっていたのかもしれない。


「鈴蘭、ホタルは鈴蘭のことを見てなんかいないよ」


何も言ってくれない、俺のことを見てくれない、頼ってくれない、涼花のことしか考えてない。

そんなホタルが嫌いだ。嫌いで嫌いで仕方がない。


大人になって、ホタルの気持ちも理解できるようになった。大切な人に傷ついてほしくない気持ち、大切な人をどんな手段を使っても取り戻したい気持ち。

理解できる。理解できるけど、だからって納得はしてない。

ホタルは身勝手で悲劇の主人公ぶってるくせに、自ら傷つこうとする自己犠牲の塊だ。それだけじゃなくて、目的のためなら人を傷つけることに抵抗がない。それはあまりに傲慢だと思う。


そして、その本質は今も変わってない。ホタルは鈴蘭を通して涼花を見てるに過ぎない。


ホタルは俺が何も知らないとでも思ってるんだろうけど、俺だって察する力くらいある。

あのホタルが涼花を殺すはずがないし、涼花が死んでいたらホタルは後を追うだろう。涼花なしに穏やかに暮らせるはずがない。だから涼花は何らかの形で生きていることは確信していた。

そして一年前のあの日、鈴蘭を見て一目で涼花だと思った。


ところがところが。実際喋ると、名前も性格も違う。

俺のこともホタルのことも知らない。……だから勘違いの別人かと思った時もあった。


俺は涼花が嫌いだった。ホタルホタルホタルって、何をするのも喋るにもホタルばっかり。本当は俺の側近になるはずだったのに、ホタルに涼花を取られた。ホタルは俺の兄なのに、涼花にホタルを取られた。悔しい、涼花も他の人と同じ「ホタル」ばかり、憎い、こっちを見てよ、嫌いだ、大嫌いだ。


でも鈴蘭は涼花とは違って、一人に夢中で周りが見えなくなることはなかった。いつも周りを見て、冷たい瞳に優しさがあった。優しいふりして他人に冷たい涼花とは違う。


鈴蘭は涼花を捨てて今の彼女になった。俺がセンを捨てて、タイガに貰った『ショール』を選んだのと同じで。


ふと、白き英雄復活なんて書いていた雑誌を思い出す。

7年前の武道大会の時は、まだこちらに亡命した心の傷が癒えていなくて部屋に引きこもっていた。だから白き英雄のことは本当に噂程度にしかしらない。


だから鈴蘭が白き英雄だろうとあまり興味はない。俺にとって大切なのは、鈴蘭が鈴蘭であることだけだ。


「でも、鈴蘭が気になるようなら調べてみようかなぁ」


立ち上がると、強い向かい風が吹いてくる。見下ろせば王都が一望出来る。たくさんの人々が生きるこの国を、俺はこうしていつまでも見ていたい。


*****


<鈴蘭side>


違和感がどんどん大きくなっていく。


『ねぇ、俺にしない? ホタルじゃなくて』


ホタルさんとショール。私は無意識に彼らを並べて考えていることが多かった。二人に対して既視感を持つことも多かった。そして二人も私に対して何か接し方に違和感がある。

私はもしかして、記憶をなくす前にあの二人と会っているのではないか。

その考えは徐々に大きくなっていた。



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