第2話 タイガと救いの手
<タイガside>
後悔の多い人生だった。
そもそもこの世に産まれた時点で、自分は後悔を纏っていたと思う。
俺が後悔していただけではない。周りが俺の出生を後悔していたのだ。誰からも祝福されなかったのだ。疎まれていたのだ。
ジェミニカ王には正妻がいた。しかし側室でもない一般人の女と関係を持ち、奇しくもその女が一番に王の子どもを身籠った。
そして産まれたのが俺――タイガだ。
ここまでは言わばよくある話。王族貴族の恋愛なんて奔放なのが常というもの。しかしこの話には続きがある。これが重要だ。
この女はカラア民族だった。
ジェミニカ王の父――つまり俺の祖父の時代に、高い技術力と能力を妬まれ迫害された民族。カラア民族を迫害した先々代が処刑されてからは、彼らの話はタブーというのが暗黙の了解となっていた。
それを俺の父は、カラア民族の女に手を出し子どもを作ってしまった。
これには城内騒然となった。
事実隠蔽に腹の子ども共々殺すか。国外追放にするか。そもそもカラア民族はジェミニカを去ったのではなかったのか。
「私のことはどうしても構いません。ですが、子どもだけは生かしてくださいませ」
母はそう言って、父に懇願したらしい。父も多少なりとも罪悪感はあった。表向き俺を正妻の子とし、母は国外追放とした。
俺は正妻の子として育てられた。しかし忌み嫌われ避けられるカラアの血をもつ子ども。王妃が俺を愛してくれるはずがなく、また周りの人も俺を愛すことはなかった。
たった一人、父を除いては。
「辛い思いをさせて悪いね」
父は母がカラア民族と知っても、確かに母を愛していた。俺へも母へも愛を持っていた。
何度も父は言っていた。本当は母を正妻にしたいほど愛してたのだと。内緒話をするように、いたずらっ子のように笑って母との昔話を聞かせてくれるのだ。
子どもの俺は、顔も覚えていない母に愛着もなにもなかったのだが、父のその笑顔は好きだった。この広くて冷たい城で唯一愛をくれた笑顔だったから。
「お前は母親に似て優秀になるだろうなぁ」
大きな手のひらが頭を撫でる。やや乱暴で、節くれ立った手だったけど、その手が好きだった。
しかし、やがて正妻との間にカイトが産まれた。
どこか他人事に感じつつ、きっとこの弟が王になるのだろうと、ぼんやり思っていた。この頃にはもう王族の力なんてなく、貴族の世が完成していた。父はお飾りの王だ。
城ではカイトが産まれてから全てが変わった。
以前は跡継ぎが俺しかいなかったこともあり、一応周りから王子として扱われてはいた。それがカイトが産まれた途端、俺の扱いは道端のゴミとなった。
廊下を歩けば押し飛ばされ。食事は思い出した時しか与えられず。服は燃やされ、自分で残り一着を洗い回す。
正妻が子どもの存在を盾に迫り粘ったらしく、父は正妻やカイトの方へ行くようになった。俺を庇う人は誰もいなくなった。
――ついに、俺一人。
それと同時期に、俺は頻繁に風邪をひき始めるようになった。はじめは不健康な生活が原因かと思ったが、症状から見るにどうもそれだけとは思えない。
身体は重いし肺も苦しい。胸部の痛みに悶えて、咳をしてやっと少し楽になる。しかし口を抑えていた手にはべっとりと血がついていて……。
自分は長く生きられない。そう悟った。
―――――――――
父は楽観的な人間だと思う。王としても、父親としても、全てに楽観的。自由に王族として育てられたこともあるだろうが、あれは生まれ持った個性なのだろう。
だからいくらか俺が成長してからは『タイガなら多分大丈夫だろう』と放置していることもなんとなくわかっていた。
カイトを可愛いがって毎日遊んでいることも理解できた。
たぶん、そうやって理解できたから。それを羨ましいとは、あまり思わなかった。
俺が病に苦しんでる間、カイトはすくすく成長して、俺よりも丈夫で立派な男に成長していた。カイトは真実を知りながらも俺を慕ってくれていたし、俺もカイトのことを憎んではいない。ごく普通の関係だと言えた。
