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忘却の白と黒の記録書  作者: オトノシユ
1章 王都騒動編
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第6話 合格発表


「……ん」


目を覚ましたライトは、窓から差し込む夕日を見た途端、はっとして跳ね起きた。


「いったぁ!!」


驚きのあまり思わず身体を起こしたが、よく見れば肩に包帯が巻かれている。いきなり動かしたせいで肩の傷がじくじく痛んだ。


「はぁ。ったく、怪我人が動くなよバカ」


すぐ隣で声がしてぎょっと振り向くと、例の黒髪の青年が座っていた。相変わらず言葉は失礼だが、真っ黒な瞳の冷たさはいくらか和らいでいた。


「王宮審査は……」


「終わった」


一言。たった一言で、ライトの心を折るには十分だった。

終わったのか、と繰り返して呟いて、目をゆっくり閉じた。震える瞼と握り締められた両手が、ライトの悔しさを何よりも表している。


けれど少しずつ力が抜けていって、ライトは穏やかな表情になった。


「でもま、来年があるもんな。今回怪我人が俺だけで良かったよ」


その言葉は諦めでも嫌味でもなく、心の底から安心し、未来を向いている言葉だった。

青年は隣でそれを聞きながら、なんとも言えない様子でライトを見つめた。


「いいのかよ」


「……良かないけどさ。今回の王宮審査で思い知ったんだ。俺の実力は、あの百人にギリギリ入れたくらいなんだってさ」


そして黒髪の青年に視線を送り返す。それには決して後ろ向きなニュアンスが含まれていなかった。

向き合う強さを、ライトは確かに持っているのだ。


「あんたが【結城】だろ。午前の時点での成績優秀者の三人の一人」


結城はすぅっと目を細める。ライトの真意をしっかりと汲み取ろうとするように。


「あの三人を見た時、俺はまだあの域に達してないって思った。だけどさ、あぁ俺もこんな風に強くなりたい、って思ったんだ。……だから、もっと強くなって、騎士になるんだーー」


コンコン


清々しく格好良く言い切ったところで、控えめなノックが聞こえた。そして、


「飲み物の換えと濡れタオル……あ、目を醒ましたんだね」


ほっとしたように微笑んだのは翠色の瞳の青年だった。昼間毒に侵されていた彼だ。

けれど今は健康的な様子で具合悪くしていたのが嘘のようである。


「えっ。ヒスイ、ライトが目を醒ましたって本当か!」


ヒスイと呼ばれた翠の青年の後ろから、血相を変えた鈴蘭が飛び出してきた。手には水差しがあり、三人で介抱してくれていたのだと理解できた。


「ライト、身体の調子はどうだ」


「大丈夫だ。何か心配かけたみたいだな」


鈴蘭が心配してくれることが何となく嬉しくて、自然と笑みが溢れた。けれど鈴蘭は曇った表情のままだ。


「こうなったのは私の過失だ。毒に気づいたとき、ちょび髭を取り逃がさなければ……ライトにちょび髭を追わせなければ……」


ちょくちょく出てくるちょび髭というワードが今更ながらおかしくて、真剣に話しているとわかっていてもライトは笑ってしまいそうになった。


そして鈴蘭の声を引き継いだのはヒスイだ。


「いいや、僕の方が責任があるよ。狙われたのは僕ら三人だった。だけど毒に気づかなかったのは僕だけ。……気づいていれば、そもそもこんな大事にはならなかった」


傷は治りそうであるし、ライト自身誰のせいとか思っていない。しいて言えば、自分の実力不足だと言わざるを得ない。

だからそんなことを言わなくていいのだと言おうとしたが……


「だが、最終的に俺を庇ったせいで撃たれたわけだ。……だから、謝らせろ。これは俺のプライドの問題だ。お前に借りが出来たんだから」


ライトが言葉を発する前に、結城が察して止めてきた。別に大丈夫だ、と言ったとしても自分たちは後悔するのだと言わんばかりに。


ライトはそれを聞いて、今言うべき言葉をはーー


「心配してくれてありがとな」


きっとこれだと思ったのだ。


三人は戸惑ったように黙ったが、ライトは一人満足そうだ。それを見ていたらなぜだろう、可笑しくなって空気が和んだ。


やっと皆の顔が晴れたと安心したライトは三人を順番に見て尋ねた。


「俺の名前はライト。よかったら、名前を教えてほしい」


成績優秀者だから知ってる、というのは今は置いておく。自己紹介というのは自らすることで何か伝わるのだとライトは思っている。


「……私の名前は鈴蘭だ。この前伝え損ねていたから、伝えれて良かった」


真っ先に鈴蘭が返事した。持っていた水差しを机に起き、手を差し出す。


「これから同じ王宮の兵としてよろしく」


「ああ、よろし……ん?」


鈴蘭の握手を求める手を握り返し、返事をしかけたところで、初耳情報がさらっと入っていたことに気づいた。


「え、王宮の兵??」


「……結城から聞いていないのか?」


聞いてない!と慌てて結城を見たが、どうしたことない態度で腕を組んでいた。


「終わったとは言ったけど、合格してないなんて言ってねぇし」


「いやいやいや! ずるくない!?」


「ふん。騒がしいやつ。これが俺の恩人とか……はぁ」


「え、これ俺が悪いの!?」


びっくりするわ!と叫んだが、結城には届いていないようだ。

結城は全てスルーして名を名乗る。


「俺は結城。お前と同じ、総合兵隊に配属された。俺の足引っ張んなよバカ」


「えぇ、結城さん!? なんでそんな俺に辛辣なんだ! というか俺は総合兵隊なのか!」


「煩い」


一刀両断とはまさにこの事。結城に待遇改善を求めるのは後回しにして、最後の一人に向き合った。

温和が擬人化したらこうなるのかと思うほど、ふんわり柔らかな雰囲気の男だ。


「一応はじめまして、だね。僕はヒスイ。鈴蘭も僕も機動隊だよ」


「二人は機動隊か、すごいなぁ。にしてもヒスイはもう大丈夫なのか?」


「うん、鈴蘭のおかげで完治してね。午後の試験も普通に受けたくらい元気だよ」


言葉の通り元気そうだ。いったい鈴蘭は何をしたのかと思ったが、ライトはそれより気になることが出てきた。


さっきから鈴蘭、鈴蘭と言っているが、妙に女らしい名前だ。それに間近で見ると、作り物のように美しい顔立ちは中性的であるものの、まろい頬がピンクに色づいていて可愛らしく……


「……」


「……ライト?」


ライトがぼぅっとしているので、鈴蘭は顔を近づけた。慌てたライトは急いで距離を取る。


「あわわわ……鈴蘭って」


「うん?」


「鈴蘭って、女の方ですか!」


「……バカが。どうみてもそうだろうが」


鈴蘭より前に反応したのが結城だった。さも当たり前という風だが、結城は基準にできない……とヒスイに助けを求めるように顔を向けたが


「ええと、ごめんね。僕も気づいてたよ」


「なんと……。鈴蘭ごめん! 男だと思ってた」


「別にいい。よくあることだ。……でも最近すぐ気づく人が多いな」


「すぐに気づかなくてすみませんでした!」


怪我人と思えぬほどの明るさに、ある人は呆れ、ある人は優しく微笑み、ある人は安心したように息を吐いたのだった。


………

……


「色々あってタイミング逃してたんだけどさ。『最後まで試験受けてなかったのに、なんで合格したんだ?』っていう一番重要なこと聞いてなかった、と今思い出した」


話が一段落したところで、ライトはそう切り出した。すると三人は顔を見合わせて恥ずかしそうな、複雑そうな顔になる。

言えないようなことがあったのだろうかとライトが戸惑っていると……


「今年の新入りは仲が良くていいねぇ。さっきは俺も涙がでそうだったなぁ〜」


「え?」


今まで喋っていた誰の声でもない。声の方……というか、結城の隣にライトの見知らぬ人が出現した。


「ひっ、誰!?」


「あっはは。鈴蘭の時にはなかったいい反応」


彼は猫のように目を細めてにやりと笑った。流石の結城も驚きが顔に出ている。

けれど鈴蘭は気づいていたのか無表情のままだし、ヒスイも特に驚いた様子はない。


ライトは改めて機動隊に配属された二人の優秀さを垣間見た。


「王宮の兵で、鈴蘭の友人のショールだよ。お見知りおきを〜」


「友人になった覚えはーー」

「ところで、どうしてライトが合格だったかって話だよね。きっと三人は答えづらいから俺が話してあげるよ」


言葉を切られた鈴蘭は諦めたように黙った。ショールは満足そうに続ける。


「合格発表の時ね、自分たちが合格したっていうのに『合格を取り消してくれ』って言いに来たんだ。それも三人とも、ね」


「え」


どうして、なんてライトには訊かずともわかった。少し顔を知っている程度の三人が、自分が眠っている間心配し介抱してくれたのだ。そして皆自分の責任だと悔やんでいた。


「三人が示し合わせたわけじゃないのにさ……」








『私は判断ミスをしました。こんな未熟な私が王宮の兵になんて……なれません。人質を助けるため適切な判断を下せたライトにもう一度機会を与えてください』


『僕はただ一人毒を飲んでしまいました。こんな自分よりもっと相応しい人がなるべきです』


『審査なんかより重要なことを行った、正義の心を持つ人間がいる。俺はそいつを差し置いて兵士になろうなんて思わない』








「って。今年の3トップがそんなこと言うんだから涙涙だったねぇ」


涙、なんて言いながらもにやにやと可笑しそうに笑っている。

けれどライトは複雑な気持ちだった。


「……もしそのおかけで俺が合格したのだとすれば。……辞退します」


「へぇ」


ショールの瞳の奥がキラリと光る。ライトに確固たる意志があるようで、それを興味深く思った。


「俺を見て判断したんじゃなくて、三人がそこまで言ったからなら、俺はーー」


「バーカ。違う」


結城が軽く頭を小突いた。そしてくいっと顎でショールを指した。話を聞け、そう促しているようだ。


「うん。結局君たち四人とも合格ってことになったんだけど、君にも合格理由を言っておこうと思ってね」


そう言いながら、総合兵隊用のジェミニカバッジをライトに差し出した。


「王宮審査の採点基準は点数や剣技も、勿論ある。けどね、有事の際に動こうする行動力も評価対象なんだよ」


ずっと真面目な表情になる。周りはそれを黙って見守っていた。


「実力主義国家のジェミニカに大切なのは、実力と他者を守る心。そして資質と能力なら資質を得るほうが難しい。性格の問題もあるし。

……そして君は人を守ろうとする気持ちを十分持っていたりだから君は合格した。

三人が言ったからじゃない。君のその心が、ジェミニカに必要だと判断されたんだ」


だから……と総合兵バッジを近づける。

ライトはショールの言葉に胸を打たれ、じわじわと込み上げる嬉しさと決意で視界がぼやけた。

そしてバッジを両手で受け取る。


「ありがとう、ございます!」


「……まぁ確かに、君が他の三人に比べたら能力は低いと言える。でもだからこそ、伸び代がある。これから、諦めず成長していってほしいね」


ショールなりの応援を残して部屋を出ようとした。ライトはショールの背中に叫んだ。


「俺、頑張ります!」


こうして、四人は王宮の兵士としての一歩を踏み出したのだった。




※※※※※※※※※




これも色々合ったなぁ。

今でもこの時の事を思い出すと、気が引き締まる思いがする。鈴蘭も、結城も、ヒスイも、ショール先輩も……心から優しい人たちだから。

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