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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第15話 さいご




【第十四話 さいご】




セカイのシナリオ通りに進めるため、ロベリアは真実を見た。





「どうして涼花に薬を飲ませなかったノ?」


獄中にいるホタルに向かい、ロベリアは問いかける。ホタルの目には彼女の表情は不満そうでありながら安堵しているように映り、気持ちを推し量りかねた。だからその表情に気づかなかったことにし、冷静に答える。


「こうやってあなたが来てくれると見越していたからですよ」

「……。言っておくケド、ボクができることにだって限りがアルからネ」


ロベリアの顔が不満さに傾く。

それを見少しだけ笑ってしまった。ホタルにとって彼女はあまり接点のない相手だったけれど、今この状況この立ち位置で、ロベリアこうして感情に振り回されている。それはきっと、涼花のことを大きな存在だと思っているからなのだろう、と。だとすれば涼花は最後にとても良い友人を持てたのではないか、と。


「私は薬学を学んでね。仮死の薬を作ったんだ」


そうして小さな錠剤を取り出して見せた。


「私と涼花を今晩同じ牢獄に入れてほしい。そこで涼花に記憶を失う薬を飲ませたあと、仮死の薬を飲ませる」

「目を覚まして生き返ったら記憶を失ってると、そういうことカナ」

「そうだよ。あなたには、目覚めた後私と涼花が自分で逃げれるような場所に移しておいてほしいんだ」


その点はもちろんそうするつもりだった。というのも、涼花とホタルは今後の展開に必要だから死なせるなというのがセカイからの命令だったからだ。だからホタルの計画はロベリアにとってもありがたいことだった。


「いいヨ、わかっタ」


そう言ってホタルを牢獄から出して、涼花のいる牢へと案内する。相変わらずぼんやりしている涼花を二人はそれぞれの思いを抱きながら見て、彼女の牢の扉を開けた。


「ハイ、ここ――」


丁度その時、離れた場所から随分主張の激しい足音が地下に響いた。聞きなれた音に、ロベリアは顔をしかめる。


「おや。どうしてホタル王子は牢から出ているのでしょうね?」


現れたのはリリー本人だ。

リリーは元々王が嫌いだったが、排除するのに苦労する相手とは思っていなかった。真に警戒していたのは、ホタルだ。幼いながら着々と権力を手にしていたホタルに、自分の今の座が奪われるのではないか。それを恐れたからこそ、彼の唯一の弱点である涼花を攻めた。それは予想以上の効果だったわけだ。

自分の圧倒的勝利に浮かれ、ホタルの無様さを見るためにここまで来たのだ。


「まぁいいです。何をしたところで結果はもう覆らない。私の勝ちだ」


高笑いしてしまいそうなのを抑え、リリーはホタルを嘲る。

――涼花の変化に気づくことなく。


「……リ、リー!!」


今まで感覚を失い壊れたように殺してほしいとぼそぼそ呟いていた涼花が、突然叫び走りだしたのだ。

それは誰も予想していなかったし、咄嗟に対応することが出来ないほどの速さだった。


涼花はリリーの方へ走る途中に、ロベリアが携帯していたナイフを引き抜き、その銀色にきらめく刃を突き出した。憎しみを、後悔を、自分への嫌悪を、何よりもリリーへの殺意を向けて。

リリー本人も。ロベリアでさえ、涼花の行動を止めることが出来なかった。頭で状況を理解したところで、身体は追いつかない。



鮮血が飛び散り、仄暗い地下の壁を染める。



涼花の手に確かな手ごたえと、苦痛に満ちた呻き声。


「っ…か……は………」


みるみるうちに涼花の目に光が戻る。そこには先ほどまでの激情はもうなかった。

ただ――


「………………え?」


目の前で崩れ落ちるホタルに、混乱していた。


手が赤く染まっている。ホタルが苦しそうに喘いでいる。地面に血が広がっていく。そしてまだ残っている肉を貫いた感触。

違う、違う、違う違う違う違う違う。


「ちが…ちがう……」


カランと甲高い音を立てて、ナイフが地面に落ちる。

どうしてホタルが刺されている。どうしてリリーは無傷で茫然としている。どうして自分はここにいる。


どうして私はホタル様を刺した?


「涼花……、ごめ……ん」


ホタルは力が無くなっていく身体を奮い立たせて、涼花に手を伸ばす。涼花を傷つけたかったわけじゃない。ただ、ここでリリーを殺してしまえば、涼花はまた人の命を奪ったことに罪悪感を抱く。理性なく、感情だけで動いた自分を永遠に許さないはずだ。

だから頭で考える前に身体が動いていた。


こうして刺された今でも、痛みより涼花が久しぶりに自分を目に映してくれたことに喜びを感じている。

これが周りから見れば歪んだ感情だったとしても、嬉しいものはしかたがない。


「だから、そんな、悲しそうな顔……しないで」


思わずこれからしたかったこととか、生きたいとか、そんなこと全部どうでも良いと思ってしまうくらいに満たされた。ホタルは丁度良かったのかもしれないな、と内心笑う。どうせ今の"ホタル"は死んで、目覚めたら新しい"ホタル"に生まれ変わる予定だったのだ。


「(涼花の手で"僕"を終わらせることが出来る)」


流石に血が少なくなってきたのか、意識が朦朧としてくる。ぼやけた視界の中で、涼花が泣きそうに叫んでいるのとロベリアが必死に応急処置しているのが見えた。

あとのことは、このオッドアイの少女に任せよう。

ホタルは深い闇の中へ沈んでいった。



―――――――――――



ロベリアは焦った。

ホタルが死んではセカイの命令を果たせない。


「ちょっと死なないデヨ!?」


応急処置をしながら、リリーと涼花の存在を思い出し今からどうするかを考えた。本当に厄介な案件を丸投げして逝ってくれたもんだと内心悪態をつく。


涼花は周りを気にする余裕もなくパニック状態だった。


「いや、やだ! ホタル様!

