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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第11話 自分が自分の全てを肯定する

第十話




ネイコで流行している疫病。その新薬開発は、リリーに任されていた。けれどいつまで経っても開発される気配はない。しびれを切らした王は、リリーに催促した。


「新薬の開発はどうなっている」


「難航しております。ですが、もうしばらく時間をいただければ完成できます」


その言葉に、王は渋い表情を作った。


「涼花はどうしている?」


「もちろん、高待遇で住まわせております。ご安心ください」


「新薬開発に、涼花の体質が必要だというからお前に一時的に預けたんだ。用が済めばホタルに返してやってくれ」


「ええ勿論です」


リリーは内心高笑いしていた。なんと馬鹿な王だろう。どうしてすぐに人を信じるのだろう。


新薬開発に涼花の遺伝子が必要。……なんて、デタラメに決まっているのに。


「先日も申しましたように、みどり様の娘である涼花には希少価値がありますから」


「……。みどり――彼女は特別だったからな。

私の側近のあいつにとっても。この国にとっても」


遠い目をして王は呟く。王や涼花の父、また涼花の母親――みどりがまだ若かったころに想いを馳せて。


「涼花はすぐにホタル様にお返しします。ですがそれまでは内密にお願いします。ホタル様は涼花に固執していますから、研究のことなど無視して私に預けまいとするでしょう」


「そうだな。研究が滞るのは避けたい。あいわかった」


リリーにとっては、この国王よりもホタルの方が危険だった。涼花の所在を知られるわけにはいかなかった。




―――――――――




涼花はロベリアの問いの答えを捜していた。

ホタルのために、ホタルのために――それが涼花の全て、涼花の正義だ。ロベリアのように、自分の正義のために動くのではいけないのか。


悩んでいても、時間は過ぎる。リリーに命令されたら悩む暇もなく、任務に当たらなければならない。

答えを見つけられないまま、殺戮を重ねた。


「(このままでは、私はただ無意味に罪を重ねるだけじゃないか。自分の正義のためでもなんでもない。こんなの、命令に従うだけ――)」


「涼花、今夜も任務だよ」


部屋の鍵が開けられて、リリーが機嫌よく入ってきた。武器の手入れをしていたロベリアは、一瞥することさえせずに作業を続ける。リリーもそれを気にする様子はなかった。


「私が襲撃しているのは、本当にホタル様の敵なのか……?」


「そうだと前々から言っているだろう。私は現王は嫌いだが、ホタル王子は支援しているのだよ」


「……そう、か」


ホタルの側にいれば、自分の不祥事がホタルの足を引っ張る。ここでリリーに引き取られたことは逆に幸いだったのかもしれない。そんな風にさえ思うようになっていた。

とにもかくにも、早く自分の気持ちを整理しないと。何か手遅れになりそうな気がして涼花は自分の身体を抱きしめた。


「では頼んだよ」


リリーが去った後、涼花は速やかに任務の用意を済ませた。そしてロベリアにいってきますと声をかけて、部屋を出る。


「……いってらっしゃイ、涼花」



―――――――――



答えは見つからない。



―――――――――



人を殺したくない。

でも、それがホタルのためになる。



―――――――――



自分は何をすればいいのだろう。



―――――――――



ホタルの力になりたい。

でも側にいれば迷惑になる。足を引っ張りたくない。



―――――――――



何度も何度も繰り返す。殺戮を繰り返す。


阿鼻叫喚の中剣を振るう真っ白な少女。

漆黒の髪は、いつしかストレスで白くなっていた。それが涼花の人間味の無さに拍車をかけ、本人でさえ自分を見失っていった。


生き物の叫びが消える頃、涼花の"人間らしさ"はまた一つ消え失せる。


自分の行為の理由を探そうにも、徐々に探す理由を見いだせなくなっていた。

悪だの正義だの……そんなまだるっこしい話、どうでもいいではないか。


「(ホタル様の敵は私が排除する)」


排除するべき対象は自動で教えてもらえる。ならばするべきことは、剣を振るうことのみ。


「どうして私は早く答えを見つけないとって、思っていたんだろう?」


不祥事を持つ自分が、ホタルの足を引っ張らないように力になるには、離れたこの場所で敵を斬ることが一番ではないか。

涼花はいつしか考えることをやめた。

それは理性を本能が上回ったことを意味していた。


「……」


周りに転がる骸に何の感情も湧かない。



………

……



「涼花、最近任務がスムーズになってきているじゃないですか」


「……」


リリーは興奮気味に涼花を褒める。以前なら気持ち悪さや嫌悪感を露わにしていた涼花だが、澄ました顔でそれを流した。


「涼花には殺人剣術の才能があるんです。私は昔それを目の当たりにした時から注目していました。あぁ、やっぱり私の目に狂いはなかった」


「殺人剣術……」


いつだったか、聞いたことのある単語に少しばかり意識を向ける。

リリーは続けて語り続けた。


「ええ。貴女のお母様の才を受け継いだのでしょうね。

しかし貴女の父がその殺人剣術を封じました。なんと勿体ないことを――」


「お母様……?」


「おっと。少しばかり喋りすぎました。また次の任務も期待しています。それでは」


部屋を出ていくリリーを引き留めようと涼花は手を伸ばすが、少し迷った末にもう一度座り直すことにした。

涼花は自分の母親についてほとんど知らなかった。幼い頃に亡くなった母。父が涼花に何か言うこともなく、話題に出れば辛そうに顔に影を落とす。涼花はいつしか母親の話題を避けるようになっていた。


