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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第9話 愚者の傲慢




【第八話 貴方の幸せが私の幸せ】




涼花はリリーと対面するのに、そう時間はかからなかった。

すぐにやって来たリリーはロベリアには目もくれず、涼花だけしか見えていない様子で嬉しそうに部屋に入ってくる。


「ぁあ、涼花。お会いしたかった……!」


眼鏡をかけて、固い顔の男が惚けた表情を見せた。

以前公の会議で会った印象とは全く違っていてうすら寒さを感じる。


「リリー公爵様、これはどういうことなのでしょうか。ホタル様のもとへ帰していただきたい」


「それはできない相談です。貴方は私のモノになったのですから」


「……え?」


どういうことか理解が出来ない。自分が剣を捧げたのはホタルとセンだけ。なぜリリーがそんなことを言うのだろう。


「昔、あなたが幼い頃のことです。あなたは現役騎士を倒した。そのことは覚えていますか」


「ええ、ぼんやりとは」


明確には記憶にないけれど、それでホタルの側近に変更になったことは覚えている。


「その騎士、本当は亡くなっていたんですよ。あなたから受けた傷が致命傷になって、衰弱死」


「……う、そだ。だって、軽傷だって父上が……」


「はははっ、誰が幼い娘に人殺しをしただなんて言いますか!

あなたは幼かった。それに王族の側近になる予定で、近衛騎士団長の娘。

今まで汚点一つなかった王は、あなたの罪状をもみ消したんですよ。その騎士は治療を終えた後田舎へ帰ったと」


涼花は真っ青になった。そんなの、見ていた人なら田舎に帰ったなんて話に違和感を感じたに違いない。それでも上層がもみ消したならどうすることもできない。涼花が周りから避けられるのも当たり前だった。


「ですが、私は感動したのです。あなたの生まれ持った殺人剣術に。

相手の生死は構いません。あの試合を見た日、私は心を奪われた。だから私はあなたが欲しかった」


リリーは恍惚とした表情で涼花の剣を撫でる。気持ち悪さに寒気がして涼花はその手を振り払った。


「おっと。…まあ、私はその件を公表すると王を脅してあなたをもらい受けたわけです」


あの王は付け入る隙も後ろめたいものも基本無いから骨が折れましたよ。

そう付け加えられて、涼花の全身から血の気がなくなった。自分の行いが国王に付け入る隙を与えてしまった。


「私に、何をさせたいの……!」


「そう怯えないでください。私の憧れの人」


反射で彼の眼鏡が光る。場面が違えば笑えたかもしれないが、不気味で怪しくて恐ろしかった。


「私はホタル様に王の器があると考えているのですよ」


「?」


それはほとんどの貴族が考えていることだ。最近はセンを推す声も多少あるけれど、原則長男がなるのだから、余程のことがなければ覆らない。

何が言いたいのか掴みかねて、首を傾けた。


「私は別に、セン様と比べているのではありません。反王政派を抑える必要があると言っているのです」


「反王政派? 隣国のジェミニカならともかく、ネイコには大きな勢力はなかったはずですが」


「その証拠はありますか? その小さな勢力が力をつける可能性はないと?

最近の飢饉と疫病で根本的な処置をしていない国王の支持率は低下の一途を辿っております。

私に従ってください。共に反王政派貴族を粛正しましょう」


それが涼花の愛するホタル様を救うことに繋がるのですよ。


涼花は確かに、政治に関して詳しいわけではなかった。けれど、自分のせいで国王に、ホタルに迷惑をかけた。

反王政派を粛正すれば、命を奪った騎士に対しても、国王たちに対しても償いができるのではないか。

そんな考えをした。


「だが、リリー公爵は国王と馬が合わなかったのではないのですか」


「ええ、現王とはね。先ほども言った通り私は、ホタル様が王にふさわしいと思っている。

だから表向きでは行えないことを受け持とうと思ったんですよ」


ロベリアは面白くなさそうにその様子を見ていた。

彼女はリリーのことはあまり好きではない。というか嫌いだ。けれどずっと黙っていたのは自分の主人だからという理由と……


「(うーん、涼花はあの騎士を殺してナイ。本当に軽傷だったはずなんだけどナア?

ってことは今の話は作り話カ。……こういうことを考えるのは"セカイサマ"かナ。ならボクも従わないト)」


「さあ涼花。ホタル様を救う覚悟があるのなら、私に従ってください。

彼を助けられるのはあなただけなんです」


揺さぶられた。

もう少し冷静なら、もう少し大人だったら。涼花は正しい選択が何かわかっていただろう。

けれど……


「私は……、ホタル様の幸せが私の幸せだから――」


涼花が取った手が、這い上がれない闇の道へ誘うとは思わずに――


「本当にホタル様を救うためならば、あなたに従います」


選んでしまった。


「(あーあ、馬鹿な涼花。ボクとおんなじ死ぬより苦しい道を選んじゃっタ)」






――――――――――






涼花が失踪してから数日後。

城内で事件が起きた。ホタルが何者かに毒を盛られたのだ。そしてその事件は、リリーを通して涼花の耳にも入った。


「おそらく反王政派の仕業だろうねえ。涼花も心配なのではありませんか」


「当たり前です……! ホタル様は無事ですか!?」


「ええ。数日療養されましたが、完治したと]


その言葉にほっと胸を撫でおろす。一番身近にいられないことにもどかしさを感じて拳を強く握りしめた。


「ほうら、反王政派の影がじわじわとホタル様に近づいているのです。

さあ、今夜が決行日ですよ。もう躊躇いなんていらないでしょう?」


しぶしぶ頷く涼花に、リリーはほくそ笑んだ。

自分にしかできない、自分の責任。力があるが故にうぬぼれる愚者の傲慢が、滑稽に見えて。



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