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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
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第8話 フローラ姫

「鈴蘭とヒスイはここで待機、近衛騎士は私に付いてこい」


総合兵隊のプロファイラーが突き止めた基地の前でカルセドナが指令を出す。そこは王都の栄えている場所から離れた、寂れた地区の廃屋。


流石に二人を突入させてはくれないようだ。鈴蘭は悔しく唇を噛んだが、それを口に出すことはしなかった。


「突入!」


揃った動きで騎士たちが廃屋へ入っていく。

騎士たちの中には、鈴蘭が見たことのある人物もいた。


「(あれは、カーナさん……)」


山賊討伐の時に出会った女騎士だった。

ふと、カーナと目が合う。けれど鋭く睨まれてそっぽを向かれてしまい、そのまま廃屋へ入っていった。


「(またか。カルセさんは本当に好かれているのだな)」


そっと溜息をついた。


騎士がいなくなり廃屋の前に二人が残される。

と、後ろの木の影からこちらの様子を窺っている人間の気配に気づいた。こんな時にこそこそとこの辺を動く人がいるなんて怪しすぎる。


「……ヒスイ」


「わかってる」


短く言葉を交わし、目で合図しーー


「武器を捨て手を挙げろ」


「抵抗はお勧めしないよ」


目にも止まらぬ速さでその人物を取り囲んだ。

しかしその相手は……ショールだった。


「お、おぉ……二人とも手荒な歓迎だね」


「……。不審人物を捕えるのが仕事ですから。ショールさんは何用ですか」


「不審人物扱いなんて、鈴蘭冷たい! こんなに鈴蘭のことを気にしてるのにぃ。俺傷ついた……」


目尻に涙を浮かべて嘆いているから、ヒスイは少し可哀想に思ったが、鈴蘭は特に気にした様子もない。むしろ胡散臭いものを見るような目だった。


「茶番なら今度付き合ってあげますから。……ショールさん、何か情報を掴んだのではありませんか」


鈴蘭の言葉に、ショールはさっきまでの悲しい顔をすぐに消し、代わりににやりと口を歪めた。急激な変わりようにヒスイは目を瞬かせる。


「さっすが鈴蘭、よくわかってるね。お姫様が別の場所に移動されたって情報を掴んだから、もうこの建物にはいないって伝えに来たんだけど……遅かったみたいだね」


騎士団は建物に入っていった後だ。


でも、とショールは続ける。その顔は、山賊討伐の協力を持ちかけられた時に似ていると鈴蘭は思った。


「二人が居てくれたら十分だろうよ。むしろ少数精鋭の方がいいし、時間も惜しい。一緒に来て」


付いてくると確実に思っているように、ショールは先へ歩き出そうとしたが……それを止めたのはヒスイだった。


「ま、待ってください。僕たちはここで待機との命令が……」


「ヒスイは命より命令を大切にするの?」


ショールの声は真剣だった。ヒスイは言葉に詰まり、考えるように俯く。


「(確かに状況に合わせた行動は必要だ。でも一人の勝手な行動が大きな失敗を生むことになる場合もある。そして兵士にとって命令は絶対で……)」


「ヒスイ、私は行く」


考えていたのはほんの少しの時間だ。けれど鈴蘭はヒスイの考えを理解できた。それでも鈴蘭は行くことを選ぶ。


「ヒスイはここにいていい」


嫌味でも、悪意があるものでもなく、ヒスイへの配慮のみの言葉だった。


けれどその時には、ヒスイはもうどうするかを決めていた。


「いや、僕も行くよ」


ショールはその様子をにんまりと笑いながら見ていた。




_________





ショールに従い、フローラがいる場所へ着いた。


「協会、か」


きっとここも訪れる人が少なくなってしまった場所だ。建物はヒビが入っていたり、蜘蛛の巣が張っていたりしたが、それでも形容し難い荘厳さがそこにあった。


「多分、この協会には地下の隠し部屋がある。フローラはそこだね。俺が一階の英雄党の相手をするから、二人でフローラを救出してーー」


「待て」


ビリビリと背中が震えた。

ショールの言葉を遮ったカルセドナの声に、ヒスイは身体を硬直させる。

カルセドナは三人を睨みながら近づいてきた。


「私はお前達に待機、と行ったはずだ。なぜこんな場所にいる。身勝手な行動は不必要な犠牲を生むのだぞ」


決して声を荒げてはいない。けれど低く響く声があまりにも恐ろしく、怒りをひしひしと感じた。


「ショールもだ。新人の前に騎士に連絡するのが常識だろう」


「じゃあ手遅れになってもいいって?騎士って言ったって実際、二人の気配が消えたことに気づいてここに来たのはカルセだけじゃない。無能な騎士を待つ時間がどれだけ無駄なことか」