「お母様、殺人剣術? 一体どういうことだ」


「気になるなら聞けば良かったんじゃナーイ?」


ベッドでうつ伏せになって新聞を読むロベリアが新聞から目を離さずにそう言う。


「どうせ聞いたところで答えてくれないだろう」


「確かにネ」


「それより何を読んでるんだ?」


「フフ、これダヨ」


ロベリアはやっと視線を涼花に移し、新聞を彼女の眼前で開いて見せた。


「……近い」


「ゴメンゴメン。今日の新聞はすごく面白いんダ」


まず一面を飾っていたのは『新薬国民に渡さず!?』というものだった。ネイコで流行している疫病の新薬が完成しているにも関わらず、国王は国民に配らずに貴族のみに高額で売りつけているという内容だ。


「新薬って完成していたか?」


「さてネ。ボクが言える立場ではないヨ」


「……知ってるが言えない、ということか。まあいい。

だいたいこんなデマ信じる人がいるのか? あの国王が国民を蔑ろにするはずないじゃないか」


特別国王のことを知っているわけではないが、涼花の中で今の国王は国民第一主義の印象を受けていた。しかし平和ボケしているのか、如何せん頭が悪い。学力云々ではなく、見通す力がないという意味だ。自分の父親がそうぼやいていたことをふと思い出す。


「けっこーな人が信じると思うナァ。今ネイコは荒れてるカラ。環境の乱れは心にも影響するしネェ」


「……。ホタル様が何とかしてくれたらいいのだけど」


そっと鈴の髪飾りに触れてみる。男装した涼花に、ホタルが少しでもオシャレをとプレゼントしてくれたものだ。

今は離れた場所にいるから、ただ鈴を握りしめて願うしかできない。


「っ」


甘く締め付けられるような胸の痛み。心臓の病気に罹ったのかと思うほどの衝撃に、思わず息を漏らす。もうホタルの元から離れて数か月が経つというのに、今になって切なさがこみ上げる。


「……もう、元には戻れないのに」


だから。

以前と同じように感情を箱に入れよう。


「涼花の行いハ、きっとホタル様の力になっているヨ。だから、涼花は何も考えずに任務をすればイイ」


「以前は考えろと言っていたじゃないか」


「でも今の涼花は考えることを止めちゃってるじゃナイ。考えろって言っても意味ないヨ」


ロベリアの目には分かりやすく落胆の色が浮かんでいた。




――――――――




涼花の殺人剣術は実践を積めば積むほど明らかに上達していった。圧倒的な才能、圧倒的な強さ。


「涼花はすごいネ! 一撃で仕留めちゃうんダモン!」


一緒の任務に当てられたロベリアが手を叩きながら辺りの凄惨な光景を見回す。一般人ならば正気を保て叫びさえ出ないであろう景色。無垢だった少女を汚す血の色はあまりに目の毒だ。


「(本当にすごイ。この短期間でここまで強くなるとはネ。ボクもこれは予想外ダ。でもきっとセカイサマは見越していたンダロウ)」


ビュンと剣を切って剣に絡んだ血を飛ばす。


「そう言うロベリアは随分と酷い殺し方をするんだな。以前言っていた悪だのなんだのはどうしたんだ」


痛ましそうに、原形を留めていない亡骸に目をやる。

この現場を見れば、その死に方は大きく二つに分かれていた。一つは一撃で絶命したとわかるもの。もう一つは甚振られた形跡があるものだ。


「そうサ。殺しは絶対悪。その考えは今も変わらないヨ。

でもボクはボクの行いを全肯定スル。全て正当化スル。自分の思想や自分の衝動、その全てを認めて否定しナイ。

――悪と否定はまた別物ダロウ?」


ニィっと目を三日月型に細める。

理解されなくても構わない。ロベリアはそう付け加えた。

きっとそれが彼女の本質なのだ。客観的に何が悪なのかを理解している。それでも一番は自分。自分の全てを自分で肯定する。


「生き方を定めている姿には恐れ入る。ある意味羨ましいね」


「ボクはボクを全て肯定スル。それがボクの座右の銘サ」


今まで、少なからず涼花はロベリアを友人だと思っていた。実際ロベリアもそう思っている。

しかしこの時、本当の意味でロベリアのことを理解してはいないのだと……そう感じた。


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