第6話 蛍袋
【第五話 ホタル】
『天才だ。さすがは王子!』
『一人で何でもできてしまうのですね』
『さすがでございます! ぜひこれからも我が家を…」
『教えることがない』
『子供らしくない。感情がないんじゃないか?』
『なんでもできるけど、セン王子の方が可愛いよね』
『一緒に話をするのがしんどい』
『セン様はホタル様と違って素直で社交的だな』
『ホタル様には能力があっても、国民の心を掴めるのはセン様だろうなあ』
『お母さんはね、ホタルより誰よりセンを愛してるわ』
いつだって、愛されるのはセン。
ホタル様は一番だ。優れている。そう、はやし立てる。本当はそんなこと思ていないくせに。
だって、愛してくれないじゃないか。センが一番なんじゃないか。将来王になった時のために媚びを売ってるだけじゃないか。
みんな好きなのは、キラキラした瞳で人と接するセンじゃないか。
「ホタル様?」
ホタルが思いふけっていると、男が顔を覗き込んできた。
不快になるような、いかにも媚びを売っているというような笑みを浮かべている。
この男は、王に話があるとかで訪れた弱小貴族だった。ちょっとした機会があって、話をせざるを得ない状況になってしまったのだ。
「少し考え事をしていました。それで、僕に何の要件でしょう」
こちらも暇じゃないので開放してほしいと思いながら答えると、何を勘違いしたのか、喜々とした様子で自分の娘について話をし始めた。
「我が娘ながら気立てもよく、教養もあります。きっとホタル様のお役に立つでしょう」
ペラペラと言葉が通り過ぎる。正直半分くらい聞いていない。
今までも似たようなことは何度もあった。自分の娘を是非婚約者に…と。
王子と娘を結婚させて力をつける。その魂胆があまりに丸見えで言葉も出ない。両親ではなく本人に気に入らせようという脳の無い魂胆も見え透いてる。
とはいえ話だけでも聞かないと反感を買いそうなので、毎度頷きながら断る話を聞いていた。
「……お話ありがとうございます。けれどこの件については僕の一存では決められませんし、今はあまり興味もなくて」
「おや…。それは身近に女性がいないからでしょう。
いるとしても、涼花とかいうあの野蛮な女騎士……ひっ!!」
貴族は途中で言葉を短い悲鳴に変えた。
ホタルは見合いの写真を乱暴にテーブルに放り投げたのだ。
彼は笑顔を浮かべたまま、足を組んで彼を見つめる。
「ほう? 僕の側近を野蛮と言いますか。
では、野蛮な側近をつけている僕もまた野蛮なのでしょう」
「そんなことは……!」
「退室いただけますか。今あまり気分がよくないので」
ホタルの纏う空気はあまりに恐ろしかった。
彼の逆鱗に触れたのだと気づいた貴族はそそくさと退出するのだった。
「……っはあ。
感情のコントロールができてないなんて、僕もまだまだだな」
ホタルにとって、涼花は唯一無二の存在だった。
―――――――――
ホタルが涼花を大切にするようになったのは、とある出来事がきっかけだった。
母親に用事があり、部屋の前に来た時の事。
中には何か悩み事を打ち明けるセンと、それを聞く母親の姿があった。
相談内容までは聞こえなかったけれど、母親のセンへの言葉は耳に入った。
「大丈夫よ、貴方は優しい子。
お母さんはね、ホタルより誰よりセンを愛してるわ」
一瞬、視界が真っ暗になった感覚がした。
ふらりふらりと扉から離れて、見つかる前にとその場を走り去る。
前からなんとなくわかっていた。みんなが自分を褒めていても、それは能力しか見ていない。人間として愛されているのはセンの方だと。実の親からの言葉は、幼心に大きな傷跡を残した。
以来、センに対して劣等感を抱くようになったのだ。
それから気持ちを持ち直したのは涼花の存在があったからだ。
母親の言葉を聞いてから悶々とした日々を送っていたホタルは、涼花の姿を見ても不安を感じるようになっていた。
元々はセンの側近になる予定だった涼花。けれど周りの決定でホタルの側近へと変更になった。
「(涼花は、センの側近になりたかったのではないか)」
普段通り、真面目に仕事に励む涼花を見つめる。
まだこの頃は、お互い必要最低限しか会話をしないし、ホタルも感情表現が乏しかった。
けれどこの日はポツリと零してしまったのだ。
「涼花は僕の側近で、いやじゃないの?」
すると、きょとんとした顔で答える。
「私を怖がったりせず離れたりせず、いつも優しく接してくれる。こんな素敵な主の傍にいられて、私は幸せですよ」
たったこれだけの言葉だった。けれど、その頃のホタルには何よりの言葉だった。
―――――――――
貴族との話を終えて、ぼうっと涼花との思い出を振り返る。
あの日以来、お互いの口数も増えて、ただ傍にいることが心地よく感じた。
人のためにと努力し続け、誰かを守りたいと願う涼花の本質に惹かれ始めていた。
「ホタル様、大丈夫ですか?」
「あれ、涼花戻って来たんだ」
面談の間仕事があるとかで席を外していた涼花が隣に来る。その少女らしい顔を見ると、不快感が落ち着いていく。
「君は可憐な女の子だよ」
「急にどうしました?」
「ううん。何でもない」
ふっと微笑んでから、立ち上がる。
きっとセンの方が愛される。その考えは変わってない。
けれど、自分には涼花がいてくれる。慕ってくれるセンがいる。
「(本当の自分を愛してくれる人のために、自分はその愛を返していこう。何より大切に、守っていこう)」
―――――――――
ホタルは植物に関心を持つようになった。
涼花は自然毒に弱い。風邪を引いて相性の悪い薬草を摂取すれば命に関わる。
ハンバーガーの件は極端かもしれないが、食べ物に制限があるのは事実。
それなら、医者に任せるよりも自分で勉強してしまおうと思い立ったのだ。
「うん……、でも難しいな。
薬学って奥が深い」
取り寄せた本と薬草で、ホタルの研究室はジャングルと化していた。
と、扉がノックされ涼花が入って来る。
「調子はどうですか?」
「少し難しくて……ええっ!?」
話をしながらホタルが振り返ると、そこにはいつもと様子が違う涼花がいた。
「そんなに驚かなくても……。髪型、おかしいですか?」
「おかしいというか……、どうして」
涼花の長い黒髪が、バッサリと切り落とされて短くなっていたのだ。
それだけではない。服装も、女の子らしかったものから男物に変わっていた。
「先日ホタル様とお話をされた貴族様が、『あんな王子怖くなんてない、女に守られる貧弱者め』って言っていたので……。
女ではホタル様までなめられてしまいますから、形だけでもと」
涼花は賢いが、まだ子供。言わなくていい行動理由も正直に全部喋った。
そうすると、怒り出すのはホタルだ。
「あの貴族はそんなことを君に言ったの。僕はどうでもいいけど、君を女だからって侮辱するのは許せない。
それに君が男装をする必要だってない」
「でも案外動きやすくていいです。
それに……この姿はホタル様のためと思うと、力が湧いてくるんです」
少し頬を赤らめて笑う。涼花の言葉に、ホタルは何も言い返せなかった。かわいらしすぎた。
「この姿は、貴方のためだけにって思っていいですか。
ホタル様の薬学研究が、私のためであるように」
これから涼花は可愛くなっていくだろう。男装なら心配事も減るかも……なんて考える。
男装にしてしまうなんて、行動が突飛すぎたが、涼花なりに考えた結果だった。ホタルの評判を落とすものは徹底的に排除したいのだ。
「涼花はどんな姿でも、どんな性格でも、本質は変わらない。
僕はどんな君でも大切だよ」
ホタルの答えに、涼花はよかったと笑うのだった。




