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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
6章 追憶のネイコ編
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第5話 君影草




【第四話 涼花】



サボる、ということに罪悪感を覚える人は少なからずいると思う。そもそもそういう人たちは、ただ当たり前に仕事や役目をこなしているだけなのかもしれない。傍からストイックと見えていても、それが自分の当たり前なのだから、簡単に曲げることは難しいだろう。

涼花は考えた。


自分はストイックに生きているだろうか。


騎士であり王子の側近というのは誰よりも努力が必要で、誰よりも力をつけて周りに貢献する必要がある。そのために自他に厳しくなるのは自然というより、強制に近いものがあった。

彼女の思考はある意味単純で、行動目的もわかりやすいと言える。

『力を手に入れ、ホタルを守る』

たったそれだけであり、とても大きな目標だ。


「お母様。今日も頑張ります」


そんな彼女の一日は、母の墓標に挨拶することから始まる。




………

……




夜明けすぐに挨拶を済ませてから、兄のアレアと身支度を済ませる。そこに父親も揃うことは少ない。割と子供たちを大切にしてはいるものの、仕事が二人のそばにいることを難しくしていた。


それからすぐにホタルの執務室に向かう。涼花は今日こそは早く着こうと思っていた。というのも、いつも主のほうが早く到着しているからだ。涼花より早く来ることにホタルがある種の楽しみを見出しているなんて、涼花は想像もしていない。


「(私はホタル様の側近。主より早く到着!)」


そんな決意を裏切るように、扉を開くと柔らかな笑みに迎えられてしまった。

それも、とても11歳と思えない色っぽい笑み。8歳の涼花でも一瞬固まる。


「涼花、おはよう」


「おはよう…ございます。今日も早いですね」


「ふふ、朝一番に涼花の顔を見たいからね」


「恐縮です」


涼花は内心首を傾げる。ホタルの冗談のような甘い言葉は、今に始まったことではない。そろそろ慣れてきた。

とはいえ、ホタルは誰にでもそういう態度を取ったりはしない。むしろ他人には冷たいと言える。

天才と言われ、他の人たちから遠巻きに尊敬の視線を送られても、我関せず。下手に媚びを売られても、冷ややかな態度を返すのみ。


どうして自分にはこんなに優しいのか。

他の人と自分の違いは何なのだろう。


「(私が側近だから?)」


ホタルは小さな疑問に悩む涼花を見透かしながら、あえて追及せずに別の話題を振る。


「涼花。今日の昼休み、昼食を城下でとらない?

この前城下視察に行った時に美味しそうな食べ物を見つけたんだ。ハンバーガーって知ってる? パンの中に具材が溢れるくらい挟まれてるらしいよ」


既に行く気満々なホタルに、またか、と戸惑う。本来なら城を抜け出すなんて言語道断。それを止めるのが側近の役目だ。ホタルがこんなに茶目っ気のある人だということは、ほとんどいないに違いない。弟であるセンも、ホタルを美化しすぎている節があるので、実態を理解しているのは涼花ぐらいだろう。


駄目です。ときっぱり言おうとしたが、年相応の遊びたい精神が賛成したいと思っていることは自覚していた。それに、否定したところで既に何度か抜け出したことがある。


「き、今日は駄目です。頻繁に外出していたらバレてしまいますよ」


やっぱり自分はストイックに生きているのか甚だ疑問である。

少しの反則を許さず、常に厳しく。涼花が思い描く生き方とは反対の心。


ホタルはその心までも見抜いていた。それだけが厳しさでも生き方でもないのだ、と。


「僕はバレても別にいいよ。人の顔色を窺ってばかりの人に囲まれるのは疲れるじゃないか……。生き方は一つじゃない」


それに……と付け加える。

そこには怒りとやるせなさが含まれていた。


「あんな人たちを気にする必要があるかい? 最近はセンの陰口を言ってる人が増えている。……もちろん、それ相応の措置はしてるけどね」


ホタルはセンを大切に思っている。努力家で、素直で、真面目で、誠実な弟を。

彼を貶めることは、許せなかった。


「センは僕なんかよりずっと凄い人なのに」


最後に自虐的な言葉を付け加えるので、涼花は本心からの言葉を言ってみることにした。


「お二人とも良いところがありますよ」


「さてそれはどうかな」


やっぱり、一言ではホタルの自虐はどうにもできないようだ。

長い黒髪を後ろに流して苦笑いする。この自分を嫌う人をどうしたものか。


「まったく、しかたないですね。ハンバーガー食べに行きましょう。今日は特別ですよ」


「ふふ。涼花は何だかんだ僕に甘いよね」


「次回はスパルタです」


「それ前回も言ってた」


甘いと言われても、自分がホタルに甘いとは思わない。もしも甘かったとしても、別にそれで構わない。

ホタルは甘やかされずに育ったから。

涼花を考えての行いだとも理解しているから。

そこに身勝手が含まれていることは絶対にないから。


それに、涼花は自分を恐怖の対象と見ないでくれるホタルが大切だから。









『涼花には近づかない方が良い』


それは涼花が現役騎士を倒した3年前から始まった。

普通に考えて子供が勝つなんてあり得ない。あの時何が起こったのか、涼花自身もあやふやだ。

ただ、与えられた練習用の剣を父親から教えられた方法で使わなかった。本能的に勝ちたいと言う思いが体を動かした。それだけは覚えていた。


反則行為を躊躇わず剣を振った。子供だから反則は仕方ないとは言え、その戦いに対するカリスマ的才能は評価された。けれど同時に、無意識に人を傷つける戦い方をする涼花を他の騎士は恐れた。彼女は碌な大人にならないだろう、と。