「近衛騎士団を馬鹿にするは、たとえタイガ様の側近であろうが許さんぞ。……それに、さっき城に白き英雄の情報を開示しろとの要求がきた。つまり姫は正式な人質となった。傷つけられることはないだろう」


「そんなの誰にもわからない。身体は傷つけられなくても、精神が破壊されるかも。それでも命令どおりじっとしていろと言うわけ?」


「勝手をするなと言いたいんだ!確実な安全のためにはお前のやり方は適さない」


「俺もずっとカルセのやり方気に食わなかったんだよね。誘拐は時間をかけていい問題じゃない」


「それでもーー」

「あのっ!!」


延々と続くと思われた二人の言い合いを止めたのは、ヒスイだ。そしてヒスイと鈴蘭は頭を下げる。


「僕らが勝手なこと、謝罪します。すみませんでした」


「すみませんでした」


二人の謝罪に、ショールが顔を顰めた。


「二人が謝る必要ないのに」


「いえ。どちらの言い分も分かりますけど、まずは迷惑をかけたことを詫びないといけませんから」


ヒスイが冷静にそういうと、カルセドナも、もういいと、落ち着いたように大きく息を吐いた。


「ここで言い争うことに何の益もない。止めてくれたこと感謝しよう」


「……ふぅ、そうだね。じゃあ今からは騎士であるカルセを加えて、四人で突入作戦を決行しようか。それなら問題ない?」


「思う所はあるが、それでいい」


こうして丸く収まったのを見て、ヒスイの鈴蘭は顔を合わせて安堵した。




_________




3、2、1…突入


ショールの声を出さない合図に、四人は一斉に動き出す。一階はヒスイとカルセドナ。地下は鈴蘭とヒスイだ。

というのも、おそらく一階の方が敵の人数が多いだろうという予想から。フローラの保護を新人に任せることを渋っていたカルセドナだが、鈴蘭の山賊討伐を評価して任せて貰えた。


『カーナから報告が上がっていたが、あれは君のことだったのか……どうりで審査成績が優秀なわけだ』


と。




四人が協会へ突入すると、英雄党メンバーと思われる白い服の人々が驚いたようにこちらを向いた。けれど彼らが声を出す前に、ショールとカルセドナに気絶させられていた。奥からぞろぞろと出てくるメンバーもものともせずに倒してゆく。


「すごい……」


ヒスイが思わず感嘆の声を漏らすくらいに無駄のない動き。鈴蘭もついショールたちの剣技をじっくり見たいと思った、が今は振り返っている場合でない。


鈴蘭は瞬時に違和感のある床を見つけ、そこに剣を突き立てた。バリバリと木を剥ぐと、そこに地下に繋がる階段が現れる。入るな、という後ろからの英雄党の叫びを無視して、二人はそこへ入っていった。




_________




地下は想像以上に広く、普通の建物のように部屋がいくつもあった。けれど環境はとてつもなく悪い。

ランプは点々としかなく、真っ暗。カビっぽい臭いに、腐った木の壁、嫌な湿気で呼吸するのも苦しい。

こんな場所に長時間居たら、病気になってしまいそうだ。早く見つけなければと……


「あ、あなた達は何者ですか!」


突然、一つの部屋から中年の女が現れた。彼女もまた白い服を来ている。英雄党のメンバーだろう。


「姫様はどこにいる」


「王宮の兵士か! お前たち、こいつらを始末しろ!」


彼女が叫ぶと、暗闇から恰幅の良い男たちが現れた。手には物騒な武器が握られている。ただでは教えてもらえないようだ。


「おら!」


男たちは一斉に鈴蘭たちに襲いかかった。

ヒスイは剣で応戦し、鈴蘭は攻撃を躱して手刀で気絶させる。


攻撃を躱しながらも、鈴蘭はヒスイの動きに目を奪われていた。

いつもぼんやりとしていて穏やかなヒスイが、今は俊敏な剣さばきを見せている。熊を相手にするような力強く大振りな動きにも関わらず、狭い空間を上手く活用し隙きを与えない。


「(対人戦というより、獣相手の戦い方みたいだ。こんな剣技もあるんだな)」


ヒスイは次々に敵を斬り伏せて行くが、致命傷にならない程度に手加減していた。それでも圧倒的であるのは、ヒスイの実力故だろう。




鈴蘭も鈴蘭で圧倒的な強さを誇っていた。剣で斬ることなく、剣の鞘での攻撃と体術を上手く組み合わせて戦闘不能にしていく。剣技でないにも関わらず、誰も鈴蘭に敵わず秒で倒されていった。


ヒスイも鈴蘭の戦いに目を奪われる。

重心移動を利用して、まるで瞬間移動のような素早さを実現している。敵は鈴蘭を視認すら出来ていないかもしれない。


「(実践慣れしてる動き……。でも、審査の時は剣を使っていたのに、今は使わないんだろう?)」




男たちを全員気絶させるのに、時間はそうかからなかった。残るは白服の女のみ。


「ふふふっ」


しかし不利な状況であるのに、彼女はぶるぶると体を震わせて笑っていた。不気味な姿に眉を顰める。


「何がおかしい」


「ふふは、あははは! おかしいに決まっているわ! 白き英雄はジェミニカの英雄。国民の誰もがあの方を愛し畏れている。けれどあの方は架空の人物じゃない、生きていた人間だ! なのに白き英雄が失踪してから神話にされてしまった。神の使い? 戦の女神? 違う、人間なのよ。神話にされた、王族に使われた、哀れな人間なの!」


笑いながら、泣きながら、熱弁する彼女に鈴蘭は言葉を失った。だって、言っていることは全く正論だから。


「我々は白き英雄を神話にしてはいけない。王族に問い詰めねばならない。我々の白き英雄をどこへやったのだ、と! なぜそれが理解されないのだろうね!」


「……けれど、それは人を傷つけていい理由には、ならない。人間という意味では、王族も同じだ。そして、貴女も」


鈴蘭の表情が変わった。女に語るだけでなく、自分が自分のの言葉に納得しているような……そんな感覚だった。


「白き英雄は……たしかに、利用して捨てた王族を、少しは恨んでいたかもしれないな。でも全ては終わったことだ」


ーー代わりに怒ってくれて、ありがとう。


その言葉が女に聴こえていたかはわからない。鈴蘭は彼女に素早く近づきハンカチを鼻と口に当てると、力が抜けたようにパタリと倒れた。


「鈴蘭……?」


「少し眠らせただけだ」


ヒスイが尋ねたかったのはそのことだけではない。生まれ育った環境から、彼は五感がとてつもなく鋭い。だからヒスイには聴こえていたのだ。


「鈴蘭は……」


「ヒスイ、こいつの服から鍵が出てきた。109号室だ。行こう」


「……そうだね」




_________




109号室は意外と近い場所にあり、周りに敵はいないようだった。

鍵を差し込み開けるとーー





「……。あなた達は……?」





花のようだ。


その部屋だけたくさんのランプが置かれていた。そのせいだろうか。ぼんやりとした光の中心にドレスを広げて座る可憐な姫君が、花の妖精のように見えたのだ。

ピンクとシルバーが混じった不思議な色の髪がさらさらと流れている。桃色の瞳には強い意志があった。


彼女は一瞬驚いたようだったが、囚われの身でありながら凛としたその佇まいはまさに一国の王女の姿だ。


「……っ!」


そして彼女は、鈴蘭を認識するともともと大きな桃色の瞳をもっと大きくする。


「どうして……」


鈴のような声が震えている。その質問は答えを求めているものではなく、思わず零れたものなのだろう。

鈴蘭はゆっくり彼女に近づき、跪いた。


「ご安心ください、姫様。貴女をお迎えに上がりました」


「っ……。ええ、ありがとう」


第一王女フローラは平然を装ってそう返した。ただ黙って見ていたヒスイの存在があったからだ。


と、そこに丁度良くショールとカルセドナが駆けつける。


「フローラ姫! ご無事ですか!?」


「大丈夫よ、カルセ。ショールもいたのね」


「そりゃあ、いるよ〜。フローラは酷いなぁ」


「ショール貴様! 姫を呼び捨てにするなと何度言えば……!」


またもや始まった言い争い。フローラはいつものことだと微笑むと、そのまま黙って目を瞑った。


「……、……。カルセドナ」


「はっ!」


切り替えたような凛としたフローラの声に、カルセドナはすぐさま反応する。


「この二人は今年の合格者かしら」


「はい。機動隊に入った鈴蘭とヒスイです。今は私が教育係を受け持っています」


「カルセが?……なるほどね」


口許に手をあてて思案する素振りを見せた後、すぐに彼女は顔をあげた。有無を言わさぬ圧倒的な笑顔だ。


「よしっ、決めたわ。この二人を私の側近に任命します」


「………………えぇぇえ!?」


らしくないカルセドナの叫びが、協会に響いた。

やっと第二ヒロイン出せました。

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