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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
5章 嵐前の日常編
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第8話 解放




<ライトside>




とうとうヒスイとグリエル卿の試合の日がやって来た。表向きはただの練習試合だけど、本当は勝者が養子入りの選択権を与えられるという、人生を左右するお互いにとって譲れない戦いだ。

競技場に立つヒスイの姿に、もう迷いはない。あの日鈴蘭との戦闘では決着がつかなかったけれど……


『自分が何をするべきか、何を守りたいのかが見えたんだ』


と話していた。きっと、ヒスイなら大丈夫だ。



「あ、結城!」


観客席の端の方にその姿を見つけて駆け寄る。


「相変わらず落ち着きがねえな」


「今日ばかりは許してくれよ。

ところで、父さんの本について分かったことはあったか?」


「ああ。ライトにしてはお手柄じゃないか」


「俺にしてはってどういう意味だよ……」


そんな感じでとりとめのない話をしていると、試合開始前のゴングが鳴った。


「そろそろだな」


「うわぁ……こっちまで緊張してきた」


ヒスイとグリエル卿が向かい合う。何も知らない人からすれば、他人にしか見えない。卿に比べると、ヒスイは人当たりが良すぎるし、雰囲気も温和だ。

けれどやっぱり、瞳の色は同じだった。


やがて歓声や声援は小さくなっていき、フィールドの二人の緊迫した空気に会場がしんと静まりかえる。糸が張り詰めたよう、とはまさにこんな感じなのだろう。




「試合、開始!」




………

……




火花が散り、甲高い音が響く。

スピードもパワーも技術も、周りの人が息をのむほどのハイレベルな戦いだ。


でも、つい先日鈴蘭とヒスイの戦いを見たせいか、それに比べればかわいいものだとさえ思えるのが怖い。

ヒスイの力はこんなものじゃない。鈴蘭と渡りあえるくらいに、もっと強く、もっと速い。


拳をぎゅっと握りしめて、試合を見つめた。


自分と母親を捨てた父親を、どう思っているのだろう。その感情は俺なんかがわかるはずもない。

でも、自分の過去に向き合っている。その強さが何より眩しく見えた。




「     」




ヒスイの口元が、グリエル卿に向けて動いた。

瞬間。

決着はついた。


剣が相手の剣を弾き飛ばし、弧を描き地面に突き刺さる。


「勝者、ヒスイ!!」


良い戦いだった。力が似通っているとかではない。

二人がどこまでも真剣だったから、良い戦いだったんだ。


また、競技場は歓声に包まれた。




………

……




それから数日後、ヒスイは――


なんと、グリエル卿の養子として迎えられることとなったのだ。






そのことを結城から聞いて、居てもたってもいられず走って会いに行った。

廊下を資料を抱えながら歩いている後ろ姿が見つかる。


「ヒスイ!」


「あ、ライト。こんにちは。どうしたの、そんなに慌てて」


ぽわん、といつも通りの様子に毒気を抜かれる。

いや、だがさすがにこれは聞かなくては。


「ヒスイがグリエル卿の養子に入ったって聞いたんだけど……!」


「うん。僕は正式にヒスイ=グリエルになったよ」


なったよ、じゃない!!!


「あの試合、ヒスイが勝ったじゃないか! ヒスイは養子になりたくなかったんだろ!?」


ヒスイは自分を捨てたあの人が嫌いだったはずだ。このことは本人からは聞いてないから言わないけど。


「僕が選んだんだ。養子になることをね」


どうして、というのが顔に出ていたのだろう。持っていた資料を近くの窓際に置いて、外を見る。


「僕が今一番大切にしているものが何か、本当の意味で理解したよ。

僕は無力だから、自分だけじゃあ守り切れない。だからその力が必要だった。

いくら実力主義国家とはいえ、鈴蘭のように辺境伯や公爵とのコネクションがあるに越したことはない。僕は僕なりの方法で、そういう未来の作り方を選んだんだ」


キランと翠の瞳が輝く。ペリドットのような濃い色が、卿との血のつながりを表している。でも、ヒスイはヒスイだ。

その後茶目っ気のある笑いをしながら付け加える。


「もちろん。僕が勝者だから、条件はつけてもらったよ。

今後も今まで通りの生活を送れるように。あくまで優先は姫だって」


「……流石だな」


心配の必要は全くなかったようだ。

俺も仕事に戻らなくてはならないので、話もそこそこに持ち場に戻ろうとした。


「……あ、ヒスイ。最後に一つ聞いていいか?」


「なにかな」


「試合の最後、グリエル卿に何て言ったんだ?」


それが割と気になっていたんだ。

すると何でもないように答えた。


「『やっと、僕の道を進めます』ってね」


やっぱり強い人だよ、ヒスイは。




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