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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
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第7話 新生活は事件と共に

【第四話 兵士鈴蘭】



王宮の一室。必要最低限の物しか置かれていない簡素な部屋に二人の男がいた。簡素、ということは隠れる場所もなく、ある意味秘密を話すのに適した場所と言える。


「で、とうとうこの日が来ちまったんだが……タイガ、知ってただろ」


「カイト、そう怒るな。身体に悪いぞ」


目つきが凄まじく悪い男ーーカイト第二王子。彼をたしなめるのは、おおらかでありながら尊大なオーラを纏う男、タイガ第一王子だ。


「ふん。タイガがどっしり構えてる分、俺がこうした役を負うって決めてんだ……で、知ってたのか?」


タイガ第一王子。白の革命以後の第一の権力者。画期的な政策を打ち出し実力主義国家への道を切り開いている。二十代にして既に王の風格を持つ彼は国民からの支持も厚い。

穏やかでありながらも威圧的な姿は、誰もが畏れを抱いてしまうだろう。


タイガは落ち着き払った様子で口を開く。


「【白き英雄】が王都に戻ってきたことか」


「やっぱり知ってたのか! もっと早く教えてくれていたら何らかの対処が出来たのに!」


「別に気にするほどのものでもないだろう。自分の存在がジェミニカにとってどれだけ重要かは、本人が一番よく知っている。変な行動はしないさ」


けれどカイトは納得していない様子だ。タイガは、我が弟は苦労症だと苦笑いした。


「万が一ってのもあるだろ。白き英雄は神話であるから英雄になれるんだ。だから俺達は白き英雄を……ジェミニカから追放したんじゃないか」


目つきの悪い三白眼で睨むと、カイトの人相はますます悪くなる。顔だけ見れば、王子というより山賊と言われたほうが納得できる。


「だが追放期間は去年で終わっている。……あまり虐めすぎるな。フローラも悲しむ」


「フローラ……白き英雄が帰ってきたって知ったら何するか分からねぇな。二人を会わせないようにしないと……」


重大な問題として取り合ってくれないタイガをほっといて、カイトはぶつぶつと一人言を言い始めた。

対してタイガは落ち着き払った様子でいる。


「大丈夫だ。悪いようにはならない。私がしない。私の望みはただ一つ……平和だからな」


「……知ってるよ、昔から」




_________




合格から数日後。鈴蘭たちは正式に王宮に仕えることになった。今年の合格者は例の四人だけではない。新入りたちは皆、新たな生活に胸を膨らませていた。もちろん、鈴蘭たちも。


「ヒスイも制服が届いたんだな。よく似合っているじゃないか」


機動隊の制服に身を包んだ鈴蘭がヒスイに声をかける。確かに、鈴蘭が思わず褒めるほどヒスイはビシッと決まっていた。柔らかな薄緑色の髪とスマートなグレーの制服がよく似合っている。動きやすさを重視したのか、騎士の服より軽量化されたものだった。


ヒスイは鈴蘭の姿をとらえると、嬉しそうに笑う。


「鈴蘭こそ……って言って良いのかな。男性用だよね、それ」


「でも悪くないだろう」


「悪くないどころか、男の僕より似合ってるよ。……はっ、もしかして男装願望が? 僕は全然良いと思うよ。世界は広いし、思想も広く自由であるべきだ」


ヒスイはフォローではなく、本当に心から思っているように、至極真面目に言った。その偏見のなさは素晴らしいし、その思想は同意するが、鈴蘭は願望ではない。


「願望というより、癖だな。これが一番コントロールしやすい」


「コントロール?」


ヒスイが首をかしげたのと同時に、コツコツと硬い床を鳴らす足音が響いた。足音からして威圧感のあるそれに、二人は話を中断してそちらに目をやる。


視線の先にいたのは、威風堂々という言葉が似合うような女性だった。気の強そうな立ち居振る舞いにのせいか、はたまた彼女の肩書を知っているのか、周りの兵たちは道を素早く開けて緊張感をもった敬礼をした。


そして鈴蘭とヒスイの前に立ち止まる。


「はじめまして。君たちが今年の機動隊合格者かな」


「はい」


「はじめまして」


想像以上に穏やかな話し方だった。女性にしては体格がしっかりしているが、男性よりは小柄であるし美人だ。


シャラリと彼女の胸元の飾りが揺れた。


「私は近衛騎士団長を務めている【カルセドナ・アリスター】という。この度二人の教育係に任命された」


鈴蘭とヒスイは電流が走ったように驚き固まった。けれどそれは二人だけではない。周りにいた兵全員が驚愕していた。


「カルセ団長、それは本当ですか!?」


「なぜこんな新入りに!」


一拍後に、彼女と面識があるらしい兵士が尋ねる。それもそうだ。近衛騎士といったらエリートの中のエリート。そしてそれを束ねる団長が新人の教育係になるなんてことは今までになかった。


カルセドナは軽く首を横に振る。


「私も詳しくは聞かされていない。……君たちは何か心当たりがあるかい?」


強い意志を宿す水色の瞳が、鈴蘭とヒスイを射た。竦み上がりそうなほどの強さに、二人は身を硬くした。

けれど本当にそうなったのは、二人共に何かしら理由があったからに他ならない。


「すみません、私にはわかりません」


「僕もですね」


思いは心の底に隠して、平然と返した。カルセドナはじっとそれを見つめていたが、しばらくしてそれを弛め、


「まぁいい。カイト王子には無用な詮索をしないよう言われている。ここで糾弾したりしないさ」


ではさっそく城を案内しよう。

そう言ってカルセドナは先を歩いていく。二人は周りの兵士らの妬み嫉みの視線を受け止めながら、彼女の後ろへついて行った。




__________




そんな初日目から数日経ち、鈴蘭たちはも少しずつだが仕事に慣れてきた。ただ……


「……なぁ、あいつらだよな」


「どうせ賄賂でも渡したんじゃねぇの」


「カルセさん可哀想」


カルセドナは騎士や兵士に信頼され、絶大な信頼を寄せられていた。だからこそ余計に鈴蘭たちは悪目立ちした。

あることないこと噂され、実害はないにしろ肩身の狭い思いをしていた。

二人に話しかける人物は……


「鈴蘭、ヒスイ!」


その呼びかけが陰湿な空気を吹き飛ばした。二人を呼んだのはライトだ。隣には結城もいる。


「こいつが世話になってた果物屋の林檎買ってきたぞ」


結城が紙袋をヒスイに渡すと、ヒスイは困ったように笑う。


「ありがとう……でも僕らに話しかけたら二人まで巻き込まれるかもしれないよ」


「ふん、他人なんかどうでもいいだろ。くだらない嫉妬に付き合う気はねぇし」


結城の言葉にライトも頷いた。


「そうそう。今はこんなでも、いつか皆仲良くなれる! 気にしないのが一番だ」


鈴蘭としてもヒスイと同じで、二人を巻き込みたくないと思っていた。けれど当の二人がこの調子なのだから、思っている以上に強い人だと思う今日この頃だ。


「ありがとう。丁度私たちも休憩時間だから、林檎を切って四人で食べよう」


「よろしく〜。五人分、ね」


ほのぼのした四人の空気にナチュラルに入ってきたのはショールだ。相変わらずの登場ぶりに鈴蘭は溜息しかでない。


「えーなにその反応。ここ数日仲良くしてるじゃんねぇライト?」


「えっ! ショールさん、俺に同意を求めます!?」


そう。鈴蘭とヒスイに話しかけるのは、ライトと結城そしてショールなのだ。


まあ、ショールはふらりと現れて、少し四人をおちょくるとふらっとどこかに消える……という仲良くしていると言って良いのかわからない関係だった。


「ふふ、ライトは薄情だ。それと、俺のことは先輩って呼んでって言ったよね」


「せ、先輩」


「うん、いいねその響き。一度言われたかったんだ〜」


満足げに笑って、ヒスイの持つ紙袋から林檎を一つ取り出した。


「おや、結城はツンデレだね。いつも俺に酷いこと言うのに、林檎は五個買ってる」


「あんたいっつも来るからな。四個から一つ取られたらライトの分がなくなるだろ」


「取られる林檎は俺の分って決まってんの!?」


軽口が可笑しくて、鈴蘭もヒスイも思わず笑みが浮かぶ。二人は気づいていなかったが、ずっと難しい顔をしていたのだ。あまり気にしない二人とはいえ、陰口は気分の良いものではなかったから。


ショールはその様子をちらりと確認すると、林檎片手にひらっと身を返した。


「思い出した、今から仕事なんだったよ。じゃあね」


そしてあっという間に姿を消してしまった。

結城がぼそっと言った、本当に変な人だなという言葉に全員が同意した。




__________




また、夢を見た。

これは夢だ。


天国かと思うほど美しい花畑。ほぅっと思わず溜息が出てしまう。ふと、隣に少年がいることに気づいた。


『お気に入りの場所なんだ。他の人には内緒だよ』


少年は悪戯っ子のように笑った。色とりどりの花々を背景に見える蜂蜜色の髪と湖色の瞳の少年は、同じ人間なのかと疑うほど美しかった。


「(私は、この景色を……知ってる)」


鈴蘭は働かない頭が訴える。けれどどこで見た光景なのか、全く思い出せない。それでもいいか、と思うくらいには、このぬるま湯のような心地よさに身を委ねたいと思った。


『あ、四葉のクローバーだ。ちょっと動かないでね』


少年がクローバーを鈴蘭の頭の方へ持ってきた。そして鈴蘭の髪に飾ると、幸せそうに笑う。


『うん、似合ってる。君には幸せになってほしいから』


その言葉を聞いた瞬間、目の前がぼやけた。現実に戻る時間のようだ。けれどこれは……


「(私、泣いてる)」


まるで他人事だ。




_________




「鈴蘭、そろそろ交代の時間だよ」


ヒスイの声に仮眠から目覚める。身体がとても重い。けれど新入りの立場では、夜間の見張りは避けれないのだ。満足に眠れていないことも、仕方ない。


「よし、行こうか」


と、所定の場所まで行こうとしたが……


「機動隊集合! 緊急事態だ!」


突然の召集に二人は顔を見合わせ、集合場所へ走るのだった。


………

……


「フローラ姫が拐われた」


機動隊隊長がテキパキと説明する。


夜中小さな物音がしたから、フローラ姫の侍女が部屋を訪ねたところ、窓は全開でフローラの姿はなかったのだという。


「窓を開けたまま姫が自ら外へ行かれた可能性は?」


「ないな。門を警備していた兵士が倒れているのを発見した。目覚めた者の話を聞くに、突然集団が睡眠薬を撒いてきたとのことだ」


その後の姫の失踪。どう考えても誘拐だ。


「機動隊は近衛騎士団と捜索へ出る。それと、鈴蘭とヒスイはカルセドナ団長に同行するようにとの命令が来ている。以上」


了解

足並みの揃った敬礼をする。


機動隊員たちは、またこの二人か……という様子だ。

嫌な空気が流れ、いつもなら鈴蘭とヒスイは溜息をつくのだが、この時の鈴蘭は違った。


「……姫様」


熱い炎を紅い目に宿して、静かに怒っていた。その様子に気づいたのはヒスイだけだろう。

脇目も振らず、鈴蘭は出動準備にとりかかった。




_________




目覚めたもう一人の兵士の情報から、集団は《英雄党》と名乗っていたと判明した。


英雄党とは、白き英雄を奉りあげている集団だ。

白き英雄は革命から一年後、突然失踪した。そして英雄党は白き英雄の復活を望み結成された……というのが世間一般の認識だった。

英雄党絡みの騒ぎは今回に限った話ではない。以前も王族なら行方を知っているのでは、と謁見を申し込み、拒否されたことで暴動を起こすというトラブルもあった。

そして今回、とうとう姫を誘拐するという強硬手段に出たというわけだ。


鈴蘭たちはカルセドナの後ろに付いていきながら、その情報を知らされる。ヒスイは静かに英雄党に思いを馳せながら呟く。


「信仰心ってどうにもならない問題だからね……」


「それでも人を傷つけていい理由にはならないのではないか。白き英雄も望んでいないだろう」


そうだね、とヒスイは返しながら鈴蘭を見る。たった数日の付き合いではあるが、鈴蘭は冷静沈着で淡泊な性格だと感じていた。けれど今、感情を露わにしている。


「(姫を連れ去られたことは許せない。……けど、鈴蘭にはそれ以上の何かがある気がする)」


鈴蘭から目を外して思い返す。


ずっと疑問に思っていた。鈴蘭には秘密が多い。


「(始めはあの薬……

僕が毒で瀕死状態だったとき、鈴蘭は僕に毒に効く薬をくれた。自然毒に対する薬はない、にも関わらず鈴蘭はそれを持っていて、僕も毒が嘘のように回復した。

そしてその時彼女は

『この薬のことは誰にも言わないでほしい。特に城の中でこの話はなしだ』

と。

どうして鈴蘭は存在しない薬を持っていたのか、誰にバレることを恐れているのか。わからない。)』


命の恩人なのだから、もちろん言わないと約束した。気にしないでおこう……ヒスイはそう思っていたけれど、それからすぐに鈴蘭についてわからないことが出てきたのだ。


「(城で働くようになって数日、鈴蘭の様子を一番近くで見てきたけどーー鈴蘭は城の中を不自然なほど知り尽くしていた。一度も迷わなかった。一度も間違えなかった。)」


あれだけ広い城内にも関わらず、以前城で働いていたのではと思うほど自然に溶け込んでいた。あれで城に来たことがないと言われたほうが不自然なほどに。


「(それに、カルセさんが教育係に付いたことは多分僕が理由じゃない。ショールさんがやたら鈴蘭に絡むことも……偶然とは思えない)」


他にも小さなことが積み重なって、鈴蘭の謎は深まっていった。


「(鈴蘭、君は何者?)」


ヒスイの疑問に答える代わりに、鈴蘭の髪飾りの鈴が小さく鳴った。

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