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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第14話 暗くて歪んだ物語




【第十三話 ひとつの結末】




本当は忘れないでほしい。

たった一人の、大切な、大切な、友達。



………



ロベリアの物語は、貧民街で人を殺した時から始まった。貧民街では盗みも殺人も日常茶飯事、そうしなければ自分が死んでしまうからだ。

子どものロベリアは物心ついた時からそうやって一般的に悪事と言われることをやって生きてきた。生きるために生きてきた。誰かに愛されなくてもいい、贅沢できなくてもいい。生きたい、生きていたかった。


そんなある日のことだ。自分が調達した食料を奪われ、自分よりも一回りも二回りも大きな大人の男に理由ない暴力をふるわれた。

自分はこのまま死んでしまう。死んでしまう。この時、初めて本気で死への恐怖が駆け巡った。


死にたくない。


一心不乱に抵抗して、獣のように吠えた。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


殴り、蹴り、咄嗟に拾った鉄の棒を相手に振り下ろす。

死にたくないから、怖いから、生きていたいから。相手がぴくりとも動かなくなっても、その手を止めることは出来なかった。


――まだ動くかもしれない。

――また殺されるかも。

――この手が私の首をへし折るかも。

――この足が私を踏み抜くかも。


怖いから、おそろしいから、潰せ。

無我夢中に鉄の棒を振り下ろし、跡形もなくなり人の形を留めなくなった頃に、ロベリアはやっと安心して手を止めた。


「はっ、は……」


怖いものは乗り越えられた。他でもない自分の手で、撃退できたんだ。


一気に溢れる安堵感から、ロベリアはへたりこんで笑いを零した。今度からこうすれば怖いものを消せる。そう出来る力が、自分にはある。何も与えてくれなかった残酷な神様が、一つだけくれた【カラア民族の血】という贈り物。


他の人よりも優れた血、優れた能力、優れた体力。


腕の傷から流れる血に優しいキスを落とした。



………



両親の顔も知らない。気づくと貧民街で生活していた。ただ自分について知っているのは、自分がロベリアという名前だということ。そしてカラア民族とネイコ人のハーフであることの二点だった。それ以上に自分について語れるものはない。


ロベリアの見た目は毒々しく、いかにも別の血が混じっているのがありありとわかる姿をしていたためか、突っかかる人も多かった。人より危険が多い中で、人より敵を作ってしまう。それも見た目というどうしようもできない理由。それを理不尽を嘆くには、ロベリアは幸せを知らなすぎた。


人を殺した一件以来、ロベリアは死への恐れから自分に敵意を向ける相手は徹底的に叩きのめして潰すようにした。防衛のためにしていたその行為は繰り返すうちに快楽となり、人を甚振ることに興奮を見出すというおぞましい嗜好と成り果てた。


「アハハ……」


日が当たらない暗い貧民街の一画で、地に濡れた少女が笑う。それは楽しくてじゃない。見えない未来に絶望したのだ。

いつまでこの生活が続く。いくらその日を、今を生きるのに必死だとしても、希望もなければ生きることにさえ恐怖を感じてしまう。


「ねぇ」


ぼうっと考え事をしていたとはいえ、近くに人がいることに気づけないロベリアではない。しかし声をかけられるまで人がいることに気づかなかった。ぎょっとして声の方を見ると、布を被った小柄な人が立っていた。


「こんにちは、私はセカイ。私と一緒に来ない?」


これがセカイとの出会いだった。



………



セカイはロベリアに何一つ事情を離さなかった。その名前と同じ【セカイ】という組織があることをロベリアは自然と知ったが、それを聞いてもセカイは何も話さなかった。

それでも構わない。

独りぼっちだったロベリアに、世界は知識を与えた。技術を与えた。そして愛情を与えた。初めて知った幸せを、ロベリアは狂おしいほどの感情を持って大切にした。


タイミングが良かったからあの手を取ったのか。それとも初めて敵視せずに求めてくれたから選んだのか。セカイについて行こうと思った理由は未だにわからない。けれど後悔はなかった。


主人であるセカイがブレーンであるのなら。【セカイ】のメンバーがセカイの手足であるのなら。自分はその二つをつなぐ神経になろう。

だから、リリーのもとで働くように命令された時も何の不満もなく従った。リリーに王の器がないことは見ていれば何となく分かったが、セカイに何か考えがあるなら疑問を抱く余地もない。


しかし一つだけ心を惑わせるものができてしまった。


セカイの次に、ロベリアの見た目を忌々しく思わなかった少女。真っすぐで高潔な、心優しい剣士。初めての友達。そして相棒。


セカイが彼女を中心に世界を回そうとしていることは知っていた。知っていたから近づいた。それなのに、情が湧いてしまって余計な葛藤を持ってしまった。

正直に打ち明けてしまえば、ロベリアは涼花ことが大好きだ。それはもう、余計なことまでアドバイスしてしまうほどに。元気がなければ自分のことよりも心配になるくらいに。


大好きな、友達なのだ。

忘れてほしくない。一緒に過ごした記憶を、消したくない。


――涼花を、私から奪わないで。


声に出して言いたくても、それをしようとしているのはロベリアの主人なのだ。小さく息を吐いてから、言葉を飲み込む。


ホタルが涼花の記憶を消すことに躊躇してくれたら……

消したくないと言ってくれたら……


セカイのシナリオ的には許されないことだが、ホタルがそれを選んで強行してくれたとしたらどれだけ嬉しいことか。壊れた涼花でもいい。継ぎ接ぎでもおもちゃみたいでも、一緒にいた涼花が側にいてくれたらそれでいい。


だから、忘れないで。




――――――――




センたちを送ったホタルはどうすれば涼花を無事にこの国から逃がし、その後の人生を自由にさせることが出来るかを必死に考えた。

考えろ考えろとその出来の良い頭を回転させるが、焦りが冷静さを奪い良い案をひねり出すことが出来ない。


「センの存在がこんなに自分に安心をもたらしていたとはね。自分ながらに驚く……」


けれどもう弟はいない。反省も後悔もしていない。ホタルの中では、ここ最近の中で一番素晴らしい行動だったと思っている。


「涼花を――」


小瓶は手の中にある。ロベリアの言葉が頭の中で反芻する。

記憶を消す、それは"涼花"という人格の"死"。

人というのは記憶でできているのだろうか。何がその人をその人たらしめるのか。

そんなことわからない。でも涼花は涼花で、たとえ記憶が無くなってもその人であることは変わらない。……そう思うのに。


「(そんな道徳の勉強みたいなこと、どうでもいい。涼花が消えてしまうことに変わりない)」


欲望に正直になってしまえば、記憶を消すなんて嫌だ。涼花が自分を忘れるなんて考えるだけで気が狂いそうになる。自分勝手だと周りに罵られても、涼花を宝箱に閉じ込めて自分もその中に入って永遠に出たくない。なんて。わがままな子どもの戯言だろう。ホタルは自分が一瞬でも抱いた理想に自嘲する。

本来ならホタルの年齢はまだ子どもと言っても良かったはずだったが、ホタル自身も周りも彼を子どもと思わなかった。


「(本来僕はわがままなんだ)」


涼花に覚えてもらいたい。涼花に生きていてほしい。センと仲良く暮らしたい。両親に愛されたい。周りの人から心からの笑みを向けられたい。ネイコの王になりたい。国民を幸せにしたい。この国を良くしたい。――この世界を良くしたい。


「諦めない……」


全ては無理かもしれない。それでも傲慢に手を伸ばしたい。

今は叶わない。それならば


「全てを、壊して」


全てを作り替えよう。




――――――――――




【これはこの物語の一つの顛末。】



その日の夜、とうとうクーデターを起こしていた兵は城まで上り詰め、王と女王と第一王子を捕らえた。第二王子はクーデターに巻き込まれて死んだと世間に発表された。隔離されていた第一王子の側近も同時に捕らえられ、明朝には全員死刑になることが決定した。それを指揮していたのはリリーだ。彼は国民の支持を得て、民意を笠に王族を根絶やしにするよう誘導したのだ。



しかし翌朝、第一王子とその側近は獄中で心中した。



二人寄り添うように静かに息を引き取っていたのが兵士に発見されたのだ。

なぜ同じ牢獄にいたのか。本来別の部屋に監禁されていたはずだったのだが、リリーの使用人が特別に最期の一晩を一緒過ごすことを許したからだ。


王子の方はナイフで腹部を貫かれており、少女は毒物を飲んで息を引き取った形跡があった。新聞では、『側近が王子の名誉を守り自分も後を追ったのだ』と妙な感傷を生む記事が書かれた。今まで王族を敵視していた国民はその事件により一瞬ばかり冷静さを取り戻したが、その頃には王族の処刑は全て終わっていた。もう敵はいなくなった。リリーが中心の政治が始まる。本来ならば喜びに溢れるはずだったのに、まだ幼かった少年と少女の最期を想えば素直に喜ぶことはできない。


――多くの命が奪われたクーデターはそうして静かに幕を閉じた。





「なんて歴史、本当に真実だと思ウ? そんなはずないよネ」





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