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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
7章 武道大会編
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第1話 引退




<ライトside>



何を利用してもどんな手を使ってでも力を手に入れるだとか。全てを壊して作り変えるだとか。そんな凄いこと――悪く言えば極端なこと、俺は自分に向いてないと思う。

無力さを克服する方法はきっと一つじゃない。なら、俺は俺らしい方法を探したい。悪いとは決して言わないけど……極端な方法は好きじゃない。


ふわっと暖かい風が吹き抜ける。春めいた気温が心地よくて、顔の力が抜けて口がほころぶ。

結城が、この季節はナッチメイルでサクラという美しい花を見ることができるとか言ってたな。鈴蘭に見せたらきっと喜ぶだろう。彼女は花が好きだから。


「ライト」


少し硬い声が俺を呼んだ。妄想から我に返り前方へ目を向けると、声色と同じように硬い顔をした先輩がいた。


アレアさんに後遺症が残ると聞いてからしばらく経つけど、その日から今日まで先輩のことは出来るだけ避けてきた。ヒスイのことがあった時は少し気が紛れてたけど、何でもない時に先輩と顔を合わせたら、たぶん、いや絶対顔にでてしまう。


「先輩……、お久しぶりで」

「ん、久しぶり久しぶり。

半刻後、大事な発表があるから兵士一同演習場に集合だって」


しかし先輩の態度は明らかにいつもどおりでなかった。そっけなく、目線も合わない。俺の事は目に入っていないみたいだ。いつも感情を笑顔で隠す先輩にしては、珍しい。

言葉を掛ければよかったかもしれない。けれどそれで俺のボロが出ても困るし、藪蛇だと困る。つまり話しかけることで厄介なことが起きると嫌だからという自分勝手な理由で俺は先輩に何も言えなかった。


「わかりました。ありがとうございます」


何も気づいていないふりをしてお礼を言って、結城にも教えなくてはとその場を離れた。




………

……



兵士が全員呼び出されるという大事に、合同演習でもするのかと思っていた。けれど前に立つ軍部大臣のカイト様は深刻な雰囲気を出しているし、そのせいで皆が神妙な空気になって静かに時間が過ぎる。

居心地が悪くて周りを見回すと、カルセさんやノバラさん、先輩、ヒスイ、鈴蘭もいた。


カチッと時計の針が定時を指した。


「さて。皆に集まってもらったのには、重大な発表があるからだ」


気質なのか、カイト様は秒針までピッタリの時間に口を開いた。


「本日をもって、スラン騎士隊隊長、アレアは隊長を引退する」


「……えっ」


頭に雷が落ちてきたかのような衝撃だった。一拍遅れで息が漏れたような声をだしてしまう。


アレアさんが、引退――

それは絶対にロベリアとの戦いで負った怪我のせいだ。ホタルさんが言っていた後遺症を背負ったままスラン騎士隊を今のように率いるのは難しい。


「次期スラン騎士隊の隊長には……」


以前鈴蘭たちが特別講習だとかをしていた時、カルセさんがスラン騎士隊の代表的な役割をしていた。だからカルセさんが次期隊長になるかと思ったが、名前が上がったのは俺の知らない人。


聞き覚えのない名前は頭を通り過ぎ、残ったのは後悔ばかりだった。


あのナッチメイルで、俺が一番弱かった。足を引っ張った。もしも俺の代わりに結城がいたら、カルセさんがいたら。

アレアさんが一人でロベリアに挑むことはなかったかもしれない。


「以上」


気が付くと話は終わっていた。

周りを目だけで見渡すが、俺以外の兵も驚きから戻ってこれていない人が多かった。


解散し、なんとなく動けない俺のところへ結城が近づいてきた。


「……。お前のせいじゃねーよ」


ため息交じりの声に結城の方を見ると、いつもと変わりないクールな表情で頭を掻いていた。結城が慰めてくれるほど、俺は酷い顔をしていたんだろうか。


「本当は分かってるよ。でも、自分を責めたくなる」


それはきっと、先輩の方が強く感じてるはずだ。俺と同じであの時アレアさんの近くにいた。俺以上にアレアさんと仲が良かった。

先輩の姿を探したけど、もうその場にはいなかった。




**********




<ヒスイside>



ナッチメイルの訪問に参加したメンバーは何となく察していたことだった。アレアさんが一命をとりとめたことさえ奇跡だと思えるほど、あの時は危ない状態だった。見ることさえ躊躇われる傷が塞がったこと、日常生活は普通に送ることができること、それが叶ったことを喜ぶべきだ。アレアさんの回復力と、ホタルさんの医療技術のおかげだ。


でも、きっとアレアさんは納得しない。彼の本当の目的はセン王子――ショールさんを守ること。

戦えない体になったことを一番悔しく思っているのはアレアさん本人だろう。


「お、ヒスイじゃないか」


廊下を歩いていると、部屋から出てきた一人の騎士が片手をあげて声をかけてきた。服装からしてスラン騎士隊の人だ。

一瞬誰かと思ったが、すぐに記憶を手繰り寄せることができた。


「ネロさん、お久しぶりです。それとスラン騎士隊の隊長に就任――」

「ああ、それ以上は言わなくていい。お互い心中は複雑だろうからなあ」


ネロさん、彼は僕が指導役で短期間スラン騎士隊に関わった時に一番よくしてくれた朗らかな騎士だ。あの時は父の事で手一杯だったから、思い出すのに時間がかかってしまった。明るく周りを引っ張る人なので、隊長として不足はなさそうだ。少なくとも、父よりずっといい人には違いない。


「引き受けたからには、俺も隊長を頑張るさ。

でもな。俺はアレアさんほど生真面目でもないし、強い剣筋ってわけじゃない。正直この話が来た時お調子者の俺でいいのかって思った」


ちょっとした愚痴みたいなものなのだろう。本気で嫌がっているわけではなく、ネロさんらしいおどけた様子で苦笑していた。

そこへスラン騎士隊の方たちが数人来て、彼の背中をバシッと叩く。


「新タイチョー。ヒスイを困らせんなって」

「ネロなら大丈夫だろ」

「挨拶があるだろ。早く詰め所行こうぜ」


激励して詰め所の方へ歩いていく騎士たちに、僕らは顔を見合わせて笑ってしまった。


「弱音言ってる場合じゃなさそうだな。よっし、頑張るか」

「はい。僕も何かあれば力になります」

「ありがとうな」


アレアさんのことも、ショールさんのことも気になる。でもこの二人のことは、ホタルさんを含めて本人たちにしかわからない複雑なものがある。黒い本でそれを知ってしまっているのは、ある意味反則業だ。だからあえてこの件に首を突っ込むのは良くないような気がしていた。

せめて巡り合わせで知り合ったスラン騎士隊の騎士たちの力になろう。


「おーい、早く来いよ。ネロ・ガーネット隊長」


先に行っていた騎士が茶化しながら呼びかける。


「はいはい、行きますよ」


ネロさんは律儀に僕に手を振って、彼らの方へ走っていった。

僕も執務室に戻らなければと歩きだしたが、頭の中で何かが引っかかった。


「ネロ・ガーネット……。ガーネット?」


知ってるような、でもどこで……。

なんとなくもやっとしたが結局思い出すことは出来ず、気のせいだと片づけて仕事へ戻った。




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