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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第10話 策略




【第九話 ホタルの足掻き】




その晩、初めて剣を血で濡らした。人を殺めた。


涼花は気怠い身体を引きずって家へ戻る。否、そこは彼女の家などではなく、彼女を閉じ込める牢屋とも言えた。


みすぼらしいベッドで転がっていたロベリアは、涼花の帰還に気づくと満面の笑みで駆け寄った。


「涼花! おかえリ、どうだっタ?」


「……。どうって、……」


あれは、ホタルの敵。リリーは確かにそう言った。未だに震えている手は、靄のかかる心は……何かの勘違いだと、思いたかった。


「私は、正しいことをしてる……よね」


「してるわけないデショ」


手を見つめていた涼花は、ハッと顔を上げてロベリアに目わ合わせる。


「どんな理由があっても、人を殺すことが正義なわけナイ。その行為だけは、最も忌むべき絶対悪ダ」


「なっ……」


「涼花、それを理解しておかないト。そうやって目を背けて自分を正当化してたら、いつか本当に"正しいこと"を見失うヨ」


涼花は口を開けるが、何の言葉も出せずゆっくり閉じた。


「昔、ボクが『ボクの何を知ってるって言うノ!?』って言ったこと覚えてル?」


「覚えてるよ。『知らないに決まってる。だから教えて。友達になって』」


あれはいつのことだったろう。出会って数回ほど顔を合わせたくらいだったか。些細なことで口論になった時の言葉ったはずだ。


「ウン。あの時嬉しかったけど、ちょっと怖かったンダ。……涼花は友達になろうとしてくれているけど、ボクのしていることを知ったらどう思うだろうッテ」


していること――それはきっと、涼花が今日行った"忌むべき行為"であると悟った。涼花にさせていることを、ロベリアにさせていないはずがない。


「そう思うなら……、しなければよかったじゃないか。忌むべき行為だと自覚していたんだろう」


「そうサ。殺しは絶対悪。でも、ボクにとっての正義が、それを上回ってイタ。自覚しながらも止めることはできなかっタ」


「自覚していながらも止めないって……。無自覚よりも質が悪くないか」


苦々しい呟きに、ロベリアは肩を竦める。


「殺しを正当化するような人間の方が救いがないサ。

……とにかく何が言いたいかと言うとネ、ボクは涼花に、ボクのようにも、正当化する人にも、なってほしくないンダ」


悪を自分の正義のために犯すことも、悪を正当化して白と思い込むのも。

ロベリアは、涼花にはしてほしくなかった。


けれど、それは涼花にとって酷な話だった。ホタルのためと思い込んでいるのに、その逃げ道を塞がれてはどこへ行けばいいというのか。


「なら、私はどうすればいいの」


「……」


ホタルのためになっていない。むしろホタルの邪魔をしている。

リリーは自分が権力を手に入れるために、王族を根絶やしにしようとしている。

涼花が手をかけた貴族は、ホタルの支援者だった。


そう、ロベリアが真実を言うことは出来た。しかしそれこそ彼女の"正義"に反する。ロベリアにとっては、セカイサマの言葉が全てなのだから。


「自分で見つけないト」


唯一無二の親友を突き放すように告げる。それはロベリアの心を酷く痛ませたけれど、これ以上は命令違反になってしまう。


セカイサマはロベリアに言ったのだ。

『涼花を壊すように』

と。




――――――――――




「嵌められたっ……!!」


ホタルはベッドの上で布団を取っ払い、隣のテーブルにあるものを感情のままに払い落し、壁に頭をぶつける。痛みで苛立ちを殺してくれと願ったが、虚しさを助長するしか効果はなかった。


「!? ホタル様、なにが……!」


突然の騒音に驚いた使用人たちは、血相を変えてホタルの部屋へ駆けつける。先日食事に毒を盛られたこともあり、何者かの襲撃かとも考えたが、彼らが見たのは取り乱した主の姿だった。


散乱した調度品。荒れたベッドに、割れたガラス片。その中心に立つホタルは、見たこともないほどに身なりを乱して荒い息を吐いていた。


しかし、ホタルの手に割れたグラスでついた傷があるのを見つけて我に返る。


「ホタル様、お怪我が!

すぐに治療いたしましょう。まだ先日の毒が回復していないのに……」


「……取り乱した姿を見せてすまない。少し一人にしてくれ」


ホタルはだらりと両手を下ろして、散乱した部屋を見つめる。

床にはぐちゃぐちゃに丸められたアレアからの報告書があった。




『昨夜、王族支援者の貴族の一人が暗殺された。

後に屋敷に火がつけられたため、犯人の人数や犯行手口、犯行動機が見つかる可能性が小さい。

……しかし、涼花の私物に似た物品が近くで発見された。関連性は現在捜査中』




涼花の失踪、毒物混入、支援貴族の暗殺。まだ落ち着かない飢饉と疫病。開発されない新薬。

ネイコは確実に混乱に突入しようとしていた。





――――――――――





数日経ち、体調が完全に回復したホタルが最初に行ったのは貴族各方面へのアプローチだった。

この一連の騒動にリリーが関係していると踏んでいたホタルは、少しでも自分の味方を増やそうと尽力した。


今まで媚びを売るだけで本当の気持ちなんてないと冷めた感情を持っていた相手にも、ゆっくり、しかし確実に、自分に忠誠を誓わせる。

全てはネイコと、愛する涼花やセンのため。自分の持つすべてを使って手駒を増やさなければ。自分を犠牲にして、人を犠牲にして、多数を救う。それがどれだけ非難されようとも構いやしなかった。


けれどそれだけでは不十分だ。次に手を付けたのは国民への措置だった。

疫病に関してはリリーの新薬が開発されないのでは打つ手がない。けれど、そのほかの保証は何とか出来た。食料の配給はすでに行っていたため、医者を田舎まで派遣したりと手厚い保護を行った。


「次は……」

「兄上」


眠らず、食事もまともに取らず。ただ政策を味方の貴族を使って強引に行う。

そんな生活をしているホタルに、センが困ったように話しかけた。


「兄上、最近どうしたんですか。少し休んだ方が――」

「私自身のことはどうでもいいんだよ。しなくてはならないことがあるんだから」


センを遮るように言う。そう、こうして時間が過ぎていく中で相手が新しい手を打ってこようとしているかもしれない。実際、ホタルが各方面に働きかけている間、王族支援の貴族が何人か暗殺されている。

おかげで味方を増やすのが難しいのだ。王族に味方すれば、殺されると怯えられているから。


「では、俺が兄上の手伝いをします。俺も貴族とのコネクションはありますから!」


ここぞとばかりにセンは名乗りをあげる。こういう時のために、自分を変えて自分のできることを極めてきたのだ。やっと、ホタルの力になれる。


期待に胸を高鳴らせたが、自分の目に映ったホタルは酷く冷たい顔をしていた。脈を打っていた心臓が凍りつく。


「必要ないよ。確かにセンは貴族から評判が高い。

だけど、そんなもの微々たるものだ。私一人で十分事足りる」


「な、なら他のことでいいのです。俺も兄上や父上、ネイコのために何か――!」


「いらない。センは何かする必要はない。話は終わりだよ」


これ以上は何もないと言うようにセンに背を向けた。

まるで人が変わったかのような態度に、センは唖然とする。


「(どうして、どうして?

そんなに……涼花が、一番ですか……?)」


ネイコの第二王子だ。兄や父や国のために力になりたいと思って、当たり前だろう。こんなところで折れてたまるかと、足を踏ん張りなおもホタルに吠える。


「ですが、俺は力になりたいんです……!」


自分は変わったのだ、変えたのだ。ホタルに勝るコネクションと情報収集能力だって得た。

それさえもいらないと言われてしまうのか?

父だってホタルしか頼らない。政治に関われるのはホタルだけ。

お願いだから存在意義を与えてほしい。


「指をくわえて見ているだけなんて嫌なんですっ……」


「セン」


ホタルがもう一度だけセンを見た。







「力になりたい?

能力のないお前にできるわけがないだろう。

足手まといだということを自覚しなさい」






ホタルはいつも優しくて、優秀でかっこよくて。

誰にでも平等だけど、心を許した相手には心底優しかった。

国民想いなところも、策略家なところも、全部含めてホタルが大好きだった。


「兄上……」


「アレア、センを連れていきなさい。仕事の邪魔です」


控えていたアレアがセンを連れていく。一人で歩く気力すら出なくて、ホタルの拒絶するような背中を見ながら引きずられるしか出来なかった。




―――――――――





ホタルの対策はまだ終わらなかった。

次に向かったのはジェミニカだ。表向きには、療養のために城内にこもっていることになっている。


そうまでして秘密裏にジェミニカに来たのには理由があった。ジェミニカ第一王子タイガに会うためだ。


「ふむ、ホタル王子直々に来てくれるとは思わなかったな。あの食えなかった子供が……」


「こちらもあまり時間がないのですよ。

本題に入ってもよろしいですか、タイガ王子」


ホタルはその小さな身体をピンと伸ばして、タイガに圧倒されないように向き合う。他国という相手のテリトリーで、どれだけ自分が通用するのか、ホタルでさえそれは未知だった。


「本題と言われてもね。今のジェミニカは知っての通り、貴族社会だ。私たち王家に権力はない。何かできることがあるとも思えないがね」


確かに現在のジェミニカは貴族社会で、しかも国民からの批判が多く混乱している。貴族が少数民族を怒りのはけ口にしようとしているが、それは混乱を助長していた。


ナッチメイルも王が暗殺され、王の親類であるメイオール公爵殿が混乱を収めている最中。


そしてネイコも疫病の解決の目途が立っておらず、王の支持率は低下している。……三国とも安定しているとは言いがたい。


「権力を目的に来たわけではありません。

――ネイコにもしものことがあれば、私の弟センを、ジェミニカで引き取っていただきたいのです。」


「ふむ、詳しく頼む」


「この事態が人為的であるなら、目的はおそらく"王の失脚"。そしてその犯人は自分が次期王に取って代わろうと目論んでいるでしょう」


「だとすれば、王の次に狙われるのは次期王であるホタル王子ではないのかな」


それは重々承知だった。ホタルはとっくの昔に心を決めている。

真っすぐな瞳が前に向けられる。


「ええ。だけらこそ、私は最期までネイコと共にあります。

……ですが、センまで命を掛ける必要はない。この件には極力関わらせたくない」


大切な弟だから。心優しい子だから。

どれだけ嫉妬心を抱いていても、愛情は変わらなかった。


「なるほど。兄にそこまで想われて、センも幸せだな」


「先日突き放しすぎて嫌われたかもしれませんが」


「兄弟の仲は、危ういバランスで成り立っていたりするものだからな。気をつけた方がいい。……まぁ、わかった。センの受け入れは承諾しよう」


覚悟していたよりも呆気ない承諾にホタルも戸惑いを隠せない。

普通なら相手がメリットがあると判断してからだと思うのだが……と。


「意外と簡単に承諾してくれるのですね。なにか条件があるのでは?」


「ああ、お察しの通り」


タイガはにっこりと笑う。


「セカイのメンバーになり、英雄譚を作ってほしい」


「……英雄譚?」


「詳しくはまだ話せない。だが、これを承諾してくれるならばセンを引き取ろう」


言っている意味が理解できず首を傾げたが、本当にそれ以上の説明はしなかった。


「わかりました。今はセンの安全が先決ですから」


この時すでに、悪魔との契約をしてしまっているなんて思わず、ホタルはセンの安全を確保できたことに安心して帰路へ着くのだった。






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