殺してっ……! 大切な人を手にかけて、もう、私は……!」


彼女にとってホタルが全てだった。その人を傷つけてきたことに後悔して狂い廃人になった。いいや、フリをした。人は簡単に狂ったりしない。狂って壊れた方が考えることを放棄できるから壊れたフリをしていたのだ。……そんなこと、誰よりも涼花自身が良く分かっている。


でも今ばかりは本当に頭がどうにかなりそうだった。

自分が、愛するホタルを刺した。


「――なら、全て忘れさせてアゲル」


ロベリアは仮死薬の錠剤を涼花の口に突っ込み、それを忘却の薬でのどへ流し込んだ。

涼花は突然のことで思わず吐き出しそうになったが、ロベリアは口も鼻も塞いでそれを許さなかった。そこまで強制されてしまうと、外ではなく内側に入っていってしまう。涼花は二つの薬を飲み込んだ。


「げほっ、ロべ……ア?」

「涼花、大好きだったヨ。ボクのトモダチ」


震える声に涼花は目を見開いた。ロベリアの顔が泣きそうだったから。そんな顔見たことなかった。強くてどこか俯瞰しているような彼女は感情的になることはなかった。なのにどうして悲しそうなのか。


ぐらりと頭が重くなる。


「ロベリア、何をしたんだ!」


やっと我に返ったリリーがこの状況に焦り、ロベリアに掴みかかる。

それを冷たい視線で見返して、その手を振りほどいた。まるで汚いものを捨てるように。


「どうせ明日には二人とも殺す予定だったんですヨネ。それが早まったダケ」


最後の仕上げとしてホタルの口にも仮死の薬を入れて側にあった水で流し込む。これでリリーの目の前で二人が死んだことになる。

丁度涼花に薬が回ったらしく、彼女は地面に倒れこんだ。


「今二人に毒を飲ませタ。もうじき死ヌ」

「大衆の前で処刑することが大切だったというのに……!

チッ、とはいえしてしまったものは仕方がない。その死体はお前が処理しておきなさい」


興が削がれたというように舌打ちそしてリリーは地下を後にする。この展開はロベリアにとって実に都合のいいものだった。セカイの命令でリリーの下についたが、待遇といい態度といい人間性といい、気に入る点は何一つなかった。これからも長い付き合いになるだろうが、今くらいは従順でなくてもいいだろう。


さて、あとはホタルの傷を治療して、二人を処理すると見せかけて外に逃がして、目覚めた二人には逃げてもらって。


「(でも涼花は目覚めたら記憶喪失の状態なわけダカラ、どこに運べばイイのかネ。セカイサマに確認しなキャ)」


あれこれ今後のことを考えていると、小さく声が聞こえた。ハッと振り返るとそれは涼花からだ。まだ仮死状態になっていなかったことに少しばかり驚く。


「涼花……?」

「ロベリア、あのね……」


もう本当にギリギリ、最後の力を振り絞っている状況なのが見て取れた。それでも必死に口を動かす涼花にかける言葉は見つからず、黙って聞いているしかない。


「私、も――だいすき。ひとりだけの、ともだち、だったよ」


目から光が消えていく。

もたげていた頭がかくんと地面に落ちて、最期に浮かべていた笑顔が消える。


「すずか……っ、涼花!」


卑怯だ。最期に言い逃げしていくなんて。

これはただの仮死状態になっただけだ。しかし涼花はもう確かに死んだのだ。目覚めたときには彼女はもう涼花じゃない。


そんな涼花の、ホタルが全てだった涼花の、一番最後が……


「ボクを見て、ボクへ言葉をくれタ……」


ズルい。卑怯だ。ホタルでもアレアでもセンでも親でもなく、ロベリアに。

"ともだち"だと、"だいすき"だと。


突然手の上に水が落ちてくる。雨漏りだろうかと思ったが、それが自分の目から出ていることに気づいて息をのむ。そっと目元を触れれば、やっぱり確かに目から涙が出ている。


涙なんて知らなかった。感情なんて、愛なんて、必要なかったのに。


「っ……」


過去と今と、涼花との思い出を回想すると自然と涙と声が漏れ出る。

ロベリアは初めて声をあげて泣いた。




―――――――――――




翌朝心中したように見せかけ噂が流れるようにした後、リリーからの指示通り二人を処分したように見せかけた。ホタルの傷はセカイが持つ技術力で治し終わっている。二人は別々に、セカイの指示通りの場所へとその身体を運んだ。

目覚めた二人はそれぞれ新たな物語を紡ぐのだろうと思いながら。


ただ涼花をカラア民族の村の近くの森に置いていくとき、ロベリアは一輪のスズランの花を側に添えた。


いつだったか涼花が言っていたのだ。


『私の名前はスズランが由来なんだって。それでね、スズランの花言葉は"幸福の再来"なんだ』

『へぇ、なんかイイネ』

『ホタル様がこの花言葉教えてくれた時に言ってた。

これから辛いこと、悲しいことがあっても、きっと幸せになるって』


それは涼花が男装を初めて、綺麗だった髪をバッサリ切った時のことらしい。ホタルはそう言いながら、男装でもかわいらしさが出るデザインの鈴の髪飾りを渡してくれた。涼花は嬉しそうに語る。


『だからスズランが植物の中で一番好き』


"幸福の再来"


とても涼花に似合っていると、ロベリアも思う。人より辛い思いをしても、彼女は愛されて幸せになってほしい。きっとなるだろう。


そんな想いをのせて。




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