「タイガは優秀な民族の血を引いてるんだよな! なぁなぁ、俺が知らないような剣技をやって見せてくれよ!」
カイトは剣術が得意で、欠片の悪意もなく期待の眼を向ける。だが身体を動かすことはきついから苦手だ。正直にそう伝えても、じゃあ勉強を教えてくれと俺について回った。
ゴミのように扱われている兄を追い回して何が楽しいのだろう。そう思いながらも邪険にすることはできない。カイトは正当な血筋の王子だ。断れば周りから「無礼だ!」といわれてしまう。
……残念なことに、断らなくても「無礼だ」と言われるのが現実なわけだが。
そんな俺にも楽しみはあった。
昔は父との内緒話だったが、この頃は城下へ出ることが自分の至福の時間だった。使い回された服は良い塩梅にヨレヨレで、街に出ても王族とは思われない。
貴族の搾取に苦しむ街を歩くのが、いつも楽しかった。
誤解のないように言っておくが、決して苦しむ顔を見るのが好きなのではない。苦しみながらも生きようと前を向く国民の姿に、自分を重ねて勇気をもらえたのだ。
だから、だから。
俺はこの国が好きだ。
どれだけ苦しんでも戦い続ける。
気高く強い人々。
その姿に救われた。
今度は俺が救う番だ。
「この世界が平和になるように」
強く気高いこの国の人々が、何の憂いもなく暮らせる世界を作りたい。見たい。
……俺の命が尽きる前に。
―――――――――
人から理不尽な暴力を受ける日常には慣れない。
いくら頭で仕方がないことと理解していても、ストレスを感じずにはいられなかった。そのストレスは病気をより悪化させていく。
このままでは本当に死ぬかもしれない。
吐血の回数が増えていく日々に恐れを抱いた。
死ぬのは怖くない。だが、平和な世の中を見る前に死ぬのは怖い。
そんなある日、父と正妻の間にもう一人子どもが産まれた。フローラだ。女の子ということもあり、皆フローラを愛で可愛がった。それこそカイトとは比べ物にならないほどに。
俺もこの時ばかりは産まれたての赤ん坊に目を奪われた。カイトの時は何も感じなかったのに、フローラは可愛くて仕方がなかった。
――その頃だ。【あの人】が俺の前に現れたのは。
フローラが生まれてから、俺は以前にも増して居場所を失った。放置から暴力へ。カイトは庇ってくれるが、それは周りの怒りを助長するだけ。父はフローラに付きっきりで、関わりはここ数年なくなっていた。そうして隠れて暴力を振るわれる毎日。
その日も服で見えない場所に痣をつくられ、蹲っていた。咳が止まらず、目も見えなくなるほど病も酷かった。
「可哀想に。大丈夫だ、すぐに助けてあげよう」
【あの人】はどこからともなく俺の目の前に現れ、一粒の薬で俺を救ってくれた。咳は止まり、健康体のように活力がみなぎる。痛みも和らぎ、世界が輝いて見えた。
「あなたは、誰……。神様か?」
まだ考えが幼稚だった俺はそんなことを言った覚えがある。すると【あの人】は笑ってこう言った。
「セカイ」
セカイ……世界?
「私は世界の代弁人。この世が望まれる未来を創造する、物語の作者だ」
セカイの顔は慈しみに溢れていて、いつか見た父の顔に似ていた。
それにしても、未来を創造する存在だなんて俺には非現実的に思えた。宗教か何かでいう象徴のようなものだろうか。しかしどうも、このセカイは本気で言っているらしい……。
「タイガ。一緒に私と未来を創らないか」
そんなこと本当にできたらどれほどいいか。無力な自分にはそんな力はない。
この訳のわからない人は、訳のわからない存在である俺を揶揄ってる。そう思った。
でも――
「君の死の運命を変えることはできないが、延ばすことは出来る。知恵も力も私が与える。その力で君が望む【平和な世の中】を創ればいい」
「……。そんなこと本当にできるのか」
「できる。平和が世界の望みであり、私の望みであり、タイガの望みだから」
このまま無力を憂いて死ぬくらいならば……
俺は世界の代弁者だろうが悪魔だろうが、何にでも手を出そう。
「ははっ……」
乾いた笑いに心臓が少し滲みる。
「私と世界の物語を創ろう」
俺はその手を取った。




