第7話 「頼られるような人になりますから」
【第六話 ガラスの上】
センと涼花が10歳になった頃。
センが城の中を歩いていると、涼花に会った。
初めは慣れなかった男装姿にもすっかり慣れた。
「あ、涼花。久しぶりだね」
「本当ですね。ここのところ騎士の仕事が本格化してきたので……。
ホタル様に申し訳ないです」
センはほんの少し涼花を苦手としていた。
兄に劣等感を抱くセンは、センばかり大切にする涼花は何となく他の人と同類に思えて仕方がなかった。
それに、ホタルも涼花を大切にしている。大好きな兄を取られたような気持ちだったのだ。
「兄上は涼花を応援してると思うよ」
「そうですね。私もホタル様の側近として恥ずかしくないような頼りがいのある騎士になりたいと思います」
二三言話をしてから別れる。
センは今からレイピアの稽古があった。
「……なんか、行きたくないかも」
センは行くべき方向とは逆の方へ歩いていく。
真面目な彼は、生まれて初めて授業をさぼった。そして生まれて初めて城から抜け出すのだった。
………
……
…
てくてくと街中を歩く。
何度か視察で城下に来たことはあったけれど、一人で来たことはない。
兄に追いつきたい。劣化版なんて言われたくない。役に立ちたい。
そんな思いで何にも手を抜いたことはなかった。
そう思うとさぼったことに対する罪悪感が募っていく。
けれど戻りたくはない。
涼花とまた顔を合わせることもしたくない。
「(涼花は元は僕の側近になるはずだったのに、すっかりホタルホタルって……。
周りの人もそうだ。優秀と判断された涼花をホタルにつけた。つまり僕は生まれた時からどうでもいい存在なんだ)」
今ではアレア以外の側近なんて考えられない。もちろん、アレアが嫌いなわけでもない。
けれど、側近交代をされたというのは、ホタルと自分の価値を量ってホタルを優先されたと同じだった。それがずっとセンの中で燻っていた。
「兄ちゃん、ちょっと店を見ていかないかい?」
あてもなく歩いていると、強面の男に話しかけられた。
怖そうな人だと判断したけれど、男はにっこり笑ってセンの背を押して店に連れ込む。
「暇なんだろ? 見て行けって!」
「あっ、ちょっと!」
強引に入れられた店を見渡すと、そこには大量の武器があった。
「ここは武器屋なんだ。兄ちゃん、なんか武器やってるだろ。そういう筋肉だ。良かったら見て行ってくれ」
ただの気の良い武器商人だった。
何となくあたりを見渡す。レイピアはあまり好きではなかった。というのも、必修の武器がレイピアなのでホタルと比べられるからだ。
それなら別の武器をしてみるのもいいかもしれない。
「(アレアに借りたことがあるけど、剣って意外と難しいんだよねぇ。もっと小回りが利くものってないかな)」
となると短剣が良いか。ふらふらと見ていると、さっきの武器商人が話しかけてきた。
「短剣のおすすめはこれだな。軽くて丈夫。シンプルで機能性重視だ。
……実はこの間良い短剣を仕入れたんだよ。なんでも逸話が残っている短剣らしい。比較的重めの短剣だけど安定感はあるぞ」
短剣は一見戦いに向かなさそうに見える。護身用程度の気がするけれど、案外実用的ではあるようだ。
武器商人が新作の短剣を引き抜いた瞬間、センはその輝きの虜になった。
「でも俺、今お金持ってない……」
「取りおいてやるよ。武器ってのはなぁ、出会いなんだ。
好きな子みてぇに、びびっと来た時に繋いでおかないと後で後悔するもんだぁ」
後悔する。
その言葉を聞きながら、視線は短剣に釘付けだった。
「ほれ、触ってみるか」
手渡された短剣は確かに重めのものだ。
何となく手になじむ感覚がして、何度も握ったり緩めたりを繰り返した。
「……取り置きをお願いします」
一目ぼれ、とはこういうことなんだろうと思いながら。
………
……
…
カーンと大時計の鐘がなる。
店から出て、やっと時間がかなり過ぎていたことに気づいた。
「完璧にサボってしまった」
でもさっきほどの罪悪感はない。むしろ自分が変わったような、そんな背徳感を伴う高揚感さえあった。
良い子でいることは苦ではなかった。というか、それが本来の自分だった。
けど、真面目であればあるほど、頑張れば頑張るほど、ホタルとの差を突き付けられているような気はしていた。
「すぐにあの短剣を取りに行こう」
レイピアはもうやめてしまおう。ホタルと比べられるのはもうたくさんだ。
「ホタルとは別の生き方をしてみよう」
そうだ、名案だ。
追いつこうと似たようなことをするから比べられるのだ。
これからは、自分だけの長所を伸ばしていけばいい。努力は得意なんだから。
「今まで我慢してきた自分のしたいこともしてみよう」
本当は色んな所から情報を集めたり、一見不必要な雑学を知るのが好きなのだ。
「あの短剣と一緒に、俺は変わりたい」
ポツリ呟いた途端、無意識に口元が緩んだ気がした。
もう比べられたくない。涼花や周りの貴族を気にしたくない。
「セン様!!! こんなところにいたんですか!」
城の前まで来たとき、顔を真っ青にして焦りと怒りを混ぜたように叫ぶアレアに会った。センは自分を探してくれていたのだと察する。
「探してくれたんだ。ありがとう」
「当たり前です! あなたが無事でよかったですが、今度から一人でどこかに行ったりしないでください!!」
アレアは優しい。もし自分が変わってもついてきてくれるだろうか。
センはそう思いながらにんまり笑いながら言った。
「……。じゃあ今度はアレアも共犯ね?」
慣れない言い方だったからか、いつもならしない笑い方だったからか――アレアは怒りを消して、驚いたように眉をひそめた。
「セン様……?」
「さ、城に戻ろう? 怒られちゃうだろうなぁ」
「っは、はい」
人の我慢が決壊するのなんてすぐ。ちょっとしたきっかけで人は変わる。
そして、変わった自分が心地よくて、苦しくて……もう元には戻れない。
―――――――――
センがレイピアを辞めた。
代わりに短剣の先生を呼び、あの短剣を使って練習し始めた。
その頃から、センは少し変わったと周りから言われるようになる。
けれど、その変化は周りからさほど悪いようには思われなかった。
「あ、伯爵さん〜。この前のパーティー、細やかなところに工夫が凝らされていてとても楽しいひと時が過ごせました。今後もよろしくお願いしますね」
「セン様。もったいないお言葉です。工夫が凝らされているとわかるなんてさすがですね」
「小物の配置や料理の盛り付けも伯爵が決めたんじゃないですか? センスよかったから」
「よくわかりましたね。実はパーティーのプロデュースは私がさせていただきまして……」
些細な事に気づき、持ち前の人当たりの良さを武器に貴族などとの交流を深めていった。
枝葉を伸ばすように知り合いは増えていき、センの社交性が目立ち認められ始めた。
ただ単に"人とかかわることで様々な家の情報が手に入る"というのが楽しかったというのも一つの理由だ。
けれど何よりも"人との繋がりはホタルより多い"それが妙にうれしくて誇らしかった。
「(これで、兄上と比べられない。兄上に頼ってもらえるかもしれない。涼花ばかりを見ないで、俺のことも見てくれるようになるかもしれない)」
足りない部分をお互いに補い合って、劣化版なんかじゃなく、二人でネイコを守っていくのだ。
センのそんな想いとホタルの考えが食い違っていることに気づく日は、そう遠くない。