さすがに父親の近衛騎士団長の前ではそんなことは言わないけれど、涼花は他の人に避けられているとわかっていた。





―――――――――





「涼花、これはとてもボリュームのある食べ物だね」


「私も食べたことなかったので圧倒されてます。とりあえず一つにしておいてよかったですね」


二人で変装して、城下まで出てきていた。テーブルに出されたハンバーガーは一番値段が高いものを頼んだせいか、顔と同じくらいのサイズだった。これをどうやって食べるのか、想像もできない。おそらく切るのだろうな……と思っている二人の隣で、大口の男が同じ大きさのバーガーにかぶりついているを見てぎょっとする。

よくあんなに口を開ける。顎は外れないか。これが作法なのか。――若干ずれているのかずれてないのかわからない疑問が浮かんでは消える。


「……とりあえず、二人で半分こにしようか」


「そうですね」


そういわれると思って、ナイフを持ってきていた。

涼花は半分ではなく若干自分の分を少なめにするように切ろうとすると、ホタルがその手を握って止める。


「待って。この中、いろんな野菜が入ってるから、中の野菜系は全部僕が食べる」


「え、何でですか」


「君は毒に弱いでしょう。一見毒がなさそうなものでも葉っぱ系である以上危険じゃないか」


そう言ってハンバーガーのパンをパカッと開けて野菜だけ取り除いて、パンをもとに戻した。

分解して中身を取るなんて、マイナーな食べ方かもしれないが、知識のない二人には判断のしようがない。


「流石にレタスとかなら大丈夫ですよ……」


「万が一ってこともあるでしょう。涼花がまた倒れたらいやだからね」


涼花は毒に弱い。

以前その体質を知る前、風邪をひいて薬草を飲んだ時の事。その薬草は風邪を治すどころか副作用を引き起こした。

その時は生死の境目を何日か彷徨ったのだ。


「ではホタル様の毒見分だけ食べます」


「大丈夫だから。僕だって普段少量の毒を飲んで耐性つけてるし」


ホタルのこういうところが、涼花は好きなのだ。

本来、ホタルは王子なのだからもっと偉そうで構わないはずだ。

けれどまるで対等のように扱ってくれる。城下の様子を知りたがる。涼花を気遣ってくれる。

強くて賢くて優しい人。


「でも駄目です」


「涼花よりは強いよ」


そんな攻防が繰り返された。

ただ、二人とも素の自分をさらけあえて、気楽な時間を過ごせた。




―――――――――




涼花は一応騎士という役職だ。側近であり、実力も認められたからだ。

けれど鍛錬を欠かしたことはなかった。今の状態に甘んじていたら誇り高き騎士にはなれない。


夜。裏庭で素振りしていると、なんとなく視線を感じた。


「?」


ぱっと振り返ると、紫わかめを頭に乗っけた人がいた。

風貌と突然背後に人がいたことに驚いた涼花はびくっと身体を震わせた。


「ええと、どなたですか」


「……」


暗くて最初はよくわからなかったけれど、よく見ると姿がかなりみすぼらしい。

紫わかめではなく、ぼさぼさの髪の毛だし、靴は履いておらず裸足。服なんて元々白かったであろうに、黒くすすけてところどころ破けている。

明らかに城の敷地内にいるはずないタイプの少女だった。

そう判断すれば、野放しにはできない。不法侵入の可能性もあるのだ。

涼花は紅色の瞳を鋭くして睨みつけた。


「ここはネイコの城ですよ。どこかの貴族の使用人でしょうか?

そうでなければここを出て行ってください」


「……ロベリア」


急に、少女が喋った。

はて、ロベリアとは何だろう。確かホタルが教えてくれた花の名前にあったはず…と一瞬考えた。

けれどすぐに彼女の名前だと察する。


「ロベリアさん。どうしてここに?」


「……リリー」


単語しかしゃべらない。

リリーは国王の妹の旦那の名前だ。


「リリー様の使用人ですか?」


「ン」


どうやら当たっていたようだ。けれどここからどうしたものかと思う。なんでここにいるのかわからないのだ。


「あ、もしかしてあなたも稽古をしに来たの?」


「ちがウ」


まあ普通自分くらいの子供が剣を武器を持つはずがないもんなと妙に納得する。


「じゃあ私とお話しない?

友達っていないから……」


すると彼女は驚いたように目を丸くした。


「ボクが、気持ち悪くないノ……?」


「どうして?」


「目の色、片目ずつ違うカラ」


確かに、黄色と赤色の瞳。両目で色が違う人は見たことがなかった。


「珍しいとは思うけど、気持ち悪くなんてないよ。

むしろ綺麗だとおもうな」


「その感性の方が、珍しいナ」


「でも、本当に目より服装の方が問題ありだと思うし」


するとロベリアという少女はクスクスと笑った。


「確かニ」


これが、ロベリアと涼花の出会いだった。

この出会いが、後々運命の歯車を狂わせていく――






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