第12話 涼花崩壊
【第十一話 ネイコクーデター】
ホタルは足掻き。
センは自分の無力を悔やみ。
アレアは父親から妹失踪の事実を隠され憂い。
涼花の父は国のためだと王の言葉を信じた。
リリーはセカイの言葉を妄信し。
ロベリアはリリーに従うふりをしてセカイの指令を着実に遂行する。
そして涼花は、セカイに操られる二人に翻弄されて自分を失っていた。
様々な思いが交錯し、愚か者が愚か者に騙され、すれ違いが大きな溝を生み、過ちは取り返しのつかないところまで来た。
ネイコの疫病は留まるところを知らず、被害は拡大していく。
そしてとうとう決定的な事件が起こった。
「新薬が出回っている!?」
王は思わず叫ぶ。
それもそのはずだ。新薬開発を担当していたリリーは、新薬はまだ完成していないとずっと報告していた。もし完成したとしても、まず初めに王のもとに報告が来るはず。
開発され次第国中に配ろう。そう思っていたのに。
「誰かがリリーよりも早く新薬を開発したということか?」
「い、いえ……それが……」
報告に来た騎士も躊躇いがちに、慎重にその言葉を紡いだ。
「リリー公爵が、自ら無断で配ったようです。しかも酷い嘘の情報を流しながら」
――――――――――
とある村の広場には、村人が集まっていた。
「リリー様が配った新薬のおかげで私の息子の病気が治ったのっ!」
「リリー様には感謝しかねえぜ。しかも、どうも酷い話が流れてるじゃぁねえか」
「それ聞いたわ。リリー様は開発した新薬を国民に配ろうとしていたのに、国王がそれをさせず貴族に高額で売りつけていたんでしょう!?」
「最低よ。国王がそんな人だったなんて!」
「本当だっ……。もしもう少し早く薬が配られていたらカミさんも助かったかもしれないのに……!」
村人たちはふつふつと怒りを募らせる。
「今の国王って、今まで何の対応もしてくれなかったわよね」
「疫病だけじゃない。飢饉だって何もしてくれなかった!」
「たいして優秀という話を聞いたこともねぇぜ」
「無能な上に国民のことも何にも気にしてない!」
「こんなヤツが国王でいいのか!?」
次から次へと出てくる王への批判が、どんどんと大きくなっていく。
「いいや。あれが王であり続ける限り俺たちに未来はない」
「おれたちが変えるんだ。この国を!」
「新しい王を据えて!」
「変えよう、変えよう! この国を私たちの国に……!」
「リリー様を国王に!」
―――――――――――
そうして風雲急を告げる。
悪者は国王。正義はリリー。そんな構造だととらえた国民の行動は早かった。
各地で一斉蜂起がおこり、争いが争いを生む。目指すは王宮。王族を全員つるし上げろと叫んでいた。
リリーが涼花たちに王族派の貴族を始末させていたこともあり、そのクーデターは沈静化することは出来なかった。王が何度話をしても、何度命令をしても、国民は聞こうともしない。やがて王城内でも国王の影響力は衰退していった。当のリリーは突如王城から姿を消した。
ひとつの置き土産を残して……
「あ……ぁあ…」
炎と人の叫びが辺りを包み込む。
爆発に巻き込まれて瓦礫の下敷きになった人。炎に焼かれて黒い炭と化した人。王宮を守るために戦ったものの、蜂起した村人の鎌に切り裂かれた兵。
混沌とした王都を見て、涼花は全てを悟った。
「私は……私がやってきたことは……」
騙されていた。自分が殺していたのは反王族派などではない。
リリーは国民という火薬に火をつけた。しかし王族の逃げ道を奪ったのは、外堀を埋めていたのは、他でもない自分だと。
この惨事は自分が引き起こしたのだと。
「こんな、つもりじゃ……なかった……」
なんて……何を言ってもいい訳にしかならない。ホタルのためだと言って、悪を正当化してきた自分が、言えるはずがない。知らなかったと言っていいわけがない。
思考を放棄して、本能に任せて、まるで悲劇のヒロインを装って、他に手段がないなんて思いこんで。
いくらでも道はあったはずなのに。リリーの言葉を疑って調べることだってできたはずなのに。リリーを斬るという手段だってあったはずだ。
なのにしなかった。
仕掛け人形のように回されたネジの分だけ進む。
ロベリアのように、悪を正当化したことを肯定していれば、何か違ったのだろうか。
涼花はただ、リリーが命じるからと。ホタルのためだからと。正当化しておいてその実責任は人に押し付けていた。
「私は……」
しかしそれを責める者はいない。
涼花の行いは誰からも知られていない。周りから見れば、少し優秀な12歳の女の子。
「う、あ」
自分が悪い。責任を押し付けた。
なのに誰も自分を責めない。
また彼女の前で人が死ぬ。
涼花の心は音を立てて壊れた。
絶望で白く染まった髪。場違いな涼やかな音を鳴らす鈴が、戦場に響く。
白髪の少女はリリーから捨てられ、戦場のど真ん中で立ちすくんでいた。
――――――――――
ホタルは知らせを聞いて急いでその部屋へと向かった。
「涼花!」
一年ぶりの再会。夢にまで見た最愛の側近。生涯にたった一人と思っている女の子。
最悪を想像しながらも、どうしても嬉しさを消すことはできない。
王子にあるまじき姿と思われようと、ホタルは全力で城の廊下を走った。……この混乱の中では、それを見咎める人さえ出払っているが。
気絶している涼花を王都で発見したと連絡が入ったのが数分前。
リリーに利用されていたのではないのか、どうして急に涼花を解放したのか。疑問は残ったが、まず初めに思ったことは『やっと自分の手元に戻って来た』だった。
「涼花!」
ドアを勢いよく開けて部屋に入る。
そこにいたのは、以前よりも痩せこけて瞳から光を失った少女。あの漆黒の髪も白く変わり、変わらないのは男装姿。
子どもらしさは薄れ、大人の女性に少し近づいた外見。
一年という時間の長さをありありと見せつけられた。
「よかった、涼花が帰って来てくれて。涼花……」
きっと辛いことがあったのだろう。悲しいこともあったのだろう。涼花にこんな仕打ちをしたリリーを許すことはできない。
けれど今は、涼花が生きて自分の目の前にいる。その事実を確認したかった。
ホタルは感極まって両手を涼花に伸ばすが――
「ホタル様ホタル様ホタル様。私が追い詰めた、私が傷つけた、私が一番の害悪だった。何が守りたいだ、何がホタル様のためだ。私なんかがホタル様の側にいたらだめだ。どうして私は生きてるの。私は命を奪ってきたのに。正当化? 肯定? ロベリアの言う通りだった。そんなことしても悪は悪なのに。もう嫌だ、消えたい、消えたい」
うつろな紅色の目は焦点が合っていない。ここがどこかもわかっていないようにさえ思える。
そしてホタルのことも見えていないように。
「涼花……!」
ホタルは少し強く名前を呼んだ。そして肩を掴んだ。
「ぁ」
「見て。僕だ、ホタルだよ。今までごめん、これからはちゃんと守るから。ここはもう安全だから」
やっと視界に入れた。
そんな喜びは一瞬だった。
「ホタル様……」
「なに?」
「私を――殺して」
何を言われたのか、わからなかった。
「涼花、なんで」
「ホタル様、どこですか?」
「え――?」
彼女の視界に入っているのに、涼花はそんなことを言う。訳が分からず、ホタルは固まってしまった。
「ホタル様が、見えない。ぼやけて視界が見えない。音も鈍い……」
「な……」
涼花は壊れていた。ネジを回しすぎた機械人形のパーツが折れて壊れてしまうように。使いすぎて摩耗した心は、身体は、もう元に戻らない。何より、彼女が戻ろうと思っていない。
「ころして」
もう手遅れなのだと、ホタルはやっと気が付いた。
――――――――――
「ホタルサン。こんにちハ」
独特な喋り方に振り返ると、毒々しい紫色の髪をした少女が立っていた。
涼花が帰って来たから数日。あの部屋には何度か足を運んでいるが、涼花の具合が良くなることはなかった。
国の状況も悪化の一途をたどっている。国王が何かしらの手を打とうとしているが、焼け石に水。なんの成果も得られないだろう。
ホタルはもうこの状況を切り抜ける策も、気力も失っていた。せめて大切なものだけは守り切ろうと――
「何か用ですか。ロベリアさん」
「ボクのこと知ってたんデスネ。流石はセカイサマが一番注目している男ダ」
「……。リリーの手下がこんな夜更けにどうしましたか。私を殺しに来たとか?」
それならそれでいいのかもしれない。国も家族も愛している人も、何も守れなかった自分になんの価値がある。天才だと謳われても、一大事に手も足もでないなら、全く意味がない。
「……。ホタルサンまで投げやりになっちゃったんダァ。その気持ちは分からなくないけどネ。そんなホタルサンに朗報ダヨ」
ちゃぷんと音を立てて取り出したのは、透明な液体が入った小瓶。一体何なのかとホタルは訝し気に眉をひそめた。
「これは"記憶を消す"薬ダヨ。これを涼花に使うとイイ」
「記憶を消す……」
ロベリアが何を言おうとしているのか、すぐに察しがついた。
涼花はもう壊れてしまった。殺してほしいというほどに。それならば辛い記憶を消してしまった方がいいのではないか。
「記憶を消ス。それは"涼花"という人格の"死"でもアル」
そう言って小瓶をホタルに握らせた。
「よく考えて、決断シテ」
闇に溶け込むように彼女は姿を消す。
時計の針は夜の1時を指していた。昼間の暴動が嘘のように静かな夜だ。
こんな静かな夜は、いつも涼花が話し相手になってくれたものだ。
「……」
ホタルはまだ、決断出来なかった。
人生はあまりにも残酷だ。ホタルは嘆く。
大切にしたいものは二つだけ。センと涼花。それ以外は何も望まない。自分の地位も、名誉も、命だっていらない。二人が幸せに生きてくれるのであれば……そこに自分がいなくてもいい。
それなのにどうして自分は安全な場所にいて、涼花は苦しんでいる。
いつもそうだ。自分は涼花に負担を強い続けてきた。女の側近では馬鹿にされるからと男装にしたのも、ホタルのため。植物の摂取が出来ないし、毒物には弱いはずなのに、毒を飲む練習をしていたのもホタルのため。
微笑みかければ微笑み返してくれる。彼女は優しさでできているから、あんなに眩しいのだろう。ふわふわと柔らかで、側にいるほど愛おしさが募る。
涼花が幸せなら自分の命も捧げるのに。
どうして、そう思っているのに、殺してくれなんて言うのだ